第6話 初雪の濁光


「あ〜ビビった。横転するかと思った」

八城は事が此処まで大事になると思っておらず、どうにか上手くいった事に安堵と困惑を浮べていた。

居住者用移動コンテナを積んだトラック。

それが居住区を揺らした物の正体だった。

そして誤算だったのは八城自身の運転技術のなさと、地面の凹凸によるトラックの揺れだ。

あの土手、降りる事はできても、登るのはまず無理だ。

それはトラックが突っ込み、爆発でも起こった様な土手の痕跡を見た八城の感想だった。

思ったよりも急勾配な土手に正面から打つかり、トラックが破砕したかと思う程の衝撃。

次に巻き上げた土砂でフロントガラスは割れ、トラックの全面は地面に激突し大きく削られていた。

だが一つ幸運だったのは、そんなボロボロの状態であろうと、トラックが動き続けてくれた事だろう。

そのせいで勢い余ってこの居住建築に衝突したのは、ここだけの話だが。

何とか建物の壁面を爆砕しながら停車した後。

八城は即座に運転席から箱形のトラックの上を伝い、二階の窓を割って侵入。

なんとか建物に入ると、警戒しているのか、はたまた元々目付きが悪いのか。

じっとこちらを見つめる女が居た。

服装と帯刀している所を見るに常駐隊の一人だろう。

「お前、他の仲間はどうした?」

その質問は何が気に食わなかったのか彼女は眉間の皺をより一層険しいものにして、八城の胸ぐらを掴み上げる。

「てめえ。私が最初に質問してんだろうが!」

「まあ……落ち着けよ。まずは……」

八城が言葉を続けようとした直後、階段向こうで何かが剥がれ落ちる音が響き渡った。

「今の音、なに?」

能天気なのは八城のみ。

目の前の女と、居住者、八城を除いた全ての人間が顔を青くした。

その中には手を合わせて何かを祈っている者まで居る始末だ。

「いいか!てめえ!良く聞け!」

女の緊張はもう限界を超えているのだろう、住人の前であろうと声を張り上げる。

「ここには私以外の隊員は誰も居ない!他の隊員は全員逃げた!それから今の音は、ここに繋がる最後のバリケードが破られた音だ!」

そう言って掴んでいた八城の胸ぐらを、突き飛ばすように離し、時雨は廊下に飛び出し言葉を失った。

八城も女に続いて廊下に出る。

その光景は地獄そのものだ。

奴らになったばかりでまだ服を着たものも多く居る。

子供、大人、老人。それらが一斉に生者を食わんと列をなしていた。

「おい暴力女、お前は住人の方を頼む」

「はぁ!指図してんじゃねえ!そもそもお前どっから来たんだよ!」

「俺か?66番街から来たんだけど。番街区で何か聞いてないのか?」

「はっ!知っているとしたらうちの隊長だが、生憎うちの隊長は腰抜けでな!一目散に逃げて、今や行方知れずだ!」

時雨は奴らの体液が付着した柄を服で拭い、抜刀。

「マジかよ……」

隊長不在にドン引きするのも束の間、フェイズ1の一体が間合いに入り八城は刀を腰だめに構える。

「一応自己紹介だ。俺は中央所属の八城だ。まあ短い付き合いだが!」

八城は近づいてきた奴らの首を居合いからの一閃で……

「よろしく」

斬り落とす。

だが状況は芳しくない。

八城が一体を倒した所で次が続々と感染者は湧いてくる。

「こんなの助けが来ない事にはどうしようもねえじゃねえか!あっ?なんだこれ?」

八城はうだうだと文句を言う女に自分のインカムを押し付ける。

「向こう側のそいつに、救助者がどのぐらいの人数が居るか教えてやってくれ。出来るだけ正確にな。そうすれば助けが来る……かもしれない」

「来るのか来ないのか!はっきりしねえのかよ!」

「いいから言え!多分大丈夫だ!」

時雨は言われた通りにインカムを耳に付ける。

すると小さなノイズに混じり若い女の声が聞こえて来た。

「八城君は無茶すぎ。トラックで突っ込むなんて聞いてない。無謀、恥知らず」

「おい聞こえてるか?」

一拍の間インカム向こうから息を吞む声が漏れる

「誰?」

その少女の声に緊張が走る。

「変な男にこれを押し付けられたんだが。なんでもこのインカム、助けたい人数を言えば助けてくれる魔法のインカムって話じゃねえか?」

