目覚め、そして....

「う...あ...」


 意識がゆっくりと戻ってくる。


 確かコールドスリープから目覚めたらよく分からないところにいて、カマキリみたいなロボットに襲われて、なんとかそいつを倒して壁を削って地上に出て砂漠を歩いて、そこで...


「っ!?」


 勢いよく起き上がる。

 急いで自分の体を確かめるが目立った外傷はない。何が起こったのかは分からないがまだ生きているみたいだ。


 自分の体の状態を確かめられたところで、回りの空間に目を向ける。


 鈍色の壁に囲まれた狭い部屋のようだ。部屋のなかには、今俺が横たわっていたベッドの他に、木で作られているであろう机と椅子が、どれだけ使われないでいたのかわからないほどに埃を積もらせて部屋の隅に置かれている。天井にはキューブ状の何かが発光して申し訳程度に部屋のなかを照らしている。


 部屋のなかを見回していると、見た限り壁だと思っていたところがドアのように開き一人の男が入ってきた。


 咄嗟にそちらに意識を集中させ、睨み付ける。


「■■■■■■■■■、■■■■■■」


 男は何かを言っているようだが何を言っているのかわからない。


「誰だ...何を言ってるんだ?」


「■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 言葉が通じないことに気付いたのか、肩をすくめた男は部屋を出ていった。

 しかし、すぐに男は何かを片手に持って、また部屋に入ってきた。

 その手の中にあるものはリング状の機械に見える。それを俺の方に差し出し、頭に被るようなジェスチャーをしている。

 俺に被れということだろう。

 怪しいが、被らないと話が進まない気がする。

 覚悟を決めて差し出されたリングを受け取り頭にはめる。

 するとリングが軽く締まり電子音がなる。

 そして頭を激しい痛みが襲う。


「 いっ!?ギャァァァァァァ!」


 ベッドから落ち、埃だらけの床を転げ回る。

 やはり罠だったか。死なばもろともこの男に一矢報いてやろうと歯を食い縛って拳を固めたところで痛みが引いていく。

 好都合だ。そのすかした面ぶんなぐってやる。


「死ねオラァ!」


 床から飛び起きて固めた拳を男の顔に向けて放つ。

 しかし、軽く身を捻ってかわされる。


「いきなり危ねぇなおい!?」


「うるせぇ!よくも騙してくれたな!ぶっころしてや...る.....」


 怒りで我を忘れていたが、驚くことに言葉が通じている。


「なにが起こった...?」


「落ち着いたか...?」


 男がやれやれとでも言わんばかりに肩をすくめて話しかける。


「よーし、落ち着け。まずは深呼吸だ。その後にこっちの言葉で話せ。なに言ってるのかわからん」


 こっち?何を言っているのか....まて、なぜあいつの言葉が理解できている?あいつの話している言葉は変わっていない。俺が理解できているのか?わからないが何故か理解できている。話そうと思えばたどたどしくなるが話すこともできそうだ。


