第43話 大食3

東小松川公園。

川沿いに遊歩道が作られ、小川を木で取り囲む場所に九十六番隊は居た。

「よう元気そうだな、九十六番」

「何?嫌味を言いに来たなら帰ってよ」

疲れ果てた顔でそう言うのは九十六番隊の女隊長だ。

「今は厭味なんて言う気力はない。それより奴の刃で刺された隊員は居るか?」

「居ないわ、そもそもあれに刺されたら助からないじゃない」

「……それもそうだな」

「それよりあんた、ツインズはどうしたわけ?逃げて来たの?」

「いや向こうさんが逃げて行ったよ」

「逃げて行ったって!あんたね!嘘も大概にしなさいよ!どれだけの人数犠牲になったと思ってんのよ!あんた一人来て、ツインズが退散してくれるんなら誰も苦労しないのよ!」

「いや、うん……お前達が弱らせてくれてたからな……多分」

これは結局八城の力ではない。

雪光があったから今も生き残っている。

「はぁ……まあとりあえずは、撤退してくれたなら何だって良いわよ」

九十六番は安堵したように公園内にある階段に座り込む。

「で?あんた、なんでここに居んのよ?」

絶対に逃さないと九十六番は八城を視線で縫い止める。

「まさかまた、何も言わないんじゃないでしょうね?」

怒気を滲ませ、微かに揺れる瞳。

「分かったよ……実は一華の情報が手に入る可能性があってな」

「一華って?あの野火止一華のことでしょ?あんた、あの時の事まだ根に持ってんの?」

「根に持ってる……というよりは、聞かなくちゃいけない事があんだよ」

「じゃあその聞かなくちゃいけない事って何なのよ?」

「……別にお前に関係ないだろ」

「あんたね!またそうやって秘密にする!あんたを助けようとしてる人だって居るのに!あんたがそんなんじゃ、あんたをどう助ければ良いのかも分からないじゃない!」

「なんだ?助けてくれんのか?」

「助けないわよ!でも……助けられた分の借りは返す」

「でも、そもそもお前俺がこの作戦に参加するのを反対しただろ?」

そう、九十六番隊隊長はツインズ挟撃作戦に八番隊が参加する事を拒んだ一人でもある。

「それはあんたが議会室で刀を抜いたからよ!いくら恋仲で他から言われたからって、やっていい事と悪い事があるわよ!」

九十六番は立ち上がって抗議する様に八城に言い募った。

だがそれを聞いていた時雨は黙っていない、

「おうおう!聞いてりゃ好き勝手言いやがって!大将がどんな……」

「やめろ時雨」

時雨の言葉を切る様に八城が声を上げる。

出来る限り雪光の情報を表沙汰にする訳にはいかない。

だがそんな言葉を聞かされて黙っていられる九十六番ではない。

「なっなんなのよ!訳があるなら聞くわよ!」

「いや、抜いたのは俺の責任だ。言い訳はしない」

「でも訳があったんでしょ?言いなさいよ!」

「お前には……」

関係のないと言おうとしたところでやめた。

今にも泣きそうな九十六番にそんな事を言える訳も無い。

「その時が来たら話す。今は少し待ってくれ」

「話す気はあるのね?」

「ああ」

「分かった今は聞かないわよ。じゃあ最後にもう一つ。あんた十七番と何かあったの?」

「何か?ってのは?どういう事だ?」

余りにも抽象的なその言葉に八城は質問の意図が理解できなかった。

「だから……その……あれよ」

九十六番はモニュモニュと口を窄ませる

「あれ?」

歯切れの悪い九十六番は気恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。

その様子を見て桜は得心が行ったというように八城に耳打ちする。

「多分ですけど、初芽さんと恋仲なのかを聞きたいんじゃないですか?」

「誰が?」

桜に聞き返すが、八城をじっと見る桜。

「俺が!?」

桜が気まずそうにこくりと頷いた。

「ないないないないないないない!有り得ない!」

「何が有り得ないのよ!」

九十六番はいきなり大声で騒ぎ始めた八城に抗議する。

「いや!俺が初芽と恋仲とか!!ないない!有り得ないから!」

「初芽って誰よ!」

九十六番は知らない女の名前が出てきた事にまた一層表情を曇らせる。

それもそうだ、原則隊長達は実名ではなく番号で呼び合う事が多い。

「十七番だよ!」

「何で私はNo.で!十七番は名前で呼んでるのよ!」

「俺がお前の名前を知らないからだ!」

「何で知らないのよ!知ってなさいよ!」

もう無茶苦茶だ。

だが八城はこんなやり取りに懐かしさを覚えていた。

誰が付き合ってる、付き合ってないで一喜一憂する友人。

それを話題に面白がる周りと、渦中に居る二人は、何とも言えない気まずさが流れたりする。

本当に懐かしい。

八城はそんな事を考えて思わず笑みが零れた。

「な!何笑ってんのよ!」

九十六番もそういえば同い年だ。

ならきっとこの感覚は分かるに違いない

「いや、何か懐かしいだろ?まるで学校みたいだ」

九十六番も何かを懐かしむ様に笑い声を上げた

「本当ね、確かに懐かしいわ」

学校として学校に行ったのは四年前のあの日が最後だ。