「八城君はまた無茶を……で、そっちは何人居る?」

「ここにいるのは総勢で四十人弱だ。内、十歳以下の子供が一五人。後は爺婆が七人。他は成人女性だ」

「了解した。そのインカムをそこで無茶してる男に渡して」

時雨は何かをインカムに言い添え八城を呼ぶ。

「おい無茶してる男!」

そう言って戦闘中の八城と入れ替わるように目の前の奴らを斬りつけ、八城へインカムを押し付ける。

「これで本当に助かるんだろうな!」

八城は受け取ったインカムを耳に当て一言「了解」と言うとインカムの電源を切る。

「後二十分で来るみたいだ。まあそれまで俺たちだけで乗り切れればだけどな!」

八城は居合いから一閃

「はあ!来るだけうちの隊長よりましだな!」

時雨も突きからの二太刀で首を切断する。

だが切っても切っても奴らの数は増える一方で、埒があかない。

「おい暴力女!」

八城は切り返しで切り払うが、刃の切れ味が落ちているせいか、上手く刃が通らないのを両の手で無理矢理に押し込める。

「私は女だが、それが名前じゃねえ!」

時雨はパターン化した太刀筋で、なんとか奴らの体勢を崩しながら、足で抑え刃を奴らの頭に突き刺す。

「じゃあ!なんて呼べば!良いんだよ!」

八城は思い切り奴らの懐に入り喉元に突き刺した刃を体重に任せて振り抜く。

「時雨だ!憶えとけ!八城!」

時雨は壁際に居る奴らを思い切り押し込め上段蹴りをみぞおち目がけ放ち、ガラス戸を突き破り奴らを外に蹴り落とす。

二人の息は不思議と合ってる。

時雨の戦闘感も悪くない。

狭い通路だがお互いしっかり刀を振る事はできている。

だがそれでも膨大な数で押し込まれる。

エレベーターホールまで後数十メートル。

その横には居住者が今も肩を寄せ合っている。

「おい!時雨!お前、口は堅い方か?」

「今秘密の話をしていられる程暇じゃねえよ!見て分かるだろうがよ!」

「いいから答えろ!」

八城の剣幕から時雨は一瞬たじろいだが、それでも強気な姿勢は崩さない。

「ここから生きて帰れるならなんだっていいってんだよ!」

それを聞き届けた八城はニタリと笑う。

「約束だぞ時雨!絶対に喋るなよ!」

そう言うと右に携えている刀を抜く。

「……いつ抜くのかと思ったがまさか二刀流かよ」

その刃は白く濁り、時雨が知っている刃の色ではない。

替え刃を想定された作りでない以上、それが特別なのはその見た目から伝わって来る。

八城は左手で持ったその白く濁った刃で奴らの皮一枚を薄く切る。

凄まじい切れ味で、八城が特段力を入れているようには見えない。

にも関わらず奴らの身体、その表皮一枚は下げ切りにパックリと切れている。

だがそれは身体の一部である。

その程度の傷では奴らは活動を停止しない…筈だった。

「おいおい、頭を切らないと意味ないって……って!おいおい!何だよ!それは!」

八城が奴らの一体目を薄く切り裂いた直後、その変化はすぐさま起こる。

斬られたその一体はビクリと震えた後、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ伏し動かなくなった。

八城は続け様に、左手に握る雪光で奴らの身体を薄く切り、身体を回転させ、右の刀で奴らを両断する。

「時雨!」

「ほい来た!大将!」

八城のその意図を読み取るように、時雨は八城の後ろに回り込もうとする敵を斬りつける。

「お前何か運動してたのか?」

その動きは決して剣術の動きではないが、何か別の動きを用いた動作。

「気にすんな!昔の話だ!それより、またわんさか来るぞ!」

また目の前の一体時雨が斬り掛かり、八城もそれにあわせる様に動きを止めた一体に留めを刺す。

残り時間は幾分か?

息をする二人の限界は近い。

だが、上がる息遣いが互いの生存を確かに知らせる。

味方は二人きりの多勢に無勢。

長い持久戦の幕があがったのだった。

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