第11話

 修道女は俺の瞬きした一瞬の隙で彼岸を詰める。

 腰を落とした音速を超えた修道女のジャブ。

 人間の反射神経では絶対に反応する事の出来ない、スピードをもって放たれる拳は殺人級。

 その拳をモロで胸にくらい、貫通する。


「はは、まるでビックリ人間だな。

 見せ物の才能もあるな」


 しかし、胸からは血は流れていない。


「フゥン!!」


 拳を左右交互に連打。


「麦わら帽子の海賊に勝るとも劣らないガトリング」

「いいねぇ、この私相手に軽口を言う奴は、そうはいない」


 エーテル化の影響で物理攻撃は受けない。

 どういうわけか、神秘や秘蹟を使わないこの修道女は今のところ俺に傷を負わせることは出来ない。

 だが、ちんたらしていられない。

 この状態は長くは保たないのだ。


「迅速に決着をつける!」


 手の平にエーテルを収束・発散させる。

 直撃するも鋼鉄の様にびくともしない。

 その状態を維持し、拳が修道女に接触するタイミングで発散させて威力を増す。

 ドンドンと音がする。


「…………………」


 これは煩わしい思ったのか、今まではワザと俺の拳を受けていたが、避ける様になってきた。


「気持ち悪くなってきたな」


 そして、舞台を川から公園へと変えての再度行われる徒手格闘。


「フゥン!!」


 修道女は地面に深く刺さっている滑り台を引っこ抜き、俺へと投擲する。

 ジャングルジム、うんてい、シーソーに鉄棒と続々と遊具を引っこ抜いては投げ、エーテル化している俺を透過していく。

 代わりに、周りへの被害がエスカレートしていく。

 そして、頂点に達する。


「夜桜もなかなかに乙だよな〜」

「そんなことより、酒よ酒」

「うわ、コレ安酒にも程があるだろ」


 花見に来た若い3人の男が公園に入る。

 俺と修道女は2人、男たちへと目を向ける。


「シラケさせんじゃねぇ」


 そう言って、修道女はズシャッ!と男3人を手に持っていた鉄棒を投擲して刺殺した。


「何やってんだよ!!」

「あぁ?

 見りゃわかんだろ。

 戦場に紛れ込んだ平和ボケした愚図を間引いてやったんだよ」

「意味のない無駄な死だ。

 彼らは今日ここで死ぬ必要なんてなかったのに、何にも関係がなかったのに………本気で行く」

「私も変な優しさはやめよう。

 3人殺せば、あとは一緒だろうしな。

 ここからは、遠慮なくいくぜ」


 再三に渡って交わされる徒手格闘。

 しかし、それは先ほどとは打って変わる。

 修道女はその有り余る怪力を以てして、通常では人間が持つ事の叶わないであろう電柱などを振り回して、攻撃してくる。

 周りへの被害や正体の露見を気にしなくなっている。

 そして、修道女の徒手空拳が痺れることだ。

 肉体をエーテル化している俺に、痛覚は存在しない筈なのに、何故だかビリビリと雷に触れた様な痛みがする。


「オラよォ!!」


 修道女の右アッパーが炸裂する。

 やはりだ。

 やはり、この感覚は痛みだ。

 肘鉄が鳩尾に入る。それも透過する。

 おかしい。なんで、痛みを感じるんだよ。意味わかんねぇよ。おかしいだろ!!

 ついで、鼻柱に頭突き。


「どういう事だ!なんで痛いんだよ」

「あぁ?急に大きい声出すなよ」

「何をした?こんな事初めてだ。エーテル化しているのに痛い」

「そういう事か、それは私がお前の魂に直接攻撃しているからだよ。

 ま、まだ掴みきれてない無いけどな」

「魂に直接攻撃?

