自分と言う名の商品
体に冷たさを感じ、飛び起きる。
「やっと起きたか」
訳もわからず周囲を見渡す。見る限り、地面は鉄でできていて、周囲は鉄の壁に囲まれた施設の中のようだ。水をかけられて起こされたようで体が濡れている。こちらを見下ろす無機質な目をした男が目に入る。
「起きたならこちらについてこい」
こちらの反応を確かめずに歩き出す。
「待てよ。ここはどこだ?あんたは誰だ?」
地面に座ったまま質問を投げ掛ける。
すると男はこっちに歩いてきて、俺の腹を蹴り飛ばした。
「ガッ!?」
蹴られた腹を押さえてうずくまる。
「お前に質問権はない。さっさと動け。時間が無駄になる」
そう言って、またうずくまる俺を蹴り飛ばす。
「グッ!?」
これ以上うずくまっていたら蹴り殺されると思った俺は全身の痛みをこらえて立ち上がった。
「最初からそうすればいいんだ。ついてこい」
男はまたこちらに背を向けて歩き出す。
抵抗しようにもこちらは丸腰で相手はこちらを上回る体を持っているので勝てる訳がない。おとなしく男についていく。
しばらくついていくと鉄でできた建物が目に入る。男はその建物の中に入っていく。俺も続けてその建物に入っていくと、ある扉の前で男が立ち止まった。
「入れ」
こちらに拒否権は無いのでおとなしく扉を開き部屋に入る。中には規則的に並べられた椅子がところせましと並べられていた。
「座れ」
指示どうりに近くの椅子に座ると、瞬時に肘おきに置いていた手が手錠のようなもので拘束され、足の方も同様に拘束された。次に胴体も背もたれから出てきた拘束具で動けないようにされた。
「なんだよこれ!?」
男はこちらの反応を気にせずにただ実験中のモルモットを見るような目を向けてくる。
ガシャっていう音とともに頭がリング状のものに拘束される。
まて、これは知ってるぞ!?あの脳に何かするやつだ!ヤバい抵抗しな
「ギャァァァァァ!」
予想通りに頭が割れるような痛みが来る。拘束された体を動かせる範囲で暴れ叫び声を上げる。
いつまで続いただろうか。やっと痛みが終わった頃には叫び声を上げる力すら残っていなかった。
椅子の拘束が外れ地面に倒れる。近付いてきた男がまた俺を蹴り飛ばす。
「イッッ!」
俺を蹴り飛ばした男はまたどこかに歩いて行く。
ここでついていかなければまた蹴り飛ばされるのだろう。立とうとするが足が震えてうまく立てない。やっとのことでふらふらと立てるようになり、壁に手をつきながら言うことを聞かない体を引きずってついて行く。
また、先ほどと同じような扉の前で男が立ち止まっていた。
「入れ」
また先ほどのようなことをされるのかと恐怖が沸き上がってくるが拒否権はない。
ふらふらと指示された部屋に入るとそこには何もなくだだっ広い床があるだけだった。
続いて男も入ってきた。
「これからお前の説明をする。質問権も拒否権もない」
そう言ってつらつらと俺が置かれた状況を話していく。
ここは機人族の公表されていない育成機関であり、ここで暗殺者、スパイなどを育成して他の種族に売り渡していたり、機人族のスパイとして国や都市に潜り込ませたりしているらしい。
ここでは捕らえたり買われたりした他種族に、脳に無理やり暗殺者やスパイの技術を入れる。その技術を体に馴染ませることで短時間で高い品質の商品を作ることができるのだ。
「明日から技術を体に馴染ませる訓練をしてもらう。今日は体を休めろ」
そう言って男は扉を出ていった。
扉が完全に閉まるのを確認すると床に倒れこむ。冷たい床の感触が全身に伝わってくる。
体がゆっくりと冷やされていくと同時に思考が冷静になってゆく。
ここに来ることになったのはおそらく俺を未踏領域で拾ったファルシュが原因だ。あいつによって意識を絶たれた後に目が覚めるとここにいたのだから可能性は限りなく高い。
しかし、何のために?初めからここに放り込むつもりなら、拾って直接ここに入れればいい。拾われて目覚めた部屋で色々な知識を教える必要もない。そして最後に聞いた手伝ってやるという言葉、あれは一体....
