第20話 夜顔
「終ったのか……?」
八城は思考を取り戻していた。
断片的に思いだす行為の内容に頭痛すら憶えるが、辛くも勝利した事は分かっていた。
教室の隅で何かが鳴っている。
それは自分が付けていたインカムだと気付くのに数秒掛かった。
いつ外したのか憶えていない。
八城は自分の身体を起こそうとして倒れそうになる。
力が入らない。
当然だ、限界を超えた戦闘を繰り広げたのだ、その代償は今から自分が支払うことになる。とにかく立ち上がろうと、鞘を杖代わりにして何とか立ち上がり、インカムを拾い上げ耳に近づける。
「もしもし……」
「八城さん!良かったようやく繋がった、大丈夫ですか!」
「ぼちぼち病院に行きたい気分だが……そっちはどうだ?」
「今南棟裏口のフェンスから全員を逃しているところです。八城さんも無事で良かった」
そうか成功したのか……良かった。
少しでも笑うと、至る所が痛いが今はもう良い。
「まあな、生きてはいるが……これはどうなんだろうな……」
蚰蜒を倒せたとは言え、ここが敵の真っ只中に居る事には違いない。
「すみません、八城さん一つお伝えしなければいけない事があります」
「聞きたくないけど何?」
八城は放り投げられている雪光を拾い鞘に戻そうとして、落とす。
今回落としたのは、決して身体に力が入らなかった訳ではない。
八城はインカムから伝わる言葉より先にみたその答えに呆然としたためだ。もうインカムから聞こえてくる言葉など八城の耳に届いていなかった。
「お前ら……何でここにいるんだ?」
その問いに対する答えはインカムから返ってきた
「子供達によると八城さんを守るためと……」
講義室の扉の脇五人の刀を渡した少年少女が怯えた目でこちらを見ていた。
これは間違いなく最悪の状況だ。八城はキョトンとした後、思わず笑ってしまった。
怒ろうとも思ったが、そんな気はとうに消え失せていた。だから一人の頭に手を乗せる。
「そうか、助けてくれたのか。ありがとな」
八城は短くそう伝える。仕方ない、こればっかりは仕方ない。
インカムを付け直し八城は告げる。
「お前らは、一度番街区まで戻れ……こいつらは……まあ、こっちで、どうにかする」
「………了解しました。御武運を」
そう言って通信先の相手は通信を閉じた。
僅かな静寂の後に八城は振り返り、子供達の顔をよく覗き込む。
全員が全員泣きそうな顔をしているが、真っ直ぐにこっちを見ている。
「お前ら大体の察しは付いていると思うが、ここにはもう助けは来ない。だから俺達だけで、この難局を乗り切らなければいけない。分かるな?」
不安、恐慌、絶望。
様々な感情の瞳で少年少女はこっちをただ真っ直ぐに見つめている。
ならやる事は一つだ。
「君達には中央本部シングルNo.の指揮権の元、擬似的にではあるが八番隊の所属となる。これ以降俺の事は八番又は隊長と呼べ。そしてこの配属以降、命令違反はそれら一切を認めない。この場において俺が上で、俺以上は存在しない。そしてお前らが俺の指示を忠実にこなすのなら、俺はお前らをまたあの穏やかな日々に返す事を誓う。お前達は俺の言う通りに仕事をしろ!分かったな!」
返事は無い、ただ戸惑いだけが伝わってくる。
「返事!」
「…はい」
「声が小さい!腹から声を出せ!」
「はい!」
「声が揃ってない!やり直し!」
「はい!」
「よし」
いや、何が良しだよ……死にたい。疲れた。
寝たい。しんどい。
「……はい、では作戦ですが……作戦は……」
あれ?そういえば状況とか、どうなってるの?ここが西棟の四階ということは分かっているが、八城にはそれしか分からない。
「では作戦の前に状況を整理します」
きりっと言い放った言葉に子供達は神妙に頷いた。
「まずは状況ですが……」
状況……
端的に言おう。
知るか!
