第29話 大黒ふ頭1

八城たち八番隊は、一度教会に戻っていた。

武装した八番隊の面々を見ると、マリアは悲しそうに微笑む。

「もう出発なのね?」

「ああ、悪いな。休暇はなしになったみたいだ」

「変ね、八城君は悪い事なんて何もしていないじゃない」

いつもは面倒くさい任務も今回ばかりは気持ちが焦っている。

だがマリアはそれを見透かしていた。

「焦っては駄目よ?八城君。ちゃんと全員で戻ってくるの。いいわね?」

流石は我が儘暴君である一華の右腕を務めていただけある。八城の焦りぐらいはお見通しなのだろう。

「ああ、行ってくる」

各々マリアと子供たちに手を振りながら先を進む。

第一バリケード。

全く舗装されていない道を進み。

二つ目のバリケード。

手付かずの住宅街を抜けた先に、居た。

「よう。お別れはすんだかい?」

「はい。良さん。それで一華の痕跡は何処に在るんですか?」

「まあそう焦らさんな。すぐに教えてやるからよ」

そう言って雨竜良は歩き出す。

向かうのは大黒ふ頭。

それは八城が89作戦時に単身向かった番街区の近くだ。

都心環状を抜け湾岸線を歩く八城は違和感に気付いた。

「ちょっと待って下さい。」

八城は足を止める。この経路は不可解だ。

八番隊は有明ICから大黒ふ頭方面に歩き出した。

高速道路上のこの位置は奴らの影もなく一見安全に見えるがそれは違う。

多摩川トンネル内にはクイーンが居座っている。

そしてもう三キロ程進んで来て目の前にはその多摩川トンネルが大口を開けて八番隊と良を出迎えている。

「良さん、流石にこのルートは危険過ぎます」

八城には大学内での光景が脳裏をよぎる。

悪魔のようなフェイズ4の侵攻はどう足掻いたところで今の八城達ではどうする事もできない。

「まあ大丈夫だろ、中は静かなもんだ」

そう言って、良はお気に入りの居酒屋にでも入って行くような気軽さでトンネルの中に入っていく。

多摩川トンネル内には恐ろしくなる程の暗闇と、静寂が場を満たしていた。

「何も居ないですね……」

桜のその呟きが、トンネル内に木霊する。

全員に死角が出来ないよう、四方を照らし、慎重に進んで行くが奴らの影は一体たりとも目にしない。

結局全長二キロの行程は一度の戦闘も無く、光を見る事となった。

「何で?」

紬は納得がいかないと眉根を寄せる。

「そりゃ、ここのクイーンも移動したからな。ちゃんと報告は読まないと駄目だぜ、紬の嬢ちゃん」

「嬢ちゃんって言うのやめて。それに報告は読んだ。ここには間違いなくクイーンが居た」

「二日前までならな?おっと!お前ら急ぐぞ、お隣のお客さんがお出ましだ」

今現在通って来た多摩川トンネルを抜け。

数百メートル進むと川崎航路トンネルがある。

これは多摩川トンネルと同じ海底トンネルである。

そして今、隣のトンネルである川崎トンネルからは続々と奴らの影が溢れ出て来ていた。つまり

「実は引っ越したのは隣の物件なんだよね〜」

「先に言って下さいよ!」

八城が叫ぶと同時に、最初の一体がこちらに目がけて走ってくる。

紬の射撃は的確に脳天の一カ所を貫いている。

「早く切り抜けないと弾の無駄になる」

一射、二射、撃つ度に奴らはまた一人また一人と倒れていくが、それよりも多くの敵がトンネルから姿を表していた。

「良さん!ルートは?」

「わーってるよ!こっちだ!」

八番隊が動くと、奴らも尾を引く様にこちらに付いてくる。

フェイズ2が一体。その後ろにさらにもう一体。

「こっちは私が!」

桜がそう言うと殿の八城と並び立つ。

「桜!任せていいんだな?」

「任せて下さい!」

八城は未だに黒染みが抜けきらない雪光は抜かず。

左に差した刀に手を掛ける。

上から振り下ろされる鉄の棒を半身で躱し。

後ろ足で半円を描く様に抜刀。

奴らの赤い体液が飛び散るが、フェイズ2はそれを気にした様子もなく八城に噛み付こうとする。

八城は身を屈め、難なく残った片腕を躱しもう一度刀を振り抜いた。

「やるねー八城!腕は訛ってないみたいだ。それにあの嬢ちゃん……桜ちゃんだっけ?あれは強いなぁ」

良からも感嘆の声が漏れる。

桜はまず小太刀を抜き攻撃はしない。全ての神経を回避に集中する。

フェイズ2の大振りな一撃を最小限の動きで躱し。抜いた小太刀でフェイズ2の腕の付け根を刺突する。

骨の砕ける鈍い音が、小太刀が役割を果たした事を教えてくる。

小太刀が刺さったままの腕は力なく垂れ下がりフェイズ2の動きが見るからに悪い。

だが、それすらお構い無しに、フェイズ2は桜を捕まえようと、使える片方の腕を伸ばす。

だが桜はそれが分かっていたかの様に、迫る腕を蹴りとばす。

そしてガラ空きになった首元に狙いを付ける。

左に差した刀に手を掛け一線を引いた。

フェイズ2の首は狙い澄ました桜の一刀により地面を転がっていた。

紬の小太刀。

時雨の足技。

そして、基本に忠実な無駄の無い桜の動き。

そしてあの一刀。

全ては見よう見まねの技だが、桜の基礎にその技が、加わり着実にその腕は上がっている。

「えへへっやりました隊長!」

「はいはい、凄い凄い。それより早く次ぎに行くぞ」

「え〜もっと褒めてください〜よ〜」

この強さのきっかけは間違いなくあの悲惨な遠征だろう。

「私もあのぐらい出来る。それに桜は射撃が出来ない。よって私の勝ち」

紬は走りながら八城の隣で独り言の様に呟く。

「お前は誰と戦ってんだ」

「くぅ〜青春だね〜」

良はからかうように口笛を吹き、全力で敵の波を掻い潜っていく。

「良さんはさっさと道案内して下さい!」

「分かったよ!一回殿町ICで高速道路を出て132号線沿いを伝ってもう一回湾岸線に乗る!それで回避出来る筈だ!まぁ、この132号が肝なんだがな…」

ボソッと呟く最後の独り言に、嫌な予感しかしない。

とりあえず八城は促されるまま殿町ICを降り132号線に歩を進めた。

「すみません。年上にこんな事を言うの、本当は嫌なんですけど」

八番隊は身を隠しながら132号線をちらりと見る。

そこには奴らがそこかしこに点在していた。

分かっていた。

クイーンが近くもなく遠くもないこの距離。

だから良はその行程において迂回路を通るものだとばかり思っていた。

「良さんあなた馬鹿じゃないですか!」

そう言えば、雨竜良はかなりの腕利きだ。

あの一華からもその腕前は認められていた。

そうなれば必然、自分の窮地の範囲が狭くなる。

ここまでなら大丈夫。

その範囲が常人のそれと大きく異なるのだ。

これから通る奴らの溢れる道路状況を見て桜も時雨も引きつった笑いが漏れる。

紬も相当行きたくないのだろう、いつもは他人任せにしている地図上で、迂回ルートを探し始めた。

「分かった!分かった!今回は俺が先頭に行くから!お前らは付いて来ればいいだろ。」

良はそう言って意気揚揚と奴らの前に姿を晒したのだ。


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