第55話 猜疑5

桜と時雨は、良の足取りを掴んだ翌日早朝に33番街に向かって行った。

桜、時雨が33番街に着いたのは十時前。

だがそこにはもう、良の姿は無かった。

「桜!そっちはどうだ?」

「駄目です。昨日まで姿を見た人は居たみたいなんですけど、多分昨日のうちに、この番街区を出て行ったんじゃないかと思います」

「桜、お前この状況どう思う?」

「どうってどういうことですか?」

「考えてもみろよ、大好きな大将の元を離れて、しかもだぞあの紬が黙ってあのおっさんにのこのこ付いて行くと本当に思うか?」

「確かに」

桜も隊員という手前、八城の事を慕ってはいるが、紬のそれは度を超している。

そんな紬が自ら八城の元を離れるとは考えづらい。

「かと言って、紬がその辺の奴らにやられる様にも思えねえ」

「私もそう思います」

「紬を無理矢理従にでも従わせる事が出来る奴なんて、私は大将以外想像がつかねえ。つまり何が言いたいのかと言うとだな……紬の奴、多分だが言い包められたんじゃねえのか?」

時雨は若干呆れたようにその言葉を発した。

「ええ!本当ですか?私ちょっと想像が付かないですけど」

だが桜は半信半疑と言った様子で時雨を見やる。

「例えばだ。私が紬に言う事を聞かせなくちゃいけないなら、まず大将の事を持ち出す。今回の件に準えるなら、こうだな」

八城に負担を掛けない為に俺達で情報を集める。

「とでも言やあ、紬は誰にでもホイホイ付いて来るんじゃねえか?」

時雨による、異様に上手い良の真似はさておき、桜はその言葉を聞いて瞳を大きく見張らせる。

「逆にそれしか有り得ない様な気がしてきました」

「だろ?」

「じゃあつまり今紬さんは良い様に操られている可能性が有るという事ですか?」

「操られてるっつうか、多分紬の奴、騙されて、上手い事利用されてんじゃねえか?」

「そんな子供じゃない……」

んですからと出かけた言葉を桜は押し込んだ。

戦っている間の、頼もしい戦力としての紬を見ているからこそ、あまりにもその年齢がかけ離れている。

だからそのあまりにも短絡的な事実にも気が付かなかった。

「あいつあれでも十六歳なんだぜ?私たちだって今のあいつと同い年の頃、世界がこうなった時は慌てふためいて逃げる事しか出来やしなかったんだ」

「そうですよね。あれでまだ十六歳なんですから」

紬には頼る事のできる腕がある。

その腕で桜も時雨も助けられた事が幾度となくあった。

だがその内面を桜も時雨も見ていなかった。

紬が見て育ってきた四年間の背中は、東雲八城という化け物の背中と、野火止一華という更に化け物の背中だ。

二人の化け物の背中を追いかけて、どうにかここまで生き延びていれば、その腕が上がらない訳がない。

奴らから生き延びるというのはそう言う事だ。

「大将にはとことん向いてないからな」

「何がですか?」

「寄り添うとか、そういうんだよ。本当は親だったりが居ない環境で成長するんだろうけどよ、なまじ大将が傍にいればそれが代わりになっちまうだろ」

桜は過去の自分と妹の事を思いだす。

四年前、先生の指示で避難した先で肩を寄せ合いながら一ヶ月を過ごし、緊急避難の警報が鳴り響く度に避難所を移動した。

その移動の最中幾人もの人が奴らの餌食になった。

妹を何としてでも守りながら桜自身も戦う術を身につけ、こうして刀を持った。

紬はどうだったのだろうか。

それこそ桜も最初から八城と出会っていたなら……

いやそれは八城自身も一緒の筈だ。

八城も最初からあの強さを身につけていた訳ではない。

戦う内に術を身につけ生き残りそうして今の八城が居る。

「でもちょっと紬さんが羨ましいです」

桜は自然とその言葉を口にしていた。

「私頼れる方が居なかったので、八城隊長みたいな方が居ればあの四年間も違ったのかもしれません。」

「おめえもまだまだお子ちゃまだな」

時雨は思った事をそのままの言葉で伝える。

「もう!なんですか!どうせ私はお子ちゃまですよ〜」

そんな風に少し不貞腐れた桜を見ると、どうも同じアイドルをやっていた一人を思いだす。

人気アイドル絶頂期だった頃、もう一人時雨と対当するように出てきていた歌手が居た。

どうなったのかは定かではない。

時雨もその相手も、互いが互いを心配する様な間柄ではなかった。

それでも不思議な仲間意識があった。

「私もかよ、クソ」

自分自身の甘さも時雨は痛感する。

「どうしたんですか時雨さん?」

「何でもねえよ。ちょっと小便行ってくるわ」

「本当時雨さんが、元アイドルとは思えないです」

「桜さん。ちょっとお花を摘みに行って来てもよろしいかしら?」

「やめてください!私の藤崎時雨ちゃんのイメージを、これ以上壊さないで下さい!」

両耳を塞ぐ桜の手を時雨が取り払う。

「どうかしら桜さん?御一緒に?」

時雨は自分がやっていた役を面白おかしく使い分ける。

「嫌だ!やめて!汚れて行く!私の藤崎ちゃんが!」

「最初から綺麗な藤崎ちゃんなんて居ねえんだよ!」

