第11話 都会は映画館が混んでて嫌になる

 教室を出た俺は昇降口で、急いで上履きから外靴に履き替え、校庭に出た。

 セラフは俺を見つけると、嬉しそうに手を振っていた。


「来た来た。

 お〜い、もう、無視するなんて酷いじゃない!」

「………………………」

「あっ、何でここにいるんだって思ったでしょ?

 へへ〜ん、天使を舐めない事ね。私には何でもお見通しなのよ」

「………………………」

「ちょっと何か言ったらどう?」

「うるさい、ちょっとこっち来い!」


 問答無用でセラフの腕を掴み引っ張る。


「痛い痛い、離して!」


 文句を垂れるセラフを無視して、体育館倉庫裏まで向かった。

 ………。

 ………………………。

 体育館倉庫裏。

 体育館倉庫にある空き地。

 大きな体育館倉庫によって生まれる影で、空き地はだいぶ涼しい。

 夏なんかは俺はよくここで飯を食っていたりする。

 なんて、ことは今はどうでも良くて、俺はセラフを小さな階段に座らせーー


「何で、ここにいるんだ!馬鹿なのか?お前は馬鹿なのか?ええっ?!

 俺言ったよなぁ!家で待ってろって!

 何で来ちゃうかなぁ!お前が学校来たら、騒ぎになるだろ!普通に考えて!」


 とりあえず、怒りのままに怒鳴り散らかしたった。


「もう、めちゃくちゃ騒ぎになってたよ。

 しかも俺の名前出すんだから、絶対変な噂が立ってる。

 ああア、もう、クソ、どうしてくれんだよ」

「はぁ?確かに、私の行動も軽率かもしれないけど、そこまで言う必要ないじゃない、言い過ぎよ!

 私はただ、星斗に会いたかっただけなのに!」

「うっっ」


 セラフは怒り顔で一切、恥ずかしげもなく、そんな言葉を口にする。

 それを受けて、俺は言葉が詰まる。


「ああ、もう、ごめん!

 悪かったよ。感情に任せて言い過ぎた。

 こんなんじゃ、人間としてダメだよな」

「うんうん。

 私も星斗の事を考えてなくてごめん」


 お互い謝罪する。


「「………………」」


 数秒、気まずい沈黙が流れて尋ねる。


「それで?どうして学校に来たんだ?」


 セラフは明後日の方向を見ながら口を開く。


「最初は私も家でじっとしてなきゃって思って、ニュースを見てたのね」

「ふむふむ、今の所、おかしな所はないな」

「それでね、ニュースが終わったら散歩番組が始まったのよ」

「あるな。あの9時から12時の間に流れてる、風で学校休んだ日に見がちなやつな」

「急にそんな『あるある』言われても分からないけど、多分そう。

 で、リポーターの人が楽しそうに楽しそうに街を歩いているのを見てたら、私も外に出たくなって、来ちゃった」

「そこか〜、そこだったのか〜」


 俺は頭を抱える。

 当のセラフはタハハー、なんて笑っていやがる。

 俺に対して申し訳なさは感じているのだろうが、後悔はしていないという様子だ。

 しかも、ずっと廃城に一人でいた、という背景を知っているせいで怒り辛い。


「はぁ、まぁもういいや」


 ため息と共に許す。

 なんか、これ以上イラついても仕方がない気がする。

 ただ疲れるだけだ。


「え、許してくれるの?」


 セラフは満面の笑みで尋ねる。


「ああ、もういいよ」


 俺はやつれた様な顔でそれに答える。

 するとセラフはーー


「やったー。じゃあさじゃあさ、遊びに行こうよ!」


 なんて、遊びに誘ってきやがった。

 いやいや、普通に授業があるのだが………………。

 まぁ、でも今日くらいはいいか。

 戻ったら、セラフとの関係を根掘り葉掘り聞かれて大変だろうし………いっか。


「はぁ………いいよ、遊ぼう」


 自分の心の弱さに、ほとほと呆れながらもセラフの誘いを了承した。


「やった!?」


 セラフは楽しそうに、はしゃいでいる。

 それを見て、たまにはサボるのも悪くないか、なんて思った。


「ねぇねぇ、そうしたらどこ行こっか?」


 セラフは俺の袖をちょんちょんと引っ張ると、上目で言う。


「そうだなぁ。そうしたらまずは映画でも観るか」

「いいわね。今は何やってるのかしら?」

「分からん。まぁ、渋谷に行けば何かしらやってるだろ」

「そうね。そしたら行きましょう!」


 セラフは拳を上げて歩き出す。

 それに俺も続いた。

 セラフは不意に振り返るとーー


「でも何で、私が学校に来たら騒ぎになるの?」


 心底不思議そうな顔で聞いてくる。

 俺は目を逸らして


「そんなの………お前が可愛いからだよ」


 小声でつぶやいた。


「えっ?なんて?ねぇ、今なんて言ったの?