思考を巡らせていくにつれて、眠くなってくる。思考が鈍り、これ以上考えられなくなる。
夢の世界へと意識が落ちていく...
「...い、おい!起きろ!」
体に衝撃が走り、飛び起きる。
瞼を開けるとそこには昨日と同じ顔があった。いちいち蹴らないと気が済まないのだろうか。少し不満を顔ににじませ体を起こす。
硬い床で寝たのが原因か、体がパキパキと音を立てる。
「本日から訓練を始める。出来が悪い者はそれなりの対処が待っている」
そんな言葉と一緒に衣服が渡される。
「これに着替えて早急について来い」
そういえばまだこの世界で目覚めてから服が一緒だった。ボロボロになった病院の患者のが着るような服を脱ぎ、渡されたものに着替える。見るからに質が悪そうな服だが文句入ってられない。
服を着替えて、走って男のことを追いかける。
男は開けたグラウンドのようなところで待っていた。グラウンドには十字に組まれた鉄の棒がいくつも地面に刺さっており、それにむけてナイフを投げる者、接近し切りつける者、素手で殴り付ける者等が居た。
「ここが訓練場だ。あの目標を敵として技術を体に馴染ませろ。一定期間後に共に訓練しているものと戦ってもらう。その結果でお前の価値を決める」
一方的にそんなことを告げ、男は去っていった。残されたのは鉄のかかしと去り際に渡されたナイフのみ。グラウンドには監視員らしき者も居り、
ひとまず鉄のかかしの前に立つ。すると何となくだがどこを攻撃したら相手がどうなるのかという知識がうっすらと頭のなかに出てくる。これが技術を脳に入れた効果ということか。その感覚にしたがってナイフをかかしに叩きつける。硬い感触がナイフ越しに伝わり手が痺れる。かかしの切りつけた部分を見るとそこには傷ひとつ付いていなかった。
ひたすら頭の中に出てくる感覚にしたがって体を動かす。段々自分の体を他人が動かしている感覚に襲われるが、無視して体を動かし続ける。いつまで続ければいいのだろうか。ナイフを握る手が感覚を失い、握る力がなくなったところでもう一方の手に持ち変えてナイフを振り続ける。気が遠くなる回数ナイフをかかしに向かって振り下ろす。時間の感覚が分からなくなる。段々思考が機械のようになっていく。自分が自分じゃ無くなってゆく...
「っ!」
いきなりグラウンドに鳴り響いた甲高い音によって意識を戻される。背中に冷や汗が流れる。あの自分でなくなっていく感覚が恐ろしくてたまらない。自分が消えていくのが怖くてたまらない。いっそ消えてしまいたいと思ってしまう。それがとてつもなく怖い。
ぞろぞろとグラウンドに居た人達がグラウンドから歩き離れてゆく。
どうしていいかわからず何となくその人たちについていく。
たどり着いたのは今日、自分が起きた部屋だった。部屋には前と違い食べ物が置かれていた。食べ物といっても簡素なパンらしきものだけだが。部屋に入った人達はそれを一つ取り、床に座りそれを食べる。食べ終わると床に寝転がり眠る。
起きるとまたあの訓練の時間が始まるのだろう。他の人達と同じ様にパンを一つ取り、床に座る。パンを口にいれるが、パサパサして口の中の水分を容赦なく吸いとってゆく。水分はないのだろうかと見回すと部屋の隅に人が群がっている。
そこに歩み寄ってみると、壁から突き出した細い管にハンドルが取り付けられ、管の先からは水が出ている。その水に砂糖に群がる蟻の様に人が集まっているのだ。そこに加わり水を飲もうとするが、人が多くなかなか飲めない。やっと飲めるようになり、流れ出ている水を口に入れる。すると口の中に薬品のような味が広がり思わず顔をしかめる。普通の水ではないだろう。だが飲まねば水分不足で死んでしまう。
味をあまり感じないように意識しながら口に流し込む。ある程度腹に納めたらそこから離れあまり人が居ないところに寝転がり休息をとる。
また目が覚めたら訓練が始まると思うと怖くて仕方がなかった。
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