第5話 命日
「歌った歌った」「いやーーー楽しかったね!」「凄い、ストレス発散になったよ」「最高の土曜日や」「もう、喉カラカラだよ」
そんな風に各々笑顔を浮かべながら、カラオケ屋さんから出る。
俺は空を見上げる。
渋谷の街は、夜の闇に包まれる。
普通の街ならば眠りにつき静まる時間帯だが、この街はここからが本番だ。
色彩鮮やかな灯りに彩られた渋谷の街は、多くの外国人や若者たちで賑わっていた。
「よし、じゃあ帰ろーー!」
優奈さんの先導のもと、駅に向かう。
この後、普通はみんなで飯を食いに行くのだろうが、我が五浄高校2年B組は健全なのだ。
すぐに帰宅だ。
来た道と同じく反対方向。センター街から渋谷駅に向かう。
流行りのポップな歌を全身に浴びながらキラキラした街を進む、その途中で、頭にひび割れるような痛みが訪れる。
「いい加減、イライラしてきたっ。クソ」
しかし、四度目となるとそろそろ慣れる。
俺は前回よりも早く、周囲を見渡す。
お陰で、人が多い中でもすぐに見つける事が出来た。
それだけではない。回数を重ねるごとに、天使の姿形が明確になるのだ。それも関係しているだろう。
「いたっ」
天使が路地裏を行くのを視界におさめる。
俺は頭痛に呻きながらも、痛覚を押し除けて走り出す。
「ちょっどうしたの?菊間くん!」
「ごめん、みんなは先行っててくれ!
俺は気になったことあるから!」
背後から、優奈さんの困惑の声を受けながら、路地裏へ走った。
「うっオげ」
渋谷の路地はゲロのように臭かった。
あちらこちらに生ゴミの袋が散乱し、ネズミやゴキブリが山のように這っていた。
「クッサ!汚ッツ!最悪だろ」
早くここから出たいという思いも相まって、走るスピードが上がる。
が、しかしどんなにスピードを上げて走っても、一向に追いつく気配がない。
「なんなんだよこれ?どういう事だ?」
おかしい。
天使は一切、走っていない。だというのに、追いつけないー
それどころか、俺に気づいた様子がない。
そんな筈はないだろう。
ゴミを蹴飛ばしたりして背後から追っかけられているのに気づかないなんてない。
あり得ないだろう。
まるで、俺と天使の距離は固定されていて、その差を埋める事は出来ないようだ。
「………………………」
ゲームの負けイベントのような諦めを感じ止まった。
あまりにも本気で走ったせいか、気づけば頭痛は治っていた。
「はぁはぁはぁはぁ」
俺は息を整えながら、周囲を見渡す。
スーツを着た大人たちが多い。
先程のセンター街よりも年齢層が高めで、飲み屋街の方まで来ていた。
どうやら、道玄坂の方まで来ていたらしい。
「マジで俺の体はどうなってんだよ」
ぽつりと呟きながら、渋谷駅に歩き出す。
「はぁ」
思わずため息。
突如、頭痛と共に天使が見えるようになったのだ、それも仕方ないだろう。
ストレスか?
いや、まぁおそらく神秘関係なのだろうが、そうとも限らない。
もしかしたら、普通に精神病かもしれない。
もしそうだったら、どんなストレスだよって話だが。
出来れば神秘関連であってほしいが、どっちもどっちだな。
「どうすれば、良いんだろう?」
病院行くか?
いや、でも医者に行ってもなぁ。
それに神秘関連だったら、医者には分からないだろうし………。
「そうか………明日は命日か。
ちょうど良い機会だ。明日、ケイカに聞こう」
明日の予定を埋めながら、電車に乗った。
##############################
次の日の朝?
