第15話 葛藤
「そしたらさ、俺めっちゃ凄くね?」
「そうよ、だから言ってるでしょ。
星斗は普通、一生をかけても到底成し得ない奇跡を幼少期のたった数分とはいえ、成し得ている。これはとんでもない偉業よ。
そして、これは所詮付属物。本質はそこではないわ。
本当に凄いのは、精霊の心臓」
セラフはそう言って、トンと俺の胸に指を置き描き混ぜるように好奇心で触れる。
「ふむふむ、実体として存在はしているとーー」
「………っつ、おいっ!変な触り方すんな」
「ああ、ごめんごめん。つい、気になって。うん、やっぱり凄い、こんなの初めて」
なんか言い方がやらしいな。
まぁいいけど。
「何がすごいんだよ?」
「存在自体がよ」
セラフに力強く言われる。
おっおぉ、ありがとう。凄い肯定された気分だ。
と、茶番はどうでも良くて。
「星斗の精霊の心臓は、神秘中の神秘の中でも歪んだ異端。邪道の神秘だわ。
そもそも、精霊っていうのは紀元後には、この惑星から消え去っているから、身体の半分とはいえ間違いなく精霊である星斗は、魔術師にとって最高の素体なのよ。
それに、精霊の心臓が人に移植されたというのは、人類史において他に例を見ない唯一の存在なため、菊間星斗は魔術師にとって生きる伝説を超えて神話と言える」
凄いな。めちゃくちゃ持ち上げてくれるよ。
何だかよく分からないけど、俺は魔術師たちにとっては伝説のポケモンみたいなのか。
「だから、精霊としての素体、霊体と物質体の融合の成功例。二つの意味で星斗は奇跡の存在なのよ」
「ほ〜〜ん」
「なんか反応薄くない!自分の事なのよ?」
怒られた。
「えぇ、そりゃそうだけど。
あんまり実感がないんだよな」
「そう、そこなのよ。
普通は世界中の魔術師に狙われ、誘拐され、拷問よりも酷い事になっているはずなのに、そうはなっていない」
セラフがあり得た可能性を話す。
「恐らくだけど、あの土地神が何かしら、対策をしているんだと思う。だから、今まで何事もなく安全に暮らしてこれた」
「そうか」
ケイカが………………本当にあいつには頭が上がらない。今度土産でも持って行くか。
「………。これで、俺の話はいいか?」
「うん、だいぶあなたのことが分かったわ。話してくれてありがとう」
「いや、いいさ。これから、一緒にやって行くーーー」
途中まで言って口ずさむ。
脳裏に、昼の青蘭とのやり取りが思い出される。
そこで、俺は自分の命とセラフを天秤にかけて、答えられなかった。
そんな奴が気軽に、一緒にやって行くなどと、言っていいはずがない。
セラフにとっても俺にとってもだ。
「ん?」
セラフは中途半端な俺のセリフに疑問に思いながらーー
「それにしても、このカツ丼美味しいね!」
まるで、太陽のような笑顔のセラフ。
「ああ、そうだな」
俺も笑みを浮かべて、応えた。
「帰り、アイスでも食いながら帰るか」
「いいわね、さんせ〜い」
気分良く、拳を天に掲げるセラフ。
その背後で、外国人留学生のバイトが辿々しい日本語でーー
「カツドゥーーン!入りました!」
なんて何処かで聞いたようなイントネーションで言っていた。
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代々木公園での魔術師からの襲撃を跳ね返し、カツ丼を食った俺たちはその後帰宅し、次の日、俺は登校していた。
どんな非現実的な事に巻き込まれようと、それがずっと続く事はない。
いつかは終わり、日常へと戻るのだ
そんなしょうもないことを考えながら、徐々に起き出す住宅街を歩いていると、突如視界が真っ白な世界に光出す。
眩い光に、目を細める。
徐々に光は弱まり、その姿が露わになる。
その人物とは、ケイカだった。
「おはよう」
どのような件で、姿を現したのか窺い知れないが、とりあえず挨拶をした。
