第30話 大黒ふ頭2

132号線は湾岸線に続く道になっている。つまりその道程において湾岸線まで抜けるには一キロ強の道のりがある。

良はこの奴らが蔓延る中を強行突破するつもりらしい。

「いつも通り、気が触れてる」

紬は雨竜良と多少の付き合いがあるため、そういうものだと割り切っているが八番隊へ入ったばかりの二人は違う。

「隊長、本当にあの人に付いて行って大丈夫なんですか?」

「なんだぁ?あんな群れは?懐かしのあの番街区を思いだすじゃねえか!」

時雨と桜の二人はここに来て、良へ付いて行くべきか迷っていた。

「それは心配要らない。良はマリアと張り合えるぐらいには強い」

桜と紬の視線は半信半疑と言いたげに良に移る。

良は小太刀よりもさらに短い短刀を好んで使う。

二本の短刀と、拳銃の三つだけ。だがその技術には目を見張る物がある。

スラリと一刀を抜き、一体目の奴らの顎下から短刀を差し込む。

位置をくるりと周り。

来たもう一体の盾代わりに押し込む。首の隙間から銃口をねじ込み発射。

「おりゃっさい!」

花が咲く体液が飛び散るのも構わず肉薄して三体目を短刀で刺し貫き、アスファルトに転がった三体目の足を引きずり五体目にぶん投げる。

転がった五体目にすぐさま近づき胴体を足で押さえ込み。頭を撃ち抜く。

良の得意とするのは、拳銃であっても超至近距離。

短刀を振るう範囲内でしか、拳銃を使わない。

良曰く、そうでなければ弾が当たらないらしい。

このスタイルは八城が良と出会った三年前からずっと変わっていない。

ともすればまるで遊んでいる様にも見えるこのスタイルだが、これでこの四年間を生き抜いてきた本物の技術だ。

「おい!せっかく道を作ったんだ!早く行こうぜ!」

良は来い来い、と手招きしながら、敵を屠っていく。

「こんなの!でっ出鱈目ですよ!」

「私はあの戦い方好きだけどなぁ!」

「無駄玉を使いたくない。早めに切り抜ける」

三人はそれぞれ良への感想を喋りながらも開けた道を進んで行く。

そうして二度目となる海底トンネルを抜けた時、全員の足はずぶ濡れになっていた。

「排水用ポンプが動いてないんだ。そりゃ水は溜まりっぱなしにならあな」

良が靴を逆さにして、中に溜まった水を出す。

川崎港海底トンネル内には、かなりの雨水が溜まっており一番深い場所で腰辺りまで水に浸かってしまっていた。

「最悪だクソ!腕は疲れるし……見ろ!てめえのせいでパンツまでぐちょぐちょだ!何でこんな道を通らなくちゃいけないんだ!おい!おっさん!パンツをおしゃかにした事の説明はちゃんとしてくれんだろうな!」

時雨が隊服のあちこちを絞りながら、良に叫ぶ。

「ハハッ!そりゃ大変だ!おじさんのパンツと取り替えるか?おじさんのも、ぐちょぐちょだけど」

良はそんな時雨の言葉を笑い飛ばす。

「時雨さん気にしたら駄目ですよ……私もぐしょぐしょなので」

「てめえがぐしょぐしょだろうが知るかよ!あークソ!イライラする!」

紬は時雨の裾をチョイチョイと引っぱる。

「時雨。私は上もいった」

隊服は基本、奴らに掴まれないよう身体にフィットした作りになっている。

だがその隊服も通気性を考慮した作りになっているため多少のゆとりが生まれる。紬のボディーラインはお世辞にもグラマラスとは言えない。

まあつまり、おむすびも転がらず垂直落下していく断崖絶壁がそこにはあった。

「あっ…私が……悪かったよ。パンツぐらい……その……あれだ、どうとでもなるよな。騒ぎ過ぎちまったな……」

「?分かったならいい」

態度が一八〇度変わった時雨に疑問を抱きつつも、全員が着実に目的地に歩を進めている。

「この橋を渡ればお目当ての大黒ふ頭だ」

東京湾が一望できるその橋は、鶴見つばさ橋という名前らしい。

橋の上は気持ちのいい海風が吹き抜け、涼しさを感じさせる。

そしてその橋を渡りきった時。

八番隊は中央始まって以来の災厄の都市に到着した。

大黒ふ頭

埠頭とは船舶が人の乗り入れを行ったり、荷物の運搬に使うための場所の事指す場所である。

大黒ふ頭と呼ばれるその場所は中でも特殊で俗に言う、島式埠頭になっている。

つまり島なのだ。

それは即ち、陸と接岸していないということだ。

だからこそ大黒埠頭は完全に孤立した一つの安全地帯と信じられていた。

そう、一昔前までは

大黒ふ頭には出口が大きく分けて二つある。

一つは螺旋状に繋がっている、高速道路上。

もう一つは大黒町と繋がる道路。

大黒ふ頭から逃げる道は、実際のところこの二つしかない。

二年前躍動型のクイーンが大黒ふ頭を襲撃。

そこまでは良かった。

そう良かったのだ。

一部の人間が裏切り、住人の避難が行われない状況下で、螺旋状の高速道路へ続く道を爆破。

そして一部の人間が逃げたのを見計らった様に大黒町へ続く道も爆破した。

ごく少数のみ、小さな船で難を逃れることができたが、残る住民は全て躍動型のクイーンに食われてしまった。

そして彼のクイーンはというと、用は済んだと言わんばかりに何処かへ消えてしまった。

そしてここに、人っ子一人居ないゴーストタウンが出来上がったのだ。

……だがそれは言い過ぎたのかもしれない。

何故なら人っ子は、今現在一人だけその場に居たのだから


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