第19話 夜の帳 下

結局、西棟での拠点防衛で生き残れたのは六人中たった二人。

琴音が受け持っていた東棟一階地点防衛が落ちていたらこの作戦は、この時点で終っていた。

渡り廊下を渡り、北棟三階へ。

その時点で西棟六人全員と連絡が着かなくなっていた。

「後は頼みます……」

「すみませんここまで、です……」

「良かった子供達が無事で……」

こうなる事が分かっていた。分かっていた事を避けられなかった。

八城の胸にはやるせなさが降り積もる

その度に刀だけを拾い上げ、別の子供達に持たせていく。

そして、西棟への渡り廊下で奴らに混じって、そいつは佇んでいた。

「赤目!」

子供の誰かが、その名前を叫んだ。

八城はその一体を視界に捉えた直後、思いきり刀をぶん投げる。

刃は真っ直ぐに「赤目」の喉元に突き刺さる。

八城は投げた直後から走り抜けていた。雪光で障害となる必要最低限だけを切り、赤目に肉薄する。

「同じ轍を踏むかよ!」

間に割り込むように一体が入ってくるがブーツの角で思いきり蹴飛ばし、赤目の喉元突き刺さっていた一刀、そして雪光の、二刀の刃を突き立てる。

「くたばれぇぇ!」

そして二刀の刃を広げるようにして赤目の喉を切り裂いた。

だが、注意が散漫になった瞬間に、「フェイズ2」による重い一撃が八城の脇腹を掠める。

八城は刃の上を滑らせるようにして躱そうとして、体勢を崩し、床を四、五メートル滑っていく。

「こんにゃろ」

八城は雪光を鞘に戻し、右で持っていた刀を両手で握り直す。

腰だめに構え、追撃してきた相手が振り下ろす逆側に身体を滑り込ませ、相手の獲物の重さを利用するように刀を振り抜き斬る。

これは一華がよく使っていた技だ。

八城は戦闘が一段落するとインカムに問いかけた。

「南棟は!誰が生きてる!」

返って来た返事は、南棟一階に面した場所。フェンス、裏口一階階段、二階階段までの地点防衛を担当している者だけだ。

西棟三階から、南棟三階にかけてどうなっているか分からない。

これが今インカムから読み取れる情報の全てだった。西棟が落ちているのはまず間違いない。これに続いて南棟まで落ちれば、この子供達を逃す手立てが無くなってしまう。

「西棟は北階段を通って四階まで行って南階段を降りる。西棟は三階よりは四階の方が、侵入が少ない……と信じたい。」

もしこれで敵が溢れているようなら、もうこの作戦は詰みだ。

潔く負けを認めるしか無い。

だが西棟三階を守っていた六人は、つい十分前までは連絡が取れていた。今ならまだ間に合うだろう。

いや今しかないのだ。

八城は切れ味の悪くなった刃を外し、新たな量産刃を取り付け、西棟への渡り廊下を駆け抜ける。

西棟三階はやはり奴らが数多く存在してた。八城は階段へのスペースを確保しつつ、全員を四階へ向かわせる。そして八城はこの判断をすぐに後悔する事になる。

四階は奴らで溢れる三階と比べ対照的。

その場所は気味が悪い程静まり返っていた。

「感染者が居ない……」

誰かが呟いた声が、誰も居ない様に見える西棟四階に木霊する。

一歩……二歩。八城は慎重に廊下の奥へ歩を進める。

闇が蠢いた。闇は此方の存在に気付いたようだ。八城はすぐ隣にある教室を開け、何も居ない事を確認する。

「全員今すぐこの中に入れ!」

床、壁、天井全てを這ってこちらに向かってくる。

「早く!」

八城のその焦りに、全員の一瞬の空白。

それは生死を分けるのに決定的な時間だった。

「きゃあっぁああああああああっぁぁあ」

その危機に気付いた時には遅い。八城より最前列に居た一人を皮切りに。

その後ろ、子供十人前後が一斉に襲いかかられていた。

体長にしておよそ一メートル。

数十本という足が生えた生き物。何十匹という数が廊下の向こうから押し寄せて来ていた。

八城は先頭に回り込み蚰蜒のような個体の身体を斬りつける。

刃は通る。

戦闘力も大した事はない。その機動性が怖いぐらいのものだ。しかし問題はその数だ。

