第32話 大黒ふ頭4
「動かないで」
テルの指先が『雪光』へ伸びた瞬間、紬が銃をテルに向かって構える。
だがそれより早く動いた者によって、紬はそこから指先一つうごかせなくなっていた。
「紬の嬢ちゃんの方こそ動くんじゃない」
紬の後ろから良が頭に拳銃を突き付け、それを見極め、動こうとした桜にも、もう一丁の拳銃の銃口が向いている。
「そっちの嬢ちゃんたちもな」
時雨の銃は散弾銃。撃てば紬もろとも撃ち抜いてしまう。
それが分かっていて、良は桜の刀に警戒したのだ。
「これは一体どういうことですか良さん?」
八城はテルを見つめたまま良に真意を問いただす。
「俺は柏木からテルを守るよう言われてるんでな。これも仕事だよ仕事」
「良さんって昔からそんなに仕事熱心でしたっけ?」
「気分が乗れば、仕事もするさ」
「そうですか」
「そうさ」
良が何を考えて八番隊をここに連れてきたのか分からない。
だが八城にも隊長としての責務がある。
「良さんちょっと分かっていないようなので、一つ忠告しておきますね」
八城はゆっくりと良に振り返る。いつもと変わらない薄笑いの表情。
ともすれば、それはあの孤児院に居てもおかしくないような笑顔の八城。
だが桜も時雨も、紬でさえ周囲の温度が下がっていくのを感じていた。
日は出ている。外気温も高く、湿度もある。
だが寒い。
そしてゆっくり八城は言葉を紡ぐ。
「俺の隊員に万が一にでも、怪我をさせたら、たとえ良さんでも斬ります」
八城のその一言を聞き良は薄く笑った。
そして何故か紬と桜に向けていた銃を下げる。
「ハハッ、殺されるのは勘弁だ」
良はホルスターに銃を仕舞い、何も持っていない両手を上げてみせる。
「テル!回りくどいのは無しだ!用件だけ伝えた方が、八城はお前のお願いを聞いてくれるぞ」
「え〜本当っすか?」
テルはあっさり怪しい雰囲気を纏うのを辞めた。代わりに天真爛漫な笑顔を見せる。
「じゃあ八番お願いなんすけど!雪光!見せて下さいっす!」
八城は少し逡巡する
「見るだけいいのか?」
「八城君!」
紬が叫ぶが八城は構わず続ける。
「見るだけで良いんだな?」
「出来るなら触りたいっす!」
「……分かった」
八城は雪光を腰から抜きテルに手渡す。
「手は切るなよ」
「了解っす!うわ〜これが雪光ですか〜三シリーズについて噂には聞いてましたけど実在したんすね〜」
ジロジロと雪光を鞘の上から眺め、テルは雪光をゆっくりと鞘から抜いた。
大分黒みが取れた刀身が露わになる。
「あれ?情報と違うっすね。私が聞いたのは白く濁った刀身と替え刃の効かない作りをした、打刀って話だったんすけど?」
テルが疑問に思うのは、その墨を溢したような黒染みだ。
「多山大39作戦の時の名残が残ってるんだ。黒いのは、じきに消える」
その質問を皮切りに、俺はテルに聞かれた事に素直に答えていく。
どういう効果があるのか、どういう代物なのか。
誰から貰ったものなのか。
何から作られた物なのか。
テルは一つ一つの情報を噛み砕き、精査し一つの答えを導き出した。
「これ、情報としては黙ってた方が身のためっすね」
情報の価値を見抜き、どれだけこの情報が危険かを理解する。
流石柏木が徽章を渡しただけある理解の早さと言ったところだろう。
「じゃあ次はお前の番だ。ここまで俺に喋らせたんだ。お前にも喋ってもらうからなテル」
八城はテルから雪光を受け取り右の腰に戻す。
「お手柔らかに頼むっすよ」
「じゃあ早速。お前は野火止一華をどれだけ知ってる?」
「そうっすね、私が知ってるのは野火止一華が一年前に中央を追放処分になった事。そして今現在三シーズの内二振りを持っている可能性がある。ということぐらいっすね」
つまり基礎情報は知っているという事だ。
なら話が早い。
「今あいつは……一華はどこに居る」
それは八城が最も求める情報の一つ。
「最初に言ったっすけど確証はないっすからね?」
八城はそれでも構わないと、一つ頷いた。
「ちょっと前にクイーン呼称「ツインズ」が向こうの中央から、こっちの中央に撤退してきたっす。何でも、二刀流の馬鹿みたいに強い女が数人の仲間を連れて迎撃したとか。多分この情報は八番さんの耳にはもう届いていると思うっすけど」
数人の仲間?それは八城にとって初めて耳にする言葉だ。
