第4話夜のバス停〜一昔前の青春って夜の学校に忍び込んで夜のプールで遊ぶ事だよな〜

 電柱の灯りに群がる蛾から、左隣の天使に視線を移す。

 俺の肩に頭を乗せて寝入っている。

 天使の翼や輪っかはなく、そのあどけない寝顔は、ごく普通の少女の様だった。

 学校に落ちてくるまでに色々あって疲れていたのだろう、爆睡している。


「ああ、虫が多い」


 春先とあって、冬眠していた虫たちが続々と顔を出し始める時期。

 山の上にある学校に通ってる身としては、鬱陶しいことこの上ない。

 いま俺は学校が立つ山の麓の「学校前停留所」のベンチに座っていた。


「バレたらワンチャン退学やった。あぶないあぶない」


 俺が天使の命を助けた後、騒ぎを聞きつけたのか廊下を走る足音と共に教師たちの声が聞こえた。

 あんなに大きな音がしたんだから、当たり前っちゃ当たり前だ。

 そして、天使を抱えて学校を後にした。

 とりあえず家に帰ろうと思ったのだが、天使を抱えた状態では邪魔になると思い、自転車は学校に置いてきた。

 結果、バスでの帰宅を選択し、バス停にいる。


「ーーー」


 無言で隣の少女を凝視する。

 サラサラな髪に可憐な顔立ちに目を奪われて頭がいっぱいになるが、気を取り直し、この子はどこから来て、何者なのか?

 そういう根本的な疑問で満たす。

 やっぱり、魔術世界か教会のどっちかの産物だよな?

 魔術……はないか?

 天使は一応基督的世界観の存在が主で、魔術師は基督的神秘を基本使わないらしいし。

 そうなると、教会勢力だよな。

 それが、一番しっくりくるけど、でも神秘を学問として捉えるきらいのある魔術師とは違って、教会勢力はあまり神秘を学問として紐解いてないから魔術の様には発展してないって言うから、召喚なんて出来るのかな〜。

 ………………それかシンプルに神秘現象で、この世界に産まれ落ちたとか?

 あり得るか。

 理論的ではなく、思考を放棄した様なかなり頼りない考えだが、可能性でいえば先の二つにも負けずとも劣らずと言った感じだ。

 この世界は色んな未知に満ち溢れている。

 故に、未だ人に発見されていないロジックが働いて、起こる現象が無数に存在する。

 この雄大なる地球を二次元にした科学でさえ、発見されてない事や解決していない課題は数多くあるのだから。


「それにしても………………はぁ〜〜。

 俺はこれからどうすれば良いんだ〜」


 どれだけ考えた所で、何の情報もない今の状況で答えが出る筈もなく、これから起こるだろう事に、憂鬱な気分になってため息をして愚痴っていると、隣の金髪の少女が熱を取り戻す。


「うっ、、ん、あ」


 ゆっくりと徐々に赤子の様にして瞼を開く。


「目、覚めた?」


 尋ねると可愛らしく、こくんと頷くとバッと飛び起き、詰め寄る。


「ここ、どこ?!」


 お互いの鼻先がくっつくんじゃないかというほどの至近距離。

 どんなに可愛い子でも、こんなに近いと流石にヤダな。

 そんなことを頭の片隅で思いながらも、一旦天使を落ち着かせる。


「まぁまぁ!取り敢えず落ち着いて落ち着いて。

 こんな近いと喋れないから!」


 声量大きめに言うと、天使は不満たらたらといった様子でベンチに座りなおす。

 心なしか距離を取られたのは気のせいだと信じたい。


「それで、ここはどこなの?」

「ここは弥乃境市の私立聖花学園下のバス停だ」

「あなたは誰?」

「俺は菊間ハギトだ」

「ふ〜〜ん、で?」


 不機嫌な様子から、明らかに不穏な空気を纏い出す。


「上にある私立聖花学園の2年B組。

 特に部活はしてない。

 アイルランドと日本のハーフで菊間家の長男。

 だけど今は一人で暮らしてる」


 そして、その空気は俺が身分を明かしていく毎に、より強くより深く増していく。


「………こんな感じで、どうっすか?」


 俯いて無言状態の天使との間に耐えられず、そんな素っ頓狂なセリフを口にすると、天使は顔を上げると、目で追いきれないとんでもない速度で俺の首に手を回して締め上げる。

 身体が地から浮く。


「そんな事はどうでもいいのよ!

 あなたはどっちの者なの?

 魔術師?教会の追手?それともどちらでもないかしら?

 でも、まぁ私を生かしたって事は、どちらかと言えば、魔術師かしらね。

 教会のハンターだったら問答無用で殺すだろうし。

 私を薬漬けにして、生かしながら狂わせて、生きながらお腹でも裂いて、バラバラに解剖でもしようというんでしょうけど、そうはさせないわ!

