第12話 デート?

 やがて、バスは駅に着く。

 そこから電車で30分ほど、揺られて渋谷に着いた。

 電車に乗る時も色々とあったが、今は割愛しよう。

 それよりもーーー


「人が、多い」


 相変わらず、この街は人が多い。

 道を埋め尽くす様に歩く人々。

 多種多様な肌の色の人々。

 平日の昼過ぎだというのに、この多さ。異常だ。

 俺は一時期、日本中を旅して、いろんな街を見てきたから分かる。

 この東京という都市は異常だ。

 日本の三大都市の残りの大阪、名古屋を合わせても東京の規模や繁栄には敵わないだろう。

 それほどまでに、東京という都市はレベルが違う。

 日本は、第二次世界大戦に負けて、一度全てが真っ平らになった。そこから、発展して発展して発展して今がある。

 その過程で、置いてきてしまったもの、拾ったものがあるにしても凄いことなんだと思う。

 俺的には、人が多いのは鬱陶しい事この上ないのだが…。


「ふっ、楽しそうにしてやがる」


 セラフの笑顔を見ていれば、人が多いことへの憂鬱など、どうでも良いことに思えてくるから、不思議だ。


「ねぇねぇ、何処の映画館行くの?」


 隣を楽しそうに歩くセラフは見上げながら尋ねる。


「とりあえず、道玄坂の映画館行ってみるか」

「分かったわ。

 私は、東京はよ知らないから、あなたに任せるわね」

「りょ〜かい」

「それじゃあ、エスコート宜しくね!」

「あんまり、期待しないでくれよ」

「あははは」


 早速、道玄坂の映画館に来たのだがーー


「席が空いてねぇ」

「わ〜〜見事に真っ黒ね」


 俺が選んだのは、適当に今やっているアメコミ映画だった。


「この作品は、そんなに人気なの?」

「いや、確かに人気だと思うけど、他にやってるアニメ映画とかの方が人気だと思う。多分だけど、この映画館自体のいっぱい人が入ってるんじゃないかな」

「ふ〜〜ん、それじゃあどうする?」


 セラフは不安そうに俺の目を覗く。


「心配すんな。映画館は他にもいっぱいあるから」

「ふむふむ、しっかりだとダメだった時ようのプランも用意していると。プラス5点ね」

「おい、採点すんな。ちなみに何点満点だよ?」

「もちろん百点満点よ」

「いま何点?」

「95点よ」

「たかっ!まだ何もしてないぞ」

「ふっふっふ、私と遊んでくれるだけで、90点はあげるわ」

「クソちょろいな。これで、満点取れてもあんま嬉しくないな」

「もう、すぐ、そんなネガティブな事言わない!さぁ、行くよ!」


 そういって、セラフは強引に手を取る。


「分かった分かった!お前、場所知らないだろ」

「あっ、そっか」


 俺たちは次の映画館に向かった。

 つぎに俺が連れてきたのは、渋谷駅中心から少し外れたビルの上層階でやっている映画館だった。


「ふぅ、ここだったら人は少ないな」


 館内の装飾は、有名な映画館と然程変わらない一般的なものだったが、全体的に汚れ、ひび割れ、寂れていた。

 おそらく、昭和の時代からずっと存在していたのだろう。

 決して最新の設備やおもてなしは無いながらも、確かに戦い抜いてきた威厳や渋みを感じる。

 古き良きといった感じの様子だ。


「よし、ここはだいぶ空いてるな」

 まぁ、その代わり渋くてマイナーない映画しかやってないけど」


 主に上映しているのは白黒映画が多く、よしんばカラーのものがあっても、だいぶ昔の映画ばかりだった。


「どれにする?流石にカラーのやつがいいよな」

「う〜〜ん、どれにしようかな……………………………ダメだ!どれがいいのか決められない。星斗が決めてよ」

「俺が決めてもいいのか?」

「うん、星斗が決めたものなら私、何でも楽しめるし」

「………………ッツ」


 こいつはもう、すぐそういう事言うな。

 何なんだ?鈍感系主人公かよ。

 無自覚ってこんなに怖いんだな。

 数秒かけて動揺した心を落ち着かせる。


「それじゃあ、どっちにしようかな」


 ただいま、悩んでいるのは二つ。

 一つは、第一次世界大戦時代のヨーロッパを舞台に戦争で別れ離れになってしまった二人が、再会する恋愛映画。

 もう一つは、禁酒法時代のアメリカを舞台にマフィア・ギャングの抗争を描く重厚なギャング映画。

 ギャング映画見てぇ〜〜。むっちゃ面白そうだ。

 でも、天使とはいえ一応は、女の子であるセラフはギャング映画なんてものは毛ほども興味ないのではないだろうか。

 それに、デートと言っていいのか分からないが、女の子と二人で出掛けているのに、ギャング映画なんてナンセンスにも程がある。


「こっちの恋愛映画にするか」

「よし、決まったなら行きましょう」


 俺は半ば消去法的に恋愛映画を選んだ。


「………………」

「さ、早く早く」


 惜しむ様にギャング映画のポスターを見ていた俺の袖を引っ張った。


「分かったから、手を離してくれ」


 急いているセラフに裾を離してもらい、券売所に行く。


「いらっしゃいませ」

「すみません。この映画のチケットを学生2枚で下さい」

「かしこまりました。お席は何処にいたしましょうか?」


 スタッフの方が、座席表を差し出す。

 平日の昼、しかもマイナーな映画館とあって、席はガラガラだった。

 館内は、そこまで広くないし、一番後ろの真ん中で良いだろ。


「ここと、ここで」

「了解しました。お会計、3千円でございます」


 俺は財布から千円札を3枚だす。


「ちょうどお預かりします………………こちらレシートとチケットでございます」


 スタッフからチケットを受け取る。


「ありがとうございます」

「ありがとう〜〜」


 感謝の言葉を述べて去る。

 つぎに向かったのは、フードエリア。

 いつもは、ポップコーンやジュースなど、一人の時は金の無駄だと言って、買わないのだが、セラフがいる今日は特別だ。


「何が食いたい?」

「う〜〜ん、どれにしようかしら?

