第34話 89作戦1

89作戦の始まりは、9番街に侵攻を開始したツインズとは別のクイーンが事の発端だった。

侵攻をいち早く察知した東京中央は近隣の番街区の常駐隊並びに遠征隊をかき集め、9番街からの住人を避難させる作戦を決行した。

作戦は急を要したのは言うまでもない。

「フェイズ1」が街のバリケードを破壊し、居住区内部へ侵入したと同時に遠征隊ならびに周辺常駐隊の混成隊も9番街に到着した。

前線を担ったのが精鋭である三番隊。

そして八番隊が最終防衛ラインを受け持つ運びとなった。

住人の避難が終わる間、死力を尽くし前線を凌ぎきり役目を終えた三番隊は99番街へ避難した。

住人の避難を受け持つ混成隊も、順調に住人の避難を促し全ての作戦が上手く運んでいた。

だが八城が持っている通信から、一つの指令が下された。

それは一人の少女を地下施設から連れ出して欲しいという内容。

だがその任務は決して難しい内容ではない。

地下鉄路線を通り、指定された場所へ向かう。

その無口な少女を保護し、八城は一度8番街まで戻った。

そして再度、最終防衛ラインである孤児院まで戻ろうとした時

再度通信が入る。

「奴らに住人の大半が食われている。至急援護を!」

背中を怖気が襲う。

八城はその怖気から逃げる様に走った。

だが隊長である八城が孤児院に着いた時

最終防衛ラインの孤児院前には、赤という色が至る所に滴りこびり付いていた。

両腕に非対称な刃のようなブレードを携えた大食の姉。

後ろの建物の上にブヨブヨとした皮と、パンパンに膨らんだ腹が特徴的な無食の妹。

その二体はどちらも再生したのか、傷らしい傷が無い。

それとも誰も攻撃せずにやられたのか。

そんな事を考えていると、紬から通信が入る。

「ごめんなさい……私が仲間を撃った……」

その声は泣いていた。

そして目の前の二人。

いや二体だ。

仲間だった隊員が、のそりと立ち上がる。

それをケタケタと笑う様に大食の姉は鳴き声を発する。

生きては居ない。

だが死んでもいない。

雪光は柏木によって取り上げられている。

こういう参加人数の多い作戦だと持って行く事が出来ない。

だから今回は量産刃を二本差している。

八城は、起き上がる隊員に対して左の刃を振り抜いた。

もう二度と起き上がってこないように。

そして右でもう一刀も振り抜く。

もう苦しまないように。

その時インカムから紬の焦る声が響く。

「八城君!後ろ!」

いつの間に回り込んでいたのか、その禍々しいブレードが八城の胴に迫る。

八城はギリギリで反応し右で持っていた刀を身体とブレードの隙間にねじ込み受け流す。

受けた刃といなす身体がきしむ音。

身体が遠心力で持って行かれそうになるのを両の足でなんとか地面を掴み、その力全てを受け流す。

大食の姉は、その一撃で殺せなかった事が想定外と言いたげに首を傾げる。

いかにも人間らしい仕草に八城は怒りが込み上げた。

八城は動く大食の姉の懐に潜り込み下からの一線……振り抜くその刹那。

八城は回避に専念する。

身を翻し、無理のある回避を決行する。

こうしなければやられていた。

だがお返しとばかりに八城は振り下ろされたブレードの隙間から姉の腹に刃を滑り込ませた。

「カンッ」

乾いたような音。その音で八城は全てを悟った。

見るからに無傷な姿。

だが辺りには銃弾を撒き散らしたかのように空薬莢がバラまかれていた。

八番隊は攻撃をしなかった訳ではない。

この敵には攻撃をしても、大食の姉の肉体まで届かなかったのだ。

「紬お前……今、何処に居る?」

「うっぐ、えっぐ……屋上に……」

「了解した。絶対に下に降りてくるな。そこから周りの敵だけを頼む。絶対に大食の姉たげには手を出すな」

八城はそれだけ言うと通信を切り、こんな物邪魔だと言わんばかりに、インカムごと投げ捨てる。

「持って来て良かった……」

八城は袋から一つ丸薬を口に入れ噛み潰す。

脳天を抜けるような酸っぱさが口全体に広がっていく。

景色が見えなくなり、音も消える。

刀の重さすら感じない。

ここまで鬼神薬に入り込んだのは初めてだ。

「戦いはやっぱり楽しまなくちゃいけないわね」

そう、一華も言っていた。

今ならその気持ちが少しは分かる気がする。

八城は今それほどまでに、このツインズ。

大食の姉を切りたくて仕方ないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る