え?何この状況?自分が詰んでる事以外何も分かんない。
「とりあえず状況の前にあれだ……自己紹介しましょうか?」
流石に子供達も何かこの大人おかしいという事に気付き始めたに違いない。
「なるほど……個人を知って僕たちに一体感を持たせようとしているわけですね」
どうやら気付かなかったらしい。
なら丁度いい時間稼ぎだ。
子供達は頷き合い一人一人名前を言っていく。あ〜まずいぞ……そろそろ最後の一人の自己紹介が終ってしまう。
少年少女は一人ずつ右から順番に双葉、駆、楓、九重、桜子と言うらしい。もう、オリエンテーションでもして最後の時間を楽しむか?
このやる気を漲らせた瞳にそんな事は言えそうにない。
「あー皆はこの場所はホームグラウンドな訳だ。という事は、俺よりもこの場所をよく知っているんだよな?」
「はい!」
桜子はどこか桜に似て抜けてそうだ
「何処かで都合よく南棟に抜けられる道とかないの?」
「抜けるなら渡り廊下の上なら抜けられるかもしれません。この西棟四階からなら三階の渡り廊下の屋根伝いに南棟四階に行く事が出来ますから」
駆は中々頭がよく回る。状況に応じた答えを出せるようだ。
「あ〜……それはいい案だが、できれば中央に居るフェイズ4……あの花の蕾みたいな奴に見つかりたくないんだ」
「それなら大丈夫だと思います。あそこは三角屋根になっているので」
三角屋根?何かよく分からないが、八城はその言葉を信じて西棟四階の南棟へ続く渡り廊下の屋根伝いになっている教室に来ていた。
確かにこれならば中央噴水から此方が見える事はないが……
「超、急勾配じゃん!いやこれ落ちたら死ぬよ!」
「大丈夫ですよ!僕たちここで鬼ごっことかしてましたから!」
「いや鬼ごっこって!本物の鬼に追いかけられたとしても、こんな所に逃げないでしょ!」
そんな事を思っていると一人ずつ急勾配な屋根伝いに南棟へ進んでいく。
「え?行くの?」
「え?行かないんですか?」
桜子は眠たげな目で俺が行くのを今か今かと待っている。
「……イクヨ」
落ちれば即死。確か五点着地の限界が七〜八メートルってどっかのマンガに書いてあったけど、達人じゃないから無理だし。
なんならここはそれ以上高そうだ。
ああ、結局無理だ。八城は全てを考える事を放棄。
ゆっくりと歩を進め、南棟四階へ到着する事ができた。
まだ足が震える。一瞬下を見た時の揺れる視界と吸い込まれそうになる地面の景色が、股間にある二つの漢玉をくすぐってきた。
「終った……もう二度とやらねえからな」
俺と子供達はどうにか南棟四階の講義室に辿り着いた。ここから階段を降りる事が出来れば、後はあのフェンスを抜けて終わり。だがそう甘い話ではない。
人間のしかも大人数の移動が起こったのだ。
この南棟には今最も奴らが集結している頃合いだ。
対し此方は元気な子供が五人に、使えない大人が一人。
支給品の刀が6本と使い物にならない刀が一本。
そして運良く閉まっていたこの講義室だが。
「時間ギリギリ遅れちゃう!」
と、ばかりに廊下では続々と奴らが、扉を叩いている。
八城は子供達に教室を二分するように椅子机を教室の中央に並べ高い壁を作る。
そして子供達を前に寄せ俺は後ろの扉を開け放った。つまりは遊動だ。
空いている扉の方に雪崩れ込んで来る奴らを出来る限り足止めする。
そして講義室前の廊下が空いて来た頃を見計らい、前の扉を開け子供達は廊下に出る。もちろん俺も、人が一人通れるスペースから講義室前の扉へ移動。講義室を出る。
四階とはいえ、奴らの数は想像以上だ。見ただけでも狭い廊下に二十体は居る。
ここを早く切り抜けなければ後ろの講義室から抜け出してくる。
「全員曲がった所の階段から降りろ!」
先頭が九重で良かった。九重は小さい頃から剣を習っていたらしい。
だから咄嗟にガードが出来たのだ。
刀と刀がぶつかり合う音。
