第61話 lost Lilly2
そして大食の姉はその凶刃をその小さな体躯に振り下ろした。
刃が擦れ合う音で、紬は目をもう一度見開いた。
「紬の嬢ちゃん!そんな所で居眠りたァ余裕じゃねえか!」
後ろ姿は広い背中に白髪。それだけでは誰か分からないが、人をおちょくる様に紬を嬢ちゃん呼ばわりする声の主は一人だ。
「良なんで……」
「何でも!へったくれねえ!戦わないなら下がってろ!」
良は紬の頭上から振り下ろされた斬撃を打刀と小太刀の二振りで止めた。
新たな敵の襲来に大食の姉も大きく後ろに跳躍して距離を取る。
「良……髪が、老化?」
そう良の髪は今まで黒と白が混じった年相応の髪色だったが、今は白一色に染め上げられていた。
「なんだ嬢ちゃん?存外元気じゃねえか!うたた寝はもうおしまいか?」
「寝てない。目にゴミが入っただけ」
「上等だ」
そう言った良の肩口には刃で切り裂かれた後があった。
そう良は刃を受けきってなどいなかった。
良は、二刀の刃で受け止められなかった分を自分の身体でようやくその刃を止めてみせたのだ。
「良!その傷!駄目死んじゃう!」
「ハハっ!どっちみち短い命だ。ならおめえさん達守る為に使った方が余程有意義ってもんさ」
今の良に具合の悪かった面影は無い。
ただ悠然とした立ち振る舞いの元に、二刀を持つ良の瞳は大食の姉を捉えている。
「嬢ちゃんは逃げな!バトン交代だ!こっからは俺が引き受ける」
三シリーズの副作用と大食の姉からの感染力のあるブレードによる一撃は良の目前に迫った死をより確実のものにしている。
「駄目!お願い!これ以上私に……撃たせないで!」
「大丈夫さ嬢ちゃんよ、だから逃げてくれ」
だがその懇願は良の耳には届かない。
良は風の様に駆け大食の姉に一刀を浴びせ掛けた。
だが通じない。
良は返しの横薙ぎに小太刀を滑り込ませる。
「やるじゃあ!ないの!」
小太刀が半ばから折られ、かわりに良の身体にまた新しい切り傷が作られる。
「駄目!本当に死んじゃう!その刃には、感染力が!」
「知ってらあな!だから嬢ちゃん俺の身体が大丈夫なうちに、逃げてくれると助かるんだがなぁ、あらよっと!」
そう言って良は此方もダメージを負いながら、向こうの外殻を斬りつける。
「嬢ちゃん!早く逃げろ!」
そうだこれは自分が一番恐れていた光景。
89作戦の時の様に、仲間がやられているのをただ黙って見ている事しか出来ない。
紬にとって最悪の事態だ。
もう声の出し方すら忘れてしまった。
喉から出る空気の抜ける音と嗚咽。そして涙が紬の感情を塗り替えた。
動けない。
前にも後ろにも。
「テル!嬢ちゃんを連れて逃げろ!」
後ろの木陰に隠れていたテルを良は呼びつける。
「でも良さんはどうするっすか!このままじゃ良さんが死んじゃうっすよ!」
「テル!早く!そいつを今ここで死なせるわけにゃいかねえだろうが!」
鍔迫り合いになりながら良はテルに撤退を促す。
テルは覚悟を決めて紬にを引っ張ろうとするが、紬は糸の切れた操り人形の様にピクリとも動こうとしない。
「紬さん動いてくださいっす!」
だが紬は言葉を聞いているのかいないのかも分からない。
「お願いっす!今動かないと良さんの戦っている意味が!」
犠牲……その言葉を聞いて紬はまた一つ涙を流す。
「なにやってるっすか!本当にこのままじゃ!」
そんなやり取りの中で、ついに良に限界が来る。
鍔迫り合いは体格の歴然とした相手と分の悪い勝負。
良は上から押し込まれ、ついに良はその刀ごと身体を下げ切りにされる。
血飛沫と共に良の身体が崩れ落ちた。
白髪の髪に似つかわしくない赤が咲いた。
大食の姉は動かなくなった獲物を確認すると同時に、殺し損ねた獲物を見据える。
二つに増えているが関係ないだろう。
そう二つとも食ってしまえばいい。
大食の姉は地面の一蹴りでその間合いを詰める。
大きく振り上げた刃は今度こそ届く筈だ。
大食の姉はその刃を……
腹部に感じた鋭さに振り返った。
「おじさんは……まだまだしぶといんでねぇ無視されるのは、娘からだけで、十分なんだよ」
下げ切りにした筈の良が半ばから断ち切られた刀の切っ先を握りしめ、大食の姉の腹部にその刃を突き刺していた。
苛立ち。
大食の姉は初めてその感情を持った。
非常に不愉快だ。
殺して食えば治るだろうか?
そうに違いない。
早急に殺す。
大食の姉は今度こそ、とどめを刺す
ため、傷だらけの良に向きなり凶刃を振りかざす。
良は笑っていた。
決して諦めたから笑った訳ではない。
自身に着実に迫る死に対して感情が愚鈍になった訳でもない。
良の笑顔。
それは自分への不甲斐なさから来る悔恨か?
そして次の世代達の眩しさからの笑みか?
それを人は希望と言うのかもしれない。
良が見たのは大食の姉の後ろ。
その影は疾風より早く、その丘に駆け抜け。
良に向かって振りかざしていたその凶刃を打ち払った。
雲の切れ間から棚引く光が映し出した背中に良は見覚えがある。
「おせえよ馬鹿野郎」
「すみません良さん。遅くなりました」
その言葉とその姿に紬は顔を見上げ声を上げ、まるで子供の様に涙を流すのだった。
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