第5話 深窓の令嬢・静海月子
俺は朝から軽く驚いた。
自室の2階から降りてリビングに行くと。
「これ、全部徹夜で観てたのか?」
ソファーの上で体操座りをするセラフの隣には、棚に入っていたDVDが積み上がっていた。
昨日の夜、DVDに興味を持ってしまったセラフは、結局どうして空から降って来たのかを答えてはくれず、テレビと再生機の使い方を教えたところで、いつもより早起きしたこともあって、眠くなって寝てしまったのだ。
「………うん。これなんか、すごく面白かった」
セラフを目をバキバキにしながら答えた。
セラフが手に持つのは、去年公開された感動物のアニメ映画で、俺もお気に入りのやつだった。
「ああ、それいいよな。
普通に泣ける。
俺なんか映画館で観て、即DVD購入を決めた。
しっかりと店舗特典も吟味してね」
主人公は女の子で内容は、確か近代のヨーロッパを舞台に戦争で両親や兄弟姉妹を失い孤児になり、心が壊れてしまった主人公が、侯爵に拾われ軍人として育てられる。
訓練の中で、圧倒的且つ天才的な人殺しの才能が自身に備わっている事に気づきつつ、成長していく。
時が経ち、青年になった主人公は再度勃発する戦争に徴兵される。
そして、過酷で苛烈な戦争を駆け抜けた主人公は、帰還すると育ての親たる侯爵が戦争で死んでしまった事を報される。
自分が侯爵に恋心を抱いていた事に、そこで初めて気付いた主人公は、戦争で傷ついた人達と戦後の復興の中で触れ合っていく事で、壊れた心を癒していき、前を向いていく。
そんな感じだった気がする。
「ちなみに誰が好きなの?」
台所に移動して、棚から食パンを2斤取り出し、トースタに入れる。
その間、湯を沸かしてインスタントコーヒを準備して待つ。
「う〜〜ん、無難に主人公と侯爵でしょ。
あとは、戦争で子供を亡くした両親かしらね」
台所越しに会話する。
「あぁ〜〜〜あそこな!
めちゃくちゃ感動するよな!
やっぱ、家族を題材にして感動を絡めた話がいっちゃん泣けるんよ!」
朝からめっちゃ興奮してるのを自覚しながら喋る。
でも、仕方ない!
好きな事の話になったら、みんなこんなもんだろ。
「だよねだよね。
親が子へ、子が親へ、抱いてる想いが交差したところなんて、私ボロボロと泣いてしまったわ」
「天才。それがわかる奴は天才よ」
と、湯が沸騰した知らせとトーストが出来た音が同時に鳴る。
「朝飯いるよな?」
「えっ?作ってくれるの?」
「作るってほど大したもんじゃないけどな」
「ほしいほしい!
リンゴ一個じゃ足りなくて、ちょうどお腹すいてたのよ!」
「ジャムは何がいい?
イチゴとブルーベリ、あとマーマレードがある」
「気が利くわね〜。じゃあイチゴで!」
「コーヒーもいる?」
「うん、お願い!」
「了解」
トーストにイチゴとブルーベリを塗り、インスタントコーヒーを2回に分けて机と運び、椅子に座る。
「いただきます」
「いただきます」
お互いパンを齧り、コーヒーを啜る。
「他には、なんかおもろいのあった?」
「そうね〜〜。これも凄くよかったわ」
セラフが手に持つのは、2000年代の洋画のDVDだ。
「『監獄の空へ』な。大傑作よ。
大抵の映画ランキングサイトの上位10の中には、絶対入ってる」
『監獄の空へ』は、冤罪で閉じ込められた男が、持ち前のスキルと人柄で治安の悪い刑務所を活気付けていくお話だ。
「やっぱり、あの脱獄シーンは痺れたわ。
数々張り巡らされてた伏線シーンが、一瞬で回収されるのは、観てて気持ちよかったわ」
「素晴らしい。ようこそ、こちら側へ」
聞けたい言葉が聞けて、腕を広げながら満足顔で頷く。
「やったー。
私もとうとうハギトと同じ領域まで到達したのね」
「甘いな、同じ領域と言っても、俺とセラフには天と地ほどの差があるのだ」
「ムーーーっ!?何それ!
