第10話 神血種

「あーー楽しかった!

 こんなに楽しい思いをしたのは久しぶりかも。

 ハギトのお陰ね!ありがとう!」

「そりゃどうも」


 あの後、俺とセラフは神社で適当にボール遊びでもして日暮まで過ごし、神社の社屋で一緒に夕飯を食って、帰宅していた。

 昨日と同じ様に、川沿いの桜並木を歩く。

 勿論、昨夜の様に襲われるかもしれないため、警戒心は最大限にしている。


「でも、ケイカとやたらケンカしてなかったか?」

「マジのケンカじゃないわよ。

 そういう、コミュニケーション」

「めちゃ強めで殴りあってたじゃん」

「いやいや、私たち天使と神よ」

「全然答えになってねぇよ。

 てか、ハハハハハハ、その字面ヤバいな。

 神話かよ、ふっふふ」


 あまりの壮大さに笑えてきた。


「ムーーバカにしてる?」

「してないしてない。

 我にかえったらよぉ、とんでもないなって思って」

「ほんとかなぁ〜〜………まぁいいや。ハギトが笑ってくれるなら」

「なにそれ、急に照れる様な事言うな」

「本心だよ。

 でも確かに突然だった」


 エモい雰囲気に当てられたかも。

 そう言って、夜空に浮かぶ月を見上げた。

 俺もつられて見上げた。

 視界は、闇を背に桜と星と月が満たす。

 昨夜も見た景色だった。


「私さぁ、いままで凄く大変だった。

 年柄年中、狙われててさ、それに理由は言えないけど、とてつもない大きさの悩み事もあった」


 ポウポツと俺と会うまでの事を話し始める。

 俺は黙って耳を傾ける。


「でも、ハギトに助けられて一緒に食事して、なんて言うか大袈裟だけど居場所が出来た気がして、嬉しかった。

 現実逃避だと理解してても、前向きになれた。

 なのに昨日、私のせいで痛い思いをして、「ああハギトとはもう、さようならかな」って「楽しい時間も終わりか〜」って諦めていたのに………それなのに、私にここに居ていいって受け入れてくれた。

 それが凄く嬉しかったんだ」


 夜空に輝く星々にも負けない笑顔で感謝を述べる。

 セラフから語られる俺は、まるで誰かのために自分を犠牲にできる正義の味方の様だった。

 違う。違うんだ。

 俺はそんな高潔な心で君を受け入れたわけじゃない。


「セラフは俺はーー」

「へぇ〜〜〜なかなかどうして、漢じゃねぇか」


 否定しようとした俺の言葉は第三者に遮られる。

 正面。視界の先。

 声がした後に、まるで紙に文字が浮かび上がるかのように、なんの前触れもなく現れた。

 修道服を着た白人の女だった。

 透き通る白い肌。

 背は、高い方だと自負する俺なんかをゆうに超えるほどの長身で、おそらく最低でも190センチはあると思われる。

 スラリと伸びる肢体は女性らしいしなやかさと筋肉の荒々しさを併せ持つ。

 腹筋もバキバキに割れているだろう。

 女の身体には余分な物が一切ないのだと、それだけで分かった。

 強弱の境なく狙いを定める狩人。

 一見、彼女にとって無駄な物のように思える豊満な胸や尻の肉が、異性だけでなく同性すら魅了し、隙を生む狩の武器。

 野生味溢れる女は、人間の動物としての根源的美を強烈に刺激する。

 もちろん、それは肉体のみに留まらない。

 顔は小さく、すらっと通る鼻梁とフェイスラインに大きな瞳の吊り目は口元の八重歯

 腰まで伸びるくせ毛のプラチナブロンドと相まって、雄大な大地に一人佇む群れる事のない気高く美しい獣のようであった。

 圧倒的存在感。

 世界一の恵体といっても差し支えない、才能なんてあやふやで曖昧な物ではなく、生まれながらに恵まれた存在と言えた。


「昨日に続いて、今日もくるとはな。

 仕事熱心なこった」


 自分でも分かるほど、語尾は震えていた。

 修道女から溢れ出す科学や魔術なんかでは説明のつかない純粋なる闘気。

 起こりうる最悪の未来を想像して、体が恐怖に支配され、ガクガクと震え出す。


「ん?昨日?私よりも先に日本に着いたやつがいんのか?

