第4話一悔一助 後編

「じゃあ、とりあえず場所変えようか」

あぁぁあ!俺きっも!やばいよ、死にたい。こんな事ならちゃんと高校生活を送っておけば良かった!

最悪だ。こんな事ならフェイズ2を倒す方がまだ簡単だ。

世の男性がどうやってスマートな女子のエスコートを完遂させているのか聞きたい。

「はい!」

キスまでは犯罪じゃない。キスまでは犯罪じゃない。キスまでは犯罪じゃない。

と八城は心に言い聞かせる。

トラックの上に登り美月を引き上げる。

数分ただ星を眺める美月と辺りを見渡す。

え?何こういう感じ?世の男女間ってこういう時間を大事にする感じなの?

「あの少しお話いいですか?」

「何でも好きな話をすれば良い」

逃げたい……

何か変な感じになったから最初からやり直したい……

「私、実は桜さんみたいになりたいんです!」

「あっ……あぁ、うん、そうなんだ……良かったね」

ほぼ反射的に言ってしまった。

満点の星空は、今や八城を嘲笑っている様にも思える。

「だって桜さん!女性であんなに強くて、桜さんはやりたい事をやってる感じがするんですよね!」

「桜が、やりたいこと……ね。美月は今やりたい事があるのか?」

付き合いの短い八城から見て、桜のやりたいことは刀を握りたいだけのようにも見えるが美月から見た桜は違うのだろう。

「私、四年前は中学二年でその頃は漠然とやりたい事も見えていた気がしていたんですけど。変ですね…今は何も分からなくなっちゃいました。そういう、隊長さんはどうなんですか?」

「やりたいこと……今やってるのは、やりたいことと言うよりかは、今やらなきゃいけない事だろうな」

「じゃあ隊長さんは、私と一緒ですね」

美月はゆっくりと膝を抱え込みその視線を日の落ちた先の見えない闇へと向ける。

「今、私のやらなきゃいけない事。あの子達が寂しくならないよう傍に居てあげる事です」

その言葉はまるで自分に言い聞かせているように八城には聞こえてきた。

「お前は嫌にならないのか?」

「へへっ」

美月は気まずそうに顔を伏せる。

奥に秘めた感情は、それが美月自身が本当にやりたい事なのかどうかを自身に問いかけているのだろ。

八城は美月の所在の無い感情を見抜いていた。

「大丈夫だ。ここにはどうしようもない隊長と、したいかどうかも分からない子供のお守りを律儀にしているお前しかいない。俺もお前も、この四年間この東京でどうしようもない現実を見て来たんだ。弱音ぐらい吐いたって罰は当たらないだろ」

これまでも四年間はきっと長く、そしてこれからも長くなる。

二人が共有した時間はたったの数日だ。

だが見て来た四年間の光景に、大きな違いなど無い。

八城は戦い、そして美月も別の場所で戦ってきた。

「最初は……本当に最初は……何で私がって思いました」

小さく呟いた言葉に八城はただ黙って次を促した。

「それで私、八つ当たりとか……あの子達にも嫌な思いもさせて……」

途切れ途切れ聞こえてくるその言葉には罪悪感と悔恨そして彼女の弱さが、折り重なっているのだろう。

「でも……それでも私の両親は見つからなくて……私はもう一人なんだって知って!またあの子たちに八つ当たり……。でもあの子達にも私にも……いつも明日が来るんです」

四年間への怨嗟と不満。

そして日を追うごとに募る寂しさと焦り。

八城にも多少なり身に覚えがある。

「少しずつ回りの大人も減っていって……頼れる人も居なくて」

小さなコミュニティーの中で年上というだけで被ってきた決して小さくはない苦労の数がある。

「でも……部屋も小さいから、怒る私の隣であの子達も身を寄せて寝なくちゃいけないんです。怖いですよね……一番年長者の私が、もう、どうしようもないんですから」

その情景は容易に想像する事ができた。

最初のうちは居住区という概念自体があやふやで、日々奴らの襲来に怯えて暮らしていたのだろう。

「最初の半年はもうどうしようもなくて……でも、そんな私にあの子達が大丈夫?って、聞くんですよ?信じられますか?あの子達の方がよっぽど大丈夫じゃないのに!」

美月の声が空虚な張りを帯びて周囲に乾いて響いた。

自身を責めている事は八城にも分かる。きっと自分が同じ立場なら……

美月と全く同じ事を口走るのだろう。

「私その時また……また、あの子たちに八つ当たりして……。でも性懲りも無くまた来るんですよ!笑っちゃいますよね!教室の隅で縮こまってる私に、『大丈夫?』って、喋りかけてくるんですから!」

