第7話 brilliant Lily

紬は高架橋から奴らの影に埋め尽くされた居住区を見下ろした。

紬はスコープを覗き、引き金を引く。

合わせ、引く。引く。引く。引く。

だが、それでも規則性なく逃げ回る住人が奴らの手から逃げ切れるのはほんの一握りだ。

ただ、それでも撃てば撃った分だけ住人が逃げる時間を稼ぐことができる。

ただ、丸子から貰った特殊弾はたった5発しかない。

住人には悪いがたった五発しかない弾丸をここで使うのは躊躇われる。

紬はもう一度スコープ越しに下の様子を確認する。

この高架橋の下にも川を渡って来た奴らが溢れている。

そして新横浜ICから侵入した奴らが、高架橋の上にもちらほら現れ始めている。

「潮時……」

紬は近接戦での戦闘が出来ない訳ではないが体格的にしたいとは思わない。

それに八城と比べるとどうしても見劣りする自分の技術を見せたくないというのが紬の本音だった。

手早く場所移動の準備を進めていると、八城と繋がっているインカムから通信が入る。

さっきはどうにかすると言って、居住区にトラックで突っ込んで行く姿を見て正直肝が冷えた。

八城には一言文句を言ってやらない事には気が収まらない。

紬は通信が繋がった途端に八城への不満を打つけたが、返って来た声は聞き慣れない綺麗な女の声。

「誰?」

紬の言葉にも少々苛立ちが混じる。

人が心配してたのに八城は知らない女と一緒にいるというのはどういうことか。

だがその女はふざけた態度とは裏腹に最後。「すまない。よろしく頼む」

と言い添えてきた。

「なんだ、八城君に粉を掛けるからどんな女かと思ったら」

人に助けを求める程度の人間。

それなら問題にならない。

四十人と言っていた……

開けた視界で居住区を見渡す。

正面玄関からの脱出は不可能。

なら取るべき手段は二階からの脱出。

「あれならいける」

紬は指定された四十人を助けるべく行動を開始した。





77番街二階、階段踊り場。

八城と時雨は奴らの侵攻をどうにか押し留めていた。

その廊下には首を切られた奴らの身体が所狭しと、折り重なっている。

二人の荒い息づかいが階段際の防衛線で聞こえる生きた人間の唯一の音だ。

だが、見ての通り二人に一切の余裕などなかった。

というのもどちら一方が倒れればこの戦いの天秤が奴らに傾くのを二人とも理解し、なおかつ天秤が僅かな誤差であろうと許さない事を二人はこの戦場で感じていた。

時雨が倒しきれなかった敵を八城が斬り殺し、そうして生まれた隙を時雨がカバーする。

「まだ……なのか?」

「うちの……隊員は……起き抜けが……弱くてな」

息をつく暇も与えられない二人の攻防。

その踊り場では、刃が煌めく度に増える遺骸の山。

それがこの二十五分の戦闘の全てを物語っていた。

「まぁ……いいぜ、私も……こんなステージは久しぶりだ……」

「ステージ?昔は……バンドか、何か……やってたのか?」

「まあ……そんな感じだなっと!」

そして時雨が言葉を発した次の瞬間、建物を凄まじい揺れが襲った。

「この音……ようやくか」

「お前の所の隊員はでけえ音立てないと登場出来ねえのかよ……」

文句をつける時雨だが、住人がひしめき合う扉の向こうから八城がよく知る一人の少女が飛び出してきた。

「見つけた」

その言葉に二人は振り向き、時雨は驚きを隠せなかった。

紬が時雨の横を通り過ぎる僅かな時間に、時雨は思わず言葉を漏らす。

「餓鬼かよ……」

その言葉に紬は特段気にした様子は無い。

「餓鬼で悪い?」

その一言が紬による蹂躙の合図となる。

八城は奴らが撃ち尽くされていく姿を呆然と見ていた。

時雨の口から出た言葉は感嘆だった。

