七つの怪を巡る

「蝉の声を聴くと、今日みたいな雲一つない空を見ると、あのときの恐怖がよみがえるので」

 夏は嫌いです、と香山さんは言った。


 香山さんが中学三年生のときの話。

 当時、彼は生徒会長を務めていた。

 一学期の終業式が終わった後、彼は他の生徒よりも校舎から出ようとしていた。

「当時生徒会長をやっていて、ひとりで生徒会室の片づけをしていたんですよ」

 遅いとは言っても、まだ午後二時。太陽は高く、運動場から部活動に励む生徒の掛け声が遠く聞こえる。

 自分の靴を取り出すと、視界の端に、白いものが見えた。

「自分たちのクラスが使っている下駄箱の隣が、丸々ひとクラス分、未使用だったんですよ。その中の一つに」

 折りたたまれた紙がはみ出していたという。

 一瞬、ラブレターかと思ったが、それにしては簡素すぎる。便箋に入れられておらず、むき出しの状態だ。

「落とし物だったら、職員室に持って行かないといけないな、と思って」

 内容を確認した。

 上部に、この中学の名前と、七不思議一覧というタイトルらしき一文と、『一』から『七』に区切られた短文が載っていた。

 彼は、その内容に興味が湧いたという。

「文芸部だったんですよ。毎年長期連休明けに一作、部員全員が短編小説を書いて、それを合同誌にするという伝統があったので」

 ネタになるのでは、と考えた。


「結果としては、ハズレばかりでしたね。情報が古かったんですよ」

 一話目は、正門前の花壇の話だったが、植えられている花の種類が違う。

 二話目は、北校舎の北にある茂みの話だったが、何年も前に伐採されている。

 三話目は、裏門前の石像の話だったが、生徒のいたずらで撤去されていた。

「残りもほとんど確かめられなくて」

 四話目は、南校舎一階の理科室の話だったが、すでに施錠されていて入れない。

 五話目は、南校舎二階の女子トイレの話だったので、男である香川さんは入ることができなかった。

「唯一確かめられたのが六話目の、三年一組の教室の話でしたね」

 北校舎三階の一番端の教室、後ろの壁面に置かれているロッカーの一番右上に耳を澄ませると、赤子の泣き声がするという。

「確かに、そこに近付くと泣き声らしきものはしたのですが」

 ロッカーのすぐ手前の床が軋む音だった。

「耳を澄ませようとすると、その場所をどうしても踏んでしまうんですよ」

 彼は肩を落としたが、ここで帰るのも中途半端であると感じた。

 どうせあと一話だし……、とメモに目を落とす。

 七話目は、屋上にまつわる話だった。


 七.屋上に誘われた者は死ぬ


 今までの話よりも簡素だった。

「何が誘うのか、どうして死ぬのか、一切書いていないんですよ。他の話には、それなりの由来とか書いてあったんですけど」

 屋上には、今いる教室のすぐ隣の階段を上って行くことができる。

「大体のところがそうなんでしょうけど、うちの中学も、屋上に通じる扉は施錠されていて、開けることができないんですよ」

 せめて扉だけでも見ていくか、と階段を上った。

 踊り場を回り、見上げる。

 青く、錆の浮いた金属扉。

「それが、ガツン、と鳴りました」

 錆びついた音を鳴らしながら、扉が開く。

 金属の板で遮られていた蝉の声が、彼の目の前まで押し寄せてくる。

 見上げる空には雲一つなく、青一色の四角が見える。

 足元で金属音が鳴った。

「誰かがこっそり、そこで煙草を吸っていたみたいなんです。吸い殻入りの缶を蹴飛ばしてしまって」

 吸い殻と茶色く染まった液体をこぼしながら、缶が転げ落ちる様を、ぼんやりと見ていた。彼は、屋上まであと三段のところに立っていた。

「上っている自覚がまったくなかったんです。ずっと、踊り場に立って四角い空を見上げていたつもりだったので」

――あ、俺、死ぬ。

 濃密な死の予感、彼は叫びながら、階段を転げ落ちるように駆け下りた。そして、一度も立ち止まらずに帰宅した。


 その後、彼は、その中学で過去に二度、屋上から飛び降りた生徒がいる、という話を聞いた。

「いつ飛び降りたかは聞いてないですよ。もしそれが二度とも終業式の日だったら、もう耐えられないので」

 今でも、あの四角い空を夢に見ます。

 クーラーの効いた、肌寒さすら感じる喫茶店の中、香山さんの顔中を垂れる汗が一滴、テーブルの上に滴った。


 了


 高校生のころ、誰も使用していない下駄箱で、その高校の七不思議一覧が載っているメモを見つけたことがありますが、この話は創作です。

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