第14話 激突

 男女ともに、2年B組の身長体重測定を終え、俺たちは次の心電図の為に保健室から体育館へと移動する。

 体育館の壇上には5つの仕切りができていて、各々並んで行く。

 上半身を脱いで数分待っていると、仕切りの奥から件の静海月子が現れた。


「………………っ」


 うげっ!?前回の事があるから気まず。


「……………………」


 特に俺を気に掛けず、通りすぎると思っていたら静海さんは俺の目の前で立ち止まり、首を俺へと動かす。

 静海さんと目が合う。


「……………?」


 ーーー『あね。それでさぁ、うちのクラスに来て早々よぁ菊間羽祇杜はいないかって聞いてきたんだよ』


 なぜだか、先ほど武田が言っていた事が頭をよぎった。

 そのうちに、静海さんは俺との距離を詰める。

 場所も相待って、ピッタリ1センチほどの近さで対面する。

 身長は女子にしては高いが流石に俺ほどではなく、眼下からサラサラな漆黒の黒髪ロングからはフローラルな女の子の匂いがした。


「う、ヒッ」


 突然、静海さんは俺の肌に触れてきて変な声が出る。

 白魚のような細く長く白い指がツーっと心臓部を撫ぜる。

 指はひんやりと冷たく、心地よかった。


「えっ?あう、え?」


 静海さんの意味不明な行動に俺の脳は疑問符で埋め尽くされ、困惑の声をあげる。


「しっ、静かに。場所を考えなさい」


 何故か静海さんに注意され、釈然としないままも強く言われてしまい、粛々と従う。

 静海さんが俺に触れる中で、一瞬俺の心臓が極々仄かに白銀に光った………気がした。


「良い身体をしているのね、菊間くん。

 私、あなたの身体凄く好きだわ。

 それじゃあ」


 静海さんは一人満足すると、去って行った。

 数日前まで、俺の名前を知らなかった静海さんは、俺の苗字を口にしていた。

 バスでの静海さんと今の静海さんが自分の中で繋がらず、違和感に思いながら待っていた。

 心なしか、身体が重いきがした。


 ###########################



「ふわぁ〜〜ああ、退屈だ」


 学校のベンチに仰向けで寝転びながら、大空に向かって欠伸をする。

 本当に暇で暇で仕方がない。

 仕事で学校に潜入する事になって、最初の数日は悪くなかった。

 自分でも似合わないと思うフリフリの制服も最初は意外と面白かったが今じゃ、うざったくて仕方がねぇ。

 それはやたら集団行動を強制してくる教師も同じだ。


「私が真面目に体力測定を受けたら全世界記録を塗り替えちまうだろォが」


 ふと、視記録用紙を持って楽しそうに、歩く女子生徒の集団が視界に入った。

 本当に何てしょうもない奴らだ。軽蔑する。

 人はこの世に産まれ落ちたなら確固たる一を追究しなければならない。

 それは明確でも曖昧でも卑しかろうと崇高だろうといい。

 物は問わず、その求める過程に意味がある。

 誰かしらと群れなければ、生きていられないようなのでは弱者以外の何者でもない。

 そして、私は弱いのは嫌いだ。

 だから、軽蔑する。

 その点、菊間ハギトはまだまだだが、まぁ色々と見所はあるから気に入っている。


「チッ………」


 ハギトのことを思ったからか、昨日の喫茶店のことが思い出される。

 いま考えてもイライラする。

 あいつが死ぬのは、まだ今じゃない。私に殺されて終わるのは違う。

 そう思ったから、私は初めて逃げ道を与えたと言うのに、それをハギトはいっときの余分な感情で無碍にしてきた。

 それが私を苛立たせるのだ。


「今日の分の支払いまだ〜」


 弱者をいたぶる者特有のトーン。

 自分が幾度もなくしてきた事だからすぐにわかった。

 それに、こんなもの経験がなくても気づく。

 そちらに視線を動かせば、気弱そうな男子学生が、一人の男子高校生につめられていた。


