第14話 惑星の楽園

魔術師の口が動く、それと同時に風の刃がセラフではなく、俺の首に迫る。

初速で音速を叩き出す刃に当たり前のように反応する事は出来ない。

あっ、死んだ。

麦わら帽子の海賊船長のようなセリフが頭に浮かんだ。

恐怖で目を瞑ることすら出来ないほどの刃は、しかしセラフが展開した翼が俺を守る。


「ーーーッツ」


風の刃はセラフの翼の表面を走ると街灯を切り裂き、夜空に消失していった。

遅れて、街灯が地面にガシャン!!と落ちる。


「星斗!気合いを入れなさい。

あなたは絶対に死なせない。でも、守られる星斗が戦わないと、救えるものも救えないわ」


それで、スイッチが入った。カチンときた。

何が守るだ!何が救うだ!


「俺はお前に守られるほど、弱くねぇ!!」


ーーー心臓を起動する。松果体から伸びるルートを心臓へ繋ぐ


途端、俺の肉体を燃料に青銀の炎が立ち上る。

アツいあつい暑い熱いアツい!!

まるで身体が焼けるように熱い。

心臓から発せられる無尽蔵のエーテルに身体が侵されている間に、隣のセラフは魔術師へと距離を詰める。

背後の二対四翼を硬化させ、まるで剣のように振るう。

しかし、それを魔術師は風の魔術と体術を駆使して、回避する。その動きは、滑らかだった。


「………ハッ」


その光景に驚愕した。

魔術師は執行官とは違い、基本、穴蔵で研究ばかりの人生を送っている。

俺の中で、魔術師は研究者、執行官は軍人といったイメージで、だから魔術師は戦闘慣れしておらず、ハッキリ言って弱いと見くびっていた。

だが、現実はどうだ。


「ーーー」

「ーーー」


セラフは攻めあぐねている。

それどころか、魔術師の方が優勢まである。

何でだ?おかしい。

セラフが言ってたように、セラフの方が魔術師よりも実力は上の筈だ。実際、執行官の奴らと渡り合ってきたんだから。

なのに、何で押されてるんだ?

どうてだ?

もしかして、地下歩道で負ってた傷か?

いや、だが、俺が精霊の心臓で治したはずだ。

何だ?何でだ?意味がわからない。

いや、今はそんな事はどうでもいい。


「…………」


俺が頭を悩ませている間に、戦況はセラフの不利に変化していた。

それを見て、すぐに俺も戦闘に加わろうと構えるが、お互いの攻防には一切隙はなく、動けなかった。


「く、っつ」


無力な自分に、苛立ちを覚え、歯を食いしばる。

何だよ、あれ。俺が入ってもどうこう出来ないぞ。

………………どうする?なら、逃げるのか?いや、それは違う。でも!


「あっがっあああ」


俺が葛藤している目の前に、セラフが腕を切断され、落下する。


「…………うっ、油断した」


セラフが何か言っている。

でも、何を言っているか分からない。

俺が何か言わないと。何かしないと。

そうだ。戦え。戦うだよ!


「ちょっ、何してるの星斗!」


セラフの悲鳴のような声と共に、二回目のスイッチが入る。

しかし、今度は頭のスイッチだ。一回目の心臓のスイッチとは訳が違う。


「フっーーー」


速く跳ぶ。速く走るには、俺にも翼が必要だ。セラフのような翼が。

俺は心臓の奥から無限に湧き出すエーテルを翼のように変化させ、それを以てして魔術師に迫る。

魔術師が驚愕の表情を浮かべる。予想外の存在に驚いたのだろう。

確かに、この心臓は最高の神秘だ。

おそらく、魔術師にとっては喉から手が出るほど欲しい代物だろう。

だが、所詮駆使するのは俺であり、故に俺が出来る事など、たかが知れてる。

だから、それを極限のレベルで成し遂げる。

魔術師は俺のことを軽視している。

簡単に暗示にかかる弱者だと侮っている。だから、その隙を狙う。

殺すなら今しかない!この心臓なら、それを一瞬で成し遂げられる!


「なっ!?」


俺は魔術師の懐に入り込み、心臓に触れる。

そして、エーテルを一息に大量に流し込む。

まるでダムが決壊して、大量の水が流れ出すイメージ。

そうして、俺の心臓から発せられるエーテルが魔術師の身体に、入り込む。


「うっぐうううう、ガアアアアアア!!」


行き過ぎた魔力は、たとえそれらを扱う魔術師だろうと毒と化し、麻痺する。

そして、大量のエーテルを受け、その受け皿たる肉体はエーテルを抱えきれずに爆散した。

血の雨が広場のアスファルトに降り、最後にグチャリと肉塊が落ちた。

俺はそれを一瞥すると、セラフの元へ向かう。


「大丈夫か?」

「う、ん」


セラフはぎこちなく頷く。


「すっ、すごいわね、あれ。どうやったの?」


セラフは唖然としながら肉塊となった魔術師を指差す。


「んっ?あぁ、そんなことより、今はここを移動するぞ」


しかし、今は質問に答える暇はない。魔術師のおかげで人払いがされていたが、その魔術師は俺が殺した。誰か人が来てしまう。

尻餅をつくセラフの腕を取り、立たせようとして気づく。

体中、傷だらけであった。


「と、その前に傷を治す」


掴んだ腕を通して生命力を送り込む。

すると、みるみると傷は癒え、欠損した腕すらもまるで巻き戻し機能のように、復元する。


「なっ、何これ。凄すぎ」


その様を見て、セラフはまず驚きの表情を浮かべ、次に怒りを表す。

俺はそれを無視して、セラフを立たして、歩き出す。


「よし、行くぞ!」

「いいけど、ちゃんと説明してよね、これ!」


怒っている理由は、恐らくしっかりと俺の心臓のことやら、土地神のことやらを説明していなかったからだろう………………それはお互い様なのだが。俺もセラフが何故執行官に襲われているの知らないし。