「早く!教室に入れ!」

その間。斬る、斬る、これ以上先には進ませない。進ませれば確実に被害が出る。壁伝いの一匹を切り。

飛びかかって来たのを雪光で突き刺し、再度壁伝いの個体を切り裂いた。

そう思った。切り込みが浅い。

気付いた時には、もう刃が届く距離ではない。

納刀していれば間に合わない。床を這う一体に刀を突き刺し。

レッグホルスターにある拳銃を抜き三射

二発が外れ一発が胴に当たるが、奴らの致命傷にならない。

「クソ!」

八城が走り出そうとした時。

反抗の刃の一線。数ある足を切り落とす。

二刀で胴を貫き、動きを止める。

三、四、五。三方向からの刺突で、その個体は完全に活動を停止させた。

ついさっき刀を渡した子供は全員が息を切らしながら震える手を抑えていた。

「よくやった!お前達も早く教室に入れ!」

蠢く暗闇の群れを見る。それはまだこの四階に足下にいる個体と同じものが居る事を示している。

「私たちも!」

先頭で一番に足を切り落とした少女が前に出る。

「お前らは自分の仕事をした。ここからは俺の仕事だ」

「でも一人じゃ!」

「なあに、俺が死ねば、次はお前達の番だ。それまではゆっくり休んだ方がいい」

少年少女は、自分たちが戦力として見られていないのは分かっている。

そして今八城が言った言葉の意味も。八城は一度目の群れ。最後尾を切り捨てる。

そして、五人の少年少女に振り返る。

「でも、俺が戻って来るまで絶対にそこの扉は死守しろよ?」

八城は前に進む。まだ奥の闇が蠢いているのか分かる。

「はい……」

少年少女と別れた八城は、この階層でどれだけの敵を斬ったのかもう分からない。

そしてもう半分程四階の廊下も終わりにさし掛かった時、奇妙な講義室を発見した。

壁一面に張り巡らされた白糸。

最もそれが色濃いのは天井部分である。

所々地肌が見える壁と違い、天井は幾重にも張り巡らされた糸で、その全てが真っ白に染め上げられていた。だが真っ白な天井より目を引くのはそこから垂れ下がる房の方だろう。

破れているものとそうでないものを見るに、どうやらこいつらの巣という事で間違いない。

八城はその教室の中で何かが蠢いたのを感じその場を間一髪飛び退いた。

飛んで来たのは二メートル越す巨体。

それらを支える節足動物のような足。

そしてその足はその巨体を支える為に一本一本が太い。ジャンプ台として使った講義室の中にある机は見事なまでに潰れている。本能が叫ぶ。

この敵と絶対に戦ってはいけないと。

「フェイズ3」しかも単独増殖するタイプだ。

この階に奴らが居ないのは、単にこいつの栄養になったのだろう。

そして栄養を蓄えたこいつは自分の個体を増やし、この階層で悠々自適な暮らしを満喫していたわけだ。だが一本道のこの廊下において、八城はこいつをどうにかして退けなければならない。

そうしなければここを通る子供達が餌食になるのは免れないだろう。

小さい個体を斬ったのもあり、雪光の刀身はもう六割近くまで黒く染まっている。

どうする?ここで雪光を使えばこれ以降の戦闘で間違いなく使えなくなる。

だが雪光を使わないなら、目の前の個体に間違いなく勝てない。

だがここで八城が負ければ、間違いなくこいつらは、この階層で子供らを食い荒らす。

迷う暇などなかった。

仕舞い込んだ丸薬を口の中に放り込み噛み砕く。頭を突き抜ける酸っぱさが、次第に周りの雑音、色、そして握った刀の感触と共に、自らの命への執着と迷いを消していく。

そして微かに残っている自我で八城はインカムのチャンネルを繋ぐ。

「南棟並びに西棟四階の教室、聞こえるか」

八城の声にそれぞれが返事をする。それを確認した後八城はこう続けた。

「南棟は全力で南棟三階までの道を作れ。西棟。この階の廊下に居る奴らは始末した。俺が居る教室まで全力で走って来い。そして、俺を見つけても絶対に助けるな。ここは俺がなんとかする」