「クイーン呼称ツインズ。識別呼称『大食の姉』に、その馬鹿強い女が一文字の消えない傷をつけたという情報が来てるっす!」
呼称ツインズ。それは名前の由来通り二体で共に行動する躍動型のクイーンの事を指す。
大食の姉と無食の妹。
これは見た目に反映された名前ではない。
大食の姉。
一見スリムに見える体長の二メートル強の女性らしいボディーラインが特徴的な化け物は、両手には刃のような禍々しいブレードを携え人間を刺し殺し食らう。
それに対し妹の姿は風船の様に膨らんだ腹部に、弛んだ四肢の皮。
かろうじて、出ている女性らしいボディーラインが、大元になった人物が女性だと分かる程度。
だがその妹は全く人を食さない。
太った見た目からよく食べそうな方は妹の方だが、姉はその妹が食さない事を補う様に人を食らう。
よってクイーン呼称、ツインズ。
識別名大食の姉と無食の妹となる。
だがもっとも厄介とされる大食の姉に、見知らぬ誰かが消えない傷を与えた。
それがどれほど化け物じみた所行なのかということだ。
八城は一度大食の姉と戦った事がある。
その率直な感想として八城は思うのだ。
あれは化け物だ。
鬼神薬が無ければ八城は今頃間違いなく死んでいた。
三シリーズを持ってしても、斬り合いをよしとする相手ではない。
もっと言うなら、大食の姉が携えているブレードをただの量産刃でまともに受ければ、その切れ味から刀身ごと切り飛ばされてしまうだろう。
そしてあのブレードの最も恐ろしいのは、感染効果があると言う一点に尽きる。
そのせいで八番隊は八城と紬だけの二人しか居なくなった。
雪光のような切れ味。
言葉通りの化け物の腕力。
それを潜り抜けたとしても、早さ、外殻の堅さも化け物だ。
それを踏まえてなお、あの大食の姉にまともな一太刀を浴びせる……化物以上の化け物でなければ出来ない所行と言える。
「その、大食の姉に傷を付けた女が、今何処に居るか分かるか?」
「痕跡を辿れば分かるっすね。でもここでは電波棟がないっすから、一番近くて文化放送局まで戻れば分かるっす」
文化放送局は浜松町の駅すぐ横。
東京中央の第三バリケードを超えたすぐの場所だ。
「……嘘ですよね?」
桜が絶望した様にうろたえる。
「最悪じゃねえか……」
「有り得ない」
紬も時雨も悪態つくのは当然だ。
八城も同じ気持ちなのだから。
ここまで来るのは決して簡単な道のりではなかった。
テルが言っている事はつまり、今かしがた来た中央へ、とんぼ返りするということだ。
これには良からも乾いた笑いが出た。
今はまだ正午過ぎ。
急げば間に合うかもしれないが、間に合わなかった時が悲惨だ。
だが時間が経てば一華の情報が劣化してしまう可能性がある。
「行こう。もし日没になるようなら、最寄りの番街区に寄って休息をとる」
八城が全員を見渡すと全員嫌そうな顔をしているが、反対の声は上がらない。
だが動こうとする者も居ない。
それはそうだろう、無理のある行軍であるのは間違いない。
だがやはりと言うべきか、紬は立ち上がる。
「八城君が行くなら私は行く」
その肩には大きい狙撃銃を担ぎ直し、紬は八城の傍に寄り添う。
「仕方ないですね」
「マジかよ大将!かー、めんどくせえ。だが、置いてかれたら死んじまうからな」
桜と紬も列に加わる。良は待っていたとばかりに地図を広げルートの確認を
「一番近いルートだと……やっぱり、この群れを抜けて……」
その言葉を聞いた瞬間、時雨が良の手から地図を奪い取った。
「てめえの、イカレたルートに付き合ってたら命が幾つあっても足りねえんだよ!」
貸しやがれ!と時雨は行進された新たなクイーンの分布図と照らし合わせながら最も安全な道を模索する。
「ナイス!時雨さん!」
「時雨良い仕事をする」
だが良はまだ諦めてないのかスペアの地図を取り出し、自身の最短ルートを探し始める。
「おいおっさん。今度余計な真似するようならあんたの奥さんに、あんたが私の下半身をぐしょぐしょにしたって言うからな」
良は手にもっていたスペアの地図を仕舞い込む。
「よーし!おじさんがんばっちゃうぞ!」
そう言って良は自ら張り切って歩き出したのだ。
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