第13話 獣の慈悲
カツアゲから大立ち回りを演じた次の日の放課後。
6限目の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、セイランは隣の席からわざわざ、俺の席の前まで来た。
「放課後、ちょっと付き合え」
そういって、セイランはいつも通り強引に教室から俺を連れ出す。
学校を出て、バスに乗り、あっという間に学生の遊び場である駅まで来た。
いつもの余裕綽々な雰囲気と打って変わって、なんだかシリアスな様子の為、ずっと無言の状態でセイランの後ろを歩いていて、正直とても気まずかった。
「ここでいいか?」
セイランに連れて来られたところは喫茶店だった。
喧騒な駅周辺の中で、ちょうど建物と建物の間の路地にポツンとある閑静な喫茶店。
意味が分からず、俺はただただ頷く。
「そうか」
セイランは喫茶店の扉を開ける。
カランカランという音と一緒に、喫茶店へと入店。
内装は至って普通で古き良きといった感じで、アットホームすぎずビジネスすぎずと絶妙なバランスだった。
「いらっしゃいませ。
どうぞ、あちらの席をどうぞ」
カウンターに立つ背筋がビシッと伸びた初老の店主に促されて窓側の四人席に、セイランと対面に座る。
それから1、2分俺たちが落ち着いたのを見計らってか、店主が注文を伺いにきた。
「ご注文は如何いたしますでしょうか?」
「私はウィンナーコーヒーを」
「あ、えっじゃあ、カフェラテを下さい」
「かしこまりました」
俺たちの注文を聞き届けると、店主はカウンターへと戻って行った。
「でも、意外だなぁ」
「ああ?何がだよ?」
「まさかセイランにこんなオシャレな喫茶店に連れてこられるとはな〜って」
「ンだよそれ、喧嘩売ってんのか?ああ?舐めてんならブチ殺すぞ」
睨んでくるが受け流す。
なんというかセイランの睨みにも慣れてきたな。
「そのまんまの意味だよ」
「お前の中の私は何なんだよ」
「猛獣かな」
「おいおい、これでも私はレディなんだぞ?」
「ふっ、レディは急に襲ってこな、ほとんどライオンみたいなもんだろ、バーカ」
「はぁ〜〜、こんなに馴れ馴れしくコミュニケーションしてくるのはお前が初めてだよ。
疲れるやつだ。
ま、だからこんな戯けた事をしようとしてるんだがな」
「どういうーー」
セイランの最後の一言の意味を測りかねて、尋ねようとしたところで、店主が持ってきたコーヒーで有耶無耶になってしまった。
「お待たせいたいしました。
ウインナーコーヒーとカフェラテでございます。
ごゆっくりどうぞ」
目の前に差し出されたカフェラテを一口。
「えぐっ。カフェラテ美味すぎだろ」
確かな苦さの中にミルクのまろやかさがマッチしていて大変美味。
前方に座るセイランも満足そうにコーヒーを飲んでいる。
そして、お互い一息ついたところで呼び出された理由を尋ねる。
「それで、わざわざ喫茶店に連れてくるってことは、何かあるんだろ?」
セイランは一口コーヒーを啜ると口を開く。
「天使を引き渡してくれねぇか?」
「………それは無理だ」
返答がやや遅れる。
答えは分かりきっていたのか、セイランは特に表情を変えない。
「お前がアイツを手元におくメリットは皆無のはずだ。
それこそ、えーーっと、確か百害あって一利なしって奴か。
お前は天使をさっさと捨てて、生温い日常に戻るんだな」
強く貶すように吐き捨てるように要求してくるが、本質は忠告。
ある種セイランの優しさと言える。
変に私たちの領分に関わって命を落とすなと、ここ数日の誇りや覚悟は捨てろと、命あっての物種だと、言いたいのだと思う。
だから俺の返答もセイランのものに対して、柔らかいものだったと思う。
「それは出来ないよ。
俺は俺自身の意思でセラフを受け入れてるんだ」
「ハッ、ほざくなよハギト。
ここが引き時だ。
この先を行くっていうんなら、お前は死ぬぞ。
よしんば私を追い返すことが出来ても、私の後ろにはあと4人控えてるんだ。
どいつもこいつも、精神も含めてバケモノばかりだ。そいつらが寄ってたかってお前らを狙う。
その中でも、2人は私よりも全然強い。
もう一度言う、死ぬぞ。完膚なきまでまでに」
気高き猛獣に似合わず口数が多い。
それほどまでに、真剣なのだと思う。
だからこそ、俺は分からなかった。
「どうして、出会って何日かの敵にそこまで言ってくれるんだ?
まだそこまで、セイランのことは知らないけど、分かることはある。
セイランは自分に歯向かう者はただ本能のままに容赦なく狩る獣のような奴だってことだ。
そんな奴がどうして、いま情けをみせる?」
「そうだ。
私は私に楯突く者、私の道を遮る者、何も持たない弱者は無慈悲に食い殺すと決めている。
だがそれと同時に私は戦士でもある。
強者や気高き慈悲をもって挑む者、価値ある者は慈悲を与えると決めているのだ」
傲慢に宣う。
いま俺の目にはセイランは美しき獣であり、パワフルな戦士であり、そして気高き王のように映った。
「……………」
改めてセイランという女の強大さを思い知らされ、俺は沈黙するしかなかった。
「まぁいいさ。
気が変わったら言えよ。
とりあえず数日は、引き渡しは有効にしてやる」
セイランはコーヒーを飲み干すと、席をたちテーブルに千円札を置いて店を出た。
その後飲んだカフェラテはどうしてか、味がしなかった。
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次の日、5限の時間。
いつもとは違い、今日は学年全体での身体測定と体力測定が行われていた。
そして、いま俺のクラスは保健室の壁沿いに、身長体重測定の順番待ちをしながら、物思いに耽っていた。
内容は、当然のことながら昨日の喫茶店でのこと。
セイランに天使の事を見捨てろと脅され、しかし俺はそれを突っぱねた。
その行為に後悔はない。
でも、正しいかと問われたら素直に頷く事は出来なかった。
「それでさぁ、っておい…おい………おい」
どこか、胸の内に違和感があるのだ。
それがどうしても無視できない。
時間が経つに連れて痛みが増してくるのだ。
「おい!」
と、耳元で急に武田の大声がして意識を向ける。
「んだよ、うっさいな」
「俺の話聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「絶対嘘やん。
はぁ〜〜、昨日の放課後にさぁ、あの静海さんがうちのクラスに来たんだよ」
「へぇ〜〜、そうなんだ。
珍しいね、身をもって知ったけど静美さんってマジで他人に興味ないからな」
「ん?」
「ああ、いやごめん続けて」
「あね。
それでさぁ、うちのクラスに来て早々よぁ菊間羽祇杜はいないかって聞いてきたんだよ」
思わぬ所で自分の名前が登場して驚く。
「は?ダウト。前回の事があるからってバカにしてるだろ、意味分かんない。
んで、静海さんが俺のことを探してるんだよ」
武田が懸命に嘘ではないという。
「ガチガチマジよりのマジ!
だって、俺昨日聞かれたもん」
「ほんとかよ〜〜」
「ほんとだって!!」
武田の声で保健室にいる生徒の注目を集めた所で、俺たちの順番が回ってきた。
「次の人、早く中入ってください………あと静かにしてください」
しっかりと注意され、仕切りの中へと入った。
身長と体重を測られながら、俺の名前を全く憶えていなかった静海が今更なぜ、俺のことを知ろうとしているのか考えたが、答えは一向に出なかった。
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