第31話 大黒ふ頭3

その人物は爆破された高速道路の境目で寝そべり。

傍らには大きなクーラーボックスと、ラジカセを置いておりまさにバカンスと言えば分かりやすいかもしれない。

「ようテル!景気はどうだい?」

良は旧友の仲のように、寝そべっている少女へと気安く喋りかけた。

「んがっ!はっ!寝てません!起きてますよ!ちょっと目にゴミが入って目が……って、なんすか。驚かせて、五番じゃないっすか」

「おう、それで景気はどうだい?」

「まあ、ぼちぼちっすね。……って!そっちの方は!まさか、八番じゃないっすか!」

眠たげだった目が開かれ、良の隣に立つ八城を一直線に見つける。

「いやはや!お目にかかれて光栄っす!いや〜まさか東京中央の番付に名を連ねる有名人にお会いできるなんて。今日はついてるっすね〜」

目の前の女の見た目は、少し痩せ形で、垂れ目。

髪は肩甲骨あたりまで伸びた茶髪。

体型は……紬よりはあると言った程度だろう。

前髪が長いせいで、暗い印象を与えるが、喋りは饒舌で何処か見た目からの印象にそぐわない。

「あ〜俺の自己紹介は要らないみたいだが、お前の名前は?」

「皆は私の事テルって呼んでますけど、八番さんに呼ばれるなら何でも良いっすよ!」

テルはそう言うと一歩こちらに近づいてくる。

「また八城君に良くない虫が付いた」

「おい、銃から手を離せ、紬」

「……チッ」

舌打ちをしながら紬は触っていたグリップから手を離す。

「いや〜噂通り、八番隊は個性豊かな面子が揃ってるっすね〜……ん?あれ?ん〜?」

目を細めながらテルは後ろに居る八番隊の面子。

その一人である時雨をじっと見つめている。

「あれ?アナタ、何処かで会ったことある気がするんっすけど……」

見つめられた時雨はあからさまにプイッとテルから顔を背けて一言。

「ねえよ」

「でも何処かで……」

「ねえって!」

「あれ?アナタの顔、ちょっと待って下さい」

テルは真剣そのものという表情で鞄の中を漁り、一冊の雑誌を取り出した。

「ははっ〜ん!分かったっすよ!」

そう言ってテルはその雑誌をこちらに見せつけてきた。

「デェデン!これ!誰っすか!」

見せつけられた雑誌をまじまじと見る八城、良、紬、桜。

その様子に時雨は不機嫌そうにため息を一つ付いた。

そして一番最初に気付いたのは桜だった。

「嘘……え?そんなことって……」

桜はたじろぎ時雨を凝視しまた雑誌を見ては時雨を見る。

八城と良は綺麗揃いの雑誌の表紙を見てムムッと顔を寄せた。

「俺はこっちの子がタイプ」

「良さんとは、気が合いますね。俺もこっちです」

二人揃って指差すのは綺麗に着飾ったモデルの片割れである。

当然雑誌の表紙を飾っているモデル二人はどっちを選んでも美人ではあるが、八城と良、二人の視線は右側に立つモデルへと注がれていた。

男子二人集まれば、この話題には事欠かない。

「俺の子供が、昔このアイドル好きでな〜何て名前だったかな?」

「藤……何とか?ここまで出掛かってるんですけど。」

男二人は自分の女性の好みに関して会話に花を咲かせていた。

「何処と無く時雨に似てる気がしなくもない」

紬が呟いたその言葉に、俺と良は笑い合っていた口をピタリと止めた。

「へ〜ありがとうよ、私がタイプなんだって?モテる女は辛いのなんのってなぁ?大将?」

時雨はいやみったらしくニヤニヤ笑いながらもその雑誌を奪い取り。

自分の顔の横にその雑誌の顔を持ってくる。

「は?」

「へ?」

八城と良はその姿と雑誌に写る美人を見比べて、もう一度見比べて、更にもう一度確認で見比べる。

「ほら愛の告白なら、たった今から願書受付中だぜ?大将?」

時雨は完全に吹っ切れていた。

今となっては隠しても仕方ない。

「いやだって、かなり大人っぽいじゃん?」

確かに雑誌に映っている時雨の姿は艶やかで、いかにもティーンエイジャーが好みそうな大人の魅力に溢れている。

「メイクすりゃ、誰でもこんなもんだろ?」