 おかしいな〜〜、私が一番初めに着いたはずなんだけどな。

 マジで萎えるわー」


 まるで友達かのように話しかける。


「そのまま、回れ右して帰ってくれてもいいんだぜ」


 恐怖に屈しないように軽口で返す。


「そんなしょうもないこと言ってないで、ツレの心配してやれよ」


 隣ではセラフが胸を押さえてうずくまっていた。


「ハァアハァハァアハァハァアハァハァアハァ」


 水の中で溺れたかの様に、必死に浅い呼吸を繰り返す。


「おい、大丈夫よ!ゆっくりでいい、深呼吸しろ!」


 俺はセラフの背中をさすって、落ちつかせる。


「日本に来る前、ヨーロッパにいた頃。

 私を殺す為に、五人の執行官が派遣された。

 そのうちの一人が、あの女『セイラン=クリストファース』よ」


 当の修道女はニタニタと笑っていた。


「うへ〜〜もう、バレちまった。

 んじゃ、戯れはここら辺にして、仕事するか〜」


 言い切るまえに、修道女は消えていた。

 と、同時に車に衝突したのかと錯覚するほどの衝撃が右脇から襲う。


「うぐっ!?」


 鉄の柵を破り川の護岸ブロックへと減り込む。

 気を失う暇もなく修道女は追撃してくる。

 目にも追えない速度のため、俺は脳を返さず反射的に身体を回転させ、川へと滑り落ちる。

 水で服がびちゃびちゃになりながらも立つ。


「………………」

「汚ねぇ」


 修道女は攻撃を中断したのか、吐き捨て俺の対面に立つ。

 速い、あまりにも速すぎる!速すぎて何をされたのか、全く分からない。

 しかも、それだけじゃない。

 殴られた?蹴られた?タックル?かは知らんが、とんでもねぇ馬鹿力だ。


「ゴリラ力がとんでもねぇや」

「あぁ?テメェなんつった?ゴリラっつったか?

 決めた。まずはお前からやる」


 修道女はゴリラと呼ばれて俺を睨む。

 やべぇ、殺される。

 しょうがない、引きつけるか。


「ハギト、生きてる?」


 セラフが柵から顔を出して俺の心配をする。

 セラフはいつの間にか、翼と輪っかを展開していた。


「いまのところは生きてる」

「そう。私もそっちに行くわ」

「いや、セラフは来るな!俺がやる」


 俺とセラフの間に修道女が割り込む。


「いいのか?私は2対1でも全然問題ないぞ。

 そっちの方が早く片付くしな」


 修道女は自分が勝つのだと確信していた。

 生意気だが、しかし正しかった。

 セラフと俺の2人がかりでも勝つ見込み万にひとつもない。

 ましてや、『精霊の心臓』を起動したとしてもその差は埋まらない。

 だったらーー


「逃げろ、セラフ!お前がいても絶対に勝てない。

 ここで、2人死ぬくらいなら、片方が囮になってお前を逃す方が合理的だ」

「だったら、どうせ逃げても、また狙われる私がここで死んだ方が合理的よ!」


 ぐうの音もでないセラフの言に、有無も言わさない語気で返す。


「うるせぇ!さっさとしろ!ここは任せて先に行け!」


 俺を説得するのは無理だと悟ったのか、セラフは家がある方角へ走り去っていった。


「ちゃんと、無事に帰ってきてね!待ってるから!」


 修道女は相変わらず、ニタニタ笑っていた。


「これ、一度は言ってみたかったんだよ」

「ふっ、悪いがお前をのして、すぐに追う」


 ーーー脳の松果体から伸びるルートを繋ぎかえる。


『精霊の心臓』が起動する。

 可能性が広がる確かな実感。

 身体から力が溢れてくる。視界には、光の帯が揺蕩う。


「おおおお!?なかなか面白そうなもん見せてくれるじゃねぇか!

