第57話 新宿地下道2

地下道を崩落させる。

そう柏木が立案した時、誰もが困惑の表情を浮かべた。

というのも確認された場所が新宿地下道内。その場所にツインズ、大食の姉が逃げ込んだという情報が入っていたからだ。

確かに質量で押し潰すのは悪い案ではない。

だがそれには多大な量の爆発物が必要になる。

遠隔による爆発ならタイミングも重要になるだろう。しかし電子機器の電力供給が乏しい今の状況で、果たしてどれだけの成功確立があるのか。

ただ人員を無作為に導入し、失うぐらいならば此方の作戦の方がマシに思えるのも確かだ。

今は新宿地下道内で潜伏している大食の姉だが、いつ地上に出て来るか分からない。

手傷を負った大食の姉は次にどんな行動を起こすか?負った傷を癒し、失った部分の修復のために人を食い荒らすだろう。

どちらにせよ今手を打たなければ更に被害が拡大する事は目に見えていた。

八城達の作戦実行は明日明朝。

それまでは各隊がそれぞれの場所に爆発物をセットしていく。

七班ある内三班は、トラップを仕掛ける為に先行して地下道内部に侵入する運びとなっている。

ここには、麗率いる九十六隊そして七十一隊と八城の混合チームが先駆けとなる。

地下道内部は水気を帯びた生乾きの匂いが充満していた。

明かりの無い道を大所帯で先行するのは危険だ。なので七十一番隊から四名と八城。

そして九十六番隊から麗と他四名が選出され、指定場所に爆発物をセットしていく。新宿地下道は長く果てしない暗闇が続く迷宮だ。

「ねえ八城、この作戦成功すると思う?」

「あんまり言いたくないが、良くて半々だろうな」

「私も同じ意見よ。でも、また地上にツインズが出てくる様な事が有れば……」

「まず間違いなく人が死ぬだろうな。それに今回の物資は事前に横須賀の中央から取り寄せた虎の子の一品だ。つまり俺達はこの状態に陥った時点でツインズともう一つ、横須賀の中央にも借りを作る事になった」