時雨はゲラゲラ笑いながら満足げにトイレの方向に歩いて行くのだった。






同日昼過ぎ。

44番街に着いた紬は良の看護を行っていた。

「大丈夫?」

「すまねえな」

「いい、でもこれは夏風邪では誤魔化せない」

「そうかもな」

良には分かっている。

良はもう決めていた。

最後のその時が来るまでは、雨竜良として散る。

そうでなければ良は良自身を許せない。

あの場で死に損なって、ここでも死に損なう事は絶対に許されない。

だから良は立ち上がる。

「もう平気だ。大分具合も良くなったからな」

そうやって平然と嘘をつく。

ふらつく足下を無理矢理に踏みならし、口角を上げて笑顔を作る。

「本当に大丈夫?」

心配そうに見上げる紬の頭をくちゃくちゃに撫でる。

「大丈夫だ。おじさんは強いって相場が決まってる」

「強いのは分かってる。でもやっぱり一度家族の居る五番街区に戻って」

「そんな時間はねえな。早くしねえと一華の情報が掴めなくなっちまう」

「でも」

「大丈夫だ。心配すんな」

「大分情報も集まってきたっすよ。あれ?大丈夫っすか?」

テルは思わず良に具合の確認をしてしまった。

そうしてしまう程に、顔色が悪くなっている。

唇は白を通り越して青紫色に変色し、もう生きている人間よりも死人に近い顔色だ。

「やっぱり戦闘は極力避けて通るべきっすよこのままじゃ身体が保たないっす」

悲壮を浮かべるテル。テルも知っている雨竜良がもう長くない事を。

誰が何を言ったとて雨竜良は止まれない。

「分かってる」

「分かってないっすよ!何でNo.十が居るのに前にでるっすか!」

それはふたりが紬を連れて来た最大の理由だった。

戦力として紬を起用する。

テルと良はそう約束してこの作戦を始めた。

だが良はこの作戦を始めた当初からそんな気はさらさら無かった。

「いや、まだ大丈夫だ」

強がりだと誰もが分かる。

だがその強がりを誰も否定できない。

紬は戦力として丁度いい。

だが八城では駄目だった。

八城では万が一にも一華と遭遇した場合、否が応でもでも八城が一華に斬り掛かる可能性が有る。紬ならその心配が無い。

そもそも八城をこの作戦に参加させたのは、雪光の情報をテルに確かめさせる事と、もう一つ。

八城が一華に勝てるのかを確認するためだ。

良の見立てでは八対二。

一華が両刀を抜けば八城がゼロだ。

厳しいかもしれないがこれが良から八城への評価だった。

八城は確かに強くなっている。

だがそれでもなお、1年前の一華にすら今一歩及ばない。

そして八城を此方側に引き寄せたくなかったもう一つの理由。

それは、一華自身が八城へ過剰な反応を見せるという事だ。

一華はそもそも切れる刀が三振りあるなら、三振りを持って行く女だ。

それを一刀だけ八城へ渡したのは何故か。

簡単だ。

東雲八城は、野火止一華の中で特別だからだ。

そして狙った獲物が目の前に現れたなら、野火止一華という女は、その特別を放っておく程大人しい性格でないことは周知の事実である。

であるなら必ず、野火止一華は東雲八城に接触してくる。

その前を叩く。

良は自身の身体の変化に感嘆していた。

それはもう人間でなくなってきている悲しみ。

そしてこれまでに無い力を手にしているかの様な万能感。

今なら出来る。

野火止一華は言った。

「綺麗な華を咲かせたら今度はちゃんと助けてあげる」

野火止一華を倒し、三シリーズの秘密を洗いざらい吐かせれば、この身体を元に戻す糸口も見つかるかもしれない。

それがもし駄目だとしても、未来の担い手に道を残す事ぐらいはしてやらなければ。

良は一華に刺された胸元の傷を見やる。

感染し、少しずつ死に向かう自分の身体と折り合いを付ける事は難しかった。

だから家族の元で、死に向かうまでのゆっくりとした時間を過ごす事も悪くないと、そう思っていた。

その時間が、如何に自身が止まっていたのかを知るのは半年と少し過ぎた頃だ。

仲間を斬り、それでも刀を手放さず佇む八城の姿を見なくて済むなら。

良は教えてやらなければいけない。

自分は未来とは遠い場所に居る。

だが八城は違うと教えてやらねばならない。

だから良は笑う。

良は、お人好しの馬鹿野郎に最後のお灸を据えてやらなければならないのだから。

「大丈夫だ。俺が前に出る。紬は俺の尻拭いを頼むぜ」

その笑顔に誰も笑って返せる者は居ない。

ただ紬は決してその決意を受け取っていない訳ではない。

「了解した。介護は得意。任せて」

そう言ってライフルを担ぎ直す。

「間違ってるっすよ!そんなんじゃ!本当にここで終わっちゃうっすよ!」

最後まで言わせない様に良はテルの頭を撫でる。

「大丈夫だ。心配すんな」

そう言って良は背中を見せる。

「ずるいっすよ」

テルは瞳に溜まった雫を拭い去り良と紬の後に続いていく。

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