「こんなの詐欺でしょ!」

「騙される方が悪いんじゃねえのか?」

「横暴だ!」

「大将。言いたい事はそれだけか?」

そこには藤崎時雨を一回り大きくした、橘時雨という女が存在するだけだった。

「でもあの、藤崎時雨がそのまま時雨さんだったなんて……」

桜はその事実に誰よりも傷つき、未だに驚きが抜けきっていない。

「そんなにショックか?」

時雨は自分の事ながら釈然としない。

「藤崎ちゃんはパンツぐしょぐしょとか言いません!」

「残念!!言うんだなぁ!これがぁ!」

八番隊で最も女を捨てた存在。それが時雨という女だった。

そんな時雨がアイドルをやっていたという事実を、桜は信じたくないらしい。

「私の!私の藤崎ちゃんが!汚れていくぅ!」

桜は嫌嫌と首を振りなが地面にへたり込んだ。

「桜、時雨は何がそんなに凄い?」

「紬さん!藤崎時雨を知らないんですか!」

「知らない。それは知らないとまずい?」

「そりゃ!そうですよ!歌を歌えばミリオンセラー。ライブをやれば満員御礼。ドラマにでれば大ヒットの、あの藤崎……いえ!世界の藤崎時雨ですよ!」

藤崎時雨の話となると桜は歯止めが効かないらしい。

紬の肩を思いきり揺らしながら藤崎時雨がどれだけ素晴らしい存在なのかを喋り尽くしている。

「何だ?桜は私の事がそんなに好きなのか〜ほら、仕方なねえ。握手ぐらいしてやるよ」

「あっ、いえ、結構です」

はっきりとした拒絶。

八城は女子同士の仁義なき戦いの匂いを敏感に感じ取った。

「おいおい、夢にまで見たアイドルの握手だ。冥土の土産に貰うべきなんじゃないのか?」

「ありえません!あなたが藤崎時雨だなんて認めません!」

時雨はもう一度桜の前に雑誌の顔と自分の顔を並べ

「残念でした!同一人物だぜ!」

「あっあ〜信じません!信じません!信じられません!」

時雨は桜に自分の顔を見せるように桜を覗き込む。

こうみると時雨は新人にセクハラをする上司にしか見えないから不思議だ。

だがこれでは話が纏まらないのも事実。

「時雨、お前が最高の女だった事は分かったから一旦落ち着け」

時雨もう桜を弄ることに満足していたようで、すんなりと桜から離れた。

「で、良さんここに来た本題を話して下さい」

「ん?ああ、そうだった。テル頼んでた情報は、手に入ったか?」

「ん〜野火止一華の情報は確証に近いものがないんすよね〜特にここは電波が良くないっすから〜」

「なら確証がない情報ならあるのか?」

「あるにはあるっすよ」

あっけらかんと喋るテルに八城は最大限の笑顔を作る。

「一華の情報を今知っている範囲で教えてくれないか?」

交渉で必要なのは、相手に好意を持ってもらう事だ。だがテルの返事は決まっている様に早かった。

「嫌っすよ」

撤回しよう。

交渉で必要なのは笑顔ではない、暴力だ。

「一つ言っておくっすけど、私も一応柏木議長のお墨付きなんで、やられてもただじゃ転ばないっすよ?」

そう言ってテルは胸の裏に隠してある三枚羽の徽章を見せてきた。

それは八城の持つ物と装飾は違うが、それは間違いなく柏木が与えた徽章だ。

もう一度撤回しよう。

話し合いこそ平和を掴むための一歩だ。

「うん。うん。へ〜うん。良さん、話が違いませんか?」

「そりゃ八城!テルは情報屋だ。ただで商品を渡すなんて阿呆なら、柏木も徽章は与えないだろうな!」

ケラケラ笑っている良だが、笑い事ではない。

「そんな事言っても……」

八城は現在、情報と引き換えられる物は持っていない。

今手元に在る物といえば武器と携帯食料ぐらいの物だ。

だが、テルの見解は違う。

「八番さんあるっすよ。八城さんだけが持ってて、どの情報屋も手に出来ない情報が」

テルの瞳が怪しい色を灯し、その指先がそっと八城の右側に差してある雪光の柄に触れた。


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