 何を言ってるんだよ、出来る訳ないだろ!」

「んな事言われてもな〜〜、真実だし。

 ここは一つ、ガラじゃねぇが私を楽しませてくれたお礼にレッスンと一緒に理由を教えてやるよ」


 そ戦闘は一旦中断し、近くのブランコに俺と修道女は並んで座った。


「その前に、お前は魂は、心と言い換えてもいいが、心臓と脳どっちにあると思う?」

「藪から棒に何だよ。死ぬほど問われてきた疑問じゃねえか」

「いいからいいから、とりま答えろ」

「う〜〜ん」


 改めて、真剣に問われると思いの外悩む。

 こんなの答えのない問題なのだから、悩むだけ無駄だ。


「心臓」

 ブッブーー。

 正解は脳みそでした。

 100年前?200年前?正確には忘れたけど、ある魔術師が魂の観測実験を行い、成し遂げた。

 その魔術師が言うにはな、魂は脳の松果体にあるらしい。

 妥当性・信頼性と高くてな、魔術世界では定説を超えて、一般常識だ」


 修道女はブランコを漕ぎ出す。

 地面を蹴る一回で、回転までし出した。


「そんでもって、私の魂を収む肉の器である松果体が主に類似している事から、主の御業の一旦を引き出す事が出来る。

 魔術師風に言えば『神血種:タイプグラウンド』だったか。

 おかげで、私には肉体面において大きな大きなアドバンテージがあるのさ」


 ブランコでビュンビュンとあり得ない程のスピードで何回転もする。

 驚いた。


「それこそ、魂なんてものの輪郭を朧げに視覚的に直感出来るほどにな」

「俺なんかより、全然特別じゃん!」

「いやいや、そんな事はない。

 私には前例があるが、お前のそれにはない。

 この世は所詮、希少性だよ。

 どれだけ、性能が上まっていようと唯一無二には敵わないんだよ」

「………………………」


 無言で俯いていた俺に左横から声をかける。


「さ、おしゃべりはここまでだ!傍若無人にやらせてもらうぜ!」


 左から拳が飛んでくる。

 無意識にエーテル化を解除していた俺は、それを直で受けて二転、三転と飛んでいき、公園の柵に衝突する。

 すぐに、立ち上がり修道女をキッと睨む。

 修道女はそれにニタニタ笑いで返してくる。

 修道女は一息に距離を詰めて右足蹴りをお見舞いしてくる。

 まるでサッカーボールの様に盛大に飛んでいき、住宅街へと着地する。


「きゃあああああ!?」「なんだなんだ?」「男の子が飛んできたぞ!!」

「大丈夫か、少年?」「君、燃えてないか?」


 空から人間が落ちてきたとあって、通行人が群がる。


「逃げてください!早く!!」


 急いで避難を訴えかけるも相手にされない。

 この日本で命に関わるような事件には滅多に遭遇しない為か、必死さに取り合ってくれない。

 そして、神に身を捧げた美しき獣が道の先からゆったりと歩いてくる。


「どうしたんだい、お嬢さん。

 そんなにボロボロにーーー」


 俺の傷を心配してくれた心優しき群衆の中から1人のお爺さんが前にでる。

 俺同様に修道女のことも心配して、声をかけようとするが、それは最後まで続かなかった。

 頭から下が爆散する。


「きゃあぁぁああああああああああああ!?」

「うわがぁあああああああああああああ!?」

「うぉわーーーー!?」


 つい先程まで生きていた人が死者に成り下がり

 悲鳴が上がり、混乱状態へと突入する。

 俺と修道女を中心に人が、はけていく。


「だいぶ広くなったな」

「チッ………!」


 早くなんとかしなきゃ、被害が拡大しちまう。

 そんな風に、周囲に気を配っている間に修道女が右蹴りを放つ。


「うがァ!?」


 うめき声を上げながら民家へを貫通して、道路へと出る。

 エーテル化状態でありながらも、修道女は俺に触れられている。


「きゃあああああ!?」「誰か助けてーーーーー!!うちの子がうちの子が生き埋めになってるの!!」

「家が燃えている!!燃えてるぞーーーーー!!」


 街の惨状に気をとられているうちに、修道女はアッパーで俺を宙に叩き上げる。

 追いかける様に修道女がジャンプする。

 まるで飛んでいるかの様な圧倒的な滞空時間。

 そこから、右左上下から繰り出される蹴りや拳に息を吸うことすら、ままならない。

 市街地の上空で行われる一方的な暴力。


「へいへい、気張れ気張れ!