それからはずっと戦いの日々。

ずっと勉強をする為のペンを持っていない。

持つのは刀の方がずっと多くなった。

試験勉強の事は考えなくなった。

考えるのは自分たちがどう生き残るかの方法。

人間関係にも悩まない。

悩んでいたら生き残れない。

だから、こんな感情は久しぶりで、何処か心地がいい。

「九十六番は……」

「その九十六番って言うのはやめて!私の名前は風間麗よ!」

「じゃあ風間麗……」

「何で全部読み上げるのよ!他人行儀でおかいしいでしょ!」

「面倒くさいわ!じゃあ何て呼べばいいんだよ!?」

「そんなの麗で……いいじゃない……」

「じゃあ麗!」

「何で急に呼び捨てなのよ!」

もう死ぬ程面倒くさい。

「じゃあ何と御呼びすれば、よろしいで、ございましょうか?」

「麗でいい」

ポショリと呟く麗に、今八城はどんな顔をしているのだろうか。

「何で怒ってるのよ!」

麗は八城が怒っているように見えるらしい。

だが、決して怒っていない。

ただ世界で一番面倒くさい生き物を見る目を向けているだけだ。

「じゃあ麗」

「何よ」

高圧的な態度。

この様子を見れば麗の方が怒っている様に見えるのは八城だけではない筈だ。

現に時雨はゴミを見る目で麗を見つめていた。

「何で俺を作戦から外したんだ?」

それはずっと八城が疑問に思っていた事だった。

八城と麗は決して仲が悪い訳ではない……と一方的に思っている。

だが話をしたくないとまで思われている訳ではないし、八城も麗の事は嫌いではない。

だからこそ腑に落ちない。

何故あのとき麗が手を挙げたのか。

「何?そんな事?簡単よ、あんた89作戦の時ツインズに仲間をやられたでしょ?あんたはどれだけ言っても無理するし、あんたを引き下がらせる理由には、丁度良かったのよ。でもまぁ、こうして助けられてんじゃ世話無いけどね」

麗としては八番隊に気を使ったという事だろう。

「それに多山39作戦の話も聞いってんだからね!あんたがそこに居る仲間を置いて行ったって紬が言ってたわよ!」

「なんだよ、お前紬と仲がいいのか?」

「別に仲は良くないわよ。でもあの子たまに、私の部屋に入り浸ってるから。そういう話はよく聞くのよ」

どうやら紬と麗は通じているらしい。

余計な事は喋らない方が良さそうだ。

「ったく……あいつ余計な事を……」

「余計な事って何よ!あんたね!隊長を名乗ってるなら、もっとしっかりしなさいよね!」

「なにがだよ」

「あの子が来るときはいつも決まってあんたと揉め事を起こした時なんだから!私の気持ちにもなりなさいよ!」

それは、悪い事をした。確かに愚痴を聞かされる事程疲れる事も無い。

「隊員が隊長を信じられない事程、寂しい事もないわよ」

「あいつ、そんな事言ってたのか?」

「紬がそんな事言う訳無いでしょ!ただあんたに信頼されていないからずっと悩んでるのよあの子。それに……」

麗は俺の後ろに居る時雨と桜を見る。

「きっとこの子達もそうよ。」

二人は話が振られると思っていなかったらしい。二人で顔を見合わせている。

「俺がどう思ってようと、こいつらに関係ないだろ」

「あんたが個人的にどう思っていてもいい。ただ八番隊の隊長として、隊員をどう思っているかが重要なの」

風間麗。こいつは本当に優秀だ。自分の役割をしっかり理解している。

きっとこいつが指揮する隊なら八城よりも上手く紬も時雨も桜も使うだろう。

「隊長。全員の手当終了しました」

麗に一人の隊員が、準備が整った事を告げる。

「じゃあいきましょう。そういえば、紬は?今日は、居ないのね」

「今は留守番してるよ」

「へ〜あんたがここに居るのに、あの子がよく大人しく留守番なんてしてるわね」

「まあな……」

「歯切れが悪いじゃない?何また秘密なの?」

「分かってるなら聞くなよ」

時雨も桜も何も喋る事無い。

それが余計に何かあった事を麗に印象づける。

「今日はいいわよ、助けて貰ったから今日だけは何も聞かない」

そう言って麗は隊員達の居る場所まで駆け寄っていく。

「あ!八城あんた中央に帰ったら一度私の所に来なさい」

「なんでまた?」

「良いから来なさい!いいわね!」

「送って行かなくて大丈夫か?」

「そんなやわじゃないわよ!私の隊はね!」

全員が麗を慕う様に集まり最寄りの番街区まで向かって行く。

「絶対生き残りなさい八城!死んだら承知しないからね!」

「分かったよ」

二人はそう言葉を交わして

八城、率いる八番隊はバイクを取りに小松川ICへ

麗、率いる九十六番隊は最寄りの4番街へ向かって行く。

重く垂れ下がった雲が、地上に雨の匂いを運んで来ている。

薄暗い公園内は、麗が居なくなった事によりより一層暗く寒々しく感じる。

「俺達もラジオ局に戻ろう」

八城のその言葉に誰も返事をする者はいない。

だが桜、時雨の二つの影は、八城の後ろを付かず離れずの距離を付いてくるのだった。

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