「ちょうどいい、退屈しのぎにはなるか」


 ベンチから立ち上がり、男子高校生たちのもとへ向かう。


 ##################


「へぇ〜〜良いねぇ。私にも金をくれよ」


 校舎と校舎をつなぐ連絡路を計測用紙を片手に葉山と武田と歩いていると、そんな傲岸不遜な声が聞こえた。

 声がした先に目を向けると自販機でちょうど見えづらくなったところで2人の男子高校生と1人の背の高い女子高生が諍いを起こしていた。


「というかあれ、セイランじゃん」


 元凶がセイランだと知り、なんだか放っておく気になれなくなり、武田と葉山の2人に断りを入れて、3人の所へ行った。


「おいおいおい、どうしたんだよ、セイラン」


 できるだけ、陽気に声をかける。


「あぁ?みりゃわかんだろ。カツアゲだよ」


 セイランは不機嫌そうに呟く。


「てか、テメェは誰だよ」


 見るからにヤンキーの男子生徒が言う。


「黙れ、私とハギトの会話に勝手に入ってくんじゃねぇよ、雑魚が。

 さっさとどっか行け」


 睨みをきかせながら、ハッキリと口にする。

 それだけで、男子生徒は逃げていく。

 それを尻目に俺は尋ねる。


「どういう事だよ?セイランはそんな事するタイプじゃないだろ」

「あぁ、何がタイプじゃないだ。

 お前が私の何を知ってやがる。

 何もしらねぇだろ」


 いつもの余裕綽々な様子とは違う。


「え?おいおい急に突っかかってくるなよ。別に他意はない。

 てか、弱い物いじめすんなよ」


 セイランの違和感を覚えながら俺はいたって普通に、友達に接する時のように話す。


「弱いものイジメは辞めろだ〜〜。

 ほざくな!自分より弱いものから奪うのは当然の事だ。

 じゃなけりゃ、いつまで経っても幸せにはなれない!」


 もはや、もう一人の男子生徒はセイランの目に入っていなかったので俺は逃した。


「でも、それは………………」


 セイランの言っていることは、一種の正しいことなのだと理解出来るが、実感する事はできなかった。

 だって、誰かから奪われなければ、生きれない生活をしたことがないのだから。

 何も言い返せず、押し黙っていると遂に痺れを切らしたセイランが言う。


「もういい、そろそろ頃合いだろ。

 馴れ合いはやめて、殺し合いだ。

 三日後の深夜24時、場所はこの学校の校庭で殺し合おう」


 言うだけ言って、セイランは大股で踵を返して行った。


 ########################


 学校から家に帰り、セラフに今日あったことを告げた。


「そっか………」


 すると、天井を見上げて呟く。


「まぁ、いつかはこうなると思ってたよ。私とあいつらは天敵なんだし。

 だから元気出して、ハギト」


 精一杯、励ますために声を上げるセラフ。


「違う。

 正直、俺はセラフに対して負目があるわけじゃないんだ。

 どうして、セイランはあんな事言ったんだろう。

 もっと言えば、どうしてああいう風に考えるようになったんだろ」


 素朴で愚かな疑問。

 そんなの自分が一番理解しているはずなのに。

 過去の何かを起点に、現在に影響を及ぼす。

 そんなの特別な人間じゃなくてもある当たり前なのだ。


「それは、誰にも分からないわ。

 世の中、天国にいても退屈だと不満に思う人もいれば、地獄にいることを満足に思う人もいる。

 だから、セイランにどんな過去があろうとも今が全てで認めてあげなくちゃ」


 まさか、セラフに諭されるとは思わず呆気に取られる。


「………何よ、その顔」

「いいこと言うな〜って」

「ふふん、これを機会に私を崇めてもいいのよ」

「うるせぇ、ニートの天使が」


 いつも通り、俺とセラフは食事を共にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る