第66話 担い手2
雨竜良はテルに膝枕され浅い息を付く。その傍らで膝を抱えて踞る紬の姿。
「今からこいつで!」
八城はそう言って切り裂かれた胸元に雪光を突き刺そうとするが。良は八城の手をやんわりと押しとどめた。
「俺には……もう、無駄だ」
「無駄じゃないです!まだ間に合いますから!」
「無駄なんだよ」
良はそう言って胸元にある傷を見せる。
「俺は一年前に花と月で感染を押しとどめてる。もう、二度目はねえ」
「良さん!あんた。一年前って!」
「ああ、結局俺は、後生きられて数週間だった。それが少し早まっただけだ」
良は朗らかに八城に微笑む。
気にするな……表情を見て八城は悔しくて堪らなかった。
今までの目の前で死んで行った者達を思いだす表情。
「何でだ!何で今更こんな場所に出て来たんですか!死ぬのが分かってるんなら、奥さんと子供と一緒に居るべきじゃないですか!!」
そう叫ぶ八城の肩を震える手で優しく掴むと、良はグッと耳元まで八城を寄せた。
「何で戻って来たってなあ!理由は一つだぜ、お前さんだよ八城」
良は力無い腕を持ち上げそっと八城の頬に触れる。
「お前さんが傷付いてる。89の時も俺は結局間に合わなかった。だからあの時……お前さんが自分の隊員の亡骸を前に、空を見上げてた時、俺は心底思ったんだよ」
良はその言葉を噛み締めるよう呟いた
「俺は一体、何をやってんのかってな……」
次に悔しさを滲ませたのは良の方だ。
どれだけ悔しさを重ねても、その悔しさは良の中で糧にはならなかった。
糧にならない悔しさはいつの間にか、良の身体を突き動かした。
「だから何かをしたかった。あと先短い人生で、お前さん達に残せる何かをさ」
良の顔色は段々と悪くなっている。
体内で拮抗が崩れたのだろう。
身体の崩壊が始まっている。
「だから一華の情報を集めたんですか?」
八城はそうであって欲しくないと思いながらも、聞かずにはいられない。
「ああ、あいつは何か知ってやがる。それを知ってて……隠してやがる」
知っていた。それを知っていたから八城はやるせないのだ。
「なら俺が!俺がやりますよ!何で良さんが無理をする必要があるんですか!一華なら俺が!俺が命を掛けてでも!良さんには家族が居るじゃないですか!」
八城のその言葉を良は鼻で笑った。
「バーカ。八城、お前さんも俺達にとってみれば、担い手なんだよ。お前達の明日を……俺のかみさんと娘が生きていく明日を。少しでも良くしてやれるなら、老いぼれの俺は、なんだってやってやらあな」
無理をして笑う良のその姿は痛々しい。
「だからって!」
「事の一端はお前さんのせいだぜ八城。お前さんが証明しちまったんじゃねえかよ」
八城は何を言っているか分からない。
だがそれが可笑しいと良はまた笑った。
「89の時も、多山39の時も、絶望的と思われた状況で、お前さんは前に出た。消えた俺の命にもう一度火を灯したのは誰でもねえ八城、お前だよ」
良の手は八城の頭を撫でる。
そうだ四年前。
一華に連れられて死にかけた時、話を聞いてくれた良は、いつもこうやって頭を撫でて来た。
「お前も担い手だ。だからお前さんは、自分の命をちゃんと大切にしていいんだ、八城」
どんな状況でも震えなかった八城の手が今は震えていた。
俯いた八城の顔を見る者は誰も居ない。
だから八城はもう多すぎて返せない恩を、少しでも雨竜良に返したい。
「良さん何か叶えたい事はありませんか?」
顔を上げた八城は良にそう尋ねた。
「ん?あぁ、そうだなぁ……家族に……会いたいなぁ」
掠れる意識の中で絞り出した声で、良はその言葉を口にした。
「分かりました。その望み必ず叶えます」
八城は立ち上がり倉庫の中からロープを引っ張り出して来る。
「お前さん何やって……」
「良さん、俺達が担い手なら、担い手に道を作った先達に、俺達は何かを返さなければいけません」
八城はそのロープを自分に結びつける。
「なら良さん、あなたもその一人です」
八城は良をそのロープで自身に固定する。
脱力している良は幾分か重く感じるが今はそんな事は関係ない。
良から背中越しに伝わる体温さえ途切れなければそれいい。
「八番隊、全員で俺に道を作れ」
八城は今までに見た事のない気迫を宿し良を抱き抱えて立ち上がる。
その姿を見た紬も泣き腫らした目を擦り立ち上がる。
「やる……」
そう言って立ち上がった紬に八城は手をおいて一言
「頼んだぞ」
と言ってバイクまでの道を走り始めた。
大群ではないがチラホラと44番街区内で奴らの姿見られる。
その中を八城は走っていた。
「ここは私がやってやるよ!」
時雨が十体前後の群れに斬り掛かる。
「隊長は先に!」
桜がその場を受け持つ。
ようやくバイクの置いてある場所まで辿り付く。
良の呼吸が浅い。早くしなければ。八城は焦る感情を押さえつける。
というのに奥にはかなりの数の奴らが待ち構える。
「八城君の道は私が作る。行って」
「……良さんサヨナラっす」
テルが良を惜しむ声を聞き終え、八城は急ぎバイクに股がり発進させる。
「邪魔はさせない」
紬はスコープで見た世界に血の花を咲かせる。
きっとこれは、自分の無力さを紛らわせる為の殺戮。
倒す程に自分の価値を自分自身に見出していたとしても、今はこれを正当化しよう。
大丈夫、私は大丈夫。
と言い聞かせ
倒せるなら大丈夫。
と言い聞かせ
これがあるなら大丈夫。
と引き金を引く。
心の拠り所は、この銃と八城が居ればそれでいい。
紬は一心不乱に引き金を引いた。
どうかせめてその大切な隣だけは失わないように。
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