第40話 九十六番

目の前に居た筈の九十六番には傷一つついていなかった。

見覚えがある鈍い刃。

その刃は自分の持っている物と同じ筈なのにその動きはまるで自分とは違う。

素早くそして自分とは比べ物にならない重い刀捌き。

九十六番隊の隊長がその背中を見た瞬間、怒りより先に羞恥を覚えた。

なぜ?なぜここに居るのだろう。

自分で彼を追い払った。

八番が作戦に参加しないことを先導し賛成した。

思い返せば、十七番は心底怒っていた。

だがそれが子気味良いとすら感じても居た。

やはり一桁は特別だと、私は心底感じている。


時間は少し前に遡る。

実際私はこのツインズに対して打撃を与える手立てなど無かった。

救出任務が中央から2番街区に通達され私は焦燥感を覚えた。

無理だ。死んでしまう。戦いにすらならない。

そう思いながら救出に出向けば、救出する筈の人間はとうに全滅していた。

会敵した九十六番隊の隊員も、二十名中十名があの二振りの凶刃に倒れた。

会敵から三十分。最早遊ばれている様に感じている。

あの二振りのブレードの峰での殴打。

ケタケタと特徴的な笑い声が聞こえる度に、隊員達へ恐怖が伝播していく。

このままでは不味い。

いや…この時すでに、打つ手が無い、私はもう敗北していた。

何とか声だけを隊員達に掛けて、前に出る。

恐怖に竦む隊員に動いて貰わねば、本当に全滅してしまいかねない。

横合いから来る軽い一線を刃で受けて凌いだ。

自分の体勢が大きく揺らぐのが分かった。

大食の姉。

そう呼ばれている個体が、私たち相手に遊んでいるには明白だ。

全力で狩りにきていたのなら、私たちはものの五分と掛からず全滅していたに違いない。

私は上体を大きくのけぞらせ、靴底をすり減らしながら、次の一手を打とうとして自分の頭上に振り上げられている刃が視界に入る。

ケタケタと笑う声。

それは今から殺す私を嘲笑っているように感じる。

動かなければ

そう思う程に身体が重く、思考が鈍くなる。

その攻撃は、躱せない。

刀で受ける事も間々ならない。

なら最後ぐらいは、潔く死ぬのも悪くないか。

そう思って目を瞑る。

一秒、二秒。

その時間は私を殺すのには遅すぎる時間。

一向に振り下ろされる事の無い刃に、私は開く事は無いと思っていた瞳をもう一度開いた。

「おい!目を瞑るってのはどういう事だ!」

目の前には今最も会いたくない男の背中があった。


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