第54話 外法

昼頃

4番街区に着いた桜と時雨は聞き込みを始めていた。

違う。訂正しよう。

聞き込みと言い張っているのは時雨ただ一人

桜は身内の恐喝現場に居合わせていた。

「おう、おっさん。これがどういう物か分かるよな?」

時雨は暗がりに連れ込んだ一人の男性に、八城から受け取った徽章を見せつける。

「ひっ!すみません!気に障ったなら謝ります!」

「おいおい、私がそんな事を聞いてると思ってんのか?ああ!!」

男性の胸ぐらを掴み上げ、時雨はその男性を壁に押し付ける。

「もう一回聞くぜ?よくよく考えて答えろよ?こっちの写真に映ってる奴に見覚えは有るのか。それとも無いのか?黙ってると自分の為にならないぜ?」

時雨のその態度が素なのか演技なのか桜には分からなかった。

ただ、その様子を端から見ていると、感じの悪い女が気の良さそうな男性に絡んでいる様にしか見えない。

「……口止めされていて」

男性は観念し、口止めされている事を時雨に話を打ち明ける。

だが時雨は、知りもしない他人の都合で止まるような女ではない。

「これ、分かるよな?三枚羽に赤のダイヤ。みんな大好き八番の徽章だ。つまりあんたがこのままだんまりを決め込むっつう事は、あんたが……違うなこの番街区が八番を敵に回すってことでいいんだよなぁ」

悪役でしかない時雨の姿

成り行きとは言え、桜もこの悪事に一枚噛んでいる事に大きな罪悪感を抱く。

「私はどっちでもいいんだぜ?ただあんたの事を、うちの大将……八番に言伝するだけだからよ?それでもいいんだな?」

「しっ時雨さん……その辺で」

桜は自分が所属する八番隊という隊が嫌いではない。

しかしこのままだと八番隊が悪逆非道の集団と勘違いされかねない。

「桜は本当に優しいなあ!」

時雨はニッコリと邪悪な笑みを桜に向け、男の胸ぐらを掴む手を緩める。

「分かってくれましたか」

桜がホッと胸を撫で下ろすのもつかの間時雨が信じられない事を口にした。

「おいおっさん。こっちの新人はうちの隊の中では、誰よりも人が苦しむ姿を見るのが好きなサディストでな。許されたと思って安心した所を突き落とすのが、得意なんだよ」

「え?」

「可哀想にな…あんた終わったよ」

流石は元アイドル、演じるのが本業だっただけある。

男は絶望した瞳で桜を見る。

「そっそんな事しませんよ!」

とんだ風評被害だ。

だが止める桜を無視して時雨は続ける。

「そうだな、桜は手を汚したりしないもんな……他の誰かがやるかもしれねえが……おっと、おっさん?私も鬼じゃねえ今ならまだ見逃してやれる。最後に聞くけどよ、言う気が有るなら今のうち……」

