第8話 強力な協力者

 身体がまるで聖なる炎のように青銀に光り揺らめく。

 俺は心臓から無尽蔵に溢れ出すエーテルを背に集中させ、翼を形作る。


「ハハ、きったねぇや」


 セラフと比べてみても不格好も甚だしい。

 まるで針金で作ったんじゃないかというほどだ。

 それでも、今はこれで十分。


「ーーー」


 俺は翼に意識を向けて、思いっきり地を蹴り飛翔する。

 旋回や急停止などの複雑な動きは、即席では不可能。

 出来て、左右に曲がる程度だ。

 ゆえに、一直線に修道女に向かって、突進する。


「なんか、来やがったな」


 修道女は視線を俺に移すと、拳骨で俺を川へと叩き落とす。

 恐ろしい速度で川面に激突。

 水をを突き破り、川のコンクリートにクレーターが形成される。

 まさか、バトル漫画でよくみられる物が現実で見られるとは。

 そんなことを靄がかった頭で思う。


「うっ」


 本来なら、全身骨折でも何らおかしくないような攻撃を受けたが、無傷で済む。

 精霊の心臓を起動したことにより、俺の魂は人性よりも霊性が優位になる。

 それにより、肉体を燃やし魔力の上位互換であるエーテルへと変化する。

 俺はもう一段階、心臓の拍動を上げる。

 修道女が俺の眼前に着地する。


「手応えが悪い。

 どういう、タネがあるの分からねぇが、おもしれぇ。

 少し遊んでやるよ」


 標的を俺に変えて、修道女は迫る。

 俺は動くことが出来ず、ただ迎え撃つのみだった。

 右アッパーから始まる格闘。


「うっ、くっそ!」


 なす術もなく、ただあらゆる打撃を受け入れるのみ。

 しかし、俺の肉体はエーテルへと変化している為、それらは致命傷とはなり得ない。

 物理攻撃に意味はなく、霊体への攻撃のみが有効になる。

 そして、この修道女に魔術などの神秘は感じられない。

 打撃の衝撃として、エーテルが吹き飛ぶが、それもすぐに人の形へと復元される。

 だから、痛みはない。


「ハッ、ぐっああっ」


 その筈なのに、しかし徐々に修道女の拳や蹴りを痛いと感じるようになってきた。

 クソ!?どういう事だよ!

 痛い!痛覚を感じる。

 意味が分からない。今の俺は気体のような物なんだぞ。

 こいつは空気を掴んでいるって事か!


「へっ、だんだん捉えてきたぜ!お前の魂をよ!」


 そう言って、不敵に笑う。

 その笑みが今の俺には悪魔の笑みに思えてならなかった。


「ああ、グっッツ!」


 こんな事初めてだ!

 何て出鱈目なヤツ!!


「ハァァアアアアア!!」


 修道女は最後のダメ押しと言わんばかりに心臓を殴アッパーした。

 俺はそれを直撃して、数メートル飛ばされ、川沿いへの道へ叩き戻される。


「うぐっく」


 痛みで呻き声を上げる。

 バケモンだ。

 あの修道女は本物の怪物であり、獣だ。

 その野生の嗅覚で魂すら嗅ぎ分けて、的確に攻撃してきた。

 殺すために。


「星斗!大丈夫!?」


 俺のもとにセラフが着地し、抱き上げる。

 息を整える。


「んだよ、あいつ!強すぎだろ!」


 セラフに理不尽に当たる。

 意味はないと分かっているが、あまりの理不尽さに当たらずにはいられなかった。


「あいつは、魂の器たる松果体の形があいつらが崇める主とごく極々僅かに、合致しているの。

 だから、あいつはここまで規格外の動きが出来る。

 まさに人間の代表。あいつは人間種の最高傑作。

 人類最高なのよ」


 セラフは丁寧に修道女の強さの秘訣を教えてくれた。


「説明ありがとう。そしてお褒めに預かり光栄だね」


 修道女は、嫌味ったらしく頭を下げる。


「そんじゃ死んでくれや」


 そういって、貫手で俺らに向かって一足飛びしてきた。

 やばい。

 やばい。やばい。

 やばい。やばい。やばい。

 このままじゃやばい!!

 こいつは、もう俺の魂を捉えている。

 精霊の心臓を起動させても攻撃は通る。

 どうする、どうすればいい!!

 セラフは翼を展開して盾にしようとしているが、間に合わない。

 よしんば、出来たとしてもこいつは軽々と貫通してくる!

 ダメだ!死ぬ!?


