第21話 shooting night Lily

攻撃が来る。

八城には避ける手段も余力も残っていない。

八城がその刃を受け入れようとした瞬間、奇妙にもインカムから通信が入る。

「説教されるのは八城君の方」

ずっと付けていたインカムから聞き覚えのある声が響いた。

瞬間、周辺に居た敵の頭が次々に吹き飛んだ。

だが打たれてよろけたと言っても、「フェイズ2」は今なおもまだピンピンしている。

だが次に聞こえた5発の銃声が戦況を大きく変えた。

「まだ朝顔が咲くには時間が早い」

特殊弾頭。それは丸子が紬に渡していた弾。

それを紬は、惜しげも無く中央広場に居る「フェイズ4」に全弾掃射する。

宵闇を駆ける四つの赤熱体は、その全てが咲いた禍々しい花に着弾する。

すると校舎全体に伸びていた根は力なくぶら下がり、全ての個体の動きがとたんに鈍くなる。

「八城君。ここから撃てるのは廊下まで。階段は二人に任せた。それから……帰ったら話がある」

そう言ってブツリと通信が切れる。いつにも増して平坦な口調。

それが八城には何よりも恐ろしく感じた。最悪だ。額から今まで感じていなかった汗が流れる。

次に階段下から爆発音が響き渡った。

次に誰かが階段を上がり、その勢いのままフェイズ2へ斬り掛かった。

「隊長!迎えに来ましたよ!」

「大将!これは貸し一つだかんな!」

階段の下に立つのは、桜と時雨の二人。

虚をついた一撃で腕を切り落とした桜。

連携するように、その勢いのままがら空きになった首元に時雨は刃をねじ込んでみせた。「フェイズ2」はそのまま倒れ、やがて動かなくなる。

「って!隊長!ボロボロじゃないですか!」

「?……ああ?そういうファッションなんだよ。イケてるだろ?」

「ファッションか!ならパーティー会場はもう少し先だぜ大将!」

時雨は五人の少年少女を見渡して満足そうに頷いた。

階段にはバラバラになった奴らの死体が転がっている。

来る途中で二人が斬り殺したのだろう。

そして一階部分には頭を撃ち抜かれた奴らが転がっている。

一定の間隔で、銃声が鳴る。

その度に道が開けていく

そして近い相手は桜と時雨が切り伏せる。

途端に八城の思考には安堵が生まれその途端に歪む視界。

大学の出口南棟フェンスが見えた瞬間八城の視界は黒く染まり、最後に聞こえたのは全員の叫び声だった。

「でここは?」

八城は目が覚めてから二度目となる質問を谷川にぶつけた

「あなたが目を覚ましたとき真っ先にお礼を言いたいと思いまして」

「ああ、それはさっき聞いた。俺が聞きたいのはなんでまた俺は縛り付けられているのかって事なんだけど」

八城はベッドの四隅に手足を大の字で縛り付けられていた。

「これは紬さんが、こうしないと八城さんに逃げられると言うものですから」

「とりあえず逃げないのでこれ解いてもらっていいですか?」

「いえ、紬さんがNo.権限を使っているので、私の一存ではどうすることも……」

あいつ本気じゃん。

「それに、起きたらまず紬さんに連絡を……あらあら、どうやらその必要はありませんね。私はまた後でお話しする事にします」

「ちょっと!谷川!恩人だよ俺!その俺を置いていかないで!嫌だぁ!」

「あら、でももう、そこに紬さんが」

「ならなおの事早くこの縄を!」

「八城君?起きた?待ってた。」

感情の籠らない目で見下ろしてくる紬の瞳孔は、完全に開き切っている。

「あっ……」

「あっ?なあに?」

「明日の打ち合わせをしたいからこの縄解いてもらっていいですか?」

「物事には順序がある。明日の打ち合わせより、昨日の弁明が先。違う?」

「はい……じゃあ、弁護側に昨日の子供達を……」

「昨日の子供達は加害者側。それから……」

八城の枕の横にドスっと小太刀が突き刺さる。

「私、今は八城君の軽口に付き合える程楽しい気分じゃない」

心臓を素手で握られたような冷たい声。

完全にお怒りだ。これ以上引き延ばして身体に穴が空くのは避けたい。

八城はこの作戦に関して私的な理由で動いた事、それに三人を巻き込みたくなかった事を簡潔に説明した。

「な?そもそも八番隊としての任務は7777番街区までのルート探査とそこまでの住民への支援だ。隔離された人間の救出はそれに含まれてない。だからお前達にこの件に関わらせるのは気が引けたんだよ」

