第45話 wilted lily

「嬢ちゃんよ……いい加減機嫌直そうぜ?八城だって別に連れて行きたくなくて連れて行かなかった訳じゃないだろ?」

「でも駄目って言われた」

八城が居なくなった後。紬は膝を抱えて踞り、やがて動かなくなった。

最初に明言しておきたいのは、紬自身が怪我をしたとか具合が悪いとか、そういう身体的な事情で動かない訳ではないという事だ。

「何もしたくない」

紬は小さい身体をもっと小さく丸め込み、良に背中を向けた。

「おい〜頼むぜ!八城だって反省すりゃ許してくれんだろ?」

「もういい、疲れた。どうせ私は何をやっても上手くいかない」

良はかれこれ一五分、紬の自己否定を聞き続けていた。

「でもよ?考えてみ?嬢ちゃんが居なきゃ八城はすぐ死んじまうだろ?」

「……」

良は攻め方を変える。幾ら紬を肯定した所で埒があかないと気付いたからだ。

「嬢ちゃんが居て助かった場面なんて、それこそ、現場の数だけあるだろ?」

「ムッ……続けて」

「そうだぜ!嬢ちゃんの今回一度の失敗に比べりゃ、八城がやってる失敗はそれこそ山の数、いや!星の数程あるんじゃねえか?」

「確かに良の言葉は、千理ぐらいある」

少し体育座りが崩れる。もうひと押し

「だろ?確かに失敗は反省しなきゃいけねえが、そんなに気に病む必要があるのか?」

「その意見は四万理ぐらいある」

そこには、先まで、何もしたくないと体育座りをして身を縮こまらせている少女の姿はなかった。

「八城君は私に少し怒り過ぎ」

「おっ……おう、そうだな」

少し効き過ぎてしまったかもしれない。だが意地けていられるよりかはマシだ。

「良は良い事を言う。でかした」

「だが反省は……」

「分かってる。あんな事はもうしない」

本当に分かっているのだろうか?良は少し不安に思いながらも気にしない事にした。

良は三階出窓部分から、ラジオ局入り口を見下ろした。

奴らの姿がチラホラ垣間見える。

八城達が轟かせたバイクのエンジン音が呼び寄せたのだろう。

テルの進捗次第ではあるが、ここは早々に引き上げた方がいい。

「嬢ちゃん仕事だぜ」

「了解」

良は紬が自身の身体に不釣り合いな大きな銃を構えるのを確認して、テルを呼びつける。

「テル!あとどのぐらいで終わりそうなんだ!」

「あともう一回、伝達が残ってるっす!一五分間だけ時間を貰えれば終わるっすよ!」

一五分。

それだけあれば奴らに囲まれてしまう。

だが良は敢えて何もしない。

テルは丁度きっかり一五分で作業を終えて部屋から出来て、愕然とした。

「かっ囲まれてるっすよ!」

「おうようやく終わったか?じゃあ脱出するとすっか!」

悠々と良は長椅子から立ち上がる。

「どうする?囲まれてる」

紬はこんな時でも冷静だ。流石伊達にNo.十を背負っていない。

良は何でも無いと言う様に告げた。

「正面突破だ。それが一番近いからな」

そう言って良は両手に対刃手袋を嵌める。

「行けるんすか?かなりの数っすよ?」

「まだフェイズ1しかいやしないんだぜ?なあ紬?」

下を見れば確かにフェイズ1しか存在しない。

だが時間の問題だ。

「赤目が来る前に逃げた方がいい」

紬は遠征での苦い思い出を口にした。

「まあ!俺もそれにゃ賛成だ。じゃあいっちょ行ってみようか!」

そう言って一同はラジオ局一階のロビーを駆け抜け、良はそのままガラス戸を破り去った。

雪崩れ込む奴らに、良は一歩も引く事はない。

そう、一歩も引かず迎え撃った。

奴らが一気に人に襲いかかる範囲的限界の数は精々五体。

つまり五体を一気に相手に出来るなら負ける事は無い。

だがそんな芸当は普通の人間には不可能だ。

そう普通の人間なら。

良はそれをやってのけた。

紬は先に出た良の援護。そして後ろに回って来ないよう拳銃で奴らの頭を的確に撃ち抜いていく。

だが時折目に入るのは良の尋常ならざる身体捌きだった。

良の身体は、小さい人間と比べると大きく。逆に、大きい人間と比べると小さい標準の上背だ。

だから、奴らを腕力で圧倒する事はできない。

逆に紬の様に身体の小ささを利用して、奴らの隙間を抜けて早さで圧倒する事も出来ない。

では何故奴らを圧倒出来ているのか?

偏にそれは技だ。

良は首を掴み、下から引き金を引く。

一体を屠り、その一体と背中合わせのようにくるりと一回転。動力を失ったその一体が崩れ落ちるより先に、目の前の一体を短刀で下から刺し貫き、見えていたかのように後ろから来る敵にゼロ距離で拳銃を撃ち放つ。

右からの敵を逆に引き寄せ、その後ろに居る奴らと打つけ纏めて撃ち抜く。

肘から出た小型ナイフがそのまま奴らの大腿部を引き裂き横転させ。

厚底のブーツから飛び出た杭が脳天を潰す。

荒々しくも流麗な動き。

紬はその姿を見て良がまた一つ腕を上げたと分かる。

道が割れる。

良が先頭で戦う限り、紬は後ろをだけを気にしていれば良い。

「嬢ちゃん!順調か?」

「だいぶ」

紬の戦闘は楽と言わざるを得ない。

近づいてくる敵を撃ち抜くだけ。

紬にしてみれば、やり慣れたシューティングをこなしている感覚に近い。

それ以外全てを良は一人で処理して見せた。

「元No.五、やっぱり伊達じゃないっすね」

「うん…でも、おかしい」

紬はその違和感に気付いた。


多少なりとも良と共に戦場を駆けた事がある紬だからこそその違和感に気付いたのかもしれない。

「あれは強すぎる」

紬はその言葉を口に出して、良のその姿が八城の姿と重なる。

その動きは鬼神薬を服用した八城にも劣らない動き。

「強すぎるならいいじゃないっすか?」

「まあ……それもそう」

だから紬はその違和感を対して気にする事はなかった。

強いという事は、生き残れるということ。

紬はそう楽観的に考えてしまった。

心臓が止まれば人は死に

頭部が破壊されれば人は死に

血が無くなれば人は死に

奴らになる過程でも人は死ぬ。

そんな事は知っていた筈なのに、見て見ぬ振りをした。

死に向かうその強い背中を、紬は安堵からもう見ては居なかった。


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