「ーーーッツ」


 死を覚悟してどうすることも出来ない無力な俺の目の前に、突然光の柱が立つ。


「ああ?」


 修道女は突然の光に不審な声を上げる。

 俺とセラフも困惑の表情を浮かべる。

 三人の間の時間が止まる。

 俺たちは光をただただ見上げていた。

 そして、やがて光が晴れると、そこにはこの土地神たるケイカが俺たちを守るように立っていた。


「………………」

「ケっ、ケイカ?」

「………侵略者、去りなさい」

「お前、ここの土地神ってやつか。

 言ってくれるじゃねぇか。

 いいのか?神っていうのは原則誰か一個人には肩入れしてはいけないものだ。

 それが例え、極東の神擬であろうとよ」


 修道女は小馬鹿にするように言う。


「確かにそう。

 でも菊間は別。

 それに私の『身体の中』で好き放題はさせない」


 対して、ケイカは機械のように答える。

 それを受けて、修道女は笑う。


「まぁいいか。

 未熟とはいえ、流石に私も神と戦えばタダでは済まない。

 ここは去るとするか」


 そう言った、修道女は瞬きの間に消えていた。

 後には、俺とセラフとケイカが残る。

 ケイカは振り向くと俺に近づく。


「死ぬかと思った。おかげで助かったよ。ありがとう」

「私からもありがとう。あなた、すっごく頼りになるわね」

「いい気にしないで。それよりちょっと来て」


 ケイカはそう言うと、セラフを差し置いて俺だけを電灯のもとに呼び出す。


「あの女は危険。

 このまま流されるように共にいれば取り返しのつかない事になる。

 さっさと追い返すのをすすめる」


 ケイカには珍しく言葉多めに言うと、ケイカは先ほどの道路や河川に残る生々しい戦いの傷跡に腕を向ける。

 ケイカは、その土地神の権能を発動させる。

 すると、途端に逆再生しているのではないかと思えるほど、みるみる修復した。

 それを確認すると、ケイカは神社の方角に向かって去った。


「………………………」


 俺は数秒、その場で立ち尽くす。

 ケイカの言っていたことは、反論の余地が全く無いほどの正論だった。

 確かにそうだ。今さっき思い知った。

 セラフは何か厄介な事情を抱えている。

 それはともすれば、命を失いかねないものだ。

 並大抵の気持ちで、セラフと共にいてはいけない。

 死にたくはない。


「ほ………」


 でも、だからって見捨てていいのか?


「ほ、し…」


 そんな事はもう、二度としたくない。


 「ほしと」


 でも、このままなし崩し的にセラフといれば、間違いなく俺は死ぬ。


 でも、じゃあ、どうすればいいんだよ。


「星斗!」


 と、物思いに耽る俺をセラフが引き上げる。


「あっ、ああ。悪い。

 ってか、なんで手握ってるんだよ」


 手に温かみを感じ見てみると、セラフは俺の手をとって握っていた。


「いや、なんか辛そうだからさ。大丈夫?」


 そう言って、セラフは下から俺を見上げる。

 可愛い。

 思わず、そう思ってしまった。

 クソ、こっちはお前のことで悩んでんだぞ。


「ああ、もう、クソっ」

「えっ、もう、何?やめてよね。

 急に癇癪起こすなんて子供みたいよ」


 セラフはまるで能天気に俺を諭す。

 それが更に、俺をイラつかせてーー


「うっさい!」


 と、深夜の住宅街に響いた。


「ううううううう」


 セラフはそれを受けて、顔を真っ赤にする。

 今にも爆発寸前の手榴弾のようだ。


「うっ、何だよ」


 いつ爆発するのかと思い、俺も身構える。

 果たして、その時は来なかった。


「疲れた」


 セラフは渋々と呟く。

 それで、俺も一気に肩の力が降りた。


「同意だ。

 とりあえず、飯を買いに行こう」

「さんせ〜い!行こう行こう」


 セラフは俺の手を引っ張って、走り出す。


「分かった、分かったから。

 歩こうぜ。疲れたからよ」


 全く、自由な天使様だ。

 そう思いながらも、不思議と笑みが浮かんでいた。

 そうして、2時間後。


「つがれた〜〜」


 息も切れ切れに、やっとこさ帰宅した。


「ううう、楽しみ〜〜」


 時刻は日を跨いで、もう1時だ。

 だと言うのに、セラフの奴はめちゃくちゃ元気。

 俺の知らないところで、エナドリでもキメているのだろうか。


「ねぇねぇねぇ、早く食べようよ〜」


 セラフは俺の袖を掴んで揺さぶる。


「分かったから、先キッチン行って湯を沸かしといてくれ」

「は〜〜い、楽しみ〜〜」


 セラフは走ってキッチンに向かった。


「そりゃ、楽しみだろうよ」


 その背を見ながら、ため息をつく。

 疲れたよ、俺は。

 コンビニに入り、セラフがカップ麺を見つけるまではよかった。

 セラフはカップ麺の様々な種類とパッケージに魅了され、全部買うなんて言い出した。

 もちろん買うのは俺。

 流石に高校生がコンビニにあるカップ麺を買うなんて出来る訳もなく、俺は2個までだと言った。

 そして、そこからが長かった。

 これ美味しそう〜、これ辛そう〜、これどんな味するんだろう〜などなど、あった。


「コンビニに1時間もいたのは初めてだよ」


 そう呟いて、キッチンに向かった。

 そして、そこからカップ麺を作り風呂に入ったりなどして、セラフを俺の自室のベッドに寝かせた。


「ふわぁ」


 明日はもっと落ち着いた日常になりますように。


 そう願いながら俺はリビングのソファーで就寝した。


 ############################


「だから!大人しく家で待ってろって言ってるだろ!」


 就寝前のささやかな願いは何処へやら。

 朝から面倒な事態だ。

 襲撃を受けた次の日。

 月曜日になり、週が始まる。

 もちろん、高校生たる俺は学校に行かなければならないのだが、登校しようと玄関まで来た俺はセラフに引き留められた。

 どこへ行くんか聞かれた俺は、馬鹿正直に答えた。

 するとセラフは、ずるいずるいと言い、私も連れて行ってとほざいた。

 そんなことを了承できるはずもない。

 だが、セラフは思いの外諦めない。


「良いじゃない、連れていきなさいよ!

 アホ、バカ、マヌケ、ケチ!!」


 なんで、俺がここまで言われなきゃいけないんだよ。

 このままじゃあ、埒が開かない。

 ここは、ガツンと言わないとな。


「うるさい!

 とにかく無理なんだよ。

 それじゃあな。俺は行くからな。

 家で大人しく待ってろよ!!」


 怒鳴って無理やり家を出た。

 扉を閉める際に見たセラフは、うぅ〜と唸っていた。


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