そんなのズルじゃない!」
「ズルではない。これでも長年、映画ファンを自称しているからな。
半日足らずの奴には、負けられん」
「ぐぬぬ、負けてらんないわ」
普通に優しいな。
朝からこんな意味不明なテンションには一切引かず、乗ってくれるなんて。
いや、徹夜テンションだからか。
その後、朝飯を食べ終わっても、登校時間までずっと映画の話をしていた。
朝から大変有意義な時間であった。
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「昼飯は冷蔵庫に入れておくから、適当に腹が減ったら食って。
出来るだけ、早く帰るから」
「まっかせて〜〜!この家は、私がしっかり守るから!」
そういって、セラフは胸を叩く。
本当に大丈夫かな?
一見能天気そうな感じが、不安を誘う。
出来るなら学校を休みたいが、そんなわけにも行かない。
それに、セラフをいつまで家で預かるか分からないが、当分はセラフに家を預ける状況は続くのだから慣れないとな。
「じゃあ留守中の家、頼むな〜〜」
「いってらっしゃ〜〜い」
セラフは手を振って、俺を送り出した。
ガチャンっと扉が閉まる。
「は、わぁ〜〜〜〜〜あ」
朝飯の時は、興奮してベラベラと喋っていたから眠気はなかったが、熱が冷めると眠気が戻ってきた。
自転車を学校に置いてきたから、今日はバスでの通学。
そのせいで、起きるのが早かった。
それにしてもーー
「いってらっしゃい………か」
その言葉自体は今でも聞くのだが、家に誰かがいると言うのは何年振りだろうか。
先生が死んでから………………一年振りかな。
この先、あまりいい未来が待っている気はしなくて憂鬱な気分になるが、「いってらっしゃい」や朝の何でもない会話が楽しくて嬉しくて、ゆっくりと溶かしていく。
「………………ふっ」
手を大きく振るセラフを思い出して小さく笑う。
俺は一人の時間が好きなくせに寂しがり屋なのだと思う。
誰かに合わせたり関わるのがめんどくさくて、一人の世界に閉じこもる。
そのくせ、一日中誰とも喋らないと、世界で自分一人だけ取り残された気持ちになって、無性に怖くなるのだ。
「我ながら本当にめんどくさい性格しとる」
そんな俺が、今までの一人暮らしと比べて、もうすでにセラフがいる生活は結構良いものだなと思ってしまっている。
「感謝しなくちゃな」
血縁を亡くし命の恩人を死なせてしまい、一人になる事が普通になってしまった俺だからこそ、家に誰かが居てくれるっていうのは、凄く特別なんだと、しみじみ思う。
「ーーー」
数十分、住宅街を歩いていると昨日も使ったバス停が見えた。
バス停には、同じ制服の男女が数人並んでいた。
「ええっ!?」
そして、最後尾には深窓の令嬢・
烏の濡れ羽色のように艶のある黒髪を腰まで伸ばし、前髪はいわゆる姫カットで切り揃える。
肢体にはあまり肉がついておらず、細くスラッとしなやかである。
顔立ちは純日本的で目元から妖艶な雰囲気を醸し出す。
「へーー。静海さんってこのバスから通学してるんだ。
ワンチャン、家近いんじゃないかな」
すごい、発見。
静海さんと後ろに並ぶ。
結構、身長高いんだな。俺の目の高さくらいある。
しかもめっちゃにいい匂いするやん。
レモンやオレンジのシトラスの香りがする………………………あれ、でも、それに混じって変な匂いがする。
どっかで嗅いだことがあるような?………………薬品、か?