まぁ、それもこれも、とりあえずは飯だ。


「腹が減っては戦は出来ぬってね。あれもこれも話すから、飯を食おう!」

「えっ、本当?行こう行こう!」


へっ、単純なやつ。


#######################################


「さぁ、説明して!」


ぷんすかぷんすか、なんて擬音がつきそうな顔で怒るセラフ。

俺たちは渋谷に戻り、カツ丼チェーン店のお店に入り、カツ丼を食っていた。


「分かってるって、えぇーと、何から話せばいいんだ?」

「最初から!」

「オーケー、でも最初からって言っても別にそんな長くないけどな」


そう言って、いっぱいの水を飲み干す。

そして、話す。


「俺、9歳の頃にアイルランドへ家族旅行へ行ったんだよ。

そしたら、そこで、魔術災害にあったんだ。

どういう原理で起きて、何があったのか、どうして起きたのかは何にも知らないけど、大爆発が起きたんだ。そんで、起きたら森の奥で大怪我を負っていた。何が何だか分からなかったけど、俺はとにかく森を出ようと歩いた。血だらけの身体を動かしてさ。そんで、もう死ぬって時に、湖に迷い込んだんだ」


俺は一息おく。

そして、年老いた男が子供の頃に一度見た宝石を思い出すように語る。


「そこは、夜なのに星の明かりで真昼くらいの世界。

蒼い魂が天に昇る宙。

鏡のように反射する透明な水面から、色とりどりの浮遊する光を伴って、とんでもなく美しい女性が現れたんだ。

その時は、何が何だか、全く分からなかったけど、いま思えば、そこは魔術的にいわゆる異界だったんだと思う。

そこで、女性は自身を精霊と名乗った。

精霊の真意は分からないけど、俺のダメになった心臓を見て、俺に自分の心臓を与えた。

そうして、俺は精霊の心臓を貰い受けて、今生きているってわけ」


簡潔に、精霊の心臓に関わることのみを話した。

災害を通して、起きた悲惨な話は意図的に伏せた。


「ふぅ」


そこまで長きはないが、それでも疲れた。

俺個人的には、あまり思い出したくもないし、人にも話したくないような事で、気疲れもする。

俺はセラフの反応が知りたくもあり、知りたくもなく、あまりにも中途半端な思いのために、セラフの反応を伺い見る。


「………………」


ガヤガヤとうるさいカツ丼チェーン店の中で、セラフは腕を組み神妙な表情をしていた。

それを受けて、何か重い病を宣告される患者の気分へ陥る。


「どっ、ど、どうしたんだよ?何かあったのか?もしかして、やばいか?」


俺が詰め寄るようにセラフに尋ねる。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと!近い!」


セラフはそう言って突き飛ばす。

セラフに押され、椅子に叩き戻される。


「ごっ、ごめん」


俺は謝る。


「いっいや、私も痛くしてごめん」


セラフも顔を赤ながら謝る。


「………………」

「………………」


そうして、お互い気まずい空気が流れる。

その空気を破るように、コホンと咳払いをし、再度尋ねる。


「それで。何かあるのか?そんな、意味ありげな表情をして」

「いいえ、特に星斗にデメリットはないわ。ただ、私の中で星斗に対して恐怖と言う感情が芽生えただけよ」

「んだよ、それ」


セラフの口から発せられる単語に訝しがる。


「正直、私は今のこの惑星において特級の奇跡だと自負しているわ。

人間の祈りを束ね、幸福を編み、愛を紡ぐ、その果てに生まれた生きる伝説。

そんな存在は魔術師も執行官も喉から手が出るほど欲しいでしょうね。

でもね、星斗のその体験と心臓は私に匹敵するほどの神秘、奇跡をなしているのよ」


セラフは似合わず腕を組み、真剣な顔でいう。


「そんなにか?」

「ええ!それは、もう!」


何だか、圧が強い。

まるで、無知を叱るような口調だ。

おいおい、こちとらZ世代の若者やぞ。少しでも強く当たられたら、拗ねちゃうだろ。


「恐らく、星斗が迷い込んだのは、『惑星の楽園』よ」

「惑星の楽園?何それ?」

「『惑星の楽園』とはこの星の中心。

まるで宝石のように輝き、星々のように優雅な美しい世界。

過去現在未来がない、時が停滞した世界。

そこでは、あらゆる生物が暮らしあらゆる神秘が生きる無限の可能性を宿す世界。

12次元世界。

まぁ、俗な言い方をすれば天国や極楽浄土とも言えるわね」


ほう。今のところ、めちゃくちゃ綺麗な世界だということはわかった。


「もし、そこに到達することが出来れば、魔術師は全知全能へと至る事ができると、古来から言われているわ。そのために、ほとんどの魔術師は何百年、何世代もの代を重ねて、研究を続けているのよ」


サラッと明かされる魔術師の行動原理に驚く。


「ふ〜ん」


『惑星の楽園』に到達して万能になったとして、そんな全てが揃ったところで意味はあるのだろうか?

そんなことをふと、思ったが言わないでおこう。

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