美月の言葉はもう止まる場所を見失い、感情と共に言葉を溢れさせる。

「そうやって少しずつ子供がしゃべりかけてくるので、私も言葉を返すようになったんです。それで私聞いたんです。両親が居ないのに寂しくないの?って、そしたら「寂しいよ。お母さんにもお父さんにも会いたいけど、お姉ちゃんが居るから平気」って……私、恥ずかしくて。何で私は自分の事しか考えてないんだろうって……」

八城は薄く息を吐きながら、夜の空気で肺を満たす。

「俺は今だってそうだ。俺は自分の事しか考えてない」

八城は、美月を勇気づける言葉を持っていない。

そもそも美月自身がもう答えを見つけてしまっている。

だからきっとこの美月の言葉は美月にとって過ぎた過言の話でしかない。

誰にも吐き出せなかった言葉をどうにか吐き出して前に進むための儀式だ。

なら余計な言葉など必要は無い。

「だが、お前は子供を守る為に俺や十七番に頼み込んだ。そりゃ誰でも出来る事じゃない。ならお前は俺なんかよりずっと、今を生きてるだろ」

「フフッ隊長さんも嘘つきですね」

囁くように美しい月が照らし出した美月の表情は、柔らかな笑顔だった。





「クソ痒い。やっぱり外はクソ!」

そう叫ぶのは、起き抜けの紬だ。

身体の至る所を蚊に刺され、不機嫌を全開に身体を掻きむしる。

「下品な言葉を使うんじゃありません。子供が真似したらどうするんだ」

「アアアアアアァァおクソ痒い!」

「お、を付ければ丁寧になると思たなら、義務教育からやり直した方がいいんじゃないですか?紬さん」

辛辣な桜の言葉に、紬が拳銃を抜きかける。

これがいつもの光景になりつつあり、何も思わないのだから不思議だ。

「はいはい、お前ら戯れてないで行くぞ。美月子供の準備は大丈夫か?」

「はい!バッチリです!」

「よし!じゃあ行くか」

美月と八城の背中を見て紬はその違和感に気付く

「ムッ……なんだか様子がおかしい」

「何がおかしいんですか?」

「桜には分からない?」

「まぁ、二人仲良くなったのかな〜ぐらいですかね」

「仲良く……」

「おいお前ら!ちゃんと付いて来いよ!」

後ろで喋る二人へ八城が声を掛け、二人は全員の背中を追いかけていく。

そして歩き始めて15分都筑PAから先多くの戦いが予想されていた地点に到着する。

だがその日に限って言えばその闘技場と呼ばれるその場所には観客が少な過ぎた。

窪みのようになっている高速道路内には奴らの姿はほとんどなく、時折取り残された奴らが鈍い足取りで彷徨っているのを見かける程度。

大勢を連れて歩く中、敵が少ない事は願ってもないのは間違いない。

だが、紬に予め発砲を許可してかれこれ三十分程経過しても大群での奴らの姿は一向に現れない。

「これは、おかしい」

紬がそう言うのも頷ける。

少ないながらも奴らを倒し、発砲音をこれだけ響かせているにも関わらず、未だに姿を表さない。

「順調ならいいことなんじゃないですか?」

「順調は良い事ではあるんだがな」

「八城君、これ、まるで……」

紬が言いたいとしている事は分かる。それは八城も感じていたことだった。

地図上では、ここ周辺にクイーンが居る事になっている。

だが、現在この場所にはクイーンはおろか感染者すら居ない。

ここ一帯を根城にしている常住型のクイーンがここに居ないという事はつまり、何処かに移動したということだ。

そして、目的地一・五キロにさし掛かったとき子供達が『なんか焦げ臭い』と騒ぎ出した事が始まりだった。

高架橋の構造になっているため、放置されているトラックの荷台でも登れば街を一望できる高速道路で紬は身軽さを遺憾なく発揮して真っ先にその光景を見た。

「何か焦げ臭い……」

子供の次にその匂いに気付いたのは紬。

「私も……」

そしてやがて全体の人間がその匂いを感じる様になる。

「何か燃えてる?」

「分かんない?」

子供達がざわめき出す。

「紬、登ってから双眼鏡で見えるか?」

「少し待ってて」

紬は双眼鏡を持って箱形トラックの荷台から77番街を見渡す。

「………っ」

紬が息を吞むのが分かった。その光景はいつも無表情な紬の顔を歪ませるのに十分な光景だったのだ。

「どうだ?」

八城も期待はしていない。

だから最悪を想定したプランを頭の中で構築していく。

「端的に言うなら……77番街区が落ちかけてる」

その言葉に美月を含め全ての子供達が言葉を発する事ができないでいる。

それは今までが順調な道順だっただけに、一押しの絶望は全員の上に大きく伸し掛かる。

「紬!弾の使用を許可する。紬は俺が下の居住者を横浜港北JCTから引き連れて来る間だけでいい。出来る限り奴らの注意を引きつけろ!」

「了解」

「桜、お前は全ての子供を引き連れてここから都筑PAまで後退しろ、PA内でバリケードを作るのを忘れるなよ」

「はい!」