………………………いや、ちょっと待て。
「キモすぎるな、今の俺」
学校一の美少女の背後に立って、匂いを嗅いで一喜一憂ってヤバすぎる。
「ーーー?」
俺の独り言が聞こえたのか、静海さんは背後の俺を振り返って、不審そうな目で見る。
それに俺は会釈で返して、もう止めようと思った。
それから、無言でぼーっとバスが来るのを待った。
数分すると、バスが来た。
バスが来る間にだいぶ列がなされており、混雑が予想出来た。
最悪だーなんて思いながら、扉が開き先頭から順に乗車する。
座席から埋まっていき………あれ、これもしかして、静海さんの前。
流れで1人席に座る静美さんの前で立つことになった。
しかも、バスの中はかなり混雑していて、普通より近い。
「ーーー」
まぁ言うても、こんな事はよくある事で、変に意識する必要はないのだ。
気持ちを切り替えて、暇を潰すためにポケットからスマホを取り出すと、ガタンっという音がした。
音の下方向に目を向けると、俺の足元にガラケーが落ちていた。
どうやら静海さんが落としたらしく、取ろうと屈んでいるが絶妙な位置に滑り込んで届かないらしい。
俺は屈んでガラケーに手を伸ばす。
今時、若者でガラケーを使っている子なんて珍しい、絶滅危惧種だ。
静海さんとは1年の頃同じクラスで今は違うのだが、その時から使っていた。
「はい、これ」
座席に座る静海さんを見下ろしながら手渡す。
あれ、これって美少女と会話するチャンスじゃん。
話しかけよ。
「ありがとう」
無表情で感謝される。
目は合っているのだが、静海さんの目はまるで極めて精巧な機械の目のように、人間味を感じなかった。
静海さんの瞳には俺が写っていおらず、菊間ハギトという人間を見ているようで見ていないのだ。
それでも、負けないで声をかける。
「それZー1234だよね。懐かしいな〜俺も子供の頃、使ってた」
「あっそう」
「子供ながらに、ガラケーっていうのが凄く特別な物に思えてさぁ〜。
色々と理由をつけてねだったよ」
「ふ〜〜ん」
「いま思うとガラケーってメールと電話と、あとは写真撮るくらいしかないのにね」
「そうね。
でも私にとっては、それだけで事足りるわ。
ゲームとかするわけでもないし、ネットを見るわけでもないから」
「そうなんだ」
なかなか手強い。
すげない反応で、話が思うように膨らまない。
だが、諦めない。
「へ〜〜。それじゃあ、普段どうやって暇潰してるの?」
「見れば分かるでしょ。本を読んでいるわ。
貴方みたいに、スマートフォンなんかを使って、限りある時間をゴミみたいに浪費しないの」
「あはは、確かに」
静海さんに話しかけているうちに駅を越えたのか、バスの中は同じ制服を着た聖花学園生のみとなった。
俺はまだ、諦めず話しかける。
「どういう本読むの?」
「………………………………チッ、色々よ。啓蒙書と恋愛もの以外は何でも読むわ」
え、いま舌打ちしたよな。
勘違いじゃないよな。
嘘だろ、もしかして俺ってウザイのか?
いや、でもまだだ。
「凄いなぁ。
オレ本とか全く読まねぇや。映画とかの方が100倍見るかも。
『最強のふたり』とか『コンスタンティン』とか面白いよ」
「『コンスタンティン』は興味あるわ」
「え!?まじ?」
よっしゃ!!食いついた!!
戦いはこれからだ!!
と、静海さんが話に乗ってきて良いところで、バスが止まる。
「私立聖花学園下〜。私立聖花学園下〜」
プッシューッと扉が開く。
先頭に立っていた人から順に降車する。
静海さんも立ち上がり、それに続く。
俺も静海さんの後を追って降車した。
静海さんは俺が降車すると、一言尋ねた。
「私、貴方と知り合いだったかしら?」
「うっうん。一応、去年同じクラスだった
「そう、ごめんなさい。
私貴方の事覚えてないわ」
無惨にも言葉の刃で俺の心を傷つけ、涼しい顔で坂を登って行った。
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