 ねぇねぇ、教えてよ」


 聞き取れなかったセラフは、しつこく聞いてくる。


「ああ、もう、うるさい!さっさと行くぞ」

「えぇ〜〜気になる〜」


 俺たちは街に繰り出した。


 ################################


 学校を出た俺たちは坂を下り、停留所でバスに乗って、駅に向かっていた。

 景色を見たいと求めるセラフに窓側の席をすすめ、その隣に座った。


「うわぁー」


 顔を輝かせて、張り付く様にして窓の外を眺めていた。


「フッ、楽しそうな奴」


 自然と笑みが漏れる。

 俺にとっては、変わり映えのしない景色も、セラフにとっては、こんな普通が特別なのだろう。

 それは凄く素晴らしい事だと思う。

 普通を楽しめる。普通を感動できる。普通を喜べる。

 でも、そうであればあるほど、悲しくもある。

 普通っていうのは、誰にでも与えられ、知っているからこそ、普通たり得るのだ。

 そんな普通を与えられず、知らないという事は、なんて寂しい人生なのだろうか。

 そう思わずにはいられない。

 窓に反射して映るワクワクした表情のセラフを見ながら、数分が過ぎた。

 ふと、青蘭のことを思い出す。

 流石に青蘭が転校してきた事は、話しというたほうがいいよな。

 俺一人だけの問題じゃないし。


「なぁ、セラフ」

「なに〜?」

「楽しそうにしてる所、申し訳ないんだけど、青蘭が俺の学校に転校してきた」

「………………それ本当?」


 窓の外に向けていた視線を俺に向ける。

 先程の笑顔が嘘の様に、冷徹な無表情をしていた。

 俺は唾を飲むこみながら頷く。


「ああ」

「そうか………」


 セラフは口元に手を当てて、考え込む。


「おっ、おい、どうしたんだよ?」


 その様子がいつものテンションと違いすぎる為、俺は声をかける。


「ひとまず、星斗は死なないから、安心して」


 セラフは、確かな声音で言う。


「分かった」


 全く確証もないのに、セラフが一言、言っただけで信じられるきになった。

 唐突に俺は青蘭が口にしていた単語を思い出した。


「なぁ、『異端焼却機関ベルギッタ』って何なんだ?」


 セラフは思考を止めて、こちらを向く。


「いいわ。教えてあげる」

「頼む」


 俺は素直に頭を下げる。

 すると気分を良くしたのか、セラフは何処からか、眼鏡を取り出してかける。

 さらに、セラフは腕を組み教師然とした様子で話し出す。


「星斗はどこまで知ってるの?」

「いや、ほとんど何も知らない。神秘摂理局くらいは浅くだけど知ってる。

 その異端焼却機関機関なんていう物騒な名前の組織の事は何にも知らない。

 ただ、青蘭は神秘摂理局の上位互換だみたいな事は言ってたな」

「そう。まぁ、そうね。確かに上位互換といった感じかしら」


 セラフはかけた眼鏡をスチャッとメガネを掛け直す。


「異端焼却機関ベルギッタっていうのは、教皇庁直属の神秘における超秘密機関。

 俗世界だけじゃなくて神秘世界ですら、知っている人は、少ないわ。

 そして、構成員は僅か7名」

「7人?」


 思わず、驚きの声をあげる。

 たったの7人で、果たして組織は正常に機能しているのだろうか?


「ええ。

 もちろん、その7人は有象無象の凡俗な執行官ではない、言いたくはないけど、いずれも歴戦の猛者ばかりよ。

 歴史上の英雄と大差ない、それどころか英雄と肩を並べ追い越すくらいには強いわ」


 何百年も昔から生きるセラフだからこそ言える実感の籠った比較。

 俺にはあまりピンと来なかったが、しかし、ジワジワと心を絶望に引き摺り込む。

 そんな奴らから、俺はセラフを命をかけて護り通さなければいけないのか………………………無理だ。


「しかし、だからこそ、異端焼却機関の執行官は神秘の中でも基督、回教、猶太に関する超重要案件に対してのみ、教皇の承認を得て動くことが出来るの」

「………………………」


 少しずつ少しずつ噛み砕いて、飲み込むようにセラフの言った意味を理解する。


「つまり、異端焼却機関は教皇庁にとって最高最強の暴力装置ってことだな」

「そうよ。

 神秘世界においての二大勢力である魔術師と執行者。

 本来、数で負ける執行者が魔術師と対等でいられるのは影からの異端焼却機関の支えがあるからといるわ」


 もう、これ以上、俺を絶望させないでくれ。

 切にそう思った。


「………………青蘭はその異端焼却機関の執行官だって言ってた」

「ええ、そうよ」

「ちなみに、あいつは上から何番目くらいなんだ?」

「確か、4番目くらいではなかったかしら?」

「4………………なんか中途半端だな」


 独り言を漏らす。

 昨夜の出来事を思い出す。

 あそこまでの超人的力を持った青蘭ですら、4番目。

 さらに3人、青蘭以上の実力者が控えているのだと思うと、何とも恐怖で心臓が止まりそうだ。

 何か安心を求めて隣を見てみると、セラフは何か考え込んでいた。


「どうしたんだ?」

「いや、ね。わざわざ、星斗の学校に転校してくるって事は、星斗に接触する為のはず。

 セイランは何か、あなたに言ってこなかった?」


 セラフに正直にいうのは申し訳なかったが本当のことを口にする。


「セラフを引き渡せって、脅された」

「………それで、星斗はなんて答えたの?」


 セラフは身を乗り出して、顔を近づける。

 黒瞳と金色瞳が交差する。

 セラフの瞳は俺の瞳を絡め取っては、離さない。

 セラフの背後から差し込む日の光と街中の緑がセラフを飾りつける。

 本当にこいつは!

 自分の外見について、何も分かっていない!!

 もう少し、自覚的になれ。こっちの身にもなってくれ!


「断った。お前を売る様なマネはできないって、突き放したよ」


 俺は小さく口にする。

 自分でも分かるほど、顔が紅潮していた。

 セラフの奴はそれを聞くとーー


「んふふ、ふふふふふふ」


 何が嬉しいのか、セラフは笑っていた。







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