第15話 最終目的地7777番街区
早朝、四人が向かったのは廃校から約一キロ離れた場所にある番外区。
番外区とはつまりナンバリングから外された番街区の事である。
元々人が寄り集まって暮らしていた居た場所番街区。
なぜ今は誰も住んでいないのか?
答えは簡単だ。その場所に誰も環境的に住めなくなった。
あるいは住んでいたい人々が「奴ら」に食われたか。この二択のどちらかに限られる。
前者の場合は物資も運び出され、居住区自体が空っぽになっているから、まだいい。
だが今必要としている物資は、限りなく後者の場合にしかない。突如奴らに襲われ。
住人は食われ。その居住区自体を放棄せざる得ない状況に追い込まれた。
旧99番街ここが中央の地図から消えたのは丁度数ヶ月前の事だ。
「隊長いいんですか?」
「俺だって好きでやってるわけじゃない。それにこんな事して気分がいいわけないだろ」
桜は肯定的ではないが対し時雨と紬はサクサク前に進んで行く。
「困るのは何時だって生きてる奴らだって、相場が決まってるからなぁ!残りもんならありがたく頂戴すりゃあいい」
「みんながみんな、時雨みたいに図太く生きてる訳じゃない。でも一理ある」
四人は出来る限り奴らに見つからないよう、番外区に入り込み食料を探していた。
そこには未だに、おびただしい量の死体が周囲に散乱し、凄まじい程の悪臭を放っていた。
「うっ……ぎずいでず、だいじょうぅ」
「がばんじろ……」
後ろでのたくら歩く桜と八城を紬が睨みつけた。
「二人とも遅い……」
八城と桜は鼻を抑え布で口元を巻いて、時雨と紬は平気な様子で奥に進んでいく。
「だいじょう……だんでごごにはごんなにじたぃがあるんでずが?」
桜の疑問は最もだ。それはそうだろう、通常であれば、奴らになって死体が動き出す。
だがこの番外区には動き出す死体は存在しない。そこらに転がっている死体は完全に活動を停止している。
「じたぃをよくみでみろ」
腐乱した死体は確実に首から上を切り離されている。つまり全ての死体は頭が無い。
「ごれ…だれがにごろされている?」
「だぶんな。やずらになるまえにどどめをざじたんだろ」
そう信じたい。腐乱してしまって、本当に噛まれた後住人を切ったのか。
ここの当時の事を知る者はこれを行った者だけだ。
「ここだ」
食料庫。
扉に鍵がかけたままになってる。
ここが落とされた時はこの食料庫を開ける時間さえもなかったということだ。
鍵は掛けられているがそれ自体は至ってお粗末なものだ。
落ちていた鉄の棒を引っ掛けくるりと回すと鍵の付いていた根元から外れる。
「これで中に何もなかったら、晴れて私たちもこいつらの仲間入りだぜ!」
「時雨さん!縁起でもない事言わないで下さい!」
紬は全体重を掛けて錆び付いた重い扉を開いていく。
カビ臭さが立ち込める倉庫内には、食べ物は無いものの、手付かずの飲み水の備蓄が多く残されていた。
と、その中に一本だけポツンと刀が無造作に置かれていた。
その刀はこれといって特別な事の無い。ごくごく一般的な量産刃である。
ただ一つ違うとすれば柄の部分に凝った模様が彫ってあることぐらいだ。
「隊長、これ持っていっていいですか?」
「いいんじゃないか?こんな所に有ってもしょうがないしな」
八番隊は詰めるだけの飲み水をバッグに詰め、開けた扉をゆっくりと閉じる。
「この後はどうしますか?」
桜は左側に二本差した刀を誇らしげに見せてくる。
「この後は……そうだな、一旦廃校まで戻って、もう一度山間部を中央突破だろうな。
八番隊が通らなければいけないルートは、鶴川57号線添いに前進し一本杉公園と小山田緑地の間を抜け、多摩センターへ抜ける必要がある。八城達が押し返された、この山間部をいかに迅速に抜けられるかが肝となる。結局このルートを迂回しようとしても他のクイーンに鉢合わせになる可能性があるなら。目の前にいる難敵に挑む方が危険が少ない。」