九重は、ガードした刀ごと壁に吹き飛ばされていた。
フェイズ2。地点防衛をしていた隊員から奪ったのだろう、支給品の刀を持っている。
「クソ!こんな時に!九重動けるか!」
「はい……」
痛みに耐えているのが分かる。だが刀は取り落としていない。
何より泣いていない。
「よし!お前は桜より優秀だ。全員南棟東階段まで行く!九重を中心に、桜子と駆で道を開きつつ、楓と双葉は九重を守りながら二人のカバーに回れ!絶対に誰一人死なせるな!」
「「「「「了解!」」」」」
フェイズ2は周りのフェイズ1を押しのけながら前に進んでくる。
このままじゃ追い付かれる。納刀し、足で半円を描きながら振り返る。
今は身体に力が入らない。
だから最速にして最強。
忌々しい女の技。
記憶にある、あの研ぎすまされた一撃。
全ての動きを踏襲しなければいけない。
一気呵成、刀身一体、
居合い
抜刀
刃は首半ばにさし掛かり止まる。振り抜けない。後一歩の所で刃が止まってしまう。
「ふ〜ん、こうやるんだね?隊長」
風のように抜けてきたのは楓。半円を描き抜刀。青い流線を空中に描き、八城が切り込んだ場所に寸分違わず自分の刃を滑らせフェイズ2の首が落ちる。
「凄いでしょ?」
「ああ……すごい」
何こいつ怖!なんなんだよ!今の笑顔!首落としてあんな朗らかに笑った奴見たの、初めてだ!
そう思いつつ、だがこいつら、個人の性格は置いておいても、連携は悪くない。
技術としての屋台骨の九重が動けないのは大きいが、比較的運動神経のいい駆と桜子が安定して道を切り開き双葉が周りを見て指示を出す。
そして楓はそれらの連携が一歩届かない所に手が届く。
楓は得体の知れなさではダントツだが、こういう奴が居ると隊全体の生存率が格段に上がる。だが全員が身体に見合わない刀を振っているせいで、腕力的、体格的に一撃で倒せない。
だから連携してとどめをさしていく。
先頭に立つ駆が一体を転ばせ、桜子が周りを足止め。
後ろの双葉が止めを差しきれない場合は楓がとどめを刺し、確実に前に進んでいく。
そうして南棟四階東階段まで到着した時俺が最も恐れていた事態に直面する。
南棟東階段四階その一角に月光が差し込む一角がある。
その一角からは中央の噴水広場がよく見えるのだが八城が見た景色は考えうる限り最悪の結果だった。
クイーンその巨体の影に、同じ大きさの蕾が花を咲かせていた。
紫と黄色禍々しい色の花。その花の色に八城は見覚えがあった。
そしてその花の根が校舎全体。
ここからだと正面にある北棟の壁面を覆い尽くそうとしている。
そして校舎の隙間という隙間から、その根は内部に浸食していく。ここに来るのも時間の問題だ。
そして八城は東階段を下りようとしてやめた。三階踊り場、その場所は、「フェイズ4」の花の根で覆い尽くされてしまっていた。
「全員後退しろ……駄目だ。ここは進めない」
子供全員が首を傾げるが八城の焦りが通じたのか、一番近くの講義室に避難する。
講義室内には奴らが数体居たが、即座に斬り倒し、内側から鍵を掛ける。
「バリケードを作れ!早く!」
子供に指示を出すより先に、八城は机を扉の前に並べていく。子供もそれに習い、机や椅子。ありったけの物を扉の前に密集させた。
「あれってなんなんですか?」
前に居た駆と桜子は、あの根を見たのだろう。
「あれって何か踏むと不味かったりするんですか?」
三階部分であれだけ根を張っている。それこそここより下のフロアの壁、床、天井。
あらゆる所に根を伸ばしているに違いない。
「あれは俺達が踏んでも特段問題は無い。だが奴らに限ればそうじゃない」
「たいちょ〜分かりづらいです」
「すぐに分かる」
そう言った直後壁が凄まじい音を立てて殴りつけられた。一瞬何がぶつかったのかと思ったが違う。その音は今まで戦ってきたフェイズ1がただ扉を叩いたに過ぎない。