「おはよう」
ケイカはいつも通り、無表情で返答する。
そして、続けてーー
「答えは出た?」
そう、尋ねた。
答え。すなわち、セラフを差し出し確実な生を得るか、セラフと共に地獄の世界を戦い、その中で生を勝ち取るかの二択。
そんなの、簡単に答えを出せる訳がない。
「………………」
俺は答えることが出来ずに、押し黙る。
それしか出来なかった。
「………………そう」
ケイカはそんな俺を見て、呆れるのでも罵るのでもなく、ただ短く一言、頷くだけであった。
「確かに、まだ答え急ぐ必要はない。答えを急いて、取り返しのつかない失敗をしたら元も子もない。
でも、時間があるという事でもない。大変な選択だという事もわかってるけど、答えだけは出しておきなさい。
あなたが答えを出さなくとも、状況は勝手に動き出し、終わって行く。
当事者であるのに、自身の意思を介在できないのは、一番悲惨。後悔すら残らないんだもん」
セラフはそれだけ言うと、朝靄に紛れて消えた。
「………………クソ」
俺は何も答えられなかった情けない自分に、小さく唾棄した。
………………。
………………………………。
………………………………………………。
ケイカに釘を刺された以外は、いつも通り、学校に登校することが出来た。
教室に着くと、優奈さんと翔から昨日の突然のサボりについて事情を聞かれた俺は、「なんか急に全部が嫌になった」なんて、子供部屋おじさんのニートが言うようなセリフを吐き、二人をドン引かせた事で何とか追及を免れた。
その後、朝のホームルームが終わり、授業が始まる。
初老の女性が数学の授業をしてくれているが、ハッキリ言って、そんなものを聞いていられなかった。頭の中は、『どうするか』でいっぱいいっぱいだった。
そして、結局のところ、自分の命を取るか信念を取るかの話なのだ。
そんな単純な話。だからこそ、搦手や妙手は効かず、真正面から選び取るしかない。
信念を選べば恐怖が俺を襲い、命を選べばもう一度自分を裏切る事になる。
このジレンマが一生、俺を苦しめる。どうせだったら、第三者に決められていれば………。
俺は窓の外を眺めながら葛藤していた。
#######################################
気づけば最後の授業が終わり、放課後に突入していた。
考えすぎて、頭が痛い。
空っぽになった頭で、ヨロヨロと学校を出た。
学校下の停留所に行き、バスに乗る。
ただ無心で、窓の外を眺めること二十分ほどで駅に着いた。
バスを降りてすぐ、冷蔵庫の食材が空っぽだと思い当たり、スーパーへ向かった。
こういう時は、務めて普通な平和な日常を送ることが大切だ。
なに、あともう一日、二日は猶予はある。少し、忘れよう………………。
そう言うわけで、俺はスーパーに向かった。
スーパーで適当にカレーの材料を買って、スーパーから出ると、あたりはもう日が沈み始めていた。
11月の下旬。
もう秋だ。
紫と橙色がかった空の下、スーツを着た若い男や母子、老人夫婦に同い年くらいの制服を着た男女が街を歩く。
日が落ちると、途端に肌を刺すような冷気が宙を満たす。
各々が厚手までとはいかないまでも、重ね着をして防寒対策していた。
俺は結構、この時期が好きだったりする。
夏のように茹だるような暑さと騒がしさはなく、かと言って冬のように冷たく荘厳さと静寂さほどではない、この季節。
同類だと区別されがちな春と秋。
しかし、春のように希望に満ちた季節ではなく、淋しさばかりの季節だ。
でも、確かに手の中に残る物を大切にしていこうって、そういう気にさせてくれるんだ。
「あれ?菊間くん?お〜〜い!」
秋空を眺めながら、感傷に浸っていると、唐突に呼ばれた。
声がした先。坂の上に優奈さんが立っていた。
そこは奇しくも絶世の美女と神父さんに声をかけられた場所だった。
