青春は、命懸けでこそ意味がある!

第1話 境界の此方、貴方との出会い

 カーテンの隙間から差し込む日の光と心地よい風で目を覚ます。

 まつげにかかる風で目に違和感を感じて、触れてみると涙が流れていた。

 理由は一つーー


「あの日の夢か」


 噛み締めるように呟く。

 夢の内容は、俺自身の過去の記憶。

 あの事件から何年も経っているが、その記憶が薄れる事はなく、未だに夢に見る。

 それほど強烈だった。それこそ、人の人生を一変させてしまう程の。

 と、そこで不快な音が携帯から鳴り響く。

 正体は昨日の夜に設定していたアラームだった。

 携帯に手を伸ばして、アラームを切る。


「………やめだやめやめ」


 朝から、しんみりとした雰囲気とは、何だか縁起でもない気がして、雑念を振り払うようにパッと立ち上がる。

 携帯の時計を見ると6時15分。

 設定が間違っていなければ、アラームが鳴る前に起きたのだから当然なのだが、時間通りだった。


「はわぁぁ〜〜」


 盛大にあくびをする。

 昨日の夜、早く寝ようと

 とりあえず、寝癖や腑抜け切った顔をを洗い落としに、自分の部屋から出て洗面所へと移動する。

 蛇口を捻り水を出してバシャバシャと三度、顔にかける。

 冷水が乾き切った肌に心地よい。

 タオルで濡れた顔を拭き取り、鏡を見る。

 鏡の前に、180cmほどの少年が立つ。

 鏡には、アイルランドにルーツを持つ母親譲りのくせ毛の綺麗な淡い金髪を、ツーブロックでボリュームが出ないようにしたウルフと色素の薄い肌色、対して目鼻立ちは父親譲りなのか日本的。