 こんな相手、初めてだ!

 世界中を回っているが、そんなの見たことない!」


 修道女の目がカッと開きテンションが上がる。


「そりゃどうも。

 見物料として、やっぱりそのまま帰ってくれていいんだぜ」


 無理に笑って軽口。


「おいおい、そんなに寂しい事言うなよ!

 最近というか生まれて一度も満足した事ないんだ。お前とならいけそうだ。

 ついでに、私と交わろうぜ!」

「いや、言い方よ!なんか、今のすんごい卑猥だった」

「?………そうか?日頃からそんな事ばっか考えてるから、そう聞こえるんじゃないか?」

「まぁ、いいや、うだうだ言ってないで、さっさとやるぞ」

「はっはっは!そう来なくっちゃな!」


 分かりやすく、興奮していた。

 修道女は今までのニタニタした笑いとは違い、狂暴な肉食獣の様な笑みを浮かべる。


「「3………………2………1」」


 修道女が爆速で迫る。

 肉眼では絶対に捉えることは出来ないと悟った俺は目で追うことを諦めて、宙に漂う魔力の些細な流れを持って修道女の動きを読む。


「ふっ!」

「ははは!凄いな!

 私の拳を受けて耐える奴はいたが、躱わした奴は初めてだ!

 ちゃんと期待に応えてくれてるじゃないか」


 しっかりと成功。

 なぜか、修道女の方が喜んでいた。


「褒めてもらえて光栄、だ」


 右ジャブを放つも当然の様に受け止められ、さらに掴まれる。


「っう、離せ」

「嫌だね。離さないよ」


 ウィンクして揶揄う。

 笑った時に覗く八重歯が可愛くて、不覚にもドキッとしてしまった。

 その一瞬の隙を突かれて、物のように振り回される。

 そして、川に叩きつけられる。


「かはっ!?」


 水飛沫が上がる。

 背中に鋭い痛みが走る。

 しかし、痛みに苦しんでいる暇はない。

 修道女は瓦割りの要領で足元に倒れる俺の鳩尾目掛けて殴る。

 直で受けるのは不味い、一発で気絶する。

 体を回転させて、急いでその場の離脱を図る。


「チッ」


 修道女の舌打ちを聞きながら、回転の勢いのままに立ち上がり、殴りかかる。


「ハァッ!」


 体重を乗せた渾身の右拳。

 しかし、腹で受け止められる。

 すかさず、左拳を顔面に放つも受け流される。

 右左右左右右右左ーーーーーーーーーー。

 殴る蹴ると修道女に畳かけるが全て、いなされるか受け止められる。


「お前、意外と動けるな」


 修道女が相変わらず猛獣の様に笑いながら感心する。


「昔、習ってて、な」


 いままで、守りに徹していた修道女が視界から消え、俺の背後に立つ。


「でもまぁ、満足は出来ないな。

 その力まだ先があるだろ?出してみろよ」


 180cmある俺の身長の上から修道女が頭を鷲掴みにする。

 そのまま、持ち上げると振り回して護岸ブロックに叩きつける。


「ぐっ、あが!?」


 そして、途轍もないスピードで引き摺り回す。


「あぎッうぐげ、や、め、ろ、イタイ痛いイタイ痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイィ!?」

「ほらほら、出し惜しみしてると死ぬぞ」


 言われた通りにするのは癪だが、久方ぶりに味わう石が肉を裂く痛みに耐え切ることが出来ず、肉体をエーテル化させ、逃げ切る。


「ははは!スゲェな、最高だぜ!

 ファッキン魔術師共でも、こんな神秘なかなかお目に出来ない。

 一応、教会の人間としては奇跡以外の神秘は廃絶しなきゃいけないんだろうが、特例で飼いたいくらいだ」


 川の流れを足に感じながら、エーテル化で揺らめく身体で修道女の対面に立つ。

 何やらとんでも無いのに目をつけられてしまった。



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