第16話 深夜の校庭

「クソっ!走りづれぇ!」


 玉ねぎが、膝小僧に当たり、いてぇ。

 学生鞄と食料を抱えているせいで、走りづらい。

 もどかしさを覚えながらも、数分、全速力で走り家に着く。


「セラフ!!」


 手に持っていた煩わしい物全てを投げ捨て、名前を呼ぶ。

 俺の頻拍しながらも喜色に満ちた声音が家全体に響く。


「………………………」


 しかし、返答はない。


「ーーー?」


 俺はそれに疑問に思う。


「あれ?いない?」


 外出しているのか?

 家にいる事に飽きて、外に出たのかもしれない。

 あり得る。

 性格的にジッとしてるなんて出来そうにないからなぁ。


「な〜〜んだ。急いで損した」


 俺は放り投げた食材やら学生鞄を回収し直して、リビングに行く。

 食材をリビングのテーブルに置いたところで、テーブルに置き手紙があるのに気がつく。

 そこには、ただ一言、『今まで、ありがとう』とだけ書かれていた。


「ーーーッス!」


 それで全てを察し、そして困惑した。

 セラフが家を出ていった。けど、なんで?意味が分からない?どうしてだ?


「そんなの……………俺を守るため、巻き込まないためだろ」


 当然の帰結。

 セラフは何も考えてない「あんぽんたん」に見えて、俺をよく見ていたということだ。


「そんな事は、今はどうでもいいんだ」


 自分に言い聞かす。

 どうする?

 俺はセラフと一緒に戦う事を決めた。でも、セラフの方は俺と一緒に戦うという気持ちではないのかもしれない。そのための話し合いも、居所が分からないには、どうする事も出来ない。


「クソっ!?」


 何の打つ手もない、行き詰まった状況にテーブルを叩く。

 と、部屋が光に包まれる。ここ数年で馴染んだ暖かい光。まるで水のように流れる光。

 その中から現れるのはーー


「ケイカ!?」


 本日二度目の降臨。


「ーーー」


 無言で、テーブルの上に立つケイカに俺は何て声をかければいいのか。

 しかし、まずは、一言。


「とりあえず、机から降りてくれないか?」

「………ごめん」


 若干拗ねたような様子で、机から降りたケイカ。


「なっ、なん……そうだ!」


 ケイカは土地神だ。

 土地神とは世界規模で見たら神格としては大した事はないが、仮にも神格である。

 土地神は生まれ管理する土地において、土地神は全能をほこる。その範囲は、その土地に住む人間の生殺与奪の権を超え、死後の世界すらも対象内である。

 そんな規格外な権能を持つ代わりに、土地神は人間社会に干渉することが出来ず、人間社会の崩壊の危機や特殊な事態

 にのみ干渉する事が出来る。


「ケイカ、セラフの居所、分かるか?」


 ケイカならば、権能をもってしてセラフの居所を知るなど朝飯前だ。

 もし、知らないとなれば、それはこの五浄市を出たという事になる。ケイカの権能も五浄市を出てしまえば、通用しない。


「知っている」


 平坦に答える。

 果たして、ケイカの返答は俺の願いが叶う物であった。


「マジか!?」


 俺は嬉しさにケイカに詰め寄る。


「頼む!教えてくれ!!」


 手を合わせて、頭を下げて頼み込み。


「教えるのは…いい」

「本当か!?」


 小さな声で了承する。

 よし!これでだいぶ時間が短縮できる。


「本当。でも、その前に、あなたの覚悟を問う」


 喜びも束の間、すんなりとは教えてくれなかった。

 何だ?何を聞かれるんだ?


「いま、天使を追うということは、死地に向かうということは分かっているの?」


 何だ。そんなことか。

 そんなの、何千回も考えたよ。


「ああ、分かってる」

「それは何故?知り合ってたかだか数日の女に、何で命をかけられるの?」

「そんなの、特別な理由なんてないよ。

 ただ、俺は嫌なんだ。自分可愛さに他人を見捨てるのが。それをすれば後悔する。その後味の悪さを俺は、嫌というほど知っている。だから、俺はセラフを助けるんだ」


 自分に言い聞かせるように、手のひらを握りながら答える。


「それに、そっちの方がカッコいいだろ」


 自分に発破をかけるように、挑戦的な笑みを浮かべる。


「そう」


 相変わらずの無表情。だけど、わずかに笑った気がする。


 ####################################


「これでいいかな……………って、あはは」


 我ながら、汚い字に思わず失笑。しかし、精一杯の感謝の気持ちは込めた。

 だから、許してほしい。

 私は部屋を見渡す。


「………………………」


 たった数日だけど、愛着のある部屋。

 たった数日だけど、ここまで関わった人間は星斗が初めてではないだろうか。

 星斗は口も性格もあまり良くない。でも、お願いすれば最後は折れてくれるし、叶えてくれる。根本的に面倒見のいいお兄ちゃんなのだと思う。

 でも、だからこそ、これ以上は甘えられない。このまま、ずっと、甘えてこの家にいれば、星斗も巻き込まれて死んでしまうかもしれない。それだけは絶対にダメだ。何でか、星斗は自分の事を悪人だと思っているところがあるが、善人なんだから………………………いや、まぁー、でも、善人でもないか。

