第47話 旧古2
八城、桜、時雨が地下鉄から地上に出た直後勢いよく大粒の雨が降り出した。
「おいおい!マジかよ!地下鉄で濡れなかったのによ!」
時雨が言う様に地下鉄内には雨水は溜まっていなかった。
だが地下鉄から出た途端三人は急に降られた雨により濡れ鼠になっていく。
テルがラジオで流していた5番街区まで、急ぎ足に三人で向かい、建物の中に避難できたのは、服全体に十分過ぎる程水気を含んだ後だった。
「お前達はとりあえず常駐隊宿舎まで行って行ってくれ。俺はここの隊長に話をつけてくる」
八城は二人を置いて、その建物三階部分
常駐隊副長の居る部屋に向かった。
八城は一度ノックをした後、若い女の声が返って来たのを確認して中に入る。
一番奥に居る女性と目が合った。
八城はこの女性を知っている。
というのもこの女性は雨竜良の奥さんである。
「あら!八城君じゃない。久しぶりね」
女性は尋ねて来た人間が八城だと気付くと人好きのする笑顔で机から立ち上がった。
「冴子さんお久しぶりです。突然すみませんが、ここに良さんと紬とそれからテルって名乗ってる情報屋の女が来たと思うんですけど。今は何処に居ますか?」
八城は早々に三人と合流すべく、多分知っているであろう場所に来ていた。
ここには受付と直接内線が繋がっている。
そのため、来客が来た場合は、受付からまずここに連絡が来る。
だが、冴子は八城がなにを言っているか分からないと言いたげに曖昧な笑顔を返した。
「八城君ごめんなさいね。どういう事かちゃんと説明してくれるかしら?」
八城はそのとき自分の言葉足らずのせいで、冴子が言い淀んでいるのかと思った。
だから八城は、ラジオ局に行った事。
自分が九十六番隊の援護に行った事。
その後、ラジオ局が奴らに囲まれていた事。
そしてラジオからこの番街区へ紬達三人が避難した事を事細かに説明した。
そして八城は冴子から予想していなかった言葉を聞く事となる。
「八城君。三人は確かにこの番街区に行くと言っていたのね?」
「はい」
冴子は言葉を選ぶ様に慎重に口を開いた。
「単調直入に言います。三人はこの番街区に来ていません」
「……じゃあ何処に行ったんですか?」
「知りません」
当然の問頭だ。八城が知らないのに冴子が知る筈がない。
冴子は八城の格好をみる。余りにも見窄らしい泥まみれの濡れ鼠。
「とりあえず服を洗って身体を綺麗にして来て頂戴。あなた今相当酷い顔してるわよ?」
冴子がそう言うのも頷ける。
一日中歩き通し、先までツインズと激しい戦闘を繰り広げた後なのだ。
疲れない訳が無い。
八城は促されるまま宿舎に向かい手早くシャワーを浴び、常駐隊支給の制服に袖を通す。
宿舎内の廊下を好奇の視線を浴びながら桜と時雨の待つ食堂まで向かう。
食堂では周りを取り囲まれている桜と時雨の姿があった。
「多山大39作戦の英雄と会えるなんて!」
「あなたよく見たらすっごく美人ね」
などなど二人はひっきりなしに声をかけられ、桜は半分戸惑いながら、時雨は心底鬱陶しそうに対応している。
「あ!89の英雄だ!」
八城を見て座る誰かがそう声を発した。
それと同時に広い食堂に居る全ての視線が八城に集中する。
だがその視線が集まったのは一拍の間だけだ
何故なら八城は誰が見ても機嫌が良さそうには見えなかったというのが大半の理由を占めるだろう。
そして、当然というべき事に誰も八城に近づこうとはしなかった。
八城はゆっくりと桜、時雨が座る席に近づいていく。
人垣が八城を避ける様に割れ道が出来る。
八城は桜と時雨二人と向かい合い様にして座った。
「三人はこの番街区には居ないみたいだ」
その事実を聞いたとき二人は、然程驚いた様子ではなかった。
ただ、「ああやっぱりか。」というような何処か納得したようなため息が漏れる。
「大将。言っちゃ悪いが、あの雨竜良とかいうおっさん。私はそんなに信用できるとは思えねえな」
桜もその意見には肯定のようだ。
時雨や桜が感じている違和感を八城自身も感じていた。良が何かを隠しているのは明白だ。
だがここは5番街区、つまり雨竜良が常駐隊の隊長を務める番街区である。そんな場所でその話をするのは些か配慮に欠ける行いだろう。
「場所を移そう」
八城は桜と時雨を連れて屋上手前に踊り場に場所を移す。
ここなら常駐隊に面々も居ない。秘密の話をするならうってつけの場所と言える。
「ここなら誰も来ない、お前らの感想を聞きたい、率直にどう思った?」
八城は屋上に続く扉を背にそう話を切り出した。
「どうってな……さっきも言ったが、私はあのおっさんはどうも信用できねえよ」
時雨の言葉に頷き桜もその言葉を肯定した。
「ごめんなさい隊長……実は私もです。それとあのテルっていう人も、何か隠してる感じがします」
二人の反応はもっともだ。二人の行動、特にそれは雨竜良に顕著だった。
通常常駐隊に隊長は自分の番街区から動く事を容認されない。
しかも良の番街区は5。
今回のツインズ挟撃作戦の主要となる番街区は1、2、3、11、22、33、の六つだ。
そもそもこの番街区以外から常駐隊の隊長が中央に出張ってくる事が異常。
だが八城は最初から分かっていた。
異常な事が起こっている。
それは野火止一華がこの中央周辺に現れた可能性が有るという事だ。
1年前京都までの大遠征を命じられた野火止一華。
仲間を連れて行く事を禁止され、持たされたのは月と花の二振りの刀だけ。
一華であろうと、その二振りのみでこの大遠征を成功させる事が出来る訳が無い。
その死んだ筈の野火止一華の情報がもたらされた。
だが何故良は、この情報を今このタイミングで八城の元に届けたのか?