 今ここであなたは殺す!」


 憤怒と怯えをない混ぜにした鬼気迫る表情を浮かべて、締める力を強める。


「ああ、がっウ、ぐゥ、ギぐゥアあ」


 いよいよ気道の締まりが殺人の域まで達する。

 首が天使の手の形に鬱血する。

 充血で頭が熱したフライパンの様に熱い。

 酸素を取り入れることが叶わなくなる。

 その………せい…で、脳が………ぼーっと……してきた。

 …………。

 ………………………。

 意識を手放しかけていたその時、精霊の心臓が無意識に起動し、身体がボゥッと炎に包まれる。

 生物的本能が働いたのか、天使は咄嗟に手を離す。


「ガハッ、ガハッ、オエ」


 解放された俺は硬い地面に頽れる。

 精霊の炎は消えていた。


「何この力?」


 天使は未知の存在に怯えるかのように、後ずさる。

 実際、俺のような事情の奴はこの世界に俺以外に一人もいないだろう。


「それを話すから、ベンチに座って落ち着いてくれ。

 俺は魔術師でも教会の追手でもない。

 ちょっと不思議な一般人だ。

 だから、君に危害は加えないから落ち着いて安心してほしい」


 必死なお願いが叶ったのか、天使は腕と脚を組んでベンチに座る。


「で、その力は何?」


 天使は怒り顔で尋ねる。


「俺は精霊の心臓を持っているんだ」


 そう言って、俺は肝腎要な事は避けて力の事を話し始めた。

 一通り、話し終えると天使は分かりやすく、驚いた。


「そんな事ってあるの!

 神秘の塊みたいなものが人間と共に在るなんて、ありえないわ!」

「いや、ありえないって言われても。

 実際にそうだし」

「気持ち悪!」

「ガチトーンで言うなよ。

 酷くないか」


 何で俺、罵倒されてんだよ。

 違うな罵倒っていうか、心の底からの感想って感じだ。

 そうか………………俺って気持ち悪いのかー。

 知らなかった。


「まぁ、今はいいわ。

 それより、貴方これからどうするの?」


 それよりって………………。


「もう、家に帰るだけだけど」

「よし、なら、私も連れて行きなさい。

 何なら少しの間、住まわせてちょうだい」


 天使はベンチから立ち上がり、俺の前まで来るとビシッと俺に指を指して言った。


「何でだよ!

 図々しすぎるだろ!」


 怒鳴る。

 てか、物言いが上からすぎないか。

 助けた時点で、責任を持って面倒は見るつもりだったけど、こんな言い方されると、その気も失せる。


「お願い。

 あなた以外に、頼る人がいないの」


 思いの外、しゅんとした姿。

 その姿が、あまりにも捨てられた子犬の様でほっとけなくなる。


「分かったよ。受け入れてやる」


 了承すると天使は分かりやすく、パッと顔を明るくさせる。

 まぁ、実際はなんだかんだ言っても天使を見捨てる事が出来ずに、こうなってた気がするが。

 素直な奴。


「それで、天使。

 名前はなんて言うんだ?

 てか、あるのか?」


 俺もベンチから立ち上がり、天使と対面になる。


「そうね………私の名前は………セラフ。

 そう、セラフよ。

 よろしくね、ハギト!」


 天使は、何かを探す様に目をキョロキョロさせると、お目当てのものを探し当てたかの様に、名乗った。

 続けて、セラフは手を差し出し握手を求めた。


「ああ、よろしく。同居人」


 俺もそれに応える様に手を差し出した。


「それとだいぶ遅くなったけど、私を救ってくれてありがとう」


 そういって、はにかむ彼女の笑顔はただただ可愛いかった。

 この笑顔を見れただけで、命を救う選択は報われた気がした。


「ブブッーーーーー!!」


 と、そこでちょうどバスが来た。


 ###########################


 セラフの分の運賃を払い、バスの心地よい揺れに身を任せながら30分。

 自宅から最寄りのバス停で降り、自宅まで歩いた。

 途中、コンビニがあったので入って、夕飯の底増しされた弁当を買った。

 俺は、カレー。

 セラフはリンゴを3つで、天使っぽいものを選んでいた。

 いつもは自炊しているのだが、今日は補習やら天使との遭遇やらバスで帰ったからとかで、だいぶ時間が経って、もう21時で遅い。

 明日もあるのに、こっからご飯を作る気にもならないし、時間が勿体無いので、コンビニ飯で済ませる。

 家に着くと俺はセラフをリビングに案内して、「ここで、ちょっと待ってて」と言って、リビングに置いて、俺は自分の部屋に行く。

 制服から部屋着に着替えて、再度リビングに戻る。

 リビングのテーブルにセラフと対面で座り、手を合わせる。


「いただきます」


 俺はカレーとプラスチックスプーンの封を開けて、食べ始める。

 セラフも俺の真似をするように手のひらを合わせる。


「いただきます」


 そう言って、リンゴにかぶりつく。

 豪快だな。

 そんな感想を抱きながら、腰を据えてゆっくり出来る今だからこそと思い、俺は一番の疑問をセラフにぶつけた。

 嘘は許さないと意図的に硬い空気を出す。

 返答によって、巻き込まれるだろう厄介事のレベルを知れるのだから。


「セラフさぁ、何で空から降ってきたの?」


 セラフに起こってるであろう問題に直結する質問。

 これは、しっかりと聞かねばならなかった。


「それは………………あれ何?」


 答えられず口籠もっていたセラフは、あるものに興味を示した。

 セラフの視線の先を辿っていると、テレビの横にあるDVDの棚に行き着く。


「あぁ、アニメとか映画DVDだよ」


 食べかけのリンゴを机に素で置き、椅子から立ち上がり、棚の前で膝立ちになって漁る。


「ねぇねぇ。これ、どうやって使うの?」


 子供のように無邪気な顔で尋ねる。

 完全に毒気が抜かれた。


「ハァ〜〜」


 盛大に溜息をすると、俺も席を立ってセラフの横に座った。

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