午前三時に鬼が来る

「誰に聞いても、そんなの聞いたことないって言われるんだけど」

 佐竹さんの話。


「俺、小さいころに、よく親に『午前三時まで起きていると、鬼が来て叱られるぞ』って脅されてたんだよ」

 確かに、聞いたことがない。

「結構厳しい親だったからさ、夜九時には寝ろって言ってきてさ……、だから俺にとっては、午前三時って遠い世界の話だったよ」

 佐竹さんは、見た目は厳つくて怖いが、真面目で実直な性格である。両親の言いつけを守り、午前三時の世界を知らず、すくすくと育った。

 大学生になり、彼は実家から離れた国立大学に進学した。

「初めて、門限とか寝る時間とか、そういうしがらみから解放されて、めっちゃうれしかったんだよ」

 羽目を外し、大学で作った友人と夜中に遊ぶ生活を送るようになった。

「まあ、でも、講義にはちゃんと参加したよ。夜更かししていい日はする、してはいけない日はしない。その辺りはきっちり守っていたから」

 とある金曜日。彼は友人宅で麻雀卓を囲んでいた。

「ひとりが『大学生ならば徹麻が通過儀礼』ってわけわからないこと言い出したんだよ。まあ、そのころみんな馬鹿だったから、いいねいいねってことで」

 一局、二局、三局、両隣が空き室なのをいいことに、彼らは騒ぎ続けた。

 時計が、午前三時を指した。

「対面に座っていたやつが、急に黙ったんだよ」

 つい先ほどまで、他の三人と一緒にはしゃいでいた友人が、口を閉ざして、佐竹さんの方を見つめている。

 どうしたんだよ、と声をかける。

 彼は、眼鏡を外し、目をこすり、眼鏡をかけ直す。首をひねる。

「あれ? あれ?」

 目を細め、佐竹さんの頭を凝視する。

「佐竹、お前の頭……」

 佐竹さんの額を指さした。

「角、生えてないか?」


「その言葉を聞いてからの記憶がないんだよ」

 佐竹さんがつぶやいた。

 ここからは、翌日、佐竹さんが友人から聞いた話になる。


 佐竹さんの左右に座っていた友人が、指さした方を見た。

「うわ、本当だ!」

 二人そろって声を上げる。

「お前ら!」

 額から二本の角を生やした佐竹さんが、勢いよく立ち上がった。

「何でこんな時間まで起きているのだ! 親からもらった体を大事にしないのか!」

 目を吊り上げ、三人を順番に指さし、怒声を上げる。


「その後も延々と怒りまくったみたいで」

 その様子を、げらげら笑いながら聞かされたという。

「いや、俺にとっては笑い事じゃあないんだけどね」

 その場は酒に酔って全員幻覚を見たと判断されたらしく、ひとしきり笑った後、上階の住人に怒られた。謝って部屋に戻ると、佐竹さんは普通の顔に戻り、いびきをかいていたという。

 そのとき撮ったという写真を、見せてもらった。

「酔った勢いで手元がブレブレだったみたいだから、ボケていてよく分からないだろうけど」

 誰かが立っているように見える。かろうじて、額から二本の長いