第58話 新宿地下道3
八城が確認したのは赤の狼煙。
それを見上げた麗は全員に遮蔽物に隠れるよう促した。
「そろそろ来るわ。全員耳を塞ぎなさい!」
そう言って八城と麗率いる部隊は、麗の言う通りに耳を塞ぐ。
次の瞬間、地下道59カ所の出口から地下道に向けて風が吹き抜けた。
それは、新宿地下道64ある出口の内23カ所を爆破した音。
これでツインズである大食の姉は、5つの出口からしか新宿地下道を出る事が出来ない。
「始まったな、大運動会だ」
「種目が徒競走しかないけどね」
誘導隊が大食の姉に手榴弾を投げ込み、作戦が始まる。
麗はインカムを耳に押し付け状況を確認していく。
「あら。もう第一誘導は成功したみたい。」
「早いな。じゃあもう第一ゲートは通過したのか?」
「まだね、これからよもうすぐ来るわね」
麗がそう言った時また一つ地下道の入り口が爆薬によって崩落した。
その爆風が地下道を通り抜け強い風となって第五ゲートまで吹き抜けた。
「今通り過ぎたわ、2、3、4、そして最後。ここ第五ゲートだけど……。あんた本当に大丈夫なんでしょうね?」
そう第五ゲートと呼ばれているこの場所の誘導は、八城率いる七十一番隊隊員達が担当する。
これは昨日の段階で八城自身が言い出した事だ。
「全力を出さないと怒られるなら全力を出すさ」
「怒られるから全力を出すなんて、動機は最低だけど、まあいいわ。今第二ゲート誘導にバトンが渡る。そろそろ準備しなさい」
八城率いる七十一番隊は第五誘導。
それは最終誘導だ。
八城達が逃げ切ったのを確信し、麗率いる九十六番隊が最終出口である第五ゲートを崩落させる手筈になっている。
「頼んだわよ」
「精々死なない様に頑張るさ。お前も俺が出てくるまで爆破すんなよ」
八城はそう言って地下道の中に入っていく。
昨日の事前準備のお陰で、中には白熱灯が等間隔に置かれ今は地下道の全容が見て取れる事が出来る。
地下道内に響くのは遠くで作動するトラップ音。
だがその音が鳴ったとしても、また次のトラップ音が鳴り響く。
ツインズ大食の姉に小さなトラップなど時間稼ぎにもなりはしない。
他の隊に犠牲者が出ていることはインカムからの騒ぎで大体想像が付いた。
第二誘導が地下道を抜け、その抜けた穴を崩落させる。
また強い風が地下道を吹き抜ける。
次の第三誘導隊がツインズ大食の姉を此方に誘導する。
凄まじい銃撃音が地下道をこちらに向けて近づいて来るのが分かる。
後、半分
第三誘導隊が地下道出口から脱出。すかさず崩落。
また一つ強い風が吹き抜けた。
第四誘導隊へ、そのバトンが渡る。
「全員!遮蔽物に隠れろ!」
もう直きに次の爆風がやってくる。
銃撃の音はもうすぐそこまで迫ってきている。
通路に括り付けた空き缶の束が、ツインズの到来を知らせる。
「来るぞ!耳を塞げ!」
七十一番隊全員が耳を塞いだと同時に、通路奥から四度目の爆風が押し寄せる。
「最終確認だ。ここでの重火器の使用は厳禁だ。俺達がするべきは足止めのみ。全員例のあれは持ったか?」
全員があのドラッグストアで作った物を見せて来る。
全員が不安と恐怖が綯い交ぜになった表情をしている。
当然だ。あの恐ろしい化け物と追いかけっこを好き好んでしたいと思う人間など居ない。
「全員が仕事をすれば全員が生き残れる!お前達は忠実に仕事をこなせ!そしたら俺が必ず守ってやる!」
隊長らしい事は何もしてやれないが、気休めぐらいは言ってやらねばならないだろう。
全員が顔を上げ八城を見つめていた。
「生き残るぞ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
総勢二十名の返事が新宿地下道に木霊し、作戦が始まった。
総勢二十居る隊を足の速い者を前方に、遅い者を出口付近の後方に配置する。
八城はもちろん前方で大食の姉を迎え撃つ。
数秒後大食の姉はその姿を現した。
赤みを帯びた禍々しい二振りのブレードが白熱灯の光に照らし出される。
ところどころが黒ずみ、焦げと煤をその身体に付着させている。
大食の姉は此方の存在に気が付いた様子だ。
ケタケタ鳴き声を上げながら両ブレードの切っ先をこちらに向ける。
通路内には幾重にも爆発物が仕掛けられているため重火器は使えない。
武装は刀のみ。
よって八城が取るべきこ行動は一つだった。
「全体!トラップを駆使して後退!」
昨日からせこせこと仕掛けていたトラップを自分達が通り過ぎた直後に展開する。
大食の姉は関係ないと言いたげに両ブレードでそのワイヤーを切り飛ばした。
「バリケード!」
八城がそう叫ぶと、後方の五人が事前に用意してあったバリケードを構築する。
全員がそのバリケードの隙間を搔い潜り最終プランに向け着々とその下準備を進めて行く。
「バリケード突破されました!」
「全員振り返るな!死ぬ気で走れ!」
やはり大食の姉は伊達ではない。突破力、再生能力、学習能力、どれを取っても、どの個体より群を抜いている。
「クソ!予想より早い!タイヤ隊!少し早いが食らわせてやれ!全員こけるなよ!」
生き残る為なら全てを使う。
タイヤは八城達誘導にも関係なく襲いかかって来る。
大食の姉は煩わしいとばかりに、タイヤを切りとばすが、質量が有る分、ワイヤーより多少の時間が稼げた。
「次!アンブレラ隊展開しろ!」
八城は花柄の布の群れに身体がごと突っ込んで行く。
八城は殿を務めながら焦りを感じていた。
誘導距離はもう半分を切っている。このままでは最終プラン発動までの時間が稼げない。
「ゴキブリホイホイ部隊!ねずみ取り部隊!!準備!」
八城の号令に合せて全体が組織立って動く。
かなりの枚数が大食の姉の足下に張り付いた筈だが、勢いが止まらない。
駄目だ。もっとこいつを引き離さなければ最終プランに移る事ができない。
「ビー玉部隊!あいつにお前達の恐ろしさを教えてやれ!」
「「「了解!」」」
別三名が尋常ではない量のビー玉を新宿通路に転がして行く。
大食の姉は受け身も取れずに地面に倒れ込む。
が、すぐさま起き上がり、周辺にあるビー玉をブレードで地面ごと薙ぎ払った。
「駄目です!止まりません!」
「走れ!なんでもいいから走り続けろ!」
弱音を吐く隊員に劇を飛ばし八城は殿を走り続ける。
残り三百メートル。
打つ手が無い。最終プランの準備が整っていない。
なら。
八城は後ろに向き直る。
「全員最終プランの準備をしろ!」
「隊長は!」
顔は覚えているが、名前までは覚えていない隊員。
八城はこの隊員達に少し愛着が湧いて来ていた。
「俺はここだ!少しだけだが相手してやるよ!」
八城は刀を抜き放つ。
銀の刀身が露わになり、その切っ先の先に大食の姉が居る。
そして相手も此方に凶刃を向けていた。
この刃で大食の姉を刈り取る事は出来ない。
八城が必要なのは、本命を当て大食の姉を刈り取るまでの時間稼ぎのための時間稼ぎだ。
大食の姉はその凶刃を八城に振り抜いた。
八城はその刃を受けようとしてその凶刃に自身の刃を滑らせそのまま刀を手放した。
「おいおい、強くなってるじゃねえか!」
大食の姉の足下には、今しがた八城が持っていた刀が、刀身ごと断ち切られて転がっていた。
「相手にする事自体馬鹿げてるな……」
危なかった、咄嗟の判断が無ければ、今頃八城は感染力のある、あのブレードの餌食になっていた。
八城は持って来ていたもう一本の刀を抜く。
「おら!クソったれもう一本遊べるぞ!」
八城はそれでも前に出た。
奴の間合いで戦ってはいけない。
間合いとはつまり、その刀を振り切る事の出来る距離。
ならばと、八城は懐に飛び込んだ。
大食の姉は構造上二本の刃を両腕から生やした様な構造になっている。
つまり自身の懐で自身のブレードは振り切れない。
そう思った八城の行動は裏目に出たと言っていい。
大食の姉は滑り込んで来る八城の刃を右のブレードで食い止め、八城の刃を後ろに受け流しその勢いのまま独楽の様に回り横薙ぎの一撃を八城に叩き込んだ。
「っっちきっしょう!」
八城がその攻撃を防御できたのは幸運だった。
「どっかで見たと思ったらまたあの女の技かよ……最低の気分だ」
今の振り切ったとは言いがたい大食の姉の攻撃ですら、受ければ全てが致命傷となる。
「不公平だな!」
下からの斬撃。
遊びの一刀を混ぜる余裕など無い。
全ての攻撃は八城にとって全力の一振り。
だがそれですら軽々と受け。
返しの一撃が飛び込んで来る。
まだか、まだか、まだか!
十秒ですら長いと感じる。
これ以上は受けきれない。
躱し、落とし、流す。
ここには雪光も無ければ、慣れ親しんだ仲間も居ない。
それはつまり一歩間違えば命は無い。
「隊長!準備できました!」
「よし!全員後退しろ!」
その大声に八城が反応し、そして大食の姉も反応してしまった。
目標が変わる。
刃の向きが八城からその隊員へ。注がれる殺意が移り変わる。
息が詰まる程の恐怖を前にその隊員は空気を吸うのも忘れていた。
だがそれは間違いなく大食の姉が取った悪手だった。
八城はその絶対的な隙を見逃す事は無い。
その隊員の恐怖に歪んだ顔が大食の姉を見てなのか、それとも八城を見てなのかは分からない。
ただどちらの可能性もあるのは確かだった。
「まだこっちの刀は折れちゃいねえ!」
膨れ上がった八城の殺気に思わず大食の姉は片方のブレードを振った。
確認のない曖昧な一撃が当たる事はない
八城の一刀の刃が、大食の姉、その治らない手傷を負ったその場所にもう一度突き刺さる。
まるで痛みを感じているかのように転げ、体勢を崩した隙を、八城は刀を手放し。出口に向かって駆け抜けた。
「全員!最終プランだ!俺達のとっておきをあいつに見せつけてやれ!」
半分が閉じて居る防火シャッター下を八城は勢いのまま潜り抜ける。
八城が駆け抜けたその場所には大量のガラス片が撒き散らされていた。
大食の姉は両ブレードを地面に差し立ち上がり、八城の後を駆け抜けてくる。「最終バリケード班!撤退だ!全員配置に付け!」
そうして大食の姉が防火シャッターから見えた瞬間。
部隊員全二十人がある物を散らばったガラス片に向かって投げつけた。
空中を無数の水風船が舞い踊り、下のガラス片に落ちては、その中の液体を床にバラまいていく。
一人頭十近いその数により地面はまんべんなく水浸しとなった。
大食の姉はケタケタと鳴き声を上げながら、その通路に足を踏み入れる。
そして盛大に転がった。
立ち上がろうとしては転び、寝返りを打っては転び、起き上がる事も困難になっている。
そしてそれに拍車をかけるように、全隊員はなおも水風船の嵐を、大食の姉に浴びせ掛けた。
「これが元祖ローションペペ作戦だ」
八城の言葉に、感嘆の声が隊員の中から漏れた。
コンドームの中にローションを入れて作成する特別兵器
今なお、その場で身体をヌメヌメにして動けないでいる大食の姉を見る。
「全部投げ終わりました!」
「よし!全員速やかに撤退しろ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
行きと変わらず全二十人の返事が返って来る。
続々と隊員達が新宿地上に出て行き、新宿地下道内最後のトラップがその音を鳴らす。
それは大食の姉が爆破区画内に入った事を知らせる空き缶の音色。
「麗!やれ!」
八城は地下道内から飛び出す様に脱出。麗は確認と同時に、導線のスイッチを入れた。
「全員遮蔽物に!」
噴火でも起きたかと思う程の爆音が八城の耳を打つ。
出口付近でもたついた八城を庇う様に麗が八城の上に覆い被さり爆風をやり過ごす。
「終わったのか?」
八城が声を出したのは、爆発がおさまり数秒。
瓦礫全体の擦れ合う音も止み、静寂が当りを包んでいた。
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