 目は日本人の一般的な大きさで垂れ目気味で、鼻はあまり高くなく唇も薄い。

 物珍しい組み合わせの顔立ちだが、整い具合では一般的だった。

 しかし、眼球だけは違う。

 瞳の色は、どの血にも縁のない宝石のような青銀。

 見たものを魅了し誘惑し、支配する。

 そのような不思議な魅力があった。

 自分ですら、未だに時たま自信過剰とは違う意味で、鏡に映る瞳に酔いしれる時があったりする。

 他人だったら、尚更だろう。


「ーーー」


 顔を洗ってスッキリした俺は、次に自室に戻り先ほどまで寝ていた布団を片付けて、カーテンを開き部屋いっぱいに日の光を取り入れる。

 青空に白い雲が眩しい。

 目一杯に陽を浴びて一階の居間に降りる。

 ここからは少しスピードアップ。

 食パンをオーブンレンジに入れ2分で設定し、その間冷蔵庫からバターとイチゴジャムを取り出し、牛乳をコップに入れて待つ。

 すぐに、オーブンから熱々に焼けたパンが飛び出してくるので、パンにバターとイチゴジャムを塗り、牛乳と一緒に居間のテーブルに並べる。

 それらを5分で平らげる。

 自室に戻り、制服に着替えて学生鞄を持って下に降りる。

 再度、洗面台に行き歯磨きと髪をセットして家を出る。

 一人で住む一軒家の横に置いてある自転車の鍵を開け、自転車を走り出す。


 ##################


 爽やかな青空のもと、自転車で住宅街を駆け抜ける。

 ほんの数ヶ月前までは真冬だったのに、今ではもう気持ちのいい春。

 ねっとりとこびりつき、頭に刻み込む悪夢を振り払うように自転車を走らせる。

 中学一年の夏休み、俺は家族と隣に住んでいた幼馴染一家と母方の実家があるアイルランドの田舎に遊びに行った。

 そんなところで産まれた母が、どんな理由で日本の片田舎に来たのかは知らないが、最早それを聞くことは叶わない。

 アイルランドの田舎で局所的に起こった事件に巻き込まれて、俺以外が死んだ。

 そのとき、俺も本当は死ぬはずだった。

 実際、腸が垂れるほどの傷を負っていた気がする。

 瀕死の状態で、どうする事も出来ず、無我夢中で進んでいると、精霊に出会い、心臓を貰い受け、一命を取り留めた。

 その後、行方不明となっていた俺は、地元民に発見され保護された。

 日本に帰国するも精霊の心臓が人間の身体に適合する筈もなく、すぐに拒絶反応が起こった。

 精霊の心臓という神秘が普通の病院で通用する訳がないと、分かりきっていたから、ただただ家のベットで苦しんでいた。

 そんな中、先生に救われた。

 先生はこの街「弥乃境市みのさかいし」の土地神だった。

 どうする事も出来ずにいた俺を先生は、痛みを和らげてくれた。

 しかし、仮にも神である土地神でも完治させる事は出来ず、その方法を求めて俺は先生と日本中を旅した。

 それでも完治する方法は見つからず、対症療法を作り出して先生とは死別した。

 それから俺は生きる為に2週間に一回、土地神のいる耶乙神社やおとじんじゃに行き、「調整」を受けている。

 今日はちょうど調整日で、その為に俺は朝早くに神社に向かう。

 耶乙神社やおとじんじゃは自宅を挟んで学校と反対側の山の上にある神社で、30分程度電動自転車を走らせ着いた。

 目の前には、時代を感じる色褪せた鳥居が立ち、その奥には山の頂上に向けて石段が続く。

 俺はいつも通り、鳥居の端に自転車を停めて鳥居を潜り、石段を上っていく。

 数分、黙々と進んでいると境内が現れる。二の鳥居を潜り境内に入る。

 まず、社務所へ歩き上がり込む。

 そして、社務所の一室の扉を開くと、布団の上で巫女装束を纏った黒髪の幼女が眠っている。


「めちゃくちゃ爆睡しとる」


 よだれが垂れて枕を濡らしている。

 幼女の名前は天津境耶乙姫神あまつけいかおとひめのかみ

 弥乃境市の秩序を守る土地神で、この耶乙神社の祭神だ。

 ちなみに、この子が第26代目で、先代が一緒に日本を旅し、俺を救ってくれた先生だ。

 部屋を後にして、社務所を出る。


「よし、やるか!」


 シャツを捲り気合を入れて動き出す。

 この神社には巫女がおらず、街の住人から忘れ去られた神社のため、荒れ果てている。

 神社に居るのも来るのも境耶けいか一人とはいえ、そのままでいさせておくのは可哀想だ。

 そういう事で、俺は調整日には朝早くに来て、色々と雑用をしているのだ。

 まずは社務所の境耶けいかが眠る部屋以外を掃除し、授与所・待合所・手水舎と続き、拝殿を丹念にかつ丁寧に掃除し、境内の掃き掃除をして終了。

 次は、境耶けいかが社務所の彼方此方に、脱ぎ散らかした巫女服やらを洗濯機に入れ回す。

 その中には、パンツも含まれているが、正味慣れた。

 最初の頃はドギマギしてたが、今ではこれを売って金儲けしたろうかと思うくらいだ。


「…………それは慣れっていうのか?」


 自分の感覚に疑問を持ったが、そんな事よりも今は手を動かさなくては。

 洗濯し終えた服を持って社務所の裏に周り、洗濯棒に吊るす。

 参拝客が見える場所に、巫女服やらパンツやらの生活感溢れる物が干されていると、ガッカリしてしまう。

 まぁ参拝客が来る気配は、一切ないが一応想定しておかなくては。

 大体、これらを2時間で終わらせる。

 次は、社務所に戻り朝飯の用意だ。

 ふと、我に返ると神様に振る舞う料理を作っているのだ。冷静に考えると緊張する。

 と言っても平日の朝から、そんな張り切ったものは作れない。

 メニューは焼き鮭に白米と味噌汁、納豆と一般家庭と何ら変わりなない。

 トントントンと、台所に包丁を響かせていると通路の奥から声がしてきた。


「うおおおおおおおおおおおおーーーーー!?」


 朝から週刊誌の主人公ばりの、気合いの籠った咆哮をあげる存在。

 そんなやつは一人しか知らない。

 てか、この空間にいるのは俺とあともう一人くらいだ。


「菊間ハギトォォォォォーーーーーーー!!」


 俺の名前が叫ばれているのを聞いて、背後を振り向くと、境耶が短い足を懸命に動かして跳躍、俺の頭にしがみついて、俺の視界が遮られる。


「ちょいちょいちょい!?危ないから!包丁持ってるから!」

「久しぶりじゃの〜〜!空いたかったぞ〜〜」

「三日前も会っただろ!」


「調整」は二週間に一回だが、寂しくならないように、出来るだけ会いに行っている。

 とりあえず、包丁は台所に置き、振り払おうとする。


「てか、ペタペタと顔を触るな!

 俺の鼻に指を突っ込むな!痛い!!」

「あはははははははははは!!」


 境耶はオモチャで遊ぶように、俺の眼球と鼻を触り、舐める。


「ばっか!やめろ舐めるな!お前は犬か!」

「兄貴に眼球舐めという斬新奇抜な性癖を開発しちゃる」

「なにそれ地獄すぎる!?ほんとやめろ!!

 もう眼球舐めの流行はすぎてるから理解されない!いうほど、流行ってもないけど。

 普通に痛いから!

 それに、お前も舐める方で開花するかもだぞ!?」

「その時はその時よ!一緒にニッチな世界を駆け回ろう!」

「やめろーーーーー!」


 思いっきり振り払うと、頭から離れ床に尻餅をついた。


「何するんだ、兄貴!痛いじゃんか!」

「わかったわかった。

 もう朝ごはん出来るから。居間で待ってなさい」


 自分で言ってて違和感を感じた。


「なんか今のママ味が強い」

「ね。俺も思った。

 でも、ママ味って言うの辞めよ。お母さん味にして。意味が変わってくるから」

「了解了解。

 何でもいいから、ご飯早くしてねー。

 リビングで待ってるから」


 境耶は俺を軽くいなして、台所を後にした………………と思ったら、ひょっこり顔を出して、一言。


「おはよう」


 言って満足すると、去っていった。

 ああいう所が、可愛んじゃ。



 ##################


 料理が出来上がり居間に持っていく。

 居間のちゃぶ台に焼き鮭と白米、味噌汁、パックの納豆を二人分並べる。

 毎回、この日は家事やらをして腹が減るので、朝飯を2回食べている。

 食べるところを見ていられるより、一緒に食事する方が美味しく食べれるだろう。

 境耶も何だかんだ言っても、一人で住んでいて寂しいだろうしな。


「ええええ〜〜。またシャケ〜〜〜。もう飽きたよ〜〜〜」


 前言撤回、一人で食ってろ。


「はぁ、しょうがないだろ。朝から唐揚げつくっれてか?」

「うん」

「アホか、重すぎだわ。朝から胃もたれなんて、一日がゴミになる」

「ぐちぐち言ってないで食え」

「ええええ。ヤダヤダ。

 濃いもの食いたい。ガッツリ食いたい。

 寿司が食べたい。オムレツが食べたい。ペヤングが食べたい。焼肉が食べたい」

「流石に焼肉は嘘だろ。

 いいから、ごちゃごちゃ言ってないで食べろ。じゃないともう作らないぞ」


 さっきまでは駄々を捏ねていたのに、急に人格が切り替わったのかと思うほど、背筋を伸ばして正座する。


「食べます」


 そう言って、頂きますと言うと食事が始まる。


「いただきます」


 俺も続いて、食事をはじめる。

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