第39話 凶刃


「大変っす……」

朝十時

ようやく出てきたテルは顔を蒼くして、八番隊にこう告げた。

「三番街区に向かった隊が全滅したらしいっす」

テルの口から告げられる不幸は、それだけだけでは終わらない。

「応援に駆けつけた隊が、ここから十キロ地点で、ツインズと交戦に入ったって情報が入ってるっす。」

「何処の隊か分かるか?」

八城が求めている情報。それは交戦に入った隊が十七番。

つまり初芽の隊か否か。

「情報では、最も近いルートを通っていた、九十六番隊が応援に駆けつけたらしいっす」

九十六番隊。

それは八城の作戦参加を拒否した隊長の隊の一つだ。

「どうするっすか?ほっとくすか?」

テルは困ったように八城を見つめていた。

だが八城には動く理由がない。

そして何より優先すべき事が今目の前にあるだから答えは直に出た。

「悪いが今は情報が先だ」

「本当にいいっすか?この隊、助けに行かないと十中八九死ぬっすよ?」

含みのあるその言葉に八城は引っかかりを感じる。

「何か行かないと不味いのか?」

テルは気まずそうに視線を左右に彷徨わせる。

「実は他のテルに八番がここに居る事がバレてるみたいなんすよね……」

「俺がここに居ると何か不味いのか?」

八城は柏木から許可を一応貰っている。それはつまり外に出るに足る理由があるということだ。

「はぁ……正直に言いますと、助けられる範囲にいるにも関わらず、助けに行かないという事がちょっと問題でして。つまりですね、他のテルから見れば、ツインズを撤退まで追い込んだ事のある八番が、今戦闘に入っている九十六番を見殺しにしたと捉えられてもおかしくないといいますか……。そうなると同行している私の評価も下がるんっすよね〜」

随分とぶっちゃけた話だ。

今九十六番隊を助けなければテルの評価が下がり、おまけに八城の評価も下がる。

「あ!ついでに言うなら野火止一華の情報を集めるのにも障害になるかも知んないっすよ」

「ほう?何でまた?」

疑うような八城の視線を受けて、テルは慌てた様に手をパタパタとわざとらしく振ってみせた。

「一応情報屋は全員人間っすからね。言いたくなければ情報は言わないっすから、でも言いたくなるような人には情報を渡す。それが情報屋っすよ」

テルは、それが常識と言わんばかり言ってのけた。

「言いたくなるような人間にね……つまり行けば言いたくなる様な人間になるってことか?」

「情報を思わず言いたくなる人ランキング上位に食い込むっすね」

「交戦の場所は?」

「ここから十キロ。小松川ICを降りてすぐの地点っす」

「十キロ地点だと間に合わないだろ。」

十キロそれは徒歩で向かうなら間違いなく間に合わない。

「大丈夫っす、乗り物ならあるっすから!」

そう言ってテルは建物内シャッター付近に掛っていた布を取り払う。

赤と青のバイクが、一台づつ並べられている。

「運転は分かるっすか?」

そう言ってテルは二つの鍵を手渡してくる。

「まあ、一華に習ったからな」

八城は赤いバイクに。

そしてもう一つのバイクの鍵を後ろに放り投げた。

「え?私ですか!」

桜は両手でワタワタと鍵を受け取る。

「遠征隊なら一通り訓練で、習ったろ?」

「まあ……はい」

「なら桜は時雨を後ろに乗せて来い」

そう八城の言葉の意味を理解した時一人椅子から勢い良く立ち上がった。

「八城君!どういうこと。説明して」

「見れば分かるだろ?」

そう、八城が股がっている赤いバイクはカスタムがなされ、二人乗りが出来ない。

青いバイクは二人が限界だ。

「それは分かる。私も運転は出来る!桜と替わる」

「駄目だ。さっきみたいにやられたら堪らんからな。ここで良さんと一緒に留守番してろ」

「もうしない!」

「駄目だ」

八城はそれ以上聞く事は無いと、バイクのエンジンを掛ける。

重低音が腹の底に響く。

「桜!時雨行くぞ。良さん紬を頼みます」

「老いぼれに頼み事は感心しないなぁ?」

「良さんは老いぼれって歳じゃないでしょう?」

良が八城に手で追い払うジェスチャーをして、八城と桜はバイクを走らせた。

災害時、車は中央を開ける様に、路肩に停車するのが一般的だが、ここでは混在した車を縫う様に走らなければいけない。

「ちょっと!隊長!本当にいいんですか!」

だが前を走る八城にそんな事は聞こえない。

だが桜が何を言いたいとしているのかは、理解出来た。

一五分小松川のIC前でバイクを停止させる。

響く銃撃の音と、叫び声。

誰かが大声を張り上げて命令を飛ばしている。

「こっちだ!桜、時雨!付いて来い!」

八城は住宅街の中を抜け、状況が最悪な事を理解した。

住宅の壁にべったりと付いた新鮮な赤。

その石壁に背中を預ける様にして動かない隊員。

数えるだけでも七人。

八城は九十六番隊の隊長と面識がある。

頭は固いが優秀。

そんな人物が率いる隊が、ここまでの損失を被っている。

八城は足早にその場を走り抜けその音源の大元に辿り着いた。

「固まらないで!動き続けて!全員……クッ!」

指示を出そうとした所を大食の姉が強烈な横薙ぎを九十六番隊隊長の女に見舞う。

「桜、時雨!九十六番隊の隊員の援護に全神経を集中させろ!あの相手は俺がやる!」

時雨は忌々しそうに舌打ちをして、腰の刀に手を添える。

「隊長は……その、また一人で?」

桜は八城の機嫌を伺う様に尋ねる。

「あいつは俺が食い止める。」

纏う雰囲気がガラリと変わる。

大食の姉は禍々しい刃をもう一度九十六番の隊長の頭上に振りかざし……

風切り音と共に、振り下ろした。


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