第2話 救いの一閃
創造主。神。神霊。
数ある上位存在たる神の中でも土地神は、特殊な在り方をしている。
過去、土地に流れた血や散っていった人の魂の欠片が集合して核になり、土地に対する過去未来現在のポジティブ・ネガティブあらゆる想いを霊体、その土地の物質を肉体として現界
する。
神核が形成されるには、莫大な量の血と魂のかけらが必要で、そのため実は土地神は結構希少なのだ。
そんな神様が俺の横で器用に箸を動かして、鮭の骨を抜く。
「うまうま」
食う前は愚痴っていたが、何だかんだ言って美味しく食べてくれているらしい。
「な。美味しいだろ?」
俺は得意げに問うと境耶は何やら渋い顔をする。
「うん、確かに美味しいよ。
でも、毎回魚とか和食じゃん
たまには、洋食にしてよ。
コーヒーとかと一緒に優雅なモーニングを堪能したいのよ」
「ほざくな。
俺は和食しか作れん。
それに、和室界隈にモーニングなんて分不相応だよ」
「誰が和室界隈じゃ。
私はそんな芋臭くないぞ。普通に美少女でしょ」
座布団から立ち上がり、くるりんパ。
白と紅の巫女服を着た幼女が舞う。
「確かにバチ可愛」
素直に感想を述べる。
「でしょ!」
自信満々にウィンクなんかしたりして笑う。
「それは十分知ってるから、行儀悪いから座れ」
「はい」
注意すると素直に、座って食事を再開する。
その後は、学校での話や最近観た映画の話をしたり、暇すぎて新技を開発しただとか、盗み聞きした町内のゴシップを境耶から聞いた。
そんなこんなしていると食事が終わり、食器を台所に持っていく。
俺と境耶は並んで食器を洗う。それが終わると社務所を出て拝殿に向かった。
これから行われることを考えると、心臓が早鐘を打ち顔が熱くなってくる。
端的に言えば、緊張していた。
何度も行っているのだが、一向に慣れない。
対する境耶は俺よりも回数は少ない筈だが、どこ吹く風だ。
隣に並び歩いているのだが、腕を頭の後ろで組んで口笛なんか吹いていたりする。
たぶん、何とも思ってないんだろな〜。
そんなことを思いながら歩みを進める。
拝殿に入る。
「じゃあ、お願いします」
照れくさそうに、境耶から視線を外して言う。
「なにをモジモジしるの。
全くいつまで経ってもウブだな兄貴は。
いい加減、慣れて欲しいものだよ。そうじゃないと、私が疲れるんだ」
境耶は呆れるように腰に手をやり、ため息。
こちらは何もかもをやってもらう側だからか、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
しかし、言わなければならない事は言っとかなくてわ。
「別に幼女の姿でするのに、緊張してるわけじゃないから。
幼女姿は色々とエグいから、変身はしてくれ」
「ほっと———」
そんな気軽な掛け声と共に、境耶の身体が光に包まれ、数秒の後に光は部屋中に霧散する。
光の中から俺と同じ年頃の少女が現れる。
黒髪を後ろで結んだ簡素のスタイル。
しかし、それでも強烈に人の眼を惹きつける魅力があった。
顔は日本的で彫りはあまり薄くないが、目や鼻、唇の形が整っていて、未成熟ながらも完璧な美があった。
JK境耶と言ったところだ。
やっぱり先生に似ている。
そんな感想を持ちながら、拝殿の全ての扉を閉めて、光を遮る。
すると、部屋は真っ暗になる。
真っ暗すぎては、儀式もクソもないので、蝋燭で火を灯す。
蝋燭の火に当てられ、俺と境耶の影が壁に映る。
二つの影は互いに距離を詰め、重なり合う。
境耶は俺の太腿に跨ぎ、馬乗りになる。
俺は学ランを脱ぎ、シャツを脱ぎ、下着を脱いで上裸になる。
中央寄りの左。心臓があるところをJK 境耶は凝視し、爪を立てて縦に一線を引く。
『境魂の
傷つけられた肌から血が流れる。
いわゆる調整とは、境魂の儀の事だ。
境魂の儀とは天津境耶乙姫神のみが使える権能を応用した離れ業だ。
通常、人は霊体と肉体が同列にあり上位に魂が位置する関係で、霊体と肉体は相互作用の関係だが、肉体と霊体の上位にある魂は肉体と霊体に影響を与える事はあっても、影響を受ける事はなないらしい。
しかし、ハギトの有する「精霊の心臓」はあまりの神秘の強さに、霊体にありながらも肉体を超え魂を汚染するほどの影響力を放つ。放っておくと肉体のみならず、魂までもが精霊へと変化する。
病のように徐々に汚染し人生と霊性とで混濁する魂に一線を引く事で、人性を保つ方法だ。
2週間に一回、これをして霊性と人性で混濁した魂に一線を引いて、霊性を切り離す作業をしており、このお陰で俺は人間でいられることが出来るのだ。
「チューー」
「………くぅ、ン」
境耶の唇から舌が飛び出し、俺の胸にの血に触れる。
軽く刺激を受けて動物のような情けない声があがる。
舌をまるで筆のように使い、「境」のような字の霊符でよくあるような紋様を描き、終えると紋様の中心を動物のように、何度も啄む。
「グチュ、ちゅ、ゅ、」
「ん、く、うぐ、すっっ」
すると、心臓がある部分が青銀に輝き出す。
部屋中を青銀の光が満たす。しかし、不思議と光で目が眩む事はなかった。
心臓が発光している。
それが肌を透過して、俺たちの目に入っているっぽい。
境耶は三度、口付けをし紋様を横に一線すると光は段階的に収まる、暗闇の世界に戻る。
儀式が終わり、
神社特有の厳かな空気を境耶が破る。
「今回も無事何事も終わったね」
「ああ、ありがとう」
真剣な顔で感謝を述べると、なぜか少し強めに頭頂部にチョップを受けた。
「痛ぁ、何で?」
「ガチ感謝だからよ」
「はぁ?意味わからん。感謝するのは、いい事だろ」
「私にとっては猪を食い殺すよりも簡単な事なのよ」
「例えが物騒すぎる」
でも、まぁ何が言いたいかはわかった。
「じゃあ………サンキュー」
「流石、兄貴。そういう事そういう事」
そう言って、境耶は先生と同じように豪快に笑うと拝殿を後にした。
俺も続いて拝殿を出た。
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幼女に戻った境耶と社務所で数時間駄弁り、早めの昼飯を取り、12時過ぎごろに神社を後にした。
自転車でもと来た道を通り、学校へ行く。
数十分、住宅街を走る。
徐々に家々が減っていき、田んぼに変わっていく。
そして、それから数分、山が見えてくれば、学校はもうそこだ(山といってもそこまで高くはないが)。
自転車から降り、山の急な斜面を自転車を引きながら登る。
そして、山の頂上から斜面に渡って学校は立っていた。
私立聖花学園。
弥乃境市のある山の上にある戦後まもなくに建てられ、1970年代に増築されたキリスト教系の中高一貫校。
高度経済成長期という波乱で増長していた時代という事もあり、壁のない独特な構造をしている。
山の斜面に沿うように、階段のように建てられた新校舎はまるで大学のキャンパスのようであり、今では新校舎で教育が行われている。
俺が先生と旅をしていた中学1年の冬から高校一年の夏まで、改修工事がおこなわれていたため、今ではとてもきれいだ。
日の光を取り入れやすいように、校舎の至る所がガラスにあり柱などは白く塗られ、透明度が高い。
何となくだが、雰囲気は空港に近い感じがする。
それまで使われていた校舎は古く、至る所がさびてぼろくなっていながらも、そのまま残さ
れ旧校舎と言われている。
また、カトリック系の学校で、新校舎・旧校舎や敷地内の至る場所にキリスト数関係のものがある。
俺は、駐輪所に自転車を停めると学生鞄を持って、昇降口へと歩を進めた。
昇降口玄関は2階、3階と吹き抜け構造であり、天窓は赤•青•黄•白•黒•緑とステンドグラスでできている。
昇降口を抜け、階段を下っていく。
昇降口や図書室などは主に山の頂上にあり、教室等は、斜面にある。
そのため、うちの学校は昇降口を潜り階段を下るのだ。
これは他の学校ではない、我が校特有の物だと思う。
2階に下り右に曲がる。端から二番目のところに俺のクラスの教室がある。
2年B組の教室の扉を開けて教室に入り、一番後ろの窓側の席に行く。
いわゆるアニメ席で、スカす権利がある。
それに、ここなら携帯をイジってもバレない。
全く最高の席だ。
今は、5限と6限の間の休み時間らしい。
残り1時間ということもあって、教室の中はだいぶ弛緩している空気だ。
「お、菊間じゃん」
「いま何時だと思ってんだよ」
「菊間くん何してたん?」
教室に入るとクラスメイトが気軽に声をかけて来る。
この学校は中高一貫校で、公立高校に比べてスクールカーストというものが露骨ではなく、かなりクラスメイトの仲が良い。
中学1年生の頃から高校2年まで、計5年同じメンバーで、沢山の思い出を共有しているからだと思う。
「おーっす、ハギト」
「よう、おせぇよ」
席に着いた俺に声をかけて来たのは、葉山翔と武田修だ。
俺の友人で、アニメ・漫画・映画の話で仲良くなった。
確かヒョロガリの葉山が卓球部で猫背背が高い武田が写真部だ。
「何してたんだよ、寝坊か?」
武田が聞いてくる。
「めちゃくちゃ爆睡してたわ。
寝過ぎて身体痛い」
適当に嘘を吐き、それっぽいパフォーマンスとしてコキコキ言わせながら肩を回していると、俺らの輪に新しい女の子の声がする。
「あははは、何それ〜。本当に高校生〜?」
身長の低い明るい茶髪をボブにした童顔の少女。
近衛優奈。
女バス所属で、きゃぴきゃぴしてるザ・女子高生。
つまり陽キャで、このクラスの盛り上げ役だ。
そんな女の子が、俺に話しかけてくれるなんて謎だった。
スクールカーストが露骨ではないとはいえ、無い事もない。
やっぱり、サッカー部だったり野球部だったりのガタイがいい奴や声が大きい奴、イケてる奴はや気が強い奴、シンプルに面白い奴は上の方だ。
逆に、残酷だが顔が不細工な奴やヒョロヒョロしている奴、話しかけられても喋らない奴などの下の方の奴らは、イジメられる訳ではないが、ちょいちょい馬鹿にされることがある。
そして、そのどちらでもない、強いて言えばそんなに面白くない俺は中の中だ。
そんな俺が何で近衛さんに、頻繁に声をかけられるのかは分からん。
「おう、近衛さん」
「よ、菊間君。あ、そう言えばさ、静海さんの事、聞いた?」
2年D組の優等生。
中等部から在籍しており、とても物静かでミステリアスな雰囲気の生徒だ。
さしずめ、深窓の令嬢といった感じだ。
「いや、知らない。何かあったの?」
「それがね。近衛さん、俳優とアイドルとモデルの三人に求婚されたらしいの」
「何それ。どんな話よ。
スケールおかしくない?」
「これで終わりじゃないよ」
「え?続きあんの?今の時点で大分バケモンよ?」
「告られた静美さんはね、三人に付き合う代わりに無理難題を課したの。
一人には、プライベートジェット。
一人には、大企業の株。
一人には、ロンドンに別荘を要求したそうよ」
「まんま、竹取物語じゃん!
一気に信憑性なくなってきた!」
「それで言うなら、私が聞いた時は最初から、疑ってるけどね」
そう言えば、そうだよ。
どこの世界に、芸能人にしかも三人に同時に告白される子がいるんだよ。
いたとしても、こんな学校にいんなよ。
「確かに!
そんな噂が広まるなんて、静美さんてもしかして虐められてる?」
「う〜ん?
そんな事ないんじゃないかな?
前にヤンキーを10対1でボコボコにしたって話があったし」
「10人ネキじゃん」
シンプルに凄い。
本当かどうかは分からないけど、嘘だとしても、元になるそれっぽい話はあるんだと思う。
そう思うと、噂の真偽を確かめたくなった。
と、そこで6限目の始まりを知らせるチャイムが鳴る。
「じゃあね、菊間君」
そう言って、近衛さんは自分の席に戻って行った。
「じゃ、俺らも」
「ういーっす」
そして、近衛さんがきてから、置き物になっていた葉山と武田も自席に戻っていく。
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