 キャラメルはハズレがなくて良いんだろうけど。

 でも、塩も捨てがたいし。

 でもでも、トリュフ味っていうのも気になるし〜。

 う〜〜〜ん、迷う〜〜」


 たかだか、ポップコーンの味一つで、すっごい悩んでた。

 この様子では、何のジュースを飲むかでも、すごく悩みそうだ。

 このままでは、1時間はかかってしまうのではないかと思い、手助けすることにした。


「そんなに悩んでんじゃねぇよ」


 ぺちっと頭を叩く。


「あいた」

「俺があのキャラメルと塩のペアセットを買って分けてやるから、お前はトリュフ味を選んだらどうだ?」

「え、本当?」

「ああ、まぁ、俺もちょっとは食いたいけど、殆どやるからさ」

「やったー!?じゃあ、並んでくるわね!」


 ピョンピョンと跳ぶように列に加わるセラフを眺めながら、俺も後に続いた。

 無事、食料を調達すると、やっとシアターに入った。

 シートや幕は赤く、角度も急ではなかった。

 シアターの内装も映画館と同様、古いものでありながらも清潔に手入れされていた。

 両手にポップコーンとコーラを満杯に持ちながら、購入したシートに向かった。


「私、映画観るの初めてかも、凄い楽しみ」


 セラフの割りかし大きな声に驚き、シアター内を見回すと俺たち以外には1人、2人しかいなかった。


「シーっ静かにな」

「ごめんなさい」


 セラフは反省したように頭を下げる。


「それにしても、何百年と生きてて、映画を知らないなんて可哀想だな」


 俺の何気ない一言に、セラフは引っ掛かりを感じたのか、頬を膨らませる。


「私を憐れまないで欲しいな。

 映画なんて、ここ百年で出来た娯楽なんだからね。

 私にとっては、流行り物程度なんだよ」

「おいおい、ガチかよ。

 お前にとっては、映画はアサイーボールと同じノリなのか。

 改めて、お前って化け物なんだな」

「星斗、いますごく失礼な事言ってるの分かってる?」

「あはは、ごめんごめん。でも、本当の事だろ」

「違うわ、私は天使よ。

 そんな松果喰いと一緒にしないで、ちょうだい」


 いま、よく分からないけど、物騒な名前が聞こえたぞ。

 怖いから突っ込まないけど。

 セラフと雑談しているとーー


「しっ、始まるぞ」


 シアターの明かりが落ちる。

 代わりに、銀幕が光出す。

 真っ暗で落ち着いた映画館独特の空気感にワクワクして落ち着きのなかったセラフも上映が開始されると静かになり、画面を食い入るように観ていた。

 俺もすぐに物語に没頭した。


 ###################################


「「いやーー面白かった!」」


 シアターを出た俺とセラフは顔を突き合わせてハモる。


「ねぇ、すごく面白くなかった?」


 セラフが興奮気味に意見を求める。


「ああ、めちゃくちゃ面白かった。

 ただの恋愛映画かと思ってたら、しっかりと戦争シーンもあってヒューマンドラマもある。

 一切、妥協がなかった」

「私はそういうのは分からないけど、何だかすごく胸にくるものがあるわ」

「しかも話だけじゃなくて、俳優も良いんだよな。

 面もいいし演技も上手いし」

「むっ、なんか嫌だけど、そこは同意するわ」

「あと、普通に舞台設定が最高すぎる。

 第一次世界大戦っていうのがあんまりないし」

「そう?そこは何も思わなかったわ、私。

 実際に見てきたし。

 何なら、あの塹壕ば少しチープだった気がするわ。

 もっと汚いし、至る所にしたいは落ちてるし、絶望的な雰囲気よ」

「戦争体験者並みのリアル感ある事言うな。

 怖いわ。

 流石に監督もリアルで生きていた人は、想定していないだろ」

「まだまだね。そういう細かい所に気配りできないようでは甘いわね」

「……ぷっ、あはははははは、何様だよ」


 セラフ特有のノリに、思わず笑ってしまった。


「なっ何よ?何で笑ってるの?」

「いや、ごめんごめん。

 そんなこと言えるのは、おまえだけだよって思ってさ。

 あははは」

「むぅ、何よ!」

「ごめんごめんって。

 そんなことより、次はどこ行く?」

「え?他にも連れてってくれるの?」


 セラフは心底、驚いたような顔を浮かべる。


「当たり前だろ。

 映画観ただけじゃ終わらないよ。夜まで遊ぶぞ」


 さっさと帰って昼寝すれば良いのに、心とは裏腹に口にする言葉は違った。

 色々と考えること、話し合わなければいけないことは沢山あるのに、俺は何をしているのだろうか?


「うん!」


 もしかしたらセラフの笑顔が見たくて、そんなことを言っていたのかもしれない。

 とりあえずは、今日は青蘭のことは忘れて遊びまくるか。

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