第13話 魔術師
映画館を出た俺は、次にセラフをゲーセンに連れてきた。
センター街に立つ、ビル丸々くり抜いたゲーセン。
秋葉原にあるようなオタク向けのゲーセンに比べて、渋谷のゲーセンは外国人観光客向けとあって、クレーンゲームやレースゲームなど、当たり障りないメジャーなラインナップであった。
「どれやるか?」
俺個人としては退屈なものしかないが、セラフと来る分には十分であろう。
「ハイハイ!私全部やりたい!」
セラフは視界いっぱいに広がる色とりどりの光に、興奮している。
外国人の観光客でもここまでは、興奮していないだろう。
「バカか、全部できるわけないだろ。破産するわ」
「え〜ケチ〜〜」
「アホか、当たり前だわ」
ため息をして、財布から千円抜き出す。
「お前の予算はこれだけ。これで上手にやりくりしなさい」
「わーい!」
差し出された千円を受け取り、喜ぶセラフ。
その様はまるで子供だった。
なんか、姪っ子にお小遣いをあげる叔父さんみたいだな………………俺まだ、高校生なのに。
「さぁ、まずはあれやりに行こっ」
セラフは俺の手を握ると、狙いの筐体に走り出した。
その時の笑顔が、ゾッとするほど美しかった。
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それから1時間程度、ゲーセンで遊んだ。
クレーンゲームで大きな猫のぬいぐるみを取ろうとして怒り、カートゲームで思いようにいかずに台パンし怒り、エアホッケーのゲームで力の限り振り回して怒り、音ゲーで笑いあった。
ほとんど怒ったような気がするが、それでも間違いなく楽しかった。
ゲーセンを出ると日は落ち、渋谷の街は人工の光に飾り付けられる。
「だいぶ遊んだな」
「うん」
先程の天真爛漫な様子と打って変わって、セラフは神妙に頷く。
「どうしたんだよ。あんまり元気ないな?」
「うんうん、そんな事ない。超元気」
「本当か?それにしては、落ち着いてるじゃん」
「私も年がら年中、騒いでるわけじゃないからね!」
「ははは、そうそう。その調子。それで?どうしたんだよ?」
雰囲気が少し戻ってから、再度尋ねる。
「私、すごく楽しかったの」
「ほう、それは良い事じゃねぇか」
「うん、すごく良い事。こんな気持ち初めて。
でも、その楽しいっていう温かい気持ちが大きくなるたびに、思うんだ」
「………………」
セラフが想いを吐露する。
「今まで、私なにしてたんだろうって。
何百年って生きてきて、人を殺すか、寝るか、海を眺めるか。
そんなことしかしてこなかった」
当然のように口にする人を殺したという事実。
心の奥底では予測していながらも見ないフリをしていた事。
それを唐突に突きつけられ、気が動転してしまいそうなのを我慢して、セラフの言葉に耳を傾ける。
「見て」
セラフは立ち止まり、道をいく人々を眺める。
「人間それぞれ自分の家族がいて生活があって、命があって人生がある。
ほとんどの人間は大抵同じ人生を歩んでいる。
朝起きて、仕事して、寝る。その繰り返し。
それは何百年前だろうと変わらない。
だから、私は勝手に人間はしょうもなくて、つまらないものだって決めつけてた。
でも、違った。
この世界は、人間は、すごく楽しくて面白いんだって、もっと早く知っていればなって思う」
後悔を滲ませた声音とは、裏腹に顔には諦めが浮かんでいた。
何をバカなことを言っているんだと思った。
「確かにさ、過ぎてしまった時間は戻らないし、やってしまった事はどうしようもない。
けど、これからは違う。未来は変えられる。
だから、諦めないで、気を落とさないで、今までの分も楽しもうぜ………………なんて月並みなことしか言えないけど」
俺の話に真剣に耳を傾けていたセラフはーー
「うん!」
頷いた。
それを見届けてーー
「それじゃあ、なんかご飯食いに行こうぜ」
俺がご飯を提案すると、ついさっきまでの温かい雰囲気が急速に冷えていく。
隣のセラフを見ると、険しい顔つきになっていた。
「どうした?」
セラフの変化の原因を尋ねる。
「つけられてる」
「なっ、青蘭か?」
声を潜める。
例え、聞かれたとてゲームの話としか思われないだろうが、聞かれないに越した事はないだろう。
「いいえ、違うわ」
「はっ?」
果たして、俺が想像する敵ではなかった。
「じゃあ誰なんだよ?」
「あの教会の狗畜生どもは、こんな雑な尾行はしない。
奴らは、戦いの術を細胞の一欠片までにも教え込まれている殺しのプロよ。
故に、魔術師」
「なっ、に」
俺たちを尾行する敵の正体に、思考がフリーズし言葉が出ない。
「………………ほっ、本当か?魔術師って、あの魔術師?」
数秒が経ち、やっと思考が動き出す。
「ええ、この魂の形と魔力の色。
それに、私を付け狙うような不貞な輩は執行官以外は魔術師の他ないわ」
「そうか………」
魔術師。魔術。
魔術とは科学とは対極にありながら同じ延長線上に立つ、もう一つの法則。
物理法則や自然の摂理を軸にこの世界のあらゆるモノを解き明かしていく科学とは違い、魔術は概念や魂、不老不死に超常の存在への到達など人という種の限界を超えるための手段であり、それらを研究、駆使する者達を魔術師と言いう。
世界人口の約0.4%を占めるマイノリティな生物。
その肌の色や姿形は人間と何ら遜色ないが、思想や倫理観、主義は大きく異なる。何より、手から炎が出るような存在である。そんな奴らを同じ人間とは言えまい。
