第48話 旧古3

今現在雨竜良の耳には雨の音が、酷く激しく聞こえていた。

色も音も匂いも、今までと比較にならない程強く感じる。

なぜこんな身体になったのか。思い返すのは1年前。

雨竜良はドジを踏んだ。

今の世界で一度のドジは命に関わる。

そして文字通り、雨竜良は命を失う事態に遭った。

だが生き残ってしまった。

胸元にある刺傷痕は、その時の名残だ。

最初、雨竜良は諦めた。

自分が失われていく絶望感と焦り。

そして残していく家族二人への心残りが雨竜良の感情を掻き乱した。

だが、そんな時あの女が現れた。

「あら!良じゃない!どうしちゃったの?そんな悲しそうな顔をして。」

その女は先日中央を追放になった、野火止一華。

最低最悪にして中央最強の女。

それが雨竜良から、その女への印象だった。

「なぁに?噛まれたの?」

一華は見下す様に良を見ていた。その視線はまるで弱者を嘲笑っている。

「見りゃ分かんだろが……」

どうせもう助からない。良は使い慣れた拳銃に弾を込める。

「あら?自決するのかしら?」

「だからよ!見りゃわかんだろ!とっとと消えろ!」

良は当たり散らす様に一華を追い払おうとしたが一華はその場を一歩も離れようとはしない。

「そんな弱いのは自分のせいでしょ?私に怒らないでくれるかしら?」

こんな時でも気を使わないのは、同じ戦場を駆けた仲間でも変わらないらしい。

「もういいだろ!俺に構うんじゃねえ!放っといてくれ!」

「へ〜諦めたの?死ぬんだ?なら早く死になさいな。見ててあげるわ」

悪趣味な女だ。

良は引き金に手を掛け震える手をもう片方の震える手で押さえつけた。

「奴ら」を撃つ時は震えを感じた事など無いのに自分を撃つとなると勝手が違う。

「ねえどんな気持ちなの?知りたぁい〜良ほどの実力者が自決まで追い込まれてね……おや?おやおや?どういう事なのかにゃあ?」

良は何も言わず一華に銃口を向けていた。

「死にたくねえなら今すぐ黙ってここから消えろ」

脅し、自らの死に場には誰一人踏み込ませない。

良が銃口を向けたのはそういう意味だった。

だが向けられた一華はそうは捉えなかった。

「なに?なに?!決闘?良いじゃん!最高よ!やるやる!じゃあルールは……」

一華の言葉をそこまで聞いたのは良が我慢した結果にすぎない。

誰も居ない町中に轟いた一発の乾いた音。

良は一華の頭右を穿った。

筈だった。

「ねえ?よーいドン!で始めるので、いいのよね?」

一華は小さくしゃがみ込み、その太刀を引き抜いた。

良は霞む意識の中で持っていた拳銃を一華に放り投げ、代わりに腰の二刀を引き抜いた。

「遅すぎ」

そう呟いたのが聞こえた。

そしてその呟きが聞こえた時にはその一太刀は振り抜かれていた。

良の右の手に鋭い痺れが走る

「化け物が!」

良はなりふり構わずもう一刀を一華に肉薄させたが腕ごと取られ身体を投げ飛ばされた。

良はそれでももう一丁の拳銃を引き抜き、照準を一華に合わせ引き金を引けなかった。

一華が居ない。

一華を視界に捉えた時には、真下からの居合いが良の持つもう一丁の拳銃を切り飛ばしていた。

「はい!おしまい!」

良が背中を地面に強かに打ち付けた。

「じゃあ負けた良には罰ゲームね!」

そう言って一華は呼吸も間々ならない良の胸元。

奴らに噛まれた傷に、寸分違わず太刀の刃を突き刺す。

さらには、おまけとばかりに小太刀も鞘から引き抜き、同じ場所に突き刺した。

良の絶叫は言葉にならず、ただ傷口を押さえて踞る事しかできない。

数分程した頃、良の容態は見る見るうちに回復を見せる。

一華は刃を満足そうに見た後、乱雑に良の傷口から二振りの刃を引き抜いた。

「良がもし綺麗な華を咲かせたら今度はちゃんと助けてあげる」

そして一華は良の前から姿を消した。


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