日曜日。
12時。
渋谷から帰り、飯を作ったり、風呂に入ったりと、なんやかんやあり、寝たのが午前2時とかだったからか、起きるのがこんなにも遅くなってしまった。
俺は適当に顔を水で濡らして、眠気をとる。
起きた時間はどうあれ、満足するほど眠ったため、大分スッキリだ。
不意に、喉に違和感を感じ声を出してみる。
「ああっああ」
ガラガラ。
まるで潤いのない聞くに堪えない、情けない声だ。
何故、こうなったのかは明白、昨日のカラオケだ。
「なんか、昨日はやたら優奈さんとデュエットさせられたからな」
カサカサな声で呟く。
不思議だ。
俺と優奈さんだけで、全体の3分の2は歌ったのではないだろうか。
そのおかげで、このザマだ。
カラオケとか行き慣れてないからなぁ。
優奈さんなら、あんなに歌っても全然へっちゃらなんだろうけど。
そんな風に思いながら、意識を喉と心臓に移す。
すると、ものの数秒でーー
「あっああ」
潰れていた喉が治った。
####################################
昨夜の余り物で、朝飯を済ませた俺は住宅街を歩く。
目的地は、五浄市の北西の山部にある神社。
なぜ、俺がこんな日曜日の昼に神社に向かっているかというと、目的は二つある。
一つは、神社にいるとある人物に会い、ここ数日頻発する頭痛と共に現れる天使についての相談。
そして、もう一つは墓参り。
今日は家族の命日なのだ。
……………………。
………………………………………。
……………………………………………………。
それから十数分、自転車を走らせ参道の入り口に到着した。
俺はマウンテンバイクを鳥居の陰に停め、山道を登る。
鬱蒼と生える黒い木々で、日の光が遮られた道を数分登ると、境内に出る。
耶乙神社。
平安時代から存在するとても歴史の長い神社。
かつては、五浄の地元民に愛されていたらしいが、今ではすっかりと忘れ去られ、
神主すらもいない。
だというのに、境内はまるで新品のフィギュアように違和感がない。
それが逆に、おかしいのだ。
そんな感想を抱きながら、声を出す。
「おーーい!」
しかし反応はない。
ただただ俺の声が境内の反響するだけ。
もう一度ど、声を出そうと大きく息を吸うとーー
「っすぅーー」
「ここ」
小さな声で素っ気なく、その人物は答える。
背後にケイカが立っていた。
「うおっ、びっくりするな。
普通に声をかけてくれよ」
和服に身を包む少女。
ミディアムヘアの黒髪に華奢な肉体で身長もあまり高くない。
端正な顔立ちで表情も殆ど変わらないのも相待って、機械のようだ。
この人物こそが、土地神の天津境耶乙姫神。
この五浄市最強の存在だ。
「よう、ケイカ。元気してるか?」
「いつも通り」
「そうか、それは良かった」
いつも通りの返答に、安心感を覚える。
この土地神とは知り合って、もう数年経つ。
いっときは、一緒に暮らしていた。その為、俺はケイカと呼び、ケイカは俺を星斗と呼ぶほどの仲だ。
「お墓参り?」
「ああ」
俺はしみじみと答える。
「そう、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ケイカの言葉は短く素っ気ないながらも、暖かさに溢れていた。
俺はそれに背中を押され、神社の奥に向かった。
###########################
社殿の奥に行くと暗く湿気て、植物が死んでいるところに三つの墓石が建っている。
「ーーー」
俺は自身の心臓を起こす。
すると、冷気のように俺の体から溢れ出す金色の光が周囲を覆う。
すると、枯れ死んでいた花々や植物が途端に命を吹き返す。
俺はそれを見届けると、墓の前まで行き跪き合掌。
「ーーーーーーーーーー」
この墓の下に、本当に俺の両親と弟は眠ってはいない。
3人の残骸は、今もアイルランドの何処かに転がっている。
もしかしたら、もう既に自然の自浄作用によってこの地球には存在していないのかもしれない。
それほどまでに、あの事件は凄かった。
「………………………」
今でも思い出す。
あの日、家族でアイルランドの片田舎に旅行へ行った。
そこで、詳細不明の謎の光が発生した。
その光は一瞬で全てを焼き尽くし、俺から何もかもをそれこそ心臓までもを奪っていった。
光が収束し、辛うじて生きていた俺は死にたくなくて森を彷徨っていた。
でもそれも、もう無理だって時に楽園に迷み、そこで精霊と出会った。
そして精霊の気まぐれで心臓を与えられ、俺は何とか生き残る事が出来たのだ。
「ーーー」
どれほど経っただろうか。
数分とも数時間とも受け取れる長く静謐な時間。
それは罪人の懺悔の時間。
いくら祈り懺悔したところで、神は救いの手を差し伸べない。
そう知りながら人はせざるを得ないのだ。祈りと懺悔を。
「ーーー」
俺が子供の頃に犯した過ちは、死刑なんかじゃ到底償いきれないものだ。
せめてその償いのために死ねと思う。
でも、死ねない。
そこには、もう一つ、確かな事実がある。
俺に生きろと、この心臓を与えてくれた人がいる。
その人のためにも俺は死ねない。
………………………でも、本当にそれで良いのだろうか?
こんな自分の罪に恐怖する日々を終えたいと思っているのではないか?
俺は裁かれる日を待ち望んでいるのではないか?
「自責の時間は終わった?」
ケイカの声で我に帰る。
「はは」
俺はその率直な物言いに、苦笑いを浮かべながら答える。
「ああ、今年も終わったよ」
そう言って立ち上がった。
今年も答えは出ないままだ。
##############################
「最近、頭痛と一緒に天使の幻覚を見るんだ」
墓参りを終えた俺は、ケイカと共に最近の天使の幻覚のついて相談する為に社務所に来ていた。
「そう」
俺の真剣な悩みは、たった一言で終わった。
ケイカはテレビに釘付けである。
「いやいや、もっとちゃんと聞いてくれよ」
気を取り直して、もう一度尋ねる。
「最近、頭痛と一緒に天使の幻覚を見るんだ」。何か知ってるか?」
「そう、分からないわ」
ケイカはなんて事ないように受け流す。
「教えてくれよ」
俺は社務所の畳の上で、縋るようにケイカに懇願する。
ケイカは視線をテレビから俺に移し答える。
「確かにあなたのその心臓は特殊だけども、起動させなければ普通の心臓と変わりないわ。
その頭痛があった時は、心臓を起動していたの?」
「いや、起動していなかった」
思い返してみても、精霊の心臓を起動した時のような全能感はなかった。
「ならば、私には分からない。
そもそも私は魔術については専門外。
あなたが持つ知識と対して変わらない」
ケイカはピシャリと言い切る。
「そうか、ケイカにも分からないか」
ケイカなら答えを知っていると決めつけていたから、少しガッカリだ。
そうなってくると、もう一度天使の幻覚について考えなくてはいけない。
「私には知らないが、魔術師には分かるかもしれない」
魔術。
科学の対極にありながらも延長線上にあるもの。
物理法則や自然の摂理を軸にこの世界のあらゆるモノを解き明かしていく科学とは違い、魔術は概念や魂、不老不死に超常の存在への到達など人という種の限界を超えるための手段であり、それらを研究・駆使して世界を紐解く者たちを言う。
「俺に魔術師の友達なんていないだろ」
「ええ、それに魔術師に相談するのは得策ではない」
「だよなぁ。あいつらバケモンだからな」
魔術師という人種は、自身や自身の家の研究のためなら、どんな非道な行為も辞さない
それこそ、俺の精霊の心臓なんていう希少性から、もし魔術師にその事がバレれば生きた人間標本にされてもなんら不思議ではない。
「やっぱりこうなって来ると、もう一度しっかり考えないとな」
「ごめんなさい。役に立てなくて」
俺は思考に没頭していると、隣にやってきたケイカが謝ってきた。
相変わらず無表情だが、若干しゅんとしていた。
俺は、そんなケイカに小さく笑いーー
「気にしないでくれ。いつもありがとう」
「うん」
ケイカは小さい声で頷いた。
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