第12話 猛獣転校生

「それじゃあ菊間くん、来栖さんが分からない事があったら教えてあげて」


 ホームルーム終わり、先生は爆弾発言を残して教室を去っていった。

 今はホームルームと1限の間の10分休憩。

 次の授業は化学の実験なので移動教室なのだが準備そっちのけで、新学期早々に超イケてる女子が転校してきて、教室中がざわついていた。

 男子女子関係なく、クラスメイトたちは分かりやすく浮き足立ち、セイランの放つ独特な雰囲気に気付かない勇気あるものたちがセイランの席に集まり、声をかける。


「来栖さん、そこら辺の男子よりも身長高いね、何センチある?」

「来栖さん来栖さん!外国人っぽいけど、どこから来たの?」

「来栖さんはどこに住んでるの?」

「来栖さん、女バスとかどう?絶対エースになれるよ。てか、来栖さんならインターハイ目指せると思う!」

「いや女バスなんかより、女バレ入ってよ!!そっちのほうが、楽しいよ!」


 セイランに群がるクラスメイトたち、それを煩わしそうにしながら答える光景を片目に、近衛さんが俺に話しかけてきた。


「大変そうだね、来栖さん」

「ね。めっちゃ鬱陶しそうな顔してるよな」

「あはは、直接的に言わなかったのに〜。

 それにしてもさぁ、外国からなのかは分からないけど、この時期に転校生って珍しいよね。

 何か事情があるのかな?」


 近衛さんがふと、口にした疑問にドキリとする。


「そ、そそっ、それは、たぶん、おお、お仕事とかじゃないかな?」


 動揺して思わず挙動不審になってしまった。


「お仕事?………あぁ、親のね。

 てか、どうしたの急にキョドって?

 あはは、気持ち悪い」

「酷くない。気持ちワルーー」

「ピーピーピーピーうるせえなァ!!

 気安く私に話しかけるんじゃネぇ!!

 骨の髄まで食い散らかしてやるぞ、この雑魚どもが!!」


 平和な会話をしていた横から、大きな音が上がる。

 どうやら、自身に群がるクラスメイトたちが騒がしすぎて我慢ならずに、叫んでしまったみたいだ。

 直接言われたのは、俺ではないがセイランが口にする言葉に一番恐れ慄いたのは、多分俺だろう。

 ガタンっと机から立ち上がって、教室を出ていった。


「………………………」


 後には、地獄の様な空気が漂なかで1限の授業の始まりを知らせるチャイムが響くだけだった。

 ………………。

 ………………………………………。

 …………………………………………………………………。

 1限、2限、3限と授業を受け昼休みに入る。

 授業と授業の合間の10分休憩で、セイランの様子を観察していたが、馬鹿みたいに浮きまくっていた。

 それに引っ張られるように、クラスの雰囲気も悪い。

 事実、昼休みになったというのにうちのクラスだけ、やたら静かだ。

 朝の賑やかさはどこへやらだ。今日一日は、しみったれた空気なのだろう。


「羽祇杜〜〜!食堂行こうぜ〜」

「行こうぜ行こうぜ」


 葉山と武田が昼飯を誘ってくれるがーー


「すまん、今日はパス」


 今は1人でゆっくり食いたい気分。

 ワイワイと飯を食べる気になれずに断る。


「おっけー」

「じゃあ、俺らは行くわ」

「ういっす」


 食堂へと歩く2人を見送ってから、俺は自身の昼飯を取り出そうとした所で、影がかかる。

 首を動かすと俺を見下ろす人物がいた。

 頭上から高く見下ろすのは、いま話題沸騰中のセイランだった。

 セイランは、ニッと笑うと一言。


「ついてこい」


 もちろん、セイランに逆らえるわけもなく、セイランの後について行く。

 途中、ガクブルと震えながらも最終的に屋上へ出た。


「うっーーー」


 南国の海を思わせる風味に鮮やかな水色の空とぷかぷかと浮かぶ雲。

 太陽の光が眩しくて思わず唸る。

 前を行くセイランは身体いっぱいに日の光を浴びる。

 目を細めるその仕草は、猫の日光浴のようだ。

 このままでは、ずっと日の光を楽しんでしまうと思い、俺から口を開く。


「それで、何の用だよ」

「そんなつれない言い方するなよ。悲しいだろ〜。

 ちょっと頼みたいことがあるだけなんだから」


 セイランは気安く俺の肩に手を回す。


「アホか、絶対嫌だわ」

「なんだよ、話も聞いてくれないのか?

