第9話 神頼み
夜が明けて日曜日。
世間では休日は2日あるが、聖花学園は土曜も普通に授業があるため、実質休日は1日しかない。
だから、聖花学園生は日曜日を思う存分エンジョイするのだが、今の状況の俺がそんな気楽な感情になれるはずもなく、一昨日の様に神社へと向かっていた。
一つ、一昨日と違う事は隣にセラフがいる事だ。
「ハギトー!早く早く!」
神社へと繋がる階段を一人、駆け上がったセラフは登り終えたら、振り返り俺を急かす。
俺はそれに嘆息すると、「いま行くよー」と感情の籠ってない声で答える。
そもそも、なぜ俺たちが神社へと足を向けているかというと、俺が提案したからだった。
昨日の夜を思い出す。
セラフを匿うと決めた俺まず、最初に敵を知る事から始めた。
セラフに自分を狙う執行官の正体をより詳細に尋ねたのだが、何も知らないという事を知れた。
達人というのは拳を交える敵にさえ、自身の札を一切悟らせないものなのかもしれない。
まぁ、しょうがない。
そんなふうに思いながらも、当たり前の様に落胆した俺は次に天使のことについて聞いたのだが、要領の得ない回答で何一つ進展しなかった。
その結果、俺は藁にも縋る思いでケイカの知恵や出来たら助けを借りようと足を運んでいる。
正直、日本の土地で産まれた土地神に西洋の由来の天使について答えられるのかという疑問はあるが。
「へ〜〜これがジンジャっていうのね。
同じ神域でも欧米の教会とかとは凄く違うね」
階段を登りきると、セラフは俺の袖を引き鳥居の奥の拝殿を指さす。
なんというか、はしゃいでらっしゃる。しゃいでらっしゃる。
語尾に音符がつきそうな勢いだ。
「確かにな。
ヨーロッパの聖堂みたいにデカい高いってよりは全体的に低くて静かな感じするよな」
「そうね。あと、簡単に燃えそう!」
「怖ッ!?考え方が織田信長。
そういう事、神社で言うなよな」
「ごめんごめん。確かに不謹慎だったわ」
そんなふうに、セラフとうだうだしていると、上から急に幼女が降って来て、間髪入れず俺の腹に飛び込んできた。
なんか最近、空からいろんなもんが降ってくるな〜、なんて思いながらケイカを抱きしめる。
「兄貴!その女は何だ?それに何やら不愉快なにおいがするぞ」
ケイカは下から覗き込みながら、犬歯を出して威嚇する様に問い詰める。
正直言って、その様は全然怖くなく逆に可愛いまであるのだが、めんどくさくはある。
「訳あって居候しているセラフさんだ。
まーなんていうか一言でいえば、天使って奴だな」
「どうも〜〜、ただいまハギトくんからご紹介にあずかりました天使のセラフです!
よろしくね、ケイカちゃん」
俺の傍からひょっこり顔を出して、握手を求める。
「そんなの、知らん。どうでもいい!
それより、居候とはどう言う事だ?誰の了解を得てそんな事をしておるのじゃ?
まずは親に話を通さんかい!」
ケイカはセラフの手を払いのけて、俺とセラフの間に割り込み、俺を背後に置く。
「おいおい、いつからお前は俺の親になったんだよ」
ケイカの頭を軽く叩く。
「心配なんだもん!
私は一応保護者だし!………………それに、私には先代に頼まれてるものもある」
まるで、叱られた子供の様に唇を尖らせる。
俯くケイカの頭に手を乗せてーー
「ありがとな。
俺を心配して見ててくれて、すごくうれしいよ。
でもな、先生の………先代から遺されたから、頼まれたからって別にその気持ちに従う必要はないんだ。
名前は一緒でも明確に違うんだからさ」
ケイカを抱き寄せる。
鳩尾のところに、すっぽりとケイカの頭がおさまった。
数秒、そうしているとケイカは満足したのか自分から離れる。
「それで、今日はどういう条件で来たのだ?