「周りも内も敵だらけね。本当に困ったものだわ」

「一応、横須賀の建前としては、敵ではないらしいけどな」

「本当に笑えない冗談ね」

そう。本当に笑えない。

こんな時でも人間は一つになりきる事が出来ないその事実が最も笑えない。

「でも、この作戦が失敗すれば本格的にこの中央も差し出せる物が無くなるわね」

横須賀からの物資供給を受け、東京の中央は横須賀の中央から借りを作ったままの状態になっている。

もしここでツインズを撃破する事が出来れば、それはこれまでに無い成果として他の周辺地区に大々的に公表できる。

だがもし、これだけの物資を受けこの作戦が失敗した場合。

この中央に残るのはツインズという脅威と、借りを受けた横須賀中央からの圧力のみとなる。

となれば不信感を持たれた東京の中央は、頭がすげ変わる事が起こっても何ら不思議ではない。

西武の中央が半壊し、今現在は東京の中央と横須賀の中央で拮抗を保っている。

だがここで東京の中央がツインズという脅威を撃破。

あるいは撃退が出来なければ、それは実質上の横須賀の中央に全ての対応を任せざるを得ない。

「そうならないように俺達がここで食い止めるんだろ?」

八城は最後の曲がり角を曲がりむき出しになっている主柱を睨みつけた。

そう八城達が向かっていたのは、ツインズ撃破の要となる場所。

新宿地下道内において最も長く真っ直ぐに延びた道。

そうこれは柏木が立案した作戦だ。

八城達が居るこの出口を含めた四つの出口から順番にツインズを誘導。

その度にツインズの後退路を爆破させ、前進させ続ける。命がけの誘導を4回繰り返し、八城達が居るこの場所で、ツインズを爆破による崩落に巻き込み、撃破する。

つまり、八城達の後ろにあるこの出口が、爆破の最終ポイントとなる。

ツインズが出口から五十メートル圏内に入ったのを見計らい、ツインズ後ろの天井を爆破。

それと同時に入り口も爆破し、両方の退路を塞ぐ。

そうなれば内部に仕掛けてある爆弾を順次爆破していけば、ツインズは自ずとその崩落に巻き込まれるという仕掛けだ。

だがこの作戦には問題が一つある。

誘導をする人材が最も危険を伴うという事だ。

誘導。

それつまり、真っ暗闇の中、大食の姉と追いかけっこに興じるという事。

総合距離三キロにも及ぶその道程を一人で走りきる事は不可能だ。

隊総出で、ツインズを指定ポイントまで誘導する事が求められる。

そして最後の最後。最後尾となるポイント。

それはツインズが最終二十五メールの直線に入った瞬間に爆破の合図を送らなければならないポイント。

ギリギリまで大食の姉の引きつけ自身は地下道から脱出しなければならない。

遅ければ自身も爆破に巻き込まれる可能性が有る。

その最後のポインターを務めるのが七十一番と八城。

狭い地下道を大所帯。

考えただけで笑えない冗談だ。

「この作業の音でツインズが起きて来る事は無いよな?」

「起きて来ないから隊の誘導が必要なんじゃないかしら?そうそう、聞いた話では、大食の姉は再生しない手傷を負って、この地下道に逃げ込んだそうよ?何か心当りがあるかしら?」

そう訝しむ麗の問いに八城はあっさり返答した。

「さっぱり分からん。クイーンでも怪我する事があるんだな。」

「あくまでシラを切るのね?」

「知らん物は知らん」

重い沈黙だけが当りを包み時折作業の音が、真っ暗闇の新宿地下道に鳴り響く。

三十分程した頃、全ての作業を終え、八城達は全ての隊員を連れ新宿地上に出てきていた。

「一つだけ言っておくわ」

麗は改めて八城の前に立つ。

「今回の作戦でもし、あんたが自分の持てる力を全て使わないで、この隊の中から犠牲者が出たら、私あんたを許さないから」

「そんな事はしない」

「どうだか」

「やけにつかかってくるな、そんなに不満なら、何で俺を自分の隊に引き入れたんだよ?」

「決まってるでしょ。あんたの秘密を探るためよ」

「そんな物は無い。探っても無駄だ!」

「まあ良いわ明日私は全力で戦う。あんたも全力で戦いなさい。良いわね?」

そして翌日八城達は知る事になる。

クイーンと呼ばれている生き物が本当の意味で人の手に負えない生物だという事に。



翌日

時雨と桜は明朝すぐに33番街区を後に、44番街区に向かっていた。

「桜まずい!急げ!」

「分かってますけどこの数!」

大した群れではないと時雨も桜も思っていた。

だが思う様に前に進めない。

死にはしない。桜の刃は確かに奴らに届いている。

届いているのに力が足りない。

桜はフェイズ2を一人でも時間を掛ければ倒せる様になった。

「桜!チャンスだ!」

「はい!」

二人の連携も悪くない。だが進めない。

如何にあの二人の存在が大きかったのかを、居ない今となって実感していた。

「桜もう直きに始まっちまう!」

「分かってます!」

そう今朝方緊急作戦開始の知らせが入った。

作戦開始時番街区への出入りが制限される。

ここで動かなければまず間違いなく追いつけない。そう判断した二人は明朝44番街区を目指した。

だが、奴らの数が多い。

いや八城、紬が居ればその優位は此方にあったのかもしれない。

そうして時間が経てば断つ程焦りが募り、剣が鈍る。

そして赤の狼煙が上がる。

「クソ!」

時雨がその狼煙を見て思わず悪態を付いた。

そう作戦開始の合図。

それは33番街区と44番街区間の出来事だ。



同日 同時刻

「無理、これでは進めない」

「大丈夫だ……」

「本当に死ぬ。今は休むべき」

明朝良の容態は悪化の一途をたどっていた。

汗が止まらない。視界が揺れる。雨が降っているかと思う程の耳鳴りが激しい頭痛を引き起こす。

それでも起き上がろうとする良をテルは無理矢理にベッドに押しとどめた。

「無理っすよ!今は休んで体調の回復を待ちましょう!少しはこっちの言う事を聞いてくださいっす!」

「こいつはもうこれ以上良くはならない。今の俺がこれからの俺より一番元気なんだよ。お前も分かってんだろ。」

良のその言葉にテルは涙を溜めて首を横振った。

「駄目っす!こんなの駄目っすよ!」

「もう場所は割れただろ。番街区で人が居なくなってる。あの番街区を中心に……そこにさえ行けりゃ、あいつが居る!」

テルが良に抱きつき絶対に行かせないとその場から動こうとしない。

今日はもう動く事はできないだろう。

そう思い紬は、44番街の窓から外を見た。

赤い狼煙。

紬の気がかりは、むしろこっちの方だ。

八城には、桜と時雨が付いている。

大丈夫と自分に言い聞かせるが胸に靄が晴れる事は無い。

紬は緊急の作戦がどういう物かも分からない。

今はただ八城の無事を祈る事しか出来ない。

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