「なんだこれ....?」


「お、ちゃんと話せてるな。うまくいったか」


「俺に何をした?」


「さっき渡した装置で言語情報を直接脳にインストールしただけだ。あのままだと話すら出来ないからな」


「お前は誰だ。ここはどこだ」


「ずいぶん警戒してるな。これでも命の恩人だぜ?」


「なに?」


「未踏領域で何かを引きずった後を見つけたから気になってたどってみたら、お前が倒れてたんだ。俺がここまで担いでそれから治療して寝かしたんだぞ」


「なぜ...?」


「なぜって...ほっといたら寝覚めが悪いだろ?」


「寝覚めが悪い...か。助けられたのは事実だしな......ありがとう」


 お礼を言って頭を下げる。

 目覚めてそうそうひどい目に遭ったが、この男が居なかったら俺が死んでたのも事実だ。


「えらく素直になったな」


「あんたが居なかったら確かに俺は生きてないからな」


「礼儀がなってるのはいいことだ。いきなり殴りかかってきたのはアレだが...まぁとりあえず飯を食え。話はそれからだ」


 男はファルシュと名乗り、トレーに乗せた食事を勧めてきた。


 食事を食べ終えたところでファルシュが口を開く。


「質問なんだがお前はなぜあんな所にいたんだ?」


 VRゲームをしたくてコールドスリープしたら目が覚めたら何もかも元の世界と違う世界にいましたって言って信じるか?いや、信じるわけがねぇ。


「わからない。記憶がないんだ...」


 説明しても信じないだろうし、かといって適当なこと言うと不信感をあおるだけだ。記憶がないと言っておけば下手なことにはならないだろう。


「記憶が...?それなら脳に干渉すれば...」


 そういってさっき頭にかぶった装置をつけようとしてくるので全力で拒否する。

 あんな痛みをもう一度味わうなんて御免だ。

 ちくしょう、予想できたことじゃないか。脳に直接情報をぶち込むことのできる技術を持ってる文明みたいなものに記憶に関する技術があっても不思議じゃない。


「やめろぉ!?それを持って近づいてくるなぁ!それ死ぬほど痛いんだよ!」


「記憶が戻るかもしれないことに比べたら些細な事だろ?」


「それでもあの痛みは嫌なんだよ!!!」


「むぅ、仕方ないか。時々脳がクラッシュすることもあるし...」


「おいまて!?最後なんつった!?そんなヤバい物着けたの!?」


「大丈夫だったしいいじゃないか」


「よくねぇよ!?」


 ワーワーギャーギャー言ってるとファルシュが急に真面目な顔に戻る。


「今からお前にこの世界で生きていくのに必要な知識を教える。その上でお前はこれからどうしたいか決めろ」


 そして様々な知識を俺に教えてくれた。

 この世界にはいくつもの国があること。 様々な種族がいること。モンスターが存在すること。世界の多くは未踏領域という極限環境によって分かたれていること。地域と地域の行き来にはポータルと呼ばれる移動装置を使うこと。ここが機人族の国であること。エトセトラエトセトラ教えられている内容を必死に覚える。

 あらかた話し終わったようで言葉を切り、息をつき目を見て問いかけてくる。


「これらを聞いたうえでお前は何をしたい?」


「世界を見て回る。ひとまずは中立都市を目指す」


 俺は自分の身に何が起きたか知りたい。そのためにはここにいてはだめだ。

 この世界の国は一種族で構成されたものがほとんどだ。そのような国は大体そこを治める種族に過ごしやすいようにできているので、他の種族が生活するには不自由だ。

 だがそれとは別に様々な種族が入り混じる都市がある。それが中立都市だ。種族関係なく過ごすことができ、特定の種族が優遇されることもなければ冷遇されることもない。これから生きていくうえでどこかの種族の国で生活するのは今の状況では賢い選択と言えない。


「中立都市に行く、か....」


 苦い顔をするファルシュ。何かまずかっただろうか?


「中立都市へ行くには二つの方法がある」


 まずひとつ、といって人差し指を立てる。


「未踏領域を越えていく方法。これは無理だ。身をもって知ってるだろう」


 俺が倒れていた場所こそが未踏領域なわけだが、あそこには極限環境に適応したモンスターも生息しているらしい。出くわさなくて本当に良かった。

 未踏領域は通常の生物では生存することすら困難を極める。そして、未踏領域を越えることができる者は人々から尊敬と畏怖を込めて<踏破者>と呼ばれる。何を隠そうファルシュも<踏破者>らしい。未踏領域で倒れていた俺を拾ったのでそうだろうとは思っていたがドヤ顔で話してくれた。


 そして二つ目、といって中指を立てる。


「ポータルを使っていく方法。これが一般的だ」


 <踏破者>を除いた者たちは基本的にこの方法しかない。俺もそれを利用しようと思っているのだ。


「だが」


 ここでファルシュから待ったがかかる。


「中立都市間のポータル移動は比較的簡単だ。しかし現在地、もしくは行先が国の場合は話が違う。国のポータルを利用するにはその国が定めた条件をクリアする必要がある」


 なるほど、ここは機人族の国なので条件をクリアしないといけないというわけか。


「そしてこの国のポータルを使う条件は、機人族であること。もしくは一定以上の地位をもつ機人族からの許可証を所持していること。はっきり言って無理だ」


 まぁこんな得体のしれない奴に許可出す偉い人なんていないよな。どうしたものか...


「だからよ、手伝ってやるよ」


 そういってファルシュはおもむろに立ち上がり、そこでファルシュの姿が消えて体に電流が走った。

 意識が薄くなってゆく。


「な、に...を.....」


 意識が途切れた。


「......」


 ファルシュの顔からは先ほどのような人当たりのよさそうな感じは消え、無機質な瞳が倒れた一人の男を映していた。

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