 本人は私にした悪行を覚えてないみたいだけど、私はバッチリ覚えている。


「………………………」


 今でもあの夜の事を思い出すと恥ずかしくて死にそうになるのだから。

 やめよう。あの夜の事を思い出すのは。


「はぁ、やめやめ」


 大きく息を吸い込んで、吐き出す。

 パチン!と頬を叩いて、喝を入れると家を出た。

 ………………………。

 ………………………………………………。

 ………………………………………………………………………。

 家を出た私は翼を広げて、星斗が通う高校の校庭に数分で降り立つ。

 飛んでいる時から見えていたが、校庭の中心には、あの女野獣セイランが立っていた。

 私とセイランの間で、一切取り決めはしていない。

 私もあいつも自ずとここに、足を運んだのだ。決着を着けるなら、ここだと。

 全く嫌な以心伝心だ。吐き気がする。


「ヨォ、私に殺される覚悟は出来たか?」


 ニタニタ笑いを浮かべながら、挑発してくる。


「バカじゃないの?私があんたみたいな獣に狩られるわけないでしょ。

「ふん、言ってろ。そういえば、星斗のやつはどうした?」

「星斗は私が置いてきたわ。星斗を死なせる訳にはいかない」

「くっくくくくく」


 セイランは忍び笑いする。

 その反応に、不快感を覚えた私は問う。


「なに笑ってるのよ?」

「いや、別に、ただちょっとしたミラクルがあってな。気にすんな。こっちの話だ」

「ーーー?」


 特に疑問は解消されなかったが、もうどうでも良い。


「始めようか」

「そうね」


 お互い構える。

 セイランはまるで、野生の豹のように身を低く低く屈める。

 私は二対四翼を展開し、片方を盾のようにし構える。

 そうして、数秒、見つめ合う。

 嵐の前の静けさ。

 私とセイランの間に、一陣の風と月明かりが落ちる。

 セイランの野生味を帯びた、憎たらしいほどに美しい顔が明かされる。

 その顔がニヤリと笑う。それと同時に激突した。


 #######################################


 ケイカに俺の覚悟を伝え、急いで家を出た俺は走り、数十分かかって、学校下のバス停に辿り着いた。

 坂の下から学校を見上げる。

 バスを降りた瞬間に感じていたが、学校から異様な気配が放たれている。

 戦場のような殺伐とした空気と魔の神秘の香りが混ざり合う。


「……………っす」


 思わず息を呑む。

 覚悟を決めたと言っても所詮は場外での話。

 いざ、戦いの場に立てば、恐怖が迫り上がってくる。


「いくぞ」


 早くも揺らぎそうになる覚悟を支え、恐怖に蓋をして坂を駆け走った。

 柵で閉められた校門を飛び越えて、学校に侵入する。

 最初は、学校に侵入しても、広い学校だ、すぐにはセラフの居所は分からないと思っていたが、そんなことはなかった。

 校庭から物凄い音がする。工事現場で聞くような破砕音と爆砕音。

 俺は中庭を抜けて、急いで校庭に出る。

 セラフは校庭にいた。

 月下、二人の女が鎬を削っていた。

 一人は、二対四翼を背から生やす少女。

 もう一人、暴力的なまでの性の香りのする豊満な肉体を持つ修道服を着た少女。

 セラフと青蘭であった。

 セラフが翼を駆使して、縦横無尽、変速的に動き回り攻撃するも、青蘭は不動でそれらの攻撃を弾き返す。

 実力差は歴然だ。

 今、ここで俺が参戦したところで、一切形勢は変わらないだろう。

 だが、だからと言って、ここで逃げるという選択肢はない。

 再度、気合を入れて姿を現す。


「…セラフっ!!」


 名を呼びながらセラフの元へ向かう。


「星斗ッ!?」


 セラフは驚きの表情で、俺を視界におさめる。


「なっ、何で来たの?」


 そして、俺へ怒鳴りながらセラフは距離を詰める。


「何でもクソもあるか!お前のために戦いに来たんだよ!」

「そんなの、私頼んでない!」

「知るかボケ、はっ倒すぞ!」


 半ばハイになっているのかもしれない。

 怒鳴り声に怒鳴り声でかえすなんて、いつもの俺だったら絶対にしない行為だ。


「ただ、単にお前を見捨てたくなかったんだよ。だから、ここに来た」


 自分でもクサい事を言ってんな、なんて思いながら口にする。

 言い終えて、チラリと横を見ると青蘭がニヤニヤと腕組みしながら見ていた。

 当のセラフなんて呆けたような顔で俺を見ている。


「………………………」

「………………………」


 気まずい。何だよ、なんか言えよ。


「うん!分かったわ。星斗は私が好きなのね!」

「いや、そういう訳じゃねぇからな!」

「うっふふふふ、分かった分かった。そういうことにしといてあげる」


 セラフは気味の悪い笑顔を浮かべながら、一人納得する。

 弁解しようと思ったが、そんな事をしている場合ではないと、今は捨て置く。


「さ、集中して、あの女は強敵よ」

「ああ」


 そう言って、俺たちは不敵に笑う青蘭に対する。


「話は終わったか。それで、星斗、お前はそれで良いのか?」


 真剣な表情で青蘭は尋ねる。


「これで良いのか、正のかは分からない……でも、俺は今無性に気分が良い。だから、間違ってないはずだ」


 そう、叩きつけるように青蘭に話す。

 すると、青蘭はニタニタ笑いを止めて、無表情になる。


「だったら、お前は私の敵だ!」


 啖呵を切り、青蘭が迫ってきた。 

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