八城からのその通信は一方的に切られてしまう。

眼前の敵。先に動いたのは八城。

八城は自身の意識がまだあるうちに、白糸で白く染め上げられた教室の中に飛び込んだ。「フェイズ3」の個体も八城を追うように教室の中に入る。

「フェイズ3」通称「蚰蜒」はそのまま八城に向かい飛びかかる。

八城はそれを躱し、すれ違い様に一刀、その太い足の一本を斬り飛ばした。

着地に失敗したように周りの机を巻き込んで転がる蚰蜒に、八城はレッグホルスターにある拳銃を抜き掃射。

弾切れになれば銃ごと蚰蜒に投げつける。

だがどれも致命傷に至らない。

次に蚰蜒は、S字を床に描きながら這うようにして接近。覆い被さろうとするのを逆に利用して八城は刺突を繰り出すが、普通の刃では蚰蜒の甲殻を貫く事が出来ない。

八城は斬れないと分かるや否や、表面に刀を滑らせ自分もその方向に飛ぶ様に回避。

八城の変わりに覆い被さられた机は、鉄のフレームが歪んでいた、人が受ければひとたまりも無いのは明らかだろう。

ならばと、八城は蚰蜒の足を切ろうとしてやめた。

先ほど切った足が生えてきている。

そして、八城の不幸はそれだけに止まらない。視界の端に揺れる歪み。その奥に見える歪み。

教卓下、こいつが生んだ子がまだ残っている。一匹が飛びかかるが八城は難なくそれを処理。一匹一匹は脅威たりえない。

だがその隙を突く大きな歪みがこちらに飛びかかる。

床に転がり難なく躱す。

すると次は頭上から小さな個体が降り注ぐ。

それを八城は雪光で切り払い、身体を起こし大きな歪みを探す。

居ない。

物音を探り後を振り返る。思考は反応した。だが刀を振るう筈の腕が反応しない。

奴の身体と自分の身体の間に刀身を滑らせガードするが、勢いを殺しきれず並ぶ机を盛大に巻き込んで八城の身体はようやく止まった。だが蚰蜒はその隙を見逃す事はしない。

勢い良く飛びかかり八城の身体にマウントを取る。八城も転がりながら蚰蜒の動きが見えていた。八城は蚰蜒が覆い被さったところで、雪光を下から上に無造作とも言える荒々しい手つきで突き刺した。

