第15話 物はいいよう

 一陣の風が山の草木を揺らす。

 ガザーっという音が山を越え、学校全体を覆う。

 夜の学校の校庭に2人と1人が対する。

 あの身体・体力測定の日から3日後。


「最後にいう。

 戦うのはやめないか?

 教会とセラフのお互いが納得する妥協点を話し合いで探そう」

「ハッ、なら私たちは全てを貰う。

 それが教会の妥協点だ。お前たちが全て差し出せ。

 それが出来なきゃ、私はただ奪うだけだ!」


 宣言して猛然と迫る。

 それを俺は迎え撃つ。

 拳と拳の衝撃で砂煙が舞う。

 ダイヤモンドのように硬いセイランの拳は当たり前のように、俺の拳を砕く。

 すぐに精霊の心臓を起動させて回復する。

 もはや、セイランの前では精霊の心臓を起動させた状態でやっとスタートラインに立てるくらいだ。


「私も、いるわよ!」


 セラフも存在感を示すようにセイランの横合いから翼で攻撃する。


「きかねぇな、鳥が」


 直撃するがまるで無傷。

 翼の方がセイランに当たって逸れたほどだ。

 セラフを意にも介さないセイランの標的は未だ俺のままだ。

 セイランは俺の腕を掴むとブンブンと振り回す。

 足が地面から離れ、投げ飛ばされる。

 音速を超えるスピードでグラウンドの照明に激突する。

 まるで瞬間移動したのかと思える程の錯覚。

 気づけば、グラウンドを鳥瞰できる位置までいて、自由落下。

 地面に叩きつけられ激烈な痛みが背中と腹を襲う。


「うっ、ぐギガぁアアアアア!!」

「ハギト!?」


 セラフが翼を使って、俺の元まできて揺らす。


「ハギト!?ハギト!?起きて起きて!!」


 ぶつけた所にエーテルを回し、痛みを和らげる。


「ゲホッゲホッ、無問題!来るぞ!」


 口の中に入った砂を吐き出しながら立ち上がる。

 セイランは俺の状態なぞお構いなしに距離を詰める。

 蹴りを入れる。

 しかし、セラフの翼でガード。


「さんきゅ」


 翼を盾に、手を銃の形にして指の先からエーテルの塊を放出してぶつける。

 バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!!!!

 あのセイランを後退させる。

 しかし、それも最初だけで目が徐々に慣れてきたのか躱すようになり、やがて当たらなくなる。


「バカスカ撃ってないで、しっかり狙いを定めなきゃ当たらねぇぞ!」


 やがて、セイランは俺たちの背後に回り込む。

 セイランはセラフを蹴飛ばし、俺の頭を鷲掴みにすると、地面に擦り付ける走る。


「うぐガァぁああああああああああアアアアアああああ!!!」


 顔面が焼けるように熱い。

 あまりの速度で地面と俺で火花が散っているのを視界の端で見る。

 セイランはグラウンドを超え、縦横無尽に学校中を走りまわる。

 中庭。校門。教室。図書室。職員室。


「ハギト!!」


 急いでセラフがセイランと並走する。

 セラフは翼を硬化させ攻撃するが、まるでハードル走選手のようにしなやかに避ける。


「ちょこまかと!ハギトを放しなさいよ!」

「嫌だね、バカ鳥!

 こいつは私を侮辱した。

 なら、やり返す。それが私だ。例え任務があろうと、私の気が晴れる事の方が優先される」


 セイランは重力を無視して、グラウンドの時計塔の壁を垂直で走ると、力いっぱいに俺を投げ飛ばす。

 まるで、大砲から飛ばされた砲丸のように、山を越えて市街地まで行き着く。


「なんなんだよ、あの強さ!?チートだろクソがッ!!」


 高速で流れていく田んぼやビルディングの風景を目にしながら、俺は被害を最小に抑えられそうな、団地の屋上に回転しながら着地する。


「ぐはァ、ペッペッ、口になんか入った」

「おいおい、そんなちんたらしてて大丈夫か?危機感が足りないんじゃないか?いくら半分が精霊だろうと死ぬんだぜ?」

「は?」


 背後を振り返ると、セイランが悠然と佇んでいた。

 バケモンかよ!?

 こっから学校までどれくらいの距離があると思ってんだ!!

 ほとんど瞬間移動だ!!魔術を使ったと言われる方がまだ納得出来る!!