「銃って、やっぱりすげぇな」

紬は、それほどまでに弾数を気にせず撃ちまくった。

そうしてあっという間に一階に続く階段は掃討されてしまった。

「閉所なら銃が有利、当たり前」

それはそうだ。

八城が抜刀し奴らを一体斬り殺すまでに、紬の銃なら奴らを三体殺す。

八城はその様子をただ黙ってみつめていると、紬が不機嫌そうに睨みつけてきた。

「八城くん、ボケっとしてる暇はない。トラックを八城君が最初に着けたトラックの横に付けた。あれで川を渡る。早く住人をトラックの上に乗せて」

紬はここを一人で抑えると言わんばかりに銃の弾倉を入れ目の前に溢れる敵を撃ち殺す。

「早く」

「紬、今のお前最高に良い女だな。」

「最初から知ってる」

紬のその言葉を聞き終える前に、八城と時雨は住民の元に走る。

住人は初めのうちは困惑しながらも、最初から守っていた時雨の指示に従って八城の止めたトラックの前にあるトラックの荷台の上に乗っていく。

「おい八城!あのちみっこを連れて来い!」

最後の一人を乗せた後、八城は大急ぎで足止めを行っていた紬を抱えてトラックを発車させる。

「おいぃ!!八城テメエ!安全に頼むぞ!」

荷台の上に載る時雨は運転席に座る八城にヤジを飛ばしてくる。

八城以外の全員。

紬、時雨と住人を含めた人数が箱形トラックの荷台の上に居る。

そこは手すりも何もない、ただの直方体の上に乗っているだけなのだ。

揺れはそのまま落下を招く。

横転などすればそれこそ全員の命が無いが、だからと言ってゆっくり運転していると奴らに取り囲まれトラックの身動きが取れなくなる。

「紬!前方の敵を撃て!」

紬は八城の言葉と同時にトラックに荷台から前方に向け掃射する。

「ナイスだ紬!川の水深はどんなもんか分かるか!」

「……知らない、そんな事は川に聞いて」

「おいおい!なんだよそれ!」

通常トラックは座席の下に当たる所にエンジンがある。車はそこが水に浸かるとまず動かなくなる。排気口が浸かっても駄目。つまり水深が一メートルを超えれば完全に車が動かなくなる。目の前に広がる鶴見川、見た目から浅そうには見えない。

つまり、途中で止まった場合は泳いでいく羽目になる。

「紬!時雨!住人を絶対落とすなよ!」

一か八か、トラックで川に突っ込んでいく。

エンジンが止まろうが、出来るだけ向こう岸に寄せるしかない。

「老人と子供を中心に集めて全体で抱き合って固まれ!このまま川に突っ込む!」

八城は河川敷でトラックを加速させ流れから斜めになるようにトラックを突っ込む。

トラックは勢い良く水しぶきを上げながら川を対岸に向けて突き進み、その勢いを衰退させながらも、なんとか対岸ギリギリまで行き付く事ができた。

「やっぱり日野の二トンは最高だな!」

「八城君、訳分からない事言ってないで、早く住人を下ろして」

対岸には奴らが群れをなしてこちらに迫って来ているが、川の流れに足を取られ川半ばから先へは進めていない。

三人はトラックの上に乗っている住人を手早く降ろし、横浜港北JCTに向かう。

「横浜港北JCTまで行ければ、間に合う!急げ!」

八城はどうにか恐怖する住人を鼓舞し先に進ませる。

横浜港北JCT内にも奴らの影がチラホラ見えるが、足の遅い子供と老人を前に、その他を後に回し、三人でカバーしながら進んでいく。

「逃げ切れたのか?」

時雨がそう声に出したのは都筑PAまであと一キロの地点。

最初こそ奴らの姿がちらほらあったものの、その数はJCTを過ぎてから格段に減り、今は人の息づかいが聞こえる程静かだった。

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