「行くも地獄。帰るも地獄。迂回ルートはもっと地獄かもしれねえってんなら、まあ中央突破は悪くねえんじゃねえか?ただあの丸薬はもう勘弁してくれよ。もう一度あれを使うならあんたは私の味方じゃねえ」
時雨の言葉はいつものへらへらとした口調ではない。
次は無い。時雨はそう言っているのだ。
「私も隊長にはあの丸薬は使って欲しくないです。あれはなんと言うか凄く嫌な気持ちになりました」
「満場一致。やはり八城君はあれを使うべきじゃない」
三人はこう言うが、使わなくて後悔するなら、八城は迷う事無くあの薬を使うだろう。
だが八城もこの三人が何を考えて、忠言しているのか分からない程、鈍感に生きている訳ではない。
この遠征の最中で一番腕の立つ存在が、自分である事は分かっている。
そして自分自身が八番隊の精神的主柱になっているのは間違いない事も理解している。今この世界に必要とされるのは、力としての役割なのだ。
「分かった」
安心したように息を吐く三人を見て八城どうにか視線を落とす事を許された。
そして数時間後。
「抜けた!」
桜のその歓声が八番隊全体の結果を物語っていた。
二時間前、廃校に戻った八番隊は準備を整え中央突破を試みた。
一度目は、桜が敵の中で孤立し撤退し失敗。
二度目は時雨と紬、俺と桜で分断され押し切れず撤退し失敗。
そして三度目、ついに俺達はあの群れの中を突破する事に成功した。
「あ〜疲た。もう一歩も動きたくねよー」
時雨がだらしなく四肢を投げ出している。
他の面々も、地面に座り込み這々の体と言った様子だ。
八番隊が辿り着いたのは目的地からあと一キロ地点の場所。
京王多摩センター駅のすぐ脇にあるファミレス前。
「お腹減りましたね。」
「水ならある。」
「そんなに水ばっかり飲めませんよ〜」
一同はとにかく「奴ら」に見つからないようにファミレスの中に避難した。
ソファーに座ると桜がベタッと机に突っ伏してしまう。
全体で約二日、食べ物というものは殆ど口にしていない。
そしてこの戦闘続きである。空腹は頂点に達していた。
「あ〜クソ!ラーメン食いて〜寿司食いてーステーキ食いてーな〜畜生!」
「時雨さん食べ物の事話したら余計お腹が空くじゃないですか〜」
「後少しで7777番街に着く。そしたら好きなだけ食べれば良い」
「おい。なんでちみっこはそんな平気そうなんだよ!」
「私も正直に言えば、チャーシュー麺が食べたい」
紬はメニューに書いてある右から二番目を指差して高らかに宣言する。
「あ!紬さん言いましたね!なら私もショートケーキが食べたいです!」
季節限定と書かれたメニューをこれでもかと桜も掲げる。
「おいお前ら!あれ……嘘だろ!どら焼きに見えねえか?」
時雨が冗談半分に言ったその言葉を鵜呑みにして、桜は座席を立ち上がる。
「あ!本当です!頂きます!」
「やめろ、それは皿だ」
相当全員限界が来ている。桜はサラダを取り分ける用の皿を手に持って齧り付こうとしたので止めたのが、それでも俺からその皿を取り返そうとしてくる。
「う〜かえじてぇ〜がえじでぐだざい!わたじのカロリー!」
「分かった!分かった、ほらこれ食え。」
俺はそう言ってこのファミレスのレジの前に置いてあった飴を一つ桜に手渡してやる。
四年前の物だが、今は気にしている場合ではない。
「飴?飴です!頂きまーす。」
桜は袋を開き口の中に広がる甘さを堪能する。
「あ〜カロリーですーおいひぃでふぅ〜」
桜はこれでもかと口の中で飴を転がし回している。
八城は桜の反応を見て大丈夫そうだと確信して時雨と紬にも同じ飴を勧める。
「ほらお前らもこれぐらいしかないけど食っとけ」
紬も時雨も八城の手のひらから飴を奪い取る。紬に関しては、八城の分まで奪っていった。
「お前!紬!俺の分返せ!」
「ふぇふぁふん」
「何言ってんのか分かんねえよ!」