これは半分が嘘だ。

出来るなら危険な目に遭わせたくない。これが八城なりの優しさだということは紬も理解していた。

そして二人の、これこそが絶対に認める事が出来ない一線であるということを互いが理解していた。

紬は自分の存在意義を八城の隣で戦う事に置き、八城は出来る限り周りの人間を危険な目に遭わせたくない事に自身の存在意義を置いている。だが勘違いしてはいけない、紬は決して戦いが好きな訳ではない。ただ八城が戦うなら話が別だ。

「何で連れて行かない?」

「言ってるだろ、必要がないからだ」

「今回も死にかけた。たまたま運良く八城君が死ぬ前に私たちが到着できただけ」

「そうかもな」

その何も感じていないような八城の一言が、紬の感情を逆撫でする。

「そうかもじゃない!なぜ分からない!」

その感情は大きく波打ち、せめぎ合い、渦となり紬の感情を揺さぶる。

紬は泣いていた。

なぜ泣いているかは分かる。紬が自分の事を憎からず思っている事も理解している。だが彼女達が死ぬより余程マシだ。

「八城君は人には生きろと言う。でも八城君はそうじゃない!何で!」

この無口な少女がここまで饒舌に感情を露わにするのは珍しい。

「何で、だろうな……」

「八城君は死にたいの?」

「死にたくはないな」

「じゃあなんで!一人で行って!一人で死にかけて!次の日には平気そうな顔で!私は分からない!どうして?どうして一人で死のうとする!私達は八番隊じゃないの!」

紬は縛り付けられた八城に馬乗りになり、胸ぐらを掴み上げる。

だがそれを言い返す様に八城も反論する。

「それでも!お前らを巻き沿いにして死よりマシだと思うんだよ」

「わかんない!私は八城君に一人で死んで欲しくない!何でそれを分かってくれない!」

「俺はお前を含めて誰にも死んで欲しくないんだよって、痛い!痛い!!!痛いから!」

紬は痛々しい八城の傷を思いきり押し込む。

八城は激痛が走り暴れる八城の上から紬は飛び降り、そのまま出口に向かって行く。

「ちょっと!おい!これ解いて行けって!」

「社会的に死んで、反省すべき」

紬は吐き捨てるようにそういい残し、そのままとぼとぼ部屋から出て行ってしまった。

その数分後、桜と時雨が入ってきた。

「なあおい!頼むよ!そろそろ下も我慢の限界なんだよ!良い歳こいてしたくないんだよ!頼むよ……もういいじゃん!こんなのあんまりだ!」

「分かってますよ、私たちも隊長のそんな姿は見たくないですから、それに紬さんから解くように言われてきたので、安心して下さい」

「よう大将!紬が凄い形相だったが?何やらかしたんだ?」

拘束を解かれながら身体の傷を確かめる。

「何もしてない。ただ少しのすれ違いがあっただけだ」

「ほう、大将と少しのすれ違いで、休憩所にあるゴミ箱蹴っ飛ばして、散らかったゴミを律儀に片づけてたぜ?あの変わり様が、ちょっと?のすれ違いねぇ?」

「確かに凄く怖かったです……」

「そんなに怒ってた?」

二人は揃って頷いた。

非常に怖い。怖くはあるが、とりあえず紬の話は置いておこう。

そういえば、こいつらにも、ちゃんとお礼を言っていなかった。

「そう言えばお前らにもちゃんと礼を言ってなかったな、正直助かった。礼を言う。」

八城はベッドに座りなが二人に頭を下げた。

「やっ、やめて下さいよ!そんなお礼だなんて!」

「まあ……そうだな、正直一人で行ったって聞いて、腹が立たない訳じゃなかったが納得した」

「納得?」

「ああ、大将があそこまでボロボロになった理由だよ。私たちに気を使ったんだろ?それぐらいは分かる。まあ、紬も分かってはいるみたいだったけど……ただ、理解しとけよ。今回の件私を含めて、誰一人も納得はしてねえってことはよ」

