第14話 slimy Lily

八城の見る世界で大きな歪みの残りは三。頭は機械的にそう答えを導き出した。

攻撃を躱しながら足を切断する。

上段からの鎌の攻撃を受け止め、奴らの身体を蹴って後ろに跳躍。

後ろから迫って来る奴らを柄で受けつつ、下に潜り込み一線。

残るは二体。

一体は上空へもう一体は此方に突進してくる。

若干空からの方が早い。

頬に「フェイズ3」の鎌が擦る。

鮮血が飛ぶが、気にもならない。

受けた柄が軋みをあげる。

それも気にならない。

目の前の敵を殺す、その一心に受け、躱し、抜刀。

一本奴らが自分の頭部を守っていた鎌を切り飛ばす。

奴らの急所である頭部が丸裸になり、柄頭を抑えあらん限りの力で眉間の間に刀をねじ込む。

残るは一体。

突進してくる間は残り一メートル。刀を抜くのは間に合わない。八城は切り落とした奴らの身体の一部である鎌を手に取る。根元の部分から腐敗が始まっているがそんな事は気にしない。八城はその鎌をぶん投げた。

フェイズ3はそれを難なく、二本健在である鎌の一本で弾き落とした。

だがその一体のその行動は完全に悪手であったと言わざるをえない。

八城は獣の様に身を深く沈め一番最初に切り飛ばした鎌を持ち最後の一体の眉間を刺し貫いた。

八城はぐったりとした足取りで、刀をフェイズ3の眉間から抜き放つ。

眉間から体液が噴き出し八城の半身をべったりと汚していく。

八城の目からすればそこら中に小さな歪みが、のそのそと動いている程度だ。

一体、二体、三体。めちゃくちゃな足さばきでその歪みを斬りつけていく。

「?」

その歪みは非常に端正。歪みの中で歪んでいない。

「桜!先にお願い!」

桜は前に出て八城の一刀を刀で受け止める。

あれ程酷い体勢からの一撃の筈なのにその攻撃は今まで受けたどんな一撃よりも重く鋭い、命を狙った一刀。

「長くは持ちません!」

桜のその言葉を合図に次の作戦を敢行する。

「時雨!」

「あいよ!」

時雨は両手に持ったバケツの中に入った液体を八城目がけてぶちまけたが、その水しぶきは桜にも掛かっていた

「桜その濡れた所には入らないで。」

「全身掛かってますよ!!」

桜は全身をヌルヌルになりながらもその場から退避する。

歪みの三つのうちひとつが前に出る。何を抜いた?鉄?よく知った音。

八城の思考はそれで十分だった。八城は刀を抜いた主を切ろうと駆け出し、一線

する筈だった。八城は足に力が入らずその場で体勢を大きく崩した。

抜刀が来る。八城がそう認識した時には自分が持つ刀が弾き飛ばされていた。

まずい、八城はそう思うばかりでその場から立とうとしても上手く起き上がれない。そう足下がおぼつかないのだ。

「時雨周りを!」

「ほい、きた!しかしすげえな!こんなので大丈夫かと思ったが、なんだよこれ!」

時雨が笑いを堪えながら周りの敵を一掃していく。

紬は八城が再度体勢を崩すのを見計らい後ろに組み付いた。

両足で胴体をがっちりと挟み八城の首元を両腕でロックする。

八城の視界は白から段々と紫色になり仕舞いには意識を失った。

紬はすぐさま鎮静剤を八城の身体に打ち込む。

子気味良い圧縮空気の抜ける音がこの作戦の全行程の終了を知らせる。

「凄い!ローションペペ作戦。大成功ですよ!」

「喜ぶのはまだ早い、急いで撤退する。桜を殿に一旦後退する。」

「「了解」」

二人は今までになく元気な声を上げるのだった。

八城は頭に脈打つような疼痛で目が覚める。ぼやける視界。蝋燭だろうか、そんな仄かな明かりでさえ眩しく見える。手で視界を覆い眩しさを和らげようとするが肝心の腕が動かない。