「ちょっとこれ……隊長!なにが、起こっているんですか!」
少年少女の困惑も当然だ。
その根が天井や壁から伝う根が全ての個体に絡み付き個体の戦闘力が格段に強くなっていた。通常の「フェイズ2」単純な威力なら…それ以上かもしれない。
「これがあの「フェイズ4」に俺達の存在がバレたくなかった理由だよ」
「こんな事をあの一体がやっているって言うんですか……」
勝てない。誰もそれを口にはしないが、この場に居る誰もがそう感じている。
ガラス張りの窓は下から伸びてくる触手の様な根で覆い被さられ、ガラス張りの窓から少しずつ月の光が陰る。轟音が鳴り響く講義室の扉は今にも破壊されそうに軋みをあげている。
轟音が鳴る度に、自分の終わりが近づいているのが分かる。
扉が歪み、バリケードが揺れる。轟音、揺れる。軋む。
その繰り返しが不安と恐怖を掻き立てる。
子供達の不安が募る視線が八城に注がれる。
「大丈夫だ」
嘘だ。大丈夫な訳が無い。
「心配するな。必ずお前達は俺が守る」
八城はもう一度丸薬を口に放り込む。
「だから今度は約束しろ。俺が道を作る。だから何があってもお前ら五人は生き残れ」
噛み砕く。そして半分だけを口から吐き出し残り半分を飲み込んだ。
薬の掛かりが浅い。だが今はそれで良い。意識を保て。敵と味方の区別をしろ
そして……守り抜け。
八城は扉が破壊されるのと同時に、入って来た眼前の敵を切り伏せた。
だがその白い根は切り伏せられた身体をもう一度繋合わせようと蠢く。
だが倒す事が目的ではない。再生される前に通り抜ければいい。
「早く行け!」
敵を最小限で斬りつけ再生する前にきりぬける。
もっと最小限の動きだ。この五人を守るためには無駄は省く。
真似ろ。あの動きを。相手の攻撃を受けず、躱し、貫き、斬り裂き、断ち切る。
数が多すぎるのはいつもの事だ。
だが、今までは人間を食う事しか行動しなかった奴らが、奇妙にも此方のダメージを狙ってくる。八城は全てを躱す事が出来ない。
刃で受け切り返し、防御に回した鞘を折られながらも前進する。
階段を二階まで降り、そこまでだった。階段下、その存在にもう身体が反応しなかった。フェイズ2による致命的な一撃。
八城は刀もろとも吹き飛ばされ廊下の壁に叩き付けられていた。手に持っていた刀は、その勢いのまま、廊下のガラスを叩き割り覆い被さっていた根を切り裂きながら一階へ落ちていく。
八城は壁に手を付きながら立ち上がる。どうも頭を切ったらしい、視界の半分が血の赤に染まっていた。
「逃げろ……」
視界が赤い……いや赤から紫そして黒へ。見える世界が少しずつ狭まっていく。
「駄目です!」
「隊長!」
「ッ……」
五人が駆け寄ってくるが、もう刀を振る体力など残っていない。
「命令だ!逃げろ!」
現在地は二階。
ここからなら一階へ飛び降りても、どうにか逃げられるかもしれない。
しかし、誰かがここでこのフェイズ2の相手をしなければ、間違いなく全滅する。
「頼む、俺をまた負けさせないでくれ……」
谷川は言った。
最悪は何もせず未来の担い手を失う事。
それならば八城の勝ちは何か?
それは己の身を顧みず八城まで助けようとしたこの子供の命を助ける事だ。
視界で光が明滅する。薬の副作用だ。
連続での服用は八城の身体に確実に負担を掛けていた。
息が上がり、滝のように汗が滴り動悸が収まらない。
だが子供達は刀を持ったまま動こうとしない。
「行けません!」
駆が言った。その言葉に全員が賛同の意を示す。
視界に入ったのはフェイズ2の振り上げた凶器。
逃げるにはもう遅い。
「生き残ったら絶対説教してやるからな……」
そう八城は最後の意識を振り絞り、五人を庇ながらその場に踞る。
一秒でも長くこの子供達を生かすために。
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