 ジジイのファックの方がまだ気合いが入ってるぞ!」

「あぁっ………がァ…」


 どこかで聞いた事がある野蛮なセリフを耳にしながらも、意識を手放しかけたその時。


「止まれ。不遜にも我が領域に忍び込んだ野蛮人が」


 荘厳な幼女の声がした。

 修道女は道路へと綺麗に着地し、俺はアスファルトに叩きつけられる。

『精霊の心臓』によって止めどなく精製される生命力のお陰で傷や体力はすぐに回復した。

 すぐに立ち上がると俺は声のした先へと目を向ける。

 視線の先にはケイカがいた。


「手を引け、野蛮人。

 我が領域にあるものは、人であろうが我が所有物。

 それに手を出すというなら、私はお前をぶち殺さねばならぬ」


 そう言って、ケイカから放たれるのは神力。

 いかな、主の力を僅かながら引き出せようとも、真の神には修道女も流石に警戒していた。


「興が削がれた。

 今日はこれでお開きにさせてもらう」


 視線をケイカから俺に移す。


「だが、天使は絶対に捕える。

 死にたくなければ、天使からは離れるんだな」

「それは、無理な話だ。俺はセラフと戦うと決めたんだ」

「そうか。ならば、首を洗って待っていろ」


 言いたいことを言い終え、修道女は俺が瞬きした隙に消えていた。


「大丈夫か兄貴?怪我はないか?」


 修道女が去ったのを確認すると、ケイカが俺のもとに来た。


「俺は大丈夫だ。でも、街が………」

「それは良かった。なら、もう問題はないな」


 街の混沌を目にしながらもケイカは全く気にせず、いつもの調子で話す。


「問題はないって………目開いてるか?」

「失礼だぞ、兄貴。確かに混沌とした状況だが、まぁ何とかなる」


 人差し指を天に向かって突き出すと、そこから金色の膜の球体が形成され、弥乃境市を覆う程のドームへと成長し、一瞬で弾ける。

 それと同時に、戦いの被害に遭っていた家や建物が修復していた。

 そして、おそらくーー


「これはあまり、したくないのだが、すべて元通りにした。

 もちろん、兄貴とあの野蛮人との戦闘に巻き込まれて死んだ者たちも生き返らせた。

 そして、ここ30分の兄貴に関する記憶は消去させてもらった。

 だから、街に関する事は何も心配する必要はないぞ!」


 ケイカのお陰で上手く場をおさめる事が出来、とりあえず安心して帰る事ができた。


 ##################


 そして、休日が明けて、新しい1週間がホームルーム。


「この時期には珍しい、外国からの転校生を紹介します。入ってきて」


 先生が入室を促す。

 扉から入ってきたのは果たして、昨夜命の奪い合いをした金髪くせ毛に八重歯の長身修道女だった。

 男のみならず女すらも「おおおおぉぉぉぉぉ!?」と声が上がる。


「………………来栖青蘭クルス セイラン、よろしく」


 修道女は教壇に立つと、ぶっきら棒に自身の名前を名乗る。

 先生は一度クラスを見回すと、俺の所で止まる。


「ええッと、来栖さんの席は………………それじゃあ、菊間くんの横でお願いします」


 修道女と目が合う。

 それから一切、目を離さず修道女はニタニタ笑いのまま、俺の隣の席まで来る。


「よろしくな、ハギト」

「はっははは、よろしく来栖さん」

「やめろよ、私とお前の仲じゃねぇか、セイランでいいぜ」

「それじゃあ、よろしくなセイラン」


 俺はセイランと握手を交わした。

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