また、魔術師は非常に利己的な人種で、唯一無二や独占を好む。その思考や嗜好、主義は魔術にも色濃く反映されている。そこに更に血や家を尊ぶ思想が組み込まれる事で、歴史の長く由緒正しい家などは、その家唯一のお家芸的な魔術を編み出し、代々継承させる結果へと至るーーーと、今はそんな事はどうでも良いのだ。いま考える事は、追ってくる魔術師がどの程度の実力者なのか。何の目的なのか。そして、仕掛けてくるのかどうか。
「………………」
魔術師世界には、当然のように法律は存在しない。
そのため、あらゆるイリーガルかつ非倫理的な行動が裁かれる事はない。
その根底には、他の魔術師に興味はなく、自身の研究を追究する考え方がある。
しかし、そんな魔術師にも一つだけ絶対のルールが存在する。
それは、俗世界の人間に神秘の事を悟られてはいけないという事。
なぜ、知られてはしけないのかは知らないが、そのルールを破れば碌な死に方をしないというらしい。
「魔術師なら、攻撃してくる事はないんじゃないか?」
魔術師にとって攻撃するとは、魔術を行使することであり、この渋谷の街で魔術を行使すれば、否応なしに神秘を見られてしまう。
そういうわけで、俺は攻撃してこないと結論づけた。
「いいえ。
もうすでに、私たちは攻撃を受けているわ。
気づいてる?私たち、代々木公園の方向に誘導されているわ」
「えっ?………あっ」
先程まで、俺たちはセンター街になっていたはずが、気づけば道玄坂を越えていた。
「おっ、おい、どうすればいいんだ、これ?!」
まるで自分の身体がいうことを聞かない状態に慌てる。
「落ち着いて、無理に解こうとするんじゃなくて、身を任せて。変に抗っても、あなたにこの暗示を解くことは出来ないから」
ということらしい。
俺はセラフの言う通りに力を抜く。
意識していないのに勝手に動く身体に、酔って気持ち悪いが我慢だ。
隣を見れば、セラフも俺と同じように歩いているが俺とは様子が違う。
「セラフは大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫よ。私には暗示は効かないから」
暗示とは魔力を対象にぶつけて、簡単な命令を強制するテクニック。
身体の主導権を一時的にとはいえ奪われるため、基本魔術師はこの暗示対策を身につけている。
故に、もっぱら暗示は魔術師同士の戦闘の払いで一般人にしか使用されない。
「ハァ、俺は何してるんだ、全く。
こんな簡単に暗示にかかって」
「あんまり、気にする必要ないわ。相手は相当手練の魔術師よ。上澄とも言えるわ。
だから、これはしょうがないことよ」
セラフは俺の肩に手を置き、落ち着かせるように笑みを浮かべる。
おかげで、足を引っ張ってしまったという罪悪感は解消された。が、それと同時にに不安が襲ってきた。
セラフが言うほどの手練れ………。
心と感情が凍りつく。恐怖で足が竦みそうなくせに、身体は変わらず動き続ける。
怖い。俺は勝てるのか?負けて死ぬのか?死ぬとしたらどんな奴に殺されるんだ?どんな奴が待ち構えているんだ?
俺はこれからどうなるんだ?
恐怖の渦に飲み込まれる中でーー
「震えているわ」
セラフは優しく、震える肩に手を置く。
不思議なもんで、たったそれだけの事で震えは止まった。
「安心して、星斗は私が絶対に死なせはしないわ」
どうやら不安すらも見透かされてしまったらしい。
そう思うと、何だか笑えてきた。
「………………ふっ」
そうだ。何を怯えているんだ。俺は男だろ。
俺たちは青蘭から生き延びたんだ。まさか、俺を操ってる魔術師が青蘭よりも強いわけがない。
そうだ。俺たちなら勝てる。
「勝って、飯を食いにいくぞ」
俺は精一杯の笑みを浮かべて、セラフに返す。
「ええ、私たちなら負けないわ」
そう言って、俺たちは代々木公園にたどり着いた。
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魔術師に操られ、俺たちは原宿門前時計塔にまできていた。
夜といっても、ここは世界の渋谷。
人が完全にいなくなる事なんて、ほとんどあるはずがないのだが、今や代々木公園は無人であった。
「姿を現しなさい、神秘に巣食う虫ケラ」
広場にセラフの中性的な女声がこだまする。
まるで氷のように冷徹な調子。
青蘭との邂逅時から思っていた事だが、敵に対するセラフの様子は雪の女王のように非情な様子だ。
それが普段の能天気な様子とあまりにもかけ離れているから、何だか訳も分からず不安になる。
ま、自分の身を脅かす存在に、そうなるのは当たり前のことなのだが。
「………………………」
「………………………」
果たして、数十秒後、ひとりの白人の男が空から現れた。
「バカな女だ。
そのような、不用心に暗示にかかる男など、見捨てればいいものを。
見捨てられないがために、お前はここで死ぬ」
ヒタヒタとした喋り方。まるで、蟻の巣から言ってるんじゃないかと思える程の悍ましい声。
ハッキリ言って、1秒でも聞いていたくない。
「ハッ!誰が死ぬですって?」
セラフは鼻で笑う。
「誰に物を言っているのかしら?
思い上がるのも、いい加減にしなさい。
現代では高位の魔術師としてチヤホヤと崇められてきたのでしょうけど、貴様レベルの魔術師なんぞ、過去から現在に至るまで、死体のエルブルス山、血のネス湖が出来るほど、ぶち殺してきたわ」
悪役令嬢にも負けないほどの冷徹な笑み。
俺ならば、あんな事を言われたら、余裕で死ねる。
だと言うのにーー
「言っているがいい、鳥。
私は、お前を捕らえて次のステージへと進む!」
魔術師はそう啖呵を切って、魔術を行使した。
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