偶然か?
果たしてそんな偶然があるのか?
ツインズの大食の姉には確かに再生されない一文字の傷が入っていた。
三ヶ月前の89作戦時には大食の姉にそんな傷は付いていなかった。
何がその傷を付けたのかは明白だ。
だがタイミングが問題だ。
一華がもし中央に帰って来たのなら、それは全ての隊長を総動員してでも探し出す事が求められる案件である。
それ程までに三シリーズの武器としての価値は大きいことは明白だ。
確かに西武中央の危機から7777への遠征と被り、中央の遠征隊はその殆どが出払っていた。
であるなら良は、八番隊の遠征の帰りを待つ事無く情報を取りに行くべきだった筈。
その実力があり元シングルNo.としての実績もある。
何故それをしなかったのか。
「おい!大将!どうした?黙りこくってよ。」
思考に埋没していた八城の意識が引っ張り上げられる。
桜と時雨が心配そうに此方を見つめていた。
「紬さんの事心配なんですか?」
「いや紬は殺しても死なない、問題は良さんだろうな」
今の状況八番隊三人と紬が引き離された状況。
八城はこれに意図的な何かを感じていた。
わざわざ5番街区に行くと録音を残して他の番街区に行く理由が分からない。
もしこの状況が意図的に作られたのなら、八城、桜、時雨の三名はもうあの中で、必要がないということだ。
つまり八城の役割は今までの道中の何処かで終わっている。
そう考えた時一つの事が頭をよぎった。
「あの時か……」
八城は忌々しげに呟いた。
「何か分かったのか?大将?」
八城は自身の右に差した刀を見る。釣られて二人も八城の右に差してある刀を見た。
「多分だが、良はテルにこいつを見せたかったんだろ」
「雪光をですか?」
「なんでまた?」
「分からない。だが良は何か隠し、そして焦ってる。これは確かだ」
短くない付き合いの中で八城は雨竜良という人物を少なからず知っていた。
大胆不敵で仲間思い。
絶対的な善人ではないが、悪人ではない。
そして奥さんと子供を誰よりも大切に思っている。
そんな人物だからこそ、良の目的が掴めない。
焦りによる行動こそ、雨竜良という人間らしからぬ事だ。
だが迷っている暇はない。紬が危険に晒される事は無いだろうと思うが、早く合流するに超した事は無い。
「よし明日朝一で東京中央に戻って……」
そこまで言って八城は言葉を止めた、階段下から一人の人物が現れたためだ。
「やっぱりあの人はあなた達に迷惑を掛けているのね」
一部始終を聞いていたのだろう、冴子は階段下から申し訳無さそうに三人の前に歩み出た。
「おいおい、盗み聞きとは趣味が悪いんじゃねえのか?」
時雨は牽制する様に前に出る。
だが時雨のその行動は意味が無かった。
そもそも冴子はこの場に敵対しに来たわけではない。
冴子はその場で深く、深く頭を下げる。
「本当にごめんなさい」
その声は縋るような声色に聞こえた。
「あんたは何か心当りがあんじゃねえのか?」
不機嫌を隠そうともせず時雨は冴子に詰め寄った。
「あの人が私たち家族にも話していない事があるのは分かっていました。私もあの人がそれで良いのであればと、納得してしまった。私たちの責任です……」
三ヶ月前の大きな出来事。それは89作戦以外に無いだろう。
「最近です。あの人が隊を私に任せて出掛ける様になったのは」
何をしているのか分からない不安。
何故聞かなかったのかという後悔。
様々な感情が冴子の中に渦巻いていた。
「お願いします。あの人が何をしているのか調べて頂けないでしょうか。皆様にご迷惑を掛けているのは承知の上です。ですがどうか……どうか!お願いします……」
冴子のその声は音の降りしきる雨と相まってより一層辺りに悲しく響き渡った。
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