刃は通る。

だがクイーンに近いDNAを持つ「フェイズ3」の個体は、容易く雪光の刀身を七割近くまで黒く染め上げる。

蚰蜒はたまらずその場を飛び退き、八城はその隙に、刃こぼれを起こした量産刃を付け替える。

八城が持つは、二刀の刃。右に鈍色と左に白黒の刃を蚰蜒に向け構える。

威嚇なのか蚰蜒はその場で蜷局を巻き、頭らしい器官をこちらに向ける。

蚰蜒の腹部に穿った穴からは、今も蚰蜒の体液が滴り講堂の床を汚し尽くしている。

そして蚰蜒は腹部を守るようにして下がるが、今度は逆に八城が蚰蜒に接近。

蚰蜒が振り下ろす前足に、雪光を突き刺しそのまま手放した。

通常の刀を両手に持ち替え、あらん限りの力で上段から振り下ろす。

蚰蜒の右側二本の足が宙を舞う。だが前足を切られながらもなんとか自身の体重を残った足で支えてみせた。

八城は蚰蜒に追い打ちを掛けるように、もう一本の足に通常の刃を突き立てた。

この時、八城の思考は一点に集約していた。

逃さない。

こいつらをこの場所から絶対に逃さない。

両手の空いた八城は飛びかかってきた小さな蚰蜒を蹴り、殴り、近くにあった椅子を振り上げ、叩き潰す。

だが刃を二本受けた蚰蜒は、最後の抵抗とばかりに、八城へ自身の身体をそのままぶつけてくる。

八城もそのあまりの面積の大きさに避けようがない。

八城は、勢いを殺す事が出来ず蚰蜒と共に、小さな蚰蜒を巻き込み、そのまま壁まで転がっていく。

八城は動きが止まると同時に、突き刺したままになっていた蚰蜒の足から雪光を引き抜き、距離を取る。

刺さったままになっていた雪光は、もう八割程黒く染まっている。

そして八城の身体も限界が近い。

蚰蜒の腹部の穴は未だに再生の兆候はみせていない。

だが、切り飛ばした足は再生が始まっている。

突き刺したままの量産刃は、いまだに突き刺した位置から動いていない。

そして雪光が刺さっていた足の傷が一向に塞がっておらず、その足自体が殆ど動いていない。

つまり雪光の切った場所は再生しない。

だが通常の刃でも突き刺したままなら、再生を阻害できる。

八城の戦いはこの時点で決まっていた。

蚰蜒はそれでも八城を殺そうと向かってくるが、八城は鞘を腰から外し、右から来る振り下ろしを受け流すと同時に、再度雪光を突き刺した。

それでも往生際が悪い蚰蜒が回り込もうとしたところで、今度は八城が前に出る。

無理のある攻めだが関係ない。

蚰蜒による迎撃に合わせて雪光を振り抜き、下がった所を貫き、刃を滑らせ一本を切り裂いた。残るは片側三本。だがその巨体は残り三本の足でも機動力が失われない。

ならば。もう一歩踏み込み再度斬りつけようとするが、蚰蜒は身体を捻る。

今斬りつけた足を、再度八城は斬りつけてしまう。

そして蚰蜒も、お返しとばかりに左にある健在な足による、薙ぎ払いを八城に見舞う。

無理に前に出たため、八城の無防備な身体にそのまま蚰蜒の攻撃が炸裂する。

つかの間。

八城の視界に景色が戻った直後、想像を絶する痛みが八城を襲った。

だがその痛みが、薬のせいで忘れていたここで戦う理由を微かに思いださせる。

廊下向こうに、僅かに見えた景色に歪な笑いを堪えながら八城は再度立ち上がる。

いつの間にか抜けてしまった雪光をもう一度構え、敵を迎え撃つ。

一刀、蚰蜒の足の隙間を縫うようにして一撃。

雪光はその刀身を、殆ど黒く染め上げた。

蚰蜒の攻撃を潜るように躱し、足の根元に刀身を滑らせる。

後一本、もはや身動きが取れないのか、その場で制止する蚰蜒に八城は、ゆっくりと近く。

八城は雪光を納刀。

左手に持ち替え、思いきり引き抜いた。

抜刀。

残る二本の足を切り飛ばされた蚰蜒は地面に倒れ臥した。

八城には勝った感慨は無い。その行動は、ひたすらにとどめをさすために動く。

八城はまだ鬼神薬が抜けない思考で、横たわった蚰蜒に雪光を上から突き刺そうとするが……

「カンッ」と軽い音共に弾かれてしまう。

真っ黒に染まった刀身。それは雪光使用限界を示していた。

八城は雪光を使い終わった玩具のように放り投げ、仕方なく蚰蜒の足に刺さったままになっている刀を引き抜き頭部に思いきり差し込もうとする。

だがこれも弾かれる。

八城は再生されぬ様に、蚰蜒の足に刀を差し直し、次に教室の隅に倒れていた教卓を引っ張ってきて上から打ち下ろした。

「ダァーン」という凄まじい音が鳴り響く。

それを何度も、何度も、何度も、繰り返す。

歪めば机。

次に椅子と、物を替えて何度となく打ち下ろす。

すると厚い甲殻から露出した部分を、次に刀で穿り何度も突き刺しては抜き、また突き刺しては抜き、突き刺す。

中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜるように執拗なまでに繰り返す。

八城がその行為を終らせたのは蚰蜒がピクリとも動かなくなって一五分後の事だった。

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