 それを、ものの数秒で。

 これが世界に何人としかいない神血種ってやつかよ。

 頭おかしいんじゃないか。いや、おかしいんだった。


「ボケが」


 右ジャブを放つ。回避されカウンター。受け止めてアッパー。

 俺とセイランの夜の団地の屋上を舞台に行われる格闘戦は数分続いた。


「ーーー」

「ーーー」


 不意に、セラフの背後から翼での攻撃で中断される。


「遅かったな、鳥女」

「うるさいわね。あんたが速すぎんのよ、筋肉女」


 セラフが俺に並ぶ立つ。


「手も足も出ない」

「全くよ。

 勝てるビジョンが浮かばないわ。

 よく私、こいつらから逃げ切れたわね」

「それはマジでそう。よく生き残ったよ。

 やっぱり、勝つには作戦に賭けるしかないか」

「ああ、作戦?」


 常人なら聞こえないはずの距離だが、当然のように聞こえている。

 今更、何をされようが驚かない。


「雑魚は大変だなぁ、私に勝つために色々と考えなきゃいけなくて。

 まぁ、それも成功する訳がないがな!」


 そう言って、セイランは殴りかかる。

 俺とセラフはバラバラに散る。

 セイランは俺に狙いをつけて走る。

 すると、セラフはセイランの背後に回り込み、翼で攻撃。

 セラフの方に走れば、背後をとりエーテル弾。

 ヒットアンドアウェイを繰り返す。

 次第に、セイランは自身に降りかかる翼やらエーテル弾を無視して、俺にだけ狙いを定める。


「こっちを見ろ、筋肉女!」


 満月の下、俺は団地の棟を飛び越えながら逃げる。

 セラフは必死に注意を向けようと存在感を示すが、全く効果がない。


「あはははっは」


 哄笑をあげながら俺を追いかける。

 ズンズンと距離を詰めーー


「捕まえたァ」


 とうとう俺の足首を掴む。

 そして、俺をブンブンと振り回し宙に放り投げて下から上に向かって蹴りを入れる。

 再度、俺は放物線を描いて飛んでいく。


「俺はボールかなんかかよ!」


 すぐに空中で体勢を立て直すと、次は狙いを定めて検車庫に着地する。

 綺麗に整列する電車群。

 何本にも枝分かれする線路。

 そして、桜舞い散る満月の夜。


「ここならいける」


 俺が小さく呟いた後に、セイランも俺の対面に着地する。


「また随分と飛んだなぁ」

「お前のせいだけどな。

 てか、弱いものいじめは楽しいか?」

「楽しいね。

 当たり前だろ。

 弱者をいたぶる。

 それが人間に与えられた快楽の一つだ」

「ふん、お前が言ってることは間違ってないんだろうが、程度がしれるよな。

 ちゃんと教育を受けてきたやつは、そういうふうに考えないんだよ。

 スラム育ちが抜け切ってないんじゃないか?」

「お前らこそ、ごちゃごちゃ政治やら思想やらに囚われるから弱くなる。

 強い奴が正しい。

 その一点だけでこの世は回るってのによ」

「考え方が動物すぎる。

 さすが、教会の命令に従う犬畜生は言うことが違うな」

「ぶち殺すッ!!」


 煽りに煽り散らかす。

 そして、堪忍袋の緒が切れたその瞬間にセラフが俺たちの上空に現れる。

 セラフの翼は極限まで発光していた。


「死ねぇ!」


 およそ、天使らしからぬセリフを吐いて翼の光を解放する。

 それが、一斉にセイランへと殺到する。

 光の雨。

 それをめいっぱい、数分受ける。

 ………………。

 …………………………。

 ………………………………………。


「いてぇな」


 片膝をつき、ダメージを充分に受けている様子だが、倒し切ることは叶わない。


「くそ、これでもまだ生きてんのかよ。

 手を抜いてないだろうな?」

「そんなわけないじゃない!

 手を抜く余裕なんてないわよ」

「チッ、マジでどうすれーー」


 言い切る前に、一瞬で首を絞められる。


「ここまで、傷を負ったのは久しぶりだ。

 チンタラやりすぎたな。もう、一瞬で終わらせる」


 実際、俺の首を絞め、後方に殴り飛ばすと、セラフへと回し蹴りを入れる。


「うがッ」

「きゃあ」


 俺とセラフは線路の上に横たわる。

 錆びた冷たい鉄が頬を濡らす。

 もう、エーテルも湧いてこない。

 もうだめだ。死ぬのか、ここで。なんの意味もなく。

 無気力に蹲り、ただ諦める。

 その中で、地面から不意に光がして、俺を包み込む。

 みるみると身体の傷が癒えていき、底から力が湧き起こる。

 まるで、精霊の心臓を起動したときのような全能感。


「これは………エーテルっ!!

 でも、急にどうして?」


 疑問はすぐに解かれる。


「どういうことだ?手出しはしない話だったじゃねぇか」


 セイランの視線の先。

 そこには車庫の屋根の上にケイカが立っていた。


「そうよ、龍脈だわ!

 ケイカは龍脈を叩き起こしたのよ!

 こうすれば、私たちに協力したことにはならないわ」

「そっそうかな?」

「細かいことは気にしない!」

「確かにな。これで戦えるぜ!」


 精霊の心臓のギアを上げる。

 身体をエーテル化し、魂を精霊へと近づける。

 そうしてやっと、地面から迸る龍脈の魔力を素手で掴む。

 すると、光の剣へ魔力が鍛造される。


「どんだけ火力があろうが、当たらなきゃ意味がないんだよぉ」


 そう言って、距離をとろうとするセイラン。

 しかし、セラフが自身の天使の輪をセイランの足元に放り投げる。


「なんだこれ。動けねぇ!?」


 ちょうど、セイランを囲むように光る天使の輪はセイランの行動を制限する。

 そして、俺も準備も完了する。


「食いやがれぇ!!」


 光の剣を振り下ろす。

 光の奔流が何もかもを押し流してセイランへと直撃する。

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