第6話 聖なるものの追跡者
キンコーンカンコーン、キンコーンカンコーン。
チャイムが鳴り授業の終わりと同時に、昼休みが始まる。
机の横に掛けている学生鞄を漁るも、目当てのものは出てこない。
「うわ、そうだ。持ってきてね〜」
昨日は色々と忙しくて、弁当を作る暇なんてなかったのだ。
こうなっては、購買に買いに行くしかない。
「買いに行くか〜〜。葉山、武田!購買行かね?」
「おう、いいねぇ」「行くか〜」
教室を出て購買に足を向けた。
適当に菓子パン2つと牛乳を手に持って教室に戻ると、俺の席に近衛さん座り、その周りをグループの人が囲って座っていた。
「おいおいガチかよ。
今日は武田の席で食わね?」
「あーね。いいよ」
「あの中で食うのは、さすがに勇気いるな」
近衛さん単体だったら、慣れてきて結構話せるようになったのだが、周りの女子たちはまだ厳しい。
武田の席に移動しようとすると、声がかけられた。
「ちょっとちょっと、どこ行くの、菊間君?」
「え?」
「こっちこっち」
近衛さんは笑顔で手招きする。
なんだろ?
そう思いながら、近衛さんのところに行く。
周りの女子たちが何故だか、ニヤニヤしている。
狼の群れの中に、放り込まれたような気分で怖い。
「どうしたの?」
「今日さぁ、土曜日で全部活休みじゃん。だから、クラスでカラオケ行くことになったんだけど、菊間君たちもどう?」
「マジ!?」
「行く行く!!」
葉山と武田が快諾する。
俺は……………。
「すまん。今回は辞めとくわ」
家で待つ1人の少女が頭をチラついた。
ここで、俺が遊んでも口出しされる謂れはないのだろうが、放って置けない。
「え〜〜何で〜〜?行こうよ〜。ノリ悪く無い?」
「そうだよ。優奈が誘ってるのに断るの?」
「菊間君には断る権利ないから」
取り巻きの女子が、やいよやいよと騒ぎ出す。
「みんなそういうの止めて。
たまたま、予定が合わなかったんだからしょうがないよ。
菊間君は何にも悪くないから」
近衛さんが少し強めに止めてくれた。
「でも、断る理由は教えて欲しいな」
近衛さんはさり気なく、距離を詰め下から覗き込むように、尋ねる。
必死に頭を回転させて理由を考える。
馬鹿正直に家に天使がいるからとか言える訳がないので。
「家で親戚の子供を預かってて、その子の面倒を見なくちゃいけないんだ」
どこかで聞いたことのあるような返答。
我ながら、アニメの見過ぎだなと思った。
「そっか〜〜。菊間君って優しい良いお兄ちゃんなんだね」
優しい良いお兄ちゃんか、真逆だよ。
「………………………そんな事は絶対にないよ。
誘ってくれてありがとう。
今度、機会があったら行くから」
力なく笑って返して、武田の席に戻った。
放課後、クラスメイトたちがカラオケに行くのを見送ったあと、昇降口とかで会わないように少し時間を潰してから、教室を出た。
それにしても、本当に仲良いな。
全員参加とまでは、いかないまでも9割ぐらいは集まりに参加していた。
それってかなり凄いことだろ。
他の学校やクラスがどんな感んじかは知らないけど、1年の時と比べても、こうはいかないと思う。
いやーほんと仲良いな。
なんてクラスの仲の良さに驚きながら駐輪場に行き、一日ぶりの自転車に乗って帰った。
############################
「ただいまー」
「おかえっり!!」
気怠げにガチャリと家の扉を開けると、玄関でセラフが機嫌が良さそうにニコニコで迎えた。
「おっ、おう。
もしかして、俺が帰ってくるまでずっと待ってたのか?」
「ううん。
午前中は、ずっと映画を観ていたわ。
それからは、ここにいたかな」
というと、3時間は此処にいた事になるのか。
長いな!
「普通にリビングにいてくれていいんだが」
「まぁそうなんだけど。
正直、リビングだろうが玄関だろうが、大して変わらないからさ。
そんなことより、私家の外に出たい!」
「ええ。う〜〜ん、どうすりゃあいいんや」
セラフを簡単に外に出していいのか?
セラフは確実に狙われてるのに、わざわざ外の世界に出して、敵の目に晒していいのか?
大丈夫かな?
「お願いお願い!!」
制服の袖を引っ張り可愛らしくお願いする。
でも一生、家の中に置いておくなんて出来る訳ないしな。
しゃーないか。
天使ともなれば、ある程度自衛する力があるだろうし、最悪精霊の心臓を使えば何とかなるだろ。
「わかったよ。
でも、どこ行けばいいだろ」
行くとしても、駅近辺はカラオケに行ったクラスメイトたちに会いそうだから、それ以外でだな。
「はい!はい!街に出たい!」
「それは無理」
「え〜〜〜!?なんでー?
街に行きたい行きたい行きたい!!」
「無理です!無理無理無理!!
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
「ムッーーーーーーー!!」
俺が拒否すると、頬を膨らませて睨む。
セラフには残念だが、全然怖くない。
「今回は絶対無理!!」
「なんで!」
「取り敢えず、今日はダメ。
また今度連れて行くから」
「ほんと?約束だよ?」
子供のような顔で呟く。
「おう、街は今度な。
それじゃあ服着替えてくるから、少し待ってて」
セラフの頭をポンポンと叩き、2階に上がった。
私服に着替えて降りると、セラフはまるで子犬が尻尾を振っているように待っていた。
「それじゃあ行こうか」
「うん!!」
######################
結局、俺たちが向かったのは住宅街にあるレンタルビデオ屋さんだった。
棚にあったDVDは全部見終わったらしく、セラフは月曜日から暇になるので、10作品くらいは借りてやろうと思う。
「うわー!?凄い!!DVDがいっぱいあるね!!」
「レンタルビデオ店だからな。
10作品くらいじゃやってけん」
「ねぇねぇ、あれ何?