「でさ、何で俺縛り付けられてんの?」

八城は四肢をベッドの四隅に縛り付けられていた。

「おう、起きたか大将」

辺りが暗い。もう夜になったのだろう。ベッド脇には時雨が不機嫌そうに此方を見下ろしている。

「どうだ?気分は?」

「どうもなにも……ベッドに縛り付けられて、正直怖いな」

「まあ……ちょっと待ってろ」

「おい!待て!このまま?せめて外してくれ!」

そんな八城の言葉を無視して、時雨は部屋から出て行ってしまった。

「なんなんだよ」

八城は首を廻らせここが何処なのかを確認する。

「廃校か?……俺はいつ戻ったんだ。」

八城の記憶に微かにあるのは三体のフェイズ3を倒し、何かに足を滑らせた感覚、そしてゆっくりと意識が落ちていった所ぐらいだ。

考えても仕方ない。ベッドに大の字に縛り付けられている状態では身動き一つとれない。八城はどうする事も出来ずただ天井を眺める事数分。

紬と桜が時雨に連れられて部屋に入ってくる。

「起きた」

「隊長!良かったですよ目を覚まして。死んじゃったかと思いました」

「え?死んじゃったかと思ったの?」

「桜うるさい。病人がいるから静かにして」

紬はあからさまに怒り、桜を黙らせる。

「あ〜病人ではないけどな。紬毎度の事で悪いんだが……何で俺はここに縛り付けられてんだ?」

「毎度の事ながら説明する。八城君が暴れた。三人で止めた。連れて来た。」

「……終わり?え?じゃあもう一つ聞きたいんだけど、体中が何かヌルヌルするんだけど、これは?」

「それはローション、出来るだけ低刺激なやつを選んだ。肌に優しい。かなりの高評価」

「ああ……低刺激ね……うん、さっぱり分からん」

ベッドに接着している部分が、背中から尻にかけて妙にヌルヌルする。

「八城君こそ身体は大丈夫?」

「いや、心配するならこれを解いてくれよ」

「それは駄目。八城君またあれになった。次ああなったら私たちじゃ手に負えない」

「そうは言っても、ああする他なかった。俺だって嫌だけどしょうがないだろ」

「うん……でも八城君、薬の効果時間が長くなってきている。その証拠に……」

紬は視線を廻らせ、八城の手のある部分そして縛り付けているベッドの足の部分を見る。

シーツが無理矢理引き裂かれたように破れ、鉄の部分は歪んでしまっている。

「これ……俺が?」

「そう、八城君をここに連れて来て目を覚ました回数は三回。二回を憶えてる?」

「憶えてないな……」

俺はつまり自分の記憶に無い無意識で二回も暴れたということになる。

「そういうこと、八城君の薬の効果が切れるまではその拘束は解けない」

「つっても、今は意識もはっきりしてるみてえだし、もういいじゃねえか?」

「そうですね、今は隊長だとはっきりしているみたいですし、もう大丈夫なんじゃないですか?」

「分かった」

紬はそう言うと小太刀で結び目を切っていく。

あの薬を飲むと意識が剥がれ落ちるのは分かっていた。

思考ではなく、目で見る前に、腕を振るう感覚。

刃が獲物を抉る前に切った事が分かる。

そうしていくと段々色々な境界線が曖昧になる。

その歪みに敵も味方ない。

「悪かったな、迷惑掛けたみたいだ……」

八城はベッドに座りながら三人に頭を下げる。

「いい。いつもの事」

「隊長が出なければどうにもなりませんでしたから」

「私も同じくだ」

紬は自分の腰に下げていた雪光を八城に押し付ける。

「私にはこれは重過ぎて振れない。早々に引き取って」

紬は何か怒っているのか、直ぐさま顔を背けてしまった。

「しっかし八城!お前すげえな!今までもお前の戦い方は化け物じみてたけど、あれは次元がちげえ!まさに薬の名前の通り、鬼!だったな!」

時雨は興奮冷め止まぬと言った様子で桜の肩を組む。

「ええ、正直あの隊長からは勝てるビジョンが見えませんでした……」

桜の頭をよぎるのは、刀を振る八城の姿。

それは桜の知る剣術ではない。

全く別の代物だ。

だがそれは無駄無く奴らの四肢を切り飛ばし、その刃を確実に奴らの魂にまで届かせる事の出来る技術だった。桜は刀の鞘を堅く握る。

「ああなった八城君は、奴らよりたちが悪い。勝とうとするのが間違ってる。」

「ですけど……あんなのは剣術じゃありません!」

桜は何か気に食わないのか浮かない顔をしている。

「そもそも八城君は剣術の型を知らない。だから八城君からすれば切れ味の良い棒を振っているという感覚が近い」

「紬さん何言ってるんですか?訓練で型はやるじゃないですか」

紬は説明するのもの疲れると言いたげに一つため息をついた。

「それがそもそもの間違い。八城君が剣を教わったのは一華からだけ。その一華も型は知っているけど、それを使う事は人間相手だけだった。八城君に関しては全部我流。つまり八城君の攻撃に既存の型は存在しない」

「じゃあ私は、剣術のイロハも何も知らない相手に負けたんですか……」

「確かに八城君は型を知らないかもしれない。でも誰より実戦での刀の振り方を知っている。だから八城君は誰より強い」

どうも桜の思考は腕っ節の方に偏っているらしい。

確かに今現在はそうでなければ外も自由に歩く事も出来ず、自分の身を守る事も困難になる。だが、それが全てではないと八城は知っている。

「あ〜お前ら、そろそろいいだろ……そもそも俺は強くない、桜に勝てたのもたまたまだ。それから前にも言ったが、俺に勝った所で意味ないからな?俺達の敵は外にうじゃうじゃ居るあいつらだろ」

桜はそれでも納得していない。

「そう、今は全員でこの難局を乗り越える時。水も食料も底をついた。これからかどうするかを考えるべき」

「え?……は?」

は?いやいや、何かの聞き間違えか?食料が無い?

「え〜と紬、食料と水が無いというのは…」

「言葉のまま、食料は今日で最後。普通に食べていれば無くなるのは当たり前。水に関しては時雨が今手に保ってるボトルが最後。水はこの夏場にしてはよく保った方」

時雨に手にはもう半分程しか無い五百ミリペットボトルが握られていた。

「紬、ちなみに飲み水のありそうな場所の目星は?」

「あの激戦の中で飲み水の事を考えて目星をつけていたなら、今頃この場に飲み水が無いなんて事態にならない」

「だよな〜桜と時雨……ってか!時雨それが最後なんだぞ!全部飲もうとすんな!」

「へいへい、私も、ありそうな場所は見当たんなかったな……」

「同じくです」

「二人とも駄目か……」

こうなると戻るより進んでしまった方がいい。教育上あまり良くはないが、背に腹は変えられない。

「八城君どうする?」

全員の視線を受けて八城は全員に指示を出した。

「番外区に向かう」

全員は何も言わずただその指示に頷いた。


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