第59話 新宿地下道4


「いっつ」

八城に覆い被さる麗の額から一筋の赤が滴り落ちる。

「大丈夫か?」

「飛んで来た破片で少し切っただけよ、それよりあんた作戦は?」

八城は七十一番隊の隊員達を見渡した。

全員が満足そうに八城を見返している。

「成功だ」

八城のその声を聞いて全員が飛び跳ねる様に歓声を上げた。

「そう、良かった」

麗は安心した表情で八城の上から退くと、ぺたりと地面にへたり込んだ。

「全員速やかに、なに?この音?」

地鳴りではない。

何かが蠢いている。

その音は徐々に近くなりやがてそれは一つの事実を八城と麗に突き付ける事となる。

何かが地面を叩いている。

その音を聞いた瞬間麗は即座に指示を出す。

「全員!急いでここから離れなさい!早く!」

地面から凶刃が覗いた。

その凶刃はアスファルトを大きく砕きそこからその主が顔を覗かせる。

腕も足も千切れ掛かっている。

それでも、そんな状態であったとしても大食の姉は生きていた。

細部から少しずつではあるが、再生が始まっている。

だが最悪はそれでは終わらない。

突如ガラス張りのビル三階のガラスが割れた。

降りて来たのは無食の妹。

その妹から伸びる触手を、大食の姉はあろうことか千切れ掛かっているそのブレードで切り裂いた。

切り裂いた触手をブレードで刺し、そこから滴り落ちる体液をみず自らの口に運び呑み下す。

「撃ちなさい!全員!あいつにあれを食わせるな!」

麗の叫びと共に全員が半円に取り囲み、一方向目がけて射撃を敢行したが、外装に覆われている部分が多く、上手くダメージが上手く入っていない。

「撃ち続けなさい!」

麗は腰のポーチから、何処から持って来たのか手榴弾を取り出し

「全員カウント十秒、遮蔽物に隠れて!」

一〇までのカウントを取り、麗はその手榴弾を大食の姉の足下に転がしそのまま遮蔽物に隠れる。

土埃が舞い散る中に、未だ佇むその姿は全隊員に絶望を植え付けるに十分な光景だったと言える。

「麗借りるぞ」

八城は麗の腰に有った刀を拝借し邪魔だとばかりに柄を投げ捨てる。

今は再生を行っている一分一秒が惜しい。

八城は滑り込む様に大食の姉の下に潜り込み一線を引いた。

外殻が砕けている。

今なら刃が通る。

大振りの一撃を八城は刀で受け止める。

半身を失ってなお重い。

押し切れる。

八城はそう直感的に感じ取っていた。

だがその時、無食の妹に異変が起きた。

これまでに見た事のない数の触手を、大食の姉に絡み付かせる。

それは、初めてみるなら共食いにも見える行為である。

八城は一旦距離を取り後退し成り行きを見守る。

大食の姉は絡み付く触手すら噛み付き、飲み下すが、それ以上に大食の姉に絡み付く触手の方が早い。

大食の姉は全隊の攻撃虚しくその触手の中に飲まれていってしまった。

変化が止まり、無食の妹はその触手を自ら切断する。

そこに残ったのは黒い触手に囲まれた大きな繭のような物体。

「八城あれ何だか分かる?」

麗はそのあまりに禍々しい物体に思わず顔を顰める。

「分からないまぁ、一つ言えるのはこっちにとってあんまりいい状態ではないんだろうな……」

「それには同感ね。」

隊員達も残弾が空になるまで撃ち尽くしたようで、今はただ黙って様子を見届けている。

数秒

繭が割れる。

いや内側から斬られた

「なあ?俺にはあいつが無傷に見えるんだがどう思う麗?」

「奇遇ね私もそう見えるわ。」

二人の表情は目の前で起きた最悪を見ていた。

そこには多少ブレードが小さくなっているものの千切れかけていた腕や足が再生し、なおかつ外殻のひび割れすら再生した、元の状態の大食の姉が立っていた。

「クソ!麗は全員を連れて撤退しろ!」

「あんたはどうすんよ!」

「お前らが逃げる時間ぐらいは稼いでみせる」

八城はもう一度刀を手に構えを取る。

だが八城が前に出た瞬間大食の姉はそれを嫌がるように、大きく跳躍。

付近に居た無食の妹も、それに追従する様にビルの隙間を抜けて行ってしまった。

「逃げたの?」

「みたいだな……」

ツインズの後ろ姿が見えなくなり、全員がやっと大きく息をつく事が出来た。

「隊長!撃退って事で良いんですよね!」

七十一番隊の一人が八城に駆け寄って来た。

「多分だが…」

その言葉を聞いてようやく肩の荷が降りた様に隊員達は今度こそその場にへたり込んだ。

「あんた達!今は撤退よ!これだけ騒いで他のクイーンが来ないとも限らないわ!今は急いでこの場所を撤退するわよ。」

そう言って麗は隊全体を五十五番街に向けて進んでいく。


また

痛み

これは要らない

今までに無い程の損傷

生命活動が危ぶまれる基準を超えた

また食えなかった

力がまだ足りない

取れかけた腕

これでは駄目だ

力が必要だ

近づかれると貫く事が出来ない

これでは駄目だ

力が必要だ

受け流されてしまった

大きすぎるからだ

これでは駄目だ

工夫が必要だ

何が足を止めた?

何がここまで追いやった?

最後に見た光景は、あの鈍い銀

白い刃とは別か?

いや同じだ

技が同じだ

二振りの青と赤は誰だ?

あれは違う

技が違う

白と銀は他と違う

食いたい

あれを食いたい

食う為には力だけでは駄目だ

技だけでも駄目だ

必要なのは何だ?

あの白と銀より早く振るう事だ

白と銀より力が強い事だ

駄目だ

刃では駄目だ

必要なのは操る事

白と銀もそうしていた

刃を操っていた

振る時は前のめりに振っていた

引く時は今より大きくない

躱す時は最小限だ

鋭く

強く

激しく

ああ、食べたい

白と銀の色

ああ、早く、食べたい


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