第53話 猜疑4

翌日

八城は柔らかな日差しによって目が覚めた。

いつも通りの孤児院。

だが八城以外の隊員は誰一人として居ない。

そんな静かな朝。

子供達とマリアは日課の畑に出てしまって居ない。

時刻は七時まだ集合までに二時間も余裕がある。

いつもはこんな早起きをする八城ではないが今日は早く起きる理由があった。

昨日の夜孤児院にこんな手紙が届いた。

「八城へ明日七時に、コロシアムに来なさい。麗より」

起きた時間は七時五分。

「眠いぃ…行ぎだぐなぃ…」

そもそも今の段階でもう遅刻している、怒られるのは目に見えている。

いっその事見てなかった事にして寝続けてしまうのは?

と思ったが、よく考えたらマリアからこの手紙を渡されたのだ。

行かなければマリア伝いに、麗に連絡が行きかねない。

朝から怒られる余裕も元気も無い。

しかし今動かなければ確実に怒られる事だけは分かっている

行かなければ怒りの振れ幅が大きくなるのは目に見えている。

八城は眠気の抜けきらない身体を動かし身支度を整え孤児院を出た。

コロシアムに着いたのは七時二十分。

麗はコロシアムの壁に寄りかかって腕組みをしながら軽蔑の視線を八城に送る。

「遅い!」

「ごめんなさい」

八城の頭には早くこの話が終わって孤児院で二度寝がしたいという事しか考えていない。

「で?何で俺をここに呼びつけたんだ?」

二人の間には早朝の涼しげな風が吹き抜け前髪を揺らしている。

八城は欠伸をかみ殺しながら話の本筋を尋ねた。

「まず最初に、昨日の事は謝るわ。デリカシーに欠ける発言をした」

そう言って麗は頭を下げ、すぐに上げる。

「でも昨日の話、私は間違った事は言っていないわ」

本来であれば謝るのは八城の方なのかもしれない。

「そうだな。お前は間違ってない」

そう麗は間違っていない。

奴らの犠牲を少被害を最小限にしたい。

そのためには情報が要る。

麗が求めるのはただそれだけだった。

「なら、どうして?どうして、八城は隠そうとするわけ?」

だから麗は分からない。

八城も犠牲を少なくしたいと思っている筈だ。

その共通認識があるにも関わらず、八城は何を隠しているのか。

何故、隠しているのか。

だがそれでも八城はその秘密を言う訳にはいかない。

「悪い。言えないんだ」

僅かな沈黙。後麗は嬉しさを滲ませる。

「今回は関係ないって言わないのね?」

「昨日お前が言った通りだ。犠牲者が出てる。関係ないじゃ済まされない。でも…それでも俺は言えない」

「絶対に言わないのね?」

「言わないんじゃない、言いたくても言えないんだ」

八城のその言葉を聞いて麗はニヤリと笑った。

「あっそう。分かった。そっちがその気なら私にも考えがあるわ」

「なんだ?お前も武闘派か?」

八城のこの流れから見ると大体この後は刃を交える事になるのが殆どだった。

だが麗はそんな事に興味ないと背を向ける。

「あんたと戦って勝てるなら私があいつを撃退してるわよ。まあ確かにあんたより私が強いなら、それが一番手っ取り早いんだけどね。私には無理。だから別よ」

麗のその言葉に八城は特有の不気味の悪さを感じる。

「まあ楽しみにしてなさい」

麗はそう言ってコロシアムを出て行ってしまった。

時刻が七時四十分まだ二度寝が出来る時間帯に八城は孤児院に踵を返す。

だがその約1時間半後、八城は麗の言葉の本当の意味を知る事になる。

あの言葉の本当の意味を。

午前九時

全隊長は昨日と同じ様に座席に着席して柏木話に耳を傾けていた。

「では作戦を発表しよう」

その作戦も作戦と言えるような代物ではない。

部隊を二つから三つを纏め、目撃情報のあった場所に七方向から囲い込み、内三方向に罠を仕掛け、敵を誘導し、撃破を目指すというもの。

だがその班分けが問題だ。

八班、七十一班、そして九十六班。

その班分けを見た瞬間麗がまたしてもニヤリと笑ったのを八城は見逃さなかった。

「何か異論がある者は居るか?」

柏木のその言葉に八城は手を挙げた。

「俺の八班なんですが、隊員が一人も居ません」

その言葉を待っていたかの様に柏木は言葉を返す。

「その件は九十六番から説明がある。」

柏木は麗に目配せすると、麗は席から立ち上がる。

「はい、昨日の言動を見ての通り、ツインズとの交戦以降、隊長である七十一番は現在隊長として責務を全う出来る精神状態にありません。よって擬似的ではありますが、隊員の居ない八番が七十一隊を隊長として指揮を執る事が適任と考えます。」

「ちょっ!ちょっと待てよ柏木!俺はこんな大人数を組織するのは!」

八城が言おうとする言葉を遮る様に麗が割って入る。

「それなら心配要りません。私はいつも二十人前後の隊員指揮を行っておりました。私なら、八番の不得手も埋められる物と考えます」

八城はこの言葉のやり取りを見て、柏木と麗が綿密な打ち合わせの上でこの作戦概要を練っていると感じていた。

つまり八城ではこの作戦を覆す事は、出来ないだろう。

やられた。

八城は諦めから、自分の座席に深く座りながらこれからの事思い深く溜め息を付くのだった。

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