そんな事を考えているとと優奈さんが坂を下ってきた。
「こんばんは」
「こんばんは」
「菊間くんは今から帰り?」
「ああ、今から帰りだ」
「だったらさ……………」
優奈さんはモジモジと口籠るとーー
「一緒に帰らない!」
満を持して口にした。
今の俺は多方面に狙われる危険人物なのだが、まぁ大丈夫だろう。
「いいよ。行こうか」
「うん」
そうして、俺と優奈さんは肩を並べて、歩き出した。
「優奈さんは今日は部活?」
優奈さんはバスケ部に所属している。
しかも、2年生にしてキャプテンも務めてる。
あまりこんな言い方は好きではないが、優奈さんは大陽キャだ。
そこそこ会話はするが、それでも俺みたいなパッとしない奴には荷が重い。
「そうだよ。今日も本当に疲れた〜。
ねぇ聞いて。
先生、ずっと走らせてばっかで、まったくボール触らせてくれないの!ひどくない?」
「はは、確かに、でも、球技の部活はそういう事あるんじゃない?」
「まぁね。でも、私はバスケがしたくて部活してるんだよ。走りたくて部活入ってるんだったら、陸上部に行ってるの」
優奈さんは、まるで教室では見せない駄々っ子な側面を出す。
その様は新鮮で慣れないが、まぁ、それだけ俺に心を許してくれているという事だろう。
「ははは、でも、俺は羨ましいよ。
声が出てないとか、整理整頓出来てないとかで、やたら怒られるかもしれないけど、貴重な高校の3年間を一つの事に捧げて頑張るっていうのは凄く大切で、後から思い返したら貴重な財産になるんだと思う。だから頑張れ。
なんて、帰宅部の俺が言う事じゃないな。
ごめん。なんかめちゃくちゃ語っちゃった」
「あはは。ううん、全然そんな事ない!そうだよね。
よーし頑張っちゃおう!」
優奈さんはそう言って、天に拳をかざした。
「菊間くんって、いつも冷静で悩みなんてなくて、凄い大人っぽいよね」
「えぇ?そうかな?ただの無口な、偶に臭い事言ってる無愛想野郎だと思うけど」
「それは自覚あるんだ」
優奈さんは苦笑する。
「あるよ。ある。俺は悩んでばっかの無愛想なクソ餓鬼さ」
誰にともなく呟く。
「………………………」
「………………………」
俺がいらん事を口にしたせいで、お互い無言が続く。
気まずいなぁと、思い出したタイミングで、優奈さんが口を開く。
「私は菊間くんが何を悩んでいるのか、どう悩んでいるのか分からないから適当な事は言えないけど、私だったら挑戦する方を選ぶ」
挑戦する方。
それは今の俺に当てはめるのならば、セラフを守り戦うという事だ。
「それが例え、命の危険でも?」
「ええ、って言っても実際そうの場面になったら分からないけど。
でも、やっぱり挑戦する方を選ぶし、選びたい」
優奈さんは確固たる意思を込めて頷く。
俺は優奈さんがそう答える理由が知りたかった。
「それはなんで?」
「人間の命って、よくよく考えればたった百年なんだよ。
それも長くても百年。普通の人は八十歳くらいで死んで、早かったら四十歳くらいで死んじゃう。
ほら、やっぱり短い。
そんな短い人生だったら、私は自分の信念に沿って、例え危険だとしてもカッコよく生きたい」
優奈さんは秋の空を眺めながら、宣言する。
カッコよく生きたい、か。
確かにな、そうだよ。
人生は短くて、ある日唐突に終わってしまうなんて事は、誰よりも俺が知っていたはずなのにな。いや、知ってたからこそか………。
そうだ。だったら、後生大事に命を抱えてるんじゃなくて、俺もカッコよく生きよう。
「…………」
指針は定まった。
そうと決まれば…………。
「ごめん。俺ちょっと、行くわ」
早くセラフに会いたい。
そう思い、俺は走り出した。
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