第42話 大食2

八城は八九作戦来、変わっていないその様子に僅かな苛立ちを覚える。

対する大食の姉も、それに応える様にケタケタと鳴き声を上げる。

仕掛けたのは八城が先。

だが大食の姉はそれにすら即応してみせる。

「ハハッ!俺達に自己紹介は必要ないみたいだな!」

八城は探る様にもう一撃斬り掛かる。

大食の姉。三ヶ月前と変わったのは攻撃の高さだけではない。

刀に警戒している?

89作戦の時大食の姉は、此方が量産刃で斬り掛かろうと、防御などせずまるで切られる事も厭わず斬り掛かって来た。

だが今はどうか?

八城が斬りにに掛ればブレードでの受け返しをしてみせた。

いっその事警戒していなければ、雪光の攻撃が通りやすい筈なのだが、大食の姉は自身に通らない筈の量産刃ですら警戒し続けている。

原因は一つ。

刀の形状の何かを警戒しなければいけない経験があった。

胸に現れた胸の一文字の刀傷。

八城はその傷を見る度に、あの女の手がかりに近づいている感覚があった。

そう思う度に頭の奥底で少しずつ何かが広がって行く。

その何かは広がり、視界を覆い、音も消し去る。

身に覚えのある感覚。

今だけはそれに身を委ねてもいい。

味方は居らず。

目の前には敵が居る。

こんなに分かりやすい事は無いだろう。

刀の重さが無くなり、目の前には二振りのブレードを持った大きな歪みが在るだけだ。

血液の循環の音が聞こえ加速していく度に刀を振るう速度も増していく。

その瞬間、大食の姉は遊ぶ事をやめた。

斬り掛かるは、技。

今まで知りえた人を切るための効率の極地。

大食の姉が知りうる限りの経験を八城に並べ立てるが、八城はそれを悉く防ぎきる。

だがそれを防いだ事によって、八城の刀はもう使い物にはならない。

八城が残す一刀は最強の一本。

この世に三振りしかない至高の一本だ。

八城が唯一この日常において、友人と呼んだ一人が身命を賭して授けてくれた美しい打刀を抜き放つ。

居合いによる抜刀。

大食の姉はその抜刀を左の凶刃で巻き上げ、右の凶刃で打ち払う。

「なっ!」

八城は決して今の一撃を防がれた事に驚愕したのではない。

今大食の姉が行った、二重抜刀。

太刀と小太刀による技。

それは、あの女……

一華の得意とする技の一つだ。

恐ろしき学習能力だ。

斬り合う度に乾いたスポンジが水気を吸い尽くすかの如く、大食の姉は斬り合いの中で殺し合いの技を学習していく。

「忘れてたよ!お前もあの化け物女と戦ったんだったな!」

雪光は切り結ぶ度に、少しずつではあるが、刀身を黒く濁らせていく。

「だがなぁ!お前に出来る事は!俺にも出来るんだよ!」

それは一華とは違う形で八城に身に付いた技。

教えたのは一華。

だが、教えられた八城の中では、それは全く別の型になっていた。

八城は斬り掛かって来た凶刃を雪光で巻き下げ、その刀身に回し蹴りを入れる。

本質は同じだが結果が全く違う。

それは八城と一華の関係を如実に表すような違いである。

大食の姉との付かず離れずの攻防は、切り結ぶ度に八城が不利になる。

それでも八城が均衡を保っていられたのは一華の技を知っていたのが大きかった。

フェイントを入れた横薙ぎ

八城が正眼から切り込んだ所を、左に受け流し、大食の姉は返す刃で八城の顔面を狙う。

だが八城は敢えて前に出る。

抜きすら出来ないゼロ距離。

八城は離れようとする大食の姉の外骨格を掴み、雪光でブレードと腕の融合部分を斬りつけた。

振り切れない刃。

体重も乗りきれていない。

だが切れ味故に、大食の姉の右腕の鎧に切り傷が付いた。

大食の姉は自分の身に何が起きたのか信じられないという様子で、八城に対して出鱈目な振り下ろしを見舞う。

だが八城はそれを半身で躱し左側面に回り込み一線を切り込もうとして、視界の端に伸びてくる触手が目に入る。

それは無食の妹が放った姉を守る苦肉の策だった。

前髪を掠る間一髪が通り過ぎ、足下に伸びて来ていた触手を、振り向き様に切りとばす。

妹である無食の妹がやられた姿を見た大食の姉は、時が止まったかの様に静止した後、

「カチッ……カチッカチッカチッカチッ…ケタケタケタケタ。」

様子がおかしい。

気味が悪い笑い声が周囲に響き渡る。

八城はちらりと一本の触手を斬り飛ばした無食の妹を見やる。

だが無食の妹には、これといって変化は無い。

視線を戻し大食の姉を見た時

その場に大食の姉は居なかった。

視線を巡らせ、背筋に悪寒を感じた八城はすかさず横合いに飛び込んだ。

直上から大食の姉が襲いかかる

「人間みたいな戦い方しやがって!」

視線誘導のような大食の姉の挙動に、八城はまんまと引っかかった。

横合いに受け身も取れずゴロゴロと転がりながら、上から突き刺そうとする刺突を躱す。

切られれば終わり、擦っても終わりの極限の戦いを強いられる中でギリギリの1秒を生き残っていく。

紙一枚分、僅かな隙間でその突き刺しを回避。

そしてこれが逆に好機となる。

八城は大食の姉の向こう脛を蹴り込み体勢を崩す。

直後、大食の姉は雪光に倒れ込む様に体勢を崩した。

「自前の重さでなら刺さるだろ!」

そう考えた八城の勘は的中する。

脇数センチを切り裂く様に進む雪光。

そしてこの時、大食の姉は初めて、この相手があの時撤退を余儀なくされた相手だと気付く。

途中まで刺さった雪光を無理矢理払いのけ跳躍。

住宅の二階部分の屋根に登り、無食の妹を連れ再度跳躍。

あっけない幕引き。

だがそれが何より八城に安堵をもたらした。

雪光はもう七割程黒く染まっている。

当然だ。クイーンを相手にしていたのだ。

雪光が吸ったツインズの遺伝子情報は相当な量になっている。

八城は黒くなった雪光を隠す様に、右の鞘に仕舞い込み、九十六番隊隊員の亡骸から新しい刀を拾い上げ腰に差す。

いつか俺がこうなるかもしれない。

無惨に切り裂かれた隊員に両手を合わせていると、向こうから桜と時雨が現れた。

「隊長!大丈夫ですか?」

「なんとかな」

「なんだよ、ツインズは?大食の姉は逃げたのか?」

時雨不機嫌そうに周りを見渡している。

「多分……な、まだ居るかもしれないが……とりあえず九十六番隊のいる所まで案内してくれ。」

「それはいいですけど……隊長、本当に大丈夫ですか?」

桜は八城の顔を覗き込む。

「鬱陶しい、良いから早くしてくれ」

桜は少し落ち込んだ様子で、時雨はいつも通りに住宅地九十六番隊がいる場所に向かって歩き出した。

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