 日本人は親切って聞くけどなぁ」

「バカが、最近の日本人は結構冷たいんじゃ」

「おいおい、もっと日本人であることに誇りを持った方がいいぞ。

 何でもかんでも肯定するのは違うが、何でもかんでも否定するよか、幾分マシだ」

「ご忠告どうも。

 別に俺は日本が嫌いという訳ではないんだけどね。

 まぁ、それじゃ。さようなら」

「待て待て待て、私にこの学校を案内してくれよ」

「はぁ〜〜?そんなのしなくても1週間もしたら慣れるだろ」

「まぁ、そうなんだろうがよ。教室がどこにあるか分かんないと色々と大変だろ、今日の1限みたいにな」


 そういえば、こいつ授業に遅れてきた先生にチクチク言われてたな。

 そうか、道に迷ってたのか。

 普通、クラスメイトの人たちに教えて貰うんだろうけど、浮き散らかしてるからな。


「でも、嫌だわ。それ自業自得だろ。しかも授業をしっかり受けるようなタイプじゃないだろ」

「それはそうなんだがよ、私学校とか行ったことねぇからな、普通の学校生活っていうのを少しでも味わいたいんだよ、それにハギトは私の事情を色々と知っているから、お前に頼むのが1番楽なんだよ」


 そういって、手を合わせて頭を下げてくる。

 そこまでされては断れず、「しょうがねぇな〜」と頼みを受けた。


「よっしゃ!じゃあ、お礼にーー」

「ーーー?」


 セイランは先ほどから俺らの頭上を飛ぶカラスに手刀を放つ。

 セイランの手から不可視の斬撃が放たれ、カラスに直撃。

 カラスは俺たちの元へと落下してくる。


「え?何やってんの?」


 急な殺生に引く。

 落ちてきたカラスをキャッチするとセイランは、はいっと手渡してくる。


「いらんわ!!」


 はたき落としたカラスがウゲッと血を吐き驚いた。


「うわァ!?」


 ########################


 屋上にいる金髪の男を観察する何処までも暗く黒い1人の女子学生。

 自分が覗き見をしていると、男と会話する女に悟られながらも、黒い女子学生はそれを止めることはない。

 そうして数分、男と女のやり取りを覗き見していたが、突如『目』が潰れる。


「ーーーッツ」


 それ以来、女子学生は男の監視を一旦中断した。


 ##########################


「で、ここが最後の図書室だ。

 貸し出し期間は2週間だから、なんか本を借りたらしっかり返せよ」


 新校舎の教室や美術室、職員室に体育館、食堂など一通り日常生活で使われるだろう場所を案内し、最後の図書室に今連れてきた。

 道中、ヨーロッパの話で意外と盛り上がった。

 やはり、地元トークは強し………………俺は地元じゃないけど。


「ざっとこんな感じかな。覚えた?」

「ふむ。この学校はなかなか特殊な形をしているのだな」

「あーね。だよな、やたら上下階段を登らせられるし、結構たるいよ」

「それになんだか、変な匂いがする」


 セイランには似つかわしくない、やたら神妙な表情。

 数秒、黙考していると、答えが出たのか出てないのかは定かではないが、気を取り直す。


「帰るか」


 セイランの一言で俺たちは昇降口玄関で上履きを靴に履き替えると、校門へ向かった。

 ちなみにだが、天使が貫通した天窓はもう修復されていた。

 その間、どこでどうやってセイランと別れようかなんて、考えながらお互い無言で歩いていたら、数人の男子生徒の声がした。


「持ってんだろ?分かってんだよ」

「えっ、あ、いやっ………持ってないです」

「モゾモゾ喋ってないで、いいから金出せよ!」

「今日は1万からにしてやるよ」


 見るからにヤンキーの3人の男子生徒が、ひ弱そうな1人の男子生徒からカツアゲをしている場面に遭遇し、立ち止まるが、セイランは認識していないのか、そのまま先を行く。


「どうしたんだ、ハギト?」


 しかし、急に立ち止まった俺をセイランは気にかける。


「あれ」


 俺はそう言って、カツアゲ現場を指差す。

 それをセイランは認識するとーー


「ふっ」


 果たして返ってきたものは嘲笑だった。


「弱いから、ああなるんだ。

 自分が弱いと分かっていながら、何も行動を起こせない弱者なんていうのは、ああなって当然なんだよ」


 心底から出た言葉を唾棄する。

 曖昧知識だが愛と平和を求める基督教徒が、まさかそのような返答をしてくると思わず、驚いた。


「お前はどうするかは分からんが、私はもう行くぞ。

 今日はサンキューな」


 セイランは俺がそうは思っていない事を悟り、1人先に歩いて行った。

 俺は、セイランの背を見届けると、カツアゲされている男子生徒のもとへと歩みを進めた。

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