そう言った時雨の言葉は縋り付くおっさんの叫び声で打ち消された。

「言います!何でも!ゆるじてくださぃ……殺さないで」

時雨は足下に縋るおっさんを見てにやりと口角を上げた。

「おうおう、最初っからそう言えやおっさん」

桜は思う。

「時雨さんが鬼です」と。

時雨と桜は良達の足取りを追うために次に向かう目的地の手がかりをその余りにも可哀想な男性から聞き出した。

というのも、どうやらテルが自分たちの居場所を隠す為に、自ら持つ徽章を使い情報を遮断しているらしい。

「時雨さん、やり過ぎですよ!こんなの隊長にバレでもしたら……」

「だがこうしないと見つけられなねえだろ?だから大将も私にこいつを持たせたんだろうしな」

時雨は外に出していた徽章を他のペンダントと共に服の中にしまい込む。

「でもあの男性怯えてましたし!なにより可哀想ですよ!」

「桜は本当お人好しだよな!私は嫌いじゃねえけどよ」

「別にお人好しって訳じゃないですけど、何度も言いますが可哀想じゃないですか」

「私は名より実の方が好きな人間だからよ、それに……」

途中で切れるその言葉に桜は前を歩く時雨を見る。

「それに?なんですか?」

「あ〜……なつうか。私は紬と大将には助けられた。私が借りも返さない内に居なくなられんのは困んだよ」

時雨のその顔はいつもの様におちゃらけていない。

「十分時雨さんもお人好しじゃないですか」

「うるっせ。ほら行くぞ」

時雨と桜はそう言って良が向かったであろう33番街に向かって行く。


同時刻33番街では良、紬、テルの三人は着実に一華の情報を集めていた。

「つまり研究者が引き抜かれているっていうことっすね」

テルが今まで集めた情報を統括した結論を出す。

「その引き抜かれてる番街区、規則性がありゃしねえなあ」

良は確認した情報からそう毒づいた。

「いえ、ちょっと待って下さいっす」

テルは様々な地図と今まで集めた情報から得た番街区を照らし合わせる。

「ちょっとまだ情報が足りないっすね」

テルは地図を見ても何も分からないと言いたげに首を傾げた。

「次は?」

紬は手頃な段差に座り、良とテルを見る。

「次っすか、正直な所66番街区に行って聞き取りをしたい所っすけど。如何せんここからだと距離が遠いっすからね」

そう55番街と66番街の間はクイーンの密集地帯。

クイーン同士が一定間隔で距離を取っているとはいえ、その僅かな隙間を超えて行くのは不可能だ。

出来る事と言えば、一つ一つの番街区でこうやって聞き込みをすることっすけど」

テルは見るからに具合の悪そうな良をみやる。

今は昼の三時過ぎ。というのに、良の薬はもう効き目が切れ始めていた。

「へへっ、俺の事は心配すんな。次に行かなけりゃ一華の情報が掴めやしねえんだろ?さっさと行こうや」

身体を動かす緩慢な動き。

「良三シリーズの副作用はもう分かっている筈。最後の時間ぐらいは、家族と過ごした方がいい」

三シリーズの副作用は紬も知っている。

だから良の最後の残り火は、家族に抱かれて迎えるべきだと紬はそう言っているのだ。

「なんだ?紬は俺の事がそんなに心配か?」

「心配も何もない。もう良は限界。それとも良はもう家族に会う気が無い?」

「ははっ!バカぬかせ!俺はまだ元気だし、帰って家族にも会うつもりだ!」

「バカをぬかしているは良の方。一華にやられてもうすぐ一年経つ。この意味が分からない?」

「……分かってるさ」

「なら!」

「でもだ!」

額に汗を滲ませながら苦痛に歪む顔を押し殺して良は立ち上がった。

「これが終わるまでは戻れない、それに一華に会えば、この身体もどうにかなるかもしれねえだろ?」

良はそう言って二人に背中を見せ次の番街区44番街区に向かって行く。

紬は黙ってその背中を見つめている。

紬はその先にある未来を知っている。

分かっていた三シリーズの副作用。

女には女の男には男の副作用が有る。

それは三シリーズを知っているシングルNo.と柏木、そして紬が知る特性。

十七番初芽はその不作用によって子供を産む機能を完全に失ってしまった。

元遠征隊五番、雨竜良は男だ。

その副作用は半年から一年以内に起こりうる。それは息苦しさから始まり、凄まじい発汗、かわりに身体能力が飛躍的向上するが、その期間はすぐさま終わりを迎える。

次に五感の全てを失う。

聴覚、嗅覚、触覚、味覚そして最後に視覚。それらが失われた後は最後だ。

何故最後か?

理由は簡単だ。

それは人を超えた力。

その力は燃える最後の灯火でしかない。

であるなら何を対価として差し出すか?

答えは直に訪れる。

それは人の形である。

人の形を失い、「奴ら」ではない化物になり

後十秒と生きず絶命するのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る