布で隠してるって事は何かのお宝?」
セラフは正面に18禁と書かれた黒い暖簾を指差す。
それによりにもよって、お宝と言う。
お宝はお宝だけど、違う違うそうじゃそうじゃない。
ピンク色すぎる。
俺も16歳だ。
エッチなのは好きだし、見るけど足を踏み入れるのは、勇気がいる。
何より女の子と行く度胸なんてない。
「あそこは違う」
「えっ?なんで?あそこもお店の一部なんじゃないの?」
すっごい純粋な顔で聞いてくるんですけど、困るんですけど。
「えっ、あっ、う〜〜〜ん、そう。
あそこはスタッフが行くとこ。
スタッフ専用のところだから、入っちゃいかんのだよ」
おぉ〜、なかなかにそれっぽい理由だ。
「ふーん、そうなんだ」
「そっ、それより、早く良さげなの探してきな。
お店が終わっちゃうよ。
俺はそこら辺でうろちょろしてるから」
ま、言うても閉店まで1時間あるけどね。
「うん!探してくる〜〜」
店内を小走りに行った。
………………。
………………………………。
………………………………………………………。
「おせぇ。どんだけ迷ってんだよ」
セラフはSF コーナーで顎に指を乗せてウンウンと悩んでいた。
「どれも面白そうなの。
ねぇ、ハギト。10個以上じゃダメ?」
セラフの足元には、カゴに9個のディスクが入っていた。
ラスト1つで悩んでいるらしい。
「いや、無理だろ。
欲しいもん全部借りてたら、レンタルで何万も飛ぶだろ。
しがない一人暮らしの男の財力舐めんな」
「じゃあハギトは、この勇猛なる作品群の中から10を選べって言うの?
なんて残酷な事言うんだ!?
鬼畜!邪悪!!卑劣!!!」
とんでもない言葉の羅列に、周囲にいた幾ばくかの客が一斉にこちらを向き、嫌悪マシマシの目で俺を舐め回すように見る。
すぐに、セラフの口を塞いでーー
「おい、バカバカバカ!
声がデカい。あと、言葉選び下手くそか」
確実に俺はわるくないのに、女の子にこういう振る舞い方をされると、男は一気に弱くなるのだ。
なんかそう思うと、アホらし。
別に、他人にどう思われようがどうでもいいしな。
「んなこと言うんなら、帰るぞ」
「うそうそうそうそ、うっそー」
おちゃらけた顔で言う。
ウゼェ。
と、そこで横合いから見知らぬ人に声をかけられた。
「すみません。
もう閉店時間ですので、何かお借りになるようなものがございまずでしょうか?」
って、じゃあもう1時間もセラフは悩んでたのかよ。
それに付き合ってた俺ってなんなん。
まぁ、いいや。
「すみません。
それじゃあこれでお願いします」
勝手にカゴを持ってレジに向かう。
「ちょっ、ちょっと待って。これこれ、これにする」
右手に持っていたのにしたのか、左手にあったものを仕舞い、俺の後を追う。
「ああ、もう早く入れろ」
カゴをセラフの前につきだす。
セラフは急いでカゴに入れ、「いってらっしゃ〜〜い」と満面の笑みで俺を送った。
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桜の終わりに近づく4月中旬。
桜の木々のアーチの隙間から月が覗く。
はらはらと落ちち、水面で漂う桜が水の鏡に映る月のダストになる。
月と星々では、全く心許ない夜道を等間隔に立つ並木道の街灯が、明るく照らす。
「こんなにありゃ暇しないだろ」
ディスク10枚分の袋を片手に、俺とセラフはは 川沿いの桜並木を歩いていた。
「でも、だからって帰ってくるの遅くならないでよ。
寂しくなるから」
ナチュラルに言うんじゃねぇ。
急な恥ずかしいセリフに、顔が赤くなってる気がして、ペタペタと触り、赤くなってないことを確かめると一言。
「善処します」
バレてない。
「ハギト、なんで赤くなってんの?
どこか調子わるいの?」
バレてた!
「いや全然大丈夫。
風邪とか病気にかかることないから」
照れてたことが知られたら、普通に恥ずいので、それとなく誤魔化した。
「あっ、そう。
あのさ、私疑問に思ってたんだけど、ハギトの年頃の子達が集まる学校って何するところなの?」
改めて聞かれると難しい。
どうとでも答えれるけど、端的に言えばーー
「友達と会う場所かな。
俺寂しがり屋だから、誰かしらと交わる場所みたいな感じだ。
あとは、暇つぶしと勉強するとこ」
残り二つを急いで付け足す。
「なら、当分は私がいるから、学校に行く必要ないんじゃない?」
未だ、謎が解けないようなスッキリしていない顔で尋ねる。
「まぁな。でも、俺は誰か1人じゃなくて、いろんな人と関わりたいんだ。
だから、ごめんな、1人で待たせて」
「いいわ。
私がハギトに世話になっている身分だしね、許してあげる」
「そうだよ。
別に俺悪く無いじゃん」
「おっと、その認識は間違えよ。
この私を退屈させるなんて、万死に値するわ」
「はっ、ほざくな」
「あはははは」
片田舎の無人の夜道で、そんな風に他愛ない会話を繰り広げていると、不意に視界の奥の街灯が一つずつ俺たちに向かって消えていく。
俺たちの頭上を照らす街灯が2、3度点滅し消える。
そして再度、点灯した時俺らの対面に黒尽くめの男が立っていた。
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