八城は時雨の言葉を噛み締める様にもう一度二人に頭を下げた。

八城が、二人が出て行った後トイレに大急ぎで行き、谷川が置いて行った手紙に書いてある場所に向かう。その場所というのもまた地図がアバウトで、ゴルフ場のここら辺みたいな感じだ。

多分このバンカーの向こうだと思いながら、重い体を引きずって八城はえっちらおっちら丘を越えその場所に到着した。

そこには代表の谷川や案内役の貝塚未来、それにあの場で刀を持たせた双葉、駆、楓、九重、桜子の五人も、あの刀を携えて待っていた。

「あらあら、ようやく主賓がいらっしゃいましたね」

谷川の隣には五人の少年少女が此方に手を振っている。

「たいちょ〜」

「隊長!」

「隊長だ!」

「良かった」

「……ぅうぅうう」

良かった。八城は心の底から安堵していた。他の子供も、何とか無事にあの場を切り抜ける事ができたようだ。ちらほら此方に手を振ってくる。

八城は一通り子供達に弄ばれた後腰の落ち着ける場所で谷川と話をしていた。

「今回の作戦で琴音を含め此方の常駐隊に生き残りはあなたを含め7名です。ですが助けられた子供の数は四十四名。これは、この作戦があってこそ、助けられたと言えます」

地下で確認したときは66人居た。つまり作戦中に二十二人の子供が何処かで奴らの餌食になったということだ。

「浮かない顔ですね?」

「ん?ああ、……そうだな。地下に居たときはもう少し人数が多かったなって思っただけだ」

「いえ……私が無理を言ったのです。それで未来から聞いたのですが……琴音の最後は?」

その質問をする彼女の手は震えていた。

八城は出来る限り当時の事が分かるよう事細かに説明した。

「琴音は子供達が通るまで刃を地に落とす事はありませんでした。俺がそれだけは約束します」

「ありがとう……八城さん、ありがとう、ありがとう……ござい……ました……」

その言葉を谷川は何とか絞り出す。両手を膝の上に置いたまま雫が垂れる。

「琴音は……そうですか。あの子は自分の気持ちのまま生きたのですね」

曽良 琴音、旧姓を谷川 琴音

代表として、谷川はあの時どんな気持ちだったのか。自身の娘を無謀な作戦に従事させる事。

無謀と言われても最悪を避ける選択をした代表としての谷川

そして母親としての谷川。

そんな事はこの窶れきった顔を見れば明らかだ。

八城は二、三の確認事項を谷川と話した後、広場中央にある大きなBBQのグリルから食べ物を取る気も無くフラフラと歩いていた。

「たいちょ〜」

腰にひしっとくっ付いたのは楓。

それを皮切りに見つけたとばかりにその他の五人も集まってきた。

「隊長?」

「隊長大丈夫ですか?」

「隊長?具合でも悪いんですか?」

小さい方がわらわら集まって来たかと、思えば大きい方も集まってくる。

「む、八城君が、又新しい隊員を増やしてる」

BBQグリルから肉を何枚重ねにもしてさらに盛りつけた紬

「もいもい!はちみもっこすぎんだろ」

同じく、もちゃもちゃと口を動かしながら何を言っているか分からない時雨。

「さあ誰が一番、剣が上手なんですか〜」

どうしようもない八番隊員三人が揃い踏みしていた。

「お前ら!明日には中央に帰るからな。ちゃんと準備しておけよ」

八城はしゃぐ三人にそう声を掛けると三人は心底嫌そうな呻き声を上げるのだった。


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