紬は口いっぱいに飴を舐めながら腹立たしい顔でこちらを見ている。
「いいから出せ!俺の分だ!」
「ふぇふぁふんふぁふぉ!」
紬はごりごりと口の中の飴を噛み砕き始める。
「大人気ないぜ大将、たかが飴一つだろ」
時雨は口の中で飴を転がしながらソファーにふんぞり返っている。
「ならお前のを寄越せ!」
「おいおい、勘弁してくれ。私はこれでも間接キスとか気にする乙女なんだよ、そんな事されたら照れ隠しに斬っちまうだろうが」
「間接キスを気にする奴は間接キスを気にするとか言わないんだよ!」
「飴ぇ〜!甘いですぅ〜」
桜が幸せそうに頬を抑えて転げ回っている。それを見ていると全てがどうでもよくなって来た。それにこいつら自分の分はもうすでに食べ終えてしまっている。
八城は一人寂しく水をがぶ飲みしようやく眠りについた。
そして翌日
マップ上ではこの辺りにクイーンは居ないことになっている。
だが数が合わない。
八番隊が通って来た777番街から7777番街までの道順で居るはずのクイーンの総体は全部で八。確認した個体は全部で七、一体足りないのだ。
「八城君顔色が悪い。どうしたの?」
「いやこれを見てくれ」
八城はそう言って紬にもマップ上の総体と、確認した個体の数が合わない事を伝える。
「見逃したってことは?」
「無いだろうな」
「じゃあそういうこと」
そういうこと。つまりここではないどこかに移動したのだろう。
一体この遠征中に幾つの居住区が落とされるのかそしてこの遠征の本来の目的は新たなクイーンの探索ではない事は全ての隊の隊長は分かっていた。
この遠征の本当の目的。
即ち新たなクイーンが現れると仮定して他のクイーンの移動による居住区の人的被害の確認が八番隊の任務となる。
クイーンの目的や行動で分かっている事は少ない。
その中で中央は……いや柏木はこう言うしか他に手段が無かったのだ。
「新たなクイーンの探索、そして住人の移動」
柏木はそう言っていた。
あの男の事だ。
この事態が把握できていなかった訳ではないだろう。
それでも、あの男が直接的な言い方を避けた理由とは何か?簡単だ、それを言ってしまえば八番隊を含めたの隊全員の指揮に関わるからだ。
だから主要メンバーのみを集めた会議を開きその場で作戦概要を伝えたのだ。
「無駄な気遣いは、かえって危険なのにな」
「誰の事?」
「東京中央のトップだよ」
「でも八城君だってこの事態を分かっていなかった訳じゃない」
「それはその通りだが……にしたって限度ってもんがあるだろ」
「でも仕方ない、柏木は若い人間に戦わせる事に後悔している大人。でも、だから私たちも安心して戦える。」
「そういうもんか……」
そして、見えてきたのは最終目的地7777番街区。
山の上にそのままゴルフ場を作った場所で、通称唐木田の森と呼ばれている。
この森に入るには唐木田の道と呼ばれる難攻不落の道を歩く必要がある。
幾つもの対感染者用トラップが張り巡らされており、唐木田の道を通るのは至難の業だ。
だからこの居住区に入るには少し特殊な道を通る事になる。
「隊長!って!これは道じゃないですよ!」
「文句を言うな!突き落とすぞ!」
高さ三メートル。道幅は約一メートル。といったところだ。
そう八番隊は道路から少し傾斜のキツい石をよじ登り、道路を見下ろしていた。
「おい八城!まだ入り口は見えねえのか!」
「多分この辺りに……」
八城は遠征隊の入る専用のフェンスの割れ目を見つける。」
「あった!ここだ!」
八城は人為的に作られたであろう、その穴に入っていく。
「着いた……」
「お腹が減りました……」
「もう無理……」
「早く飯が食いてえ……」
こうしてようやく、八城率いる八番隊は、全ての遠征における作戦行程を終了したのだった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます