第2話 日常の中の異変

 5限と6限が終わり、時刻は17時。

 学校の窓から見る空は、11月の下旬ともあり、すっかり闇に包まれていた。

 俺は適当に机の下に入れていた教科書を鞄にぶち込み、帰ろうと席を立つ。


「菊間くんは帰り?」

「うん、優奈さんは?」

「私はこれから部活」


 我が校の理念は、どの学校でもありそうな手垢のつきまくった文武両道を掲げている。

 だが、うちの学校と他の学校の違いは、文武両道を有言実行しているところだろう。

 サッカー部や野球部、バスケ部を筆頭にインターハイ等々の大きな大会に常連校として、参加しているらしい。

 強豪校なのだ。それでもって、頭もそこそこ悪くない。


「いやー今日はシャトルランで憂鬱だよ〜」


 本心から、嫌そうに口にする。


「確かに、シャトルランはキツいな〜。走るのだけは楽しくないよね。

 でも、羨ましいよ。そういう、悩み。

 最高に青春っていう感じでカッコいい」


 優奈さんの言葉に同調しながらも羨望を向ける。

 俺はもうそういう普通の高校生は出来ないのだから。


「あはは、何言ってんのよ〜〜。くさい事言っちゃんって〜〜」

「ごめん。めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってるわ。忘れて」


 優奈さんは、「このこの」っと肘を突いて揶揄う。


「あっ、ごめんね引き留めて、じゃあね」

「うん、バイバイ」


 部活で残る優奈さんに別れを告げて、教室を去る。

 公立の学校らしく汚い昇降口で上履きを履き替え、学校を出る。

 明かりのない坂道を下り、停留所に向かう。

 そこで、駅まで行くバスに乗り都市部の五浄駅で降り歩く。

 いくら都市部と言えども、東京のように見渡す限り都会というほどのレベルではない。

 いち地方の都市だ。程度はしれている。

 数十分も歩けば、住宅街だ。

 世界を包む闇。

 本来、闇の中であるはずの道で、月と幾つかの星、民家の漏れ出た光が照らし、そのお陰で俺は真っ直ぐ歩むことが出来ている。

 そういつだって、俺は誰かのお陰で生きていけているのだ。

 それを痛感して、思い出すのだ。

 自分は無敵なのだと、何の力もないくせに思い上がっていたガキの頃を……………。

 ああ、夜の道はいけないな。

 心がこんなにも落ち込んでしまう。

 俺はただただ無心を心がけ街灯に沿うように、なだらかな坂道を歩いているとーー


「すみません。そこのお兄さん」


 男に声をかけられた。

 ゴツくもないまでも華奢でもなく、背の高いガタイのいい北欧系の肌に、修道服を纏っている。

 丁寧に手入れされた白銀の長髪を背に流す。

 顔は、温和で爽やかな優男といった印象だ。

 聖職者かな?

 日本で修道服を着た聖職者が、そこら辺の道を歩いているなんて珍しいなぁ、なんて思う。

 だが、そんなことよりも、俺は見惚れていた。


「おい、そこのお前、聞いておるじゃろう。さっさと答えんか」


 男の背後からスッと現れたのは、1人の女だった。

 腰にまで伸びるウェーブがかった金髪。

 こちらも同じ白人であった。

 同じ同郷なのだろうか?日本人の俺には、正直言って、白人の違いはわからない。

 そして、女神すら圧倒する豊満な肢体。

 完璧無比な絶世の美貌を傲慢な物言いで言い放つ。


「あっえ、う」


 もはや、芸術作品にまでに押し上げられた美貌を以てして言われ、ただただ言葉に詰まる。


「やめなさい。

 あなたのその顔で強く言われたら、誰でも戸惑います。

 何度も言っているでしょう」


 男は、まるで出来の悪い生徒を叱るような口調であった。


「そなたこそ、何度も言っておるだろう、そんなもの妾の与り知らぬことじゃと」


 男はハァと嘆息すると、すぐに笑みを浮かべ、俺に向き直る。


「すみません。

 それで、申し訳ないのですが、道を教えてもらってもいいでしょうか?」

「全然気にしないでください。

 それでどこに行きたいんですか?」

「五浄教会への道を教えて欲しいのです」


 最初、教会になんて足を運ばないから、分からなかったが、数秒経って思い至る。


「ああ、教会か。

 教会は、この坂を上った頂上にありますよ」


 俺は坂の頂上に向かって指を指す。


「ほら、妾が言った通りであろう。

 妾は間違ってはいなかった。

 お主は黙って、妾に従っていればいいのだ、天然め」

「あはは、ごめんなさい。

 でも、言い過ぎじゃないですか?

 僕は天然ではないと思いますけどね」

「ほう、天然ではないと申すか。

 ならば、そこの坊主に昨日あった痴態を話してやろうか?」

「ごめんなさい。勘弁してください」

「ふん、また私の勝ちよ」


 何だか知らんが、男はメチャクチャに言われていた。

 だが、女の言葉は悪かったが、口調に悪意はなかった。そればかりか、甘えが伺えた。

 つまり、ただの戯れ合いだ。

 恋人なのだろうか?だったら、男の方は最高に羨ましい。


「ええっと、行ってもいいですか?」


 俺は2人の生み出す世界に、居た堪れない気持ちになり、申し出る。


「ああ、すみません。

 親切に道を教えていただきありがとうございます」

「疾く去るがよい」


 女は冷徹に機械のような目で、俺をゴキブリのような嫌悪の視線で見据えて吐き捨てる。

 男と俺を見る目は明確に違っていた。


「はぁ、もっと言い方があるでしょう?………………すみません、この子は男が苦手でして、許してあげて下さい」

「はい、大丈夫です」

「ありがとうございます。それでは、僕は行きます」


 男は感謝の言葉を俺に告げる。男と女は坂を上って行った。

 俺はその2人の背から、ずっと目が離せなかった。

 男が聖職者で物珍しいからでも、女がとびきりの美人だからでもない。

 彼らが纏う空気。

 曖昧で言語化しづらいのだが。

 それが違っていた。

 いや、そうではないな………………どこか懐かしいのだ。

 俺は彼らを知っているような気がする。

 しかし、いつまで経っても答えには辿り着かない。

 やがて、2人の背中が消えていくのを見送ってーーー

 そしてまた頭痛が起き、俺の視線の先、街灯の下に少女が現れる。


「うっグあ、ガ」


 頭痛が増すごとに、先程よりも輪郭が明確になる。

 肩口で切り揃えたサラサラなホワイトブロンドの髪。

 だが、それでもまだ顔は分からない。

 靄がかかったようだ。

 少女はただ佇み、俺を見据えるだけ。

 心なしか、笑っているような気がする。

 それも数秒すれば、頭痛が引いていくのと同時に少女は消えていった。


 ##############################


 聖職者と美女に声をかけられたその後、俺は冷蔵庫に食料が何もないことに気づく。


「あぶないあぶない。このまま、帰っても何にもないや」


 俺はここから近くのコンビニに舵を切る。

 あの日本人なら一度は聞いたことある入店音に迎えられ、コンビニに入る。

 俺は特に悩まずカップ麺と水を手に取り、会計に向かう。


「いらっしゃいませ、お預かりします」


 店員がピッピッと商品を通す。


「こちら、お会計350円です」


 俺は財布を出し払おうとするがーーしまった100円ない。

 最悪だ。

 あらゆるポケットを探ってみてもあるはずもなく、唯一あったのが、ティッシュのゴミだけだった。


「あの〜、大丈夫ですか?」


 女性の店員さんが、心配そうに声をかけてくれる。


「あはは、大丈夫です。ちょっと100円を見失ってしまって………」


 俺はそれに苦笑いを浮かべながら答える。

 チっしょうがない。

 俺はティッシュのゴミを深く握り締める。

 すると、ティッシュは、みるみる姿を変え、100玉に変貌する。

 そして、それを店員に差し出す。


「ありました」

「350円、ちょうどお預かりします。

 ありがとうございました」


 何気なく答えて、会計は終わった。

 そうして、コンビニから数分歩き帰宅した。

 我が家は、豪邸だ。

 コンクリート打ち放しの地上2階、地下1階の計3階建て。

 灰色の空間で必要最低限のものしか置かないため、自分で言うのも何だが、綾波レイみたいな部屋をしている。

 そんな中で、1人暮らしをしている。

 俺は、自室に戻り制服から部屋着に着替え、キッチンに行く。

 キッチンで適当に、カップ麺を作って食し、風呂に入って自室のベットで眠った。



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