遊びに来たというわけではないでしょ?」
隣のセラフに意味深な視線を移しながら、いつもの調子を取り戻して胸を張った。
「ケイカにお願いしたい事があるんだ?」
対して、俺は厳かな顔で返した。
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長話になるだろうと予想された結果、とりあえず俺たちは拝殿に通された。
そこで、俺はセラフと出会い今に至るまでの経緯を全て余すとこなくキッチリと話した。
もし、俺が無駄なところだと話さなかった所に、ケイカには分かる何かが紛れているかもしれないからだ。
そして、座布団の上で改めて居住まいを正し、本題の一つ目を切り出す。
ちなみに、隣に座る最初は正座していたのだが、数分で足が痺れたのか足を崩してへばっていた。
「『天使』について教えてほーー」
「知らん」
ケイカは食い気味に一言。
「最後まで言わせて」
冷静に突っ込む。
せっかく、それっぽい空気を出したのだ。せめてしっかりと言わせてほしかった。
「本当に何も知らないのか?」
「本当に何も知らない。
領域が狭いとはいえ私も神だから、大抵のことは知っているけど、それは日の本に限っての話。
海を超えて大陸の端のことになると、流石に分からん。
というか、本人がいるのだから直接聞けばいいのではないか?」
ここにきて、話の中心でありながら蚊帳の外にいたセラフに白羽の矢が立つ。
いままで、天井を見ながら足を伸ばしてブラブラしていたセラフが、わたし?みたいな顔で俺とケイカの顔を交互で見る。
「そりゃ、最初に考えたよ。
でも、何も憶えてないらしいんだ」
「なんじゃそりゃ、厄介極まりないな」
「ひどーーい、強く言い過ぎよ」
セリフの割に、あまり思ってなさそうだった。
「なにも憶えていないのか?ほれ、何でもいいから搾り出せ」
「う〜〜ン、強いていうなら暗い?
すごい、暗い場所に長くいた気がする?」
「ダメだこりゃ」
「ふっ」
写像の人だ。
急なネットミームに軽く吹き出す。
ケイカはやれやれといった感じで、首を振っていた。
「話は戻るけど、『天使』について軽くしていることはある」
「んだよ、あるんじゃん」
「確かな事じゃないものを話して混乱させない様にっていう気遣いよ」
「そういう、名探偵みたいな真似しなくていいから。
それ現実世界でされたら結構ウザいから。普通に報連相を徹底してくれってなる」
「急にうるさ。もう知らない、嘘言ってやる」
「おい、それはマジでやめろや………………真面目な話、頼む。なんでもいいから教えてくれ」
素直に俺は頭を下げる。
「お願いします」
セラフも同じふうに頭を下げる。
「はぁ………………天使っていうのは、高位相の天界と呼ばれる領域に存在するわ。
そして、天界はハギトが迷い込んだ星の楽園とは違って、この世界とは繋がることはないの。
だから、天使なんていう天界の代物がこの世界に顕現すること自体、意味不明なのよ」
ふむ。
つまり、天使が今この場にいる事自体が、理解不能という事が分かった。
なんていうかーー
「勿体ぶった割に大した情報じゃないわね」
横でセラフは俺の心情を代弁してくれた。
「お前、さっきから余計なんだよ」「なによ、本当のこと言っただけじゃない」
「だからそれが余計なんだよ」「うるさいわね、ドチビ」
「は、はぁ?チビじゃないです?こう見えて、何百年も生きてる大人ですから」「なにそれ、ただのババアじゃない」
まぁ天使については、おいおい解明していくとして、次に本題の二つ目。
セラフとケイカは横でケンカしていたが、それに割り込む。
「『天使』についてはオーケーだ。
ありがとう。
次に、セラフにお願いしたい事があるんだ」
セラフを睨んでいたケイカだが、すぐに俺の方を向く。
「お願い事?ってああ、何となく予想つくけど、言ってみて」
ケイカに促される。
「実は、いま現在進行形で基督教会ローマ法王庁の裏組織の奴らに命を狙われているんだ。
俺とセラフだけじゃ、手も足も出ないほど強い奴らだ。
だから、この弥乃境市の土地神であるケイカに力を貸してほしいんだ」
深々と頭を下げる。
どんなに仲が良かろうと、相手は神だ。
重要なところはしっかりしなくてはならない。
「……………………………………」
ケイカは瞳を閉じて黙る。
そしてそれから数十秒、黙っていると、唐突に口を開く。
「兄貴には悪いけど、協力することは出来ん」
予想通りの解答。
それは明確な拒否だった。
土地神というよりも神は、いち個人や集団に肩を貸すことはない。
秩序を守るバランサーでありながら、差し迫った緊急事態でない限り俗世に介入することは滅多になく、只人は当然の如く、魔術師などの神秘に関係する者たちでも無闇やたらに手を出していいものでは無い。
絶対不可侵のアンタッチャブルな存在なのだ。
と、やたらめったら俺の肩を持ってくれた先生から聞いた。
だから、ワンチャンあるんじゃ無いかと思い、ダメ元で言ってみた。
「…そうか………無理か………」
となると、かなりやばい状況だな。
執行官とは、質も量も段違いだ。
相手が舐めプしてネジキ方式でかかって来ても勝てない。
至急、対策を考えなきゃな。
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