「美月お前はしっかり子供を引き連れて、出来る事なら桜のサポートをしてくれ!」

「任せて下さい」

八城は的確に三人が出来るだけの指示を出す。

「紬アレをくれ」

「アレは駄目。了承できない」

八城が要求した物それは、一華がこういう時のために残していった、刀ともう一つのものだった。

「あれは八城君への負荷が大きすぎる。それに奴ら前で効果が切れたらまず助からない」

「といっても、あの数を相手にしなくちゃいけないとなるとな……」

「八城君は無理をしなければ負けるような事はない。全員を助けようとするからそういうことになる。それに手持ちの丸薬は三つしか無い。今使う事が最善とはいえない」

「なんだよ、珍しくよく喋るな」

「八城君が使わないと言えば、私はそれで喋る必要が無くなる。考え直すべき。お願い」

こうなると紬も頑固なもので、渡さないと言えば絶対渡してくれない。

そもそも丸薬と雪光はセットで八城に一華から渡されたもので、丸薬を使った際の副作用で動けなくなる事を知った紬に、丸薬だけ取られたのだ。

「分かったよ、分かりました!じゃあ替え刃だけくれ。それでなんとかする」

「分かった。それなら全部持っていっていい」

「いやいや!私の分も取っておいて下さいよ!」

桜の突っ込みは無視して八城は次いで美月へと話を続ける。

「美月悪いが、コレはお前にも持ってもらう事になる……使い方は分かるか?」

八城は一応持って来ていた拳銃と予備弾倉を美月に渡す。

八城自身が銃をあまり使わないため、ほとんど手つかずの代物だ。

「一応その安全装置を外して、スライドを引けば、後は引き金を引くだけで弾が出る。使わない時は安全装置をかけておけば弾は出ない」

「何となくですけど……」

「紬、お前も何かアドバイスしてやれ」

「……目を開いて相手を見る事。最初にそれが出来れば上出来」

説明なのか分からないが、銃を使う紬が言うのだから間違いないのだろう。

「だ、そうだ。あとは桜がなんとかしてくれるから大丈夫だ」

「替え刃が、あればの話しですけどね!」

八城は何だかんだ言ってしっかりと桜にも替え刃を持たせている。

「じゃあ待ってますから」そう言って桜は来た道を都筑PAに向けて引き返す。

八城と紬が向く方向は逆。

八城はJCTから番街区を見渡す。

鶴見川の主流に沿うように設けられていた筈の番街区には、人と奴らが入り乱れ、阿鼻叫喚を極めていた。

奴らの波はすでに居住区の半分を占めている。

番街区から漏れ出した奴らは港北JCTの入り口にも届かんとする勢いである。

「八城君、絶対に死なないで」

横浜港北JCTで紬と別れる間際二人は向き合い言葉を交わす。

「お前がちゃんと敵を引きつけてくれてればな」

「減らず口……」

紬は素早い動きでJCTを新横浜の方へ行ってしまった。

八城がJCTを降りると、そこには多くの人間がJCTに向けて走って来ていた。

八城はその流れに逆らうように突き進み、耳に付けたインカムを起動しチャンネルを紬につなげる。

「紬!その場所からクイーンがどこに居るか分かるか?」

「クイーンの姿は見えない。だけど奴らが流れてくるのは……北を背にして、南東の方から奴らの波が来てる」

紬は鶴見橋に沿うように作られた新横浜インターの高架橋の上から見下ろすように見ている筈だ。

つまり八城が横浜港北JCTから居住区に向かうと西から回り込むようにして向かう事になる。

それはつまり八城が前に進めば進む程奴らの壁が厚く、そして手強くなっていく事に他ならない。

そして向かうべき番街区は奴らが押し寄せてきている南東の方角になる。

それはつまり、多摩川を向かい合っていた一体の所在がここで明らかになったという事だ。

クイーンが大規模な移動をする。

それはつまり新たなクイーンが何処かで生まれたという証拠に他ならない。

八城は最悪のケース、つまりは新たなクイーンが生まれた事を半ば直感的に確信する。

「紬そこから俺の姿は見えるか?」

「駄目。見えない……だけど居住区は見える」

「どんな感じだ?」

「……あれは無理」

「おいおい……答えになってないだろ、状況だけを端的に教えてくれ」

「奴らの数が数えきれない……居住区の周りを囲まれてる。多分中で誰かが立て籠っている」

奴らは人に群がる。

つまり居住区に大挙して押し寄せているという事は、中に誰かしら生き残りが居るという事だ。

「狙撃は出来るか?」

「出来るか、出来ないかで言えば、可能。でも弾が幾らあっても足りない」

八城は一つの物に目を止めた。

「足りないのはいつもの事だろ。紬は出来る限り居住区へ向く奴らを押しとどめてくれ!俺に考えがある」

そう言って八城はインカムを切ると不適に笑うのだった。

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