第4話一悔一助 前編

66番街区を立つ前の晩、子供達の割り振りが決まった。

子供の纏め役の少女は八番隊に付いて来る。

まあ確かにこちらの方が子供を守る人手が少なく全体をカバーできないということでこちらに付いてきたのだろう。

比較的小学校高学年から中学生ぐらいの比較的手の掛からない子供が十七番隊。

小学校低学年と中学生の混合が八番隊というような割り振りになった。

子供はほとんど全員がこの世の終わりみたいな顔をしている中、纏め役の少女だけは周りを落ち着けようと笑顔を振りまいている。

だがそれだけでは足りないようで子供達の顔は更に暗さを増していく。

「隊長何か言った方がいいんじゃないですか?あの様子だとあんまり雰囲気良くないと思いますけど」

桜は八城の耳元でポショリと呟いた。

それは流石の八城も感じていた。

これから重要なのは生き残る事だ。

他の事に気を取られている様ではこの先が思いやられるだろう。

ならこんな時はどうすればいいのか?

八城は思い切り息を吸い込んだ。

「おいガキども!」

八城は全員の前に立ち大きな声を張り上げる。

それには子供達も暗い顔を上げる他ない。

「お前ら辛気くさい顔してんじゃねえ!確かに別れは悲しいかもしれない!だがその前に考えろ!お前達は何のために番街区を移動するんだ?生きるためだろ!奴らから生き残るためには何が大事かわかるか!諦めない事だ!もしお前達が何処かではぐれて迷子になって、奴らに囲まれていたとしても、お前らが諦めないでしぶとく生き残っていたなら、ここに居る十人の隊の誰かが、必ず見つけ出して助けてやる!お前達はただ新しい番街区での暮らしの事だけ考えればいい!分かったか!分かったらもう寝ろ!」

突然の大声にぽかんとしている者がほとんどだったが暗い顔をしている者は居なくなった。

「中々いい啖呵だったぞ」

十七番が俺にだけ聞こえる声で囁く。

「俺のキャラじゃねえんだよ」

八城は赤くなる耳を隠しながら部屋から出て行くのがやっとだった。



そして、次の日

「八番お前が居なくなると戦力が減って残念だ。早めに隊長なんかやめて私の隊に来れば良いものを」

「お断りだよ。紬と桜ならご自由に持っていってくれ」

「私は物じゃない。それに八城君が行くなら考えてもいい。私一人では行かない」

「桜はどうだい?」

「私もやめておきます。でも本当に嫌になったらお願いするかもしれませんけど」

「ふっ、残念だ。そろそろ行く……八番!」

十七番は手を差し出してくる。こういうところは律儀な奴だ。

八城はその手を握り返し堅く握手をした。

「死ぬなよ」

「お前こそ」

二人の隊長の間の挨拶はこれで十分だった。また会えるただそれだけを信じた両の手を離し、子供と部下を引き連れ十七番は55番街区に向け旅だって行った。

「おいごら!八城!てめえ!ごら!」

「……何怒ってんだよ。あとそれ、子供が怯えるからやめてくれ」

「はぁん!私も東京中央に行く用事が出来たから、途中まで乗っけてやるってんだごら!」

「いやそんな話聞いてないし……それに乗せるって、何に乗せてくれるんだよ」

そう道路は点在する車で通れる所などほとんどない。バイクであればすり抜けていく事も可能ではあるが、十数人居る人員をのせることなど不可能だ。

「いいから黙って付いて来いや!」

そう言って丸子が先導しながら数百メートル進み、河川敷の土手を超えるとそれはあった。子供達が色めき立つ。

「……嘘、あれに乗るんですか?」

鉈を持った少女は八城に問いかける。

「おい丸子!あれは沈まないんだろうな?」

「はぁ!誰に物を言ってやがるんだ!カーボン素材の一級品だ!昨日無理を言って子供が喜ぶ塗装も、したんだごら!」

「塗装ってあの絵の事か?」

そこには漆黒の闇に中に爛々と光る赤で動物達が狂気の表情を浮かべた絵が描かれている。

八城には芸術の事は分からないが、とにかく前衛的な作品だ。

「そうだ!我ながらいい出来だ馬鹿野郎!」

「あれ題名はなに?呪縛と絶望?」

「あれは動物園だごら!てめえの目は節穴かぁ!」

「お前のセンスの方が穴だらけなんだよ!なんだよ?あれ!血の涙を流す動物が描かれた船なんて幽霊船と変わんないだろ!」


言い合いをしている二人を冷めた目で見つめる紬は、ポンと八城の肩を叩く。

「八城君そんな事を言っている場合じゃない、結局私たちはこの船に乗るしかない。それが例え難破船だろうが幽霊船だろうがフライングダッチマン号だろうが」

「余計なことばっかり言いやがって!いいから乗れやごら!八城てめえこれに乗せる代わりに約束しろ!絶対子供を一人も欠けず次の番街区まで連れて行くってよう!」

なんという取引だ。

幽霊船に無理矢理乗せて来て、難題を吹っかけてくる。

だが、この船は正直ありがたい。

77番街に行くのならまた多摩川を下流に向い、第三京浜に乗ってしまうのが一番安全で確実な手段であるのは間違いない。

そしてここから多摩川を三キロ程下流に向かうと京浜川崎の高速道路の乗り場があり、そこから経路へ侵入する事ができる。

そして何より多摩川で挟み合うクイーンを素通り出来ることはありがたい。

「もちろんだ、こいつらは全員無傷で77番街まで届ける」

「はぁん!言葉だけならなんとでも言えるな!」

もう、とんだ言い掛かりだ。

「じゃあどうすればいいんだ」

「だからよう……八城」

丸子は子供達に聞こえないよう、八城を引き寄せる。

「お前は結果で示せ。分かったかごら!」

八城は失礼だと思いながらも口元を綻ばせてしまう。

その言葉は真っ直ぐで純粋な願い。

彼女にしかできない思いの伝え方だ。

「笑うんじゃねえ!さっさと乗れってんだ馬鹿野郎!」

丸子に押し込まれるように全員が船に乗り込むかなりギリギリだがなんとか荷物を含めて全部乗る事ができた。そうして船は進み出す。

途中土手沿いにも奴らの姿を確認できたが川の中に入って来るような個体は居なかった。

「見えて来たぞ!」

元は公園か何かだったのだろう。

比較的草が生い茂っておらず、その横に船が近寄れる範囲まで寄せてくれた。

「おいごら八城!」

「何だ?まだ何かあるのか?」

「死ぬんじゃねえぞ」

本当にこいつは最後の最後まで不器用だ。

「分かってる」

それだけ言って八城は船から降りた。

紬も船から降り丸子に向き直る。

「変な弾をありがとう……大切に使う」

丸子はそれを聞くとグッと親指を立てる。

「変じゃねえ!特殊弾だ!てめえ預けたからには、絶対に一発も外すんじゃねえぞごら!」

丸子の言葉に紬は親指をグッと立てて見せた。

「無論」

船が動きだしその後ろ姿が見えなくなるまで見送り、俺達も動き出す。

まず目指すのは料金所。

ここから100メートルも無い場所に高速道路に入る事の出来る従業員用の通路がある。そこの階段を登り様子を見ながら都筑PAまで一気に前進する手筈だ。

何も無ければ都筑PAも直進し目的地である77番街から目と鼻の先にある港北JCTまで一足飛びに行く事が出来る。

そして第三京浜は、第二京浜と違い高速道路であり高架橋構造になっているため、通常の道路より高い場所に建築されており、周りをフェンスで囲まれている。

それはつまり奴らの侵入を阻む仕組みになっているということだ。

奴らが侵入できるとすれば京浜川崎と都筑PAから先の高速道路になる。

都筑PAより先は窪んだように街の間を高速道路が通っている構造になり、高速から見ると民家を見上げる形になる。

するとどうなるか。

フェンスがあるとはいえ、折り重なれば、奴らが上から落ちて来る。

車が乗り捨てられた高速道路は視界が悪く、死角となる場所が多い。

そうなれば囲まれた事に気付けない。

気付けなくとも、八番隊の三人であれば必要最低限の敵を足止めして前に進む事ができるが、今はこの子供達を引き連れている。

囲まれれば突破はまず不可能になる。

ならば殲滅か?

いやそれこそ不可能だ。

八城と桜の替え刃は現在合わせて四本しかない。

紬の残弾も二百を切ったと言っていた。

弾薬も替え刃も、もっと持っていきたかったが支給される分は隊員の数によって決まっているため我が儘も言えない。

仮にこの場を切り抜けたとしても弾薬もなく量産刃もないのではこの先話にならないだろう。

だが体術でどうにかなるような数であればそもそも戦闘などにならない。

「あれ?ひょっとして俺達やばくない?」

「隊長?私が帰って来て早々そんな不吉な事言わないで下さいよ」

八城は桜が偵察から帰って来ていたのも、気付かずに物思いに耽っていたらしい。

「ああ…なんだ、桜か……で?どうだった?」

「なんだってなんですか……まぁ別にいいですけど。上は誰一人いませんでしたよ。今なら進んでも大丈夫です。で……本当になんなんですか?さっきから隊長元気ないですけど」

俺は紬に肩に背負っている竹筒を開けさせる。

「これ何本に見える?」

強く頭を打った人にする質問だが、その本数を見た桜は頭を強く打ったように悶絶していた。

「え?どっかで落としてきたんですか?」

「全くもって失礼。私が落として来たのは空薬莢ぐらいのもの。他に落とし物はない」

「じゃつまり?」

紬はこくりと頷く

「これで全部。他はない」

桜はがっくりと肩を落とす。そんな新人隊員にかける言葉は一つだろう。

「お前も標識使え?な?」

「無理ですよ!あんなの使えるのは隊長か妖怪ぐらいのもんですよ!」

「俺はまだ立派に人間だろうが!」

「八城君今の言葉、かっこいい」

「おいやめろ……無性にはずかしいだろうが」

そんな会話を聞いて子供たちも少しづつではあるが、明るい雰囲気が漂いはじめている。

八番隊は問題なく高速道路を港北方面に向かっていた。

道のりは至って順調、奴らの影一つない静寂に包まれた道路をひたすら真っ直ぐに進んでいくだけだ。

途中小休憩を鋏みながらだが、夕方には都筑パーキングに到着した。

「案外あっけないですね」

「ここまではな」

「一度も戦闘にならなかった」

桜、八城、紬が都筑PAに着いた一言目の言葉だ。

ただ本当に何も無い道を永遠と真っ直ぐ来ただけ、その距離約十キロ。

子供たちも最初こそ緊張して静かだったが、段々と言葉数が増えていった。

それ程までに何も無い行程だったと言える。

そして港北JCTはもう目と鼻の先。

そしてそこから数百メートル離れた新横浜ICの隣に次の目的地がある。

「今日はここまでにしよう」

夕方、当然日が落ちれば辺りが暗くなる、無理に進むことは最善ではない。

だが、都築PA内に施設はあるが衛生的とはいえないものだった。

子供たちを出来るだけ高い所トラックの運転席や助手席で眠らせ。八城、桜、紬は一人、二時間交代での見張りをする事になったところ、一人の少女が名乗りを上げる。

その少女は子供たちをいつも取りまとめ、鉈を持って八城を脅した張本人だ。

「大丈夫か?」

「はい、迷惑をかけてしまっている分私も出来る事はやりたいです」

なんて良い子なのだろう。

見張りの話が出た途端嫌な顔をした紬とは大違いだ。

「そう言えばお前の名前を聞いてなかったな」

「あっそういえば、自己紹介まだでしたね。私、神原美月と言います」

「じゃあ美月?でいいか?とりあえず二時間交代で見張りは回していくんだが、大丈夫か?」

「はい!私、夜目はいいですから!」

「悪い、正直助かる」

今が丁度午後六時だからこの時計で八時になったら起こしにきてくれるか?それまではそうだな……あの大きなトラックの上で見張っててくれ」

そのトラックはPAの真ん中に止め枠を無視した状態で置かれており、全体を見渡せるほど車高も高い。

「八時ですね。分かりました」

美月ニッコリ笑うと時計を受け取り軽快な動きでその大きなトラックの上に登っていく。

「凄い、礼儀も正しい。桜と交換すべき」

「おいやめろ、そんな事言ったらまた喧嘩に……って桜寝てるし」

桜は随分と疲れていたのか、外のベンチで横になって寝息を立てていた。

それを見て紬もその隣のベンチで横になる。

できれば出来るだけ高い場所で、壁があった方がいいのだが……。

それに外だと蚊にさされるとも思ったが、八城もベンチに横になると全てがどうでもよくなった。

「隊長さん。交代です」

その言葉で微睡みから目を覚ます。

いつの間にか眠っていたのか、もう空には星が瞬いている。

「悪いな、美月」

「いえいえ、隊長さんもゆっくり休めたなら良かったです。」

この子は本当にいつも笑顔を絶やさない。

今もニコニコと人を安心させるような柔らかな表情をしている。

「じゃあ交代だ、美月は適当な場所で休んでくれ」

そう言って身を起こし適当な高台をを探していると美月が八城の裾を掴んだ。

「あの!」

八城は思う。

え?なに?現役高校生のときだってこんなこと無かったよ。これひょっとしてあれか?俺にあれ的なあれか!ならしかたない。俺今めっちゃ汗臭いけど仕方ない。

だってねぇ……

とかなんとか一秒程考えた。

「私も……一緒に行っていいですか?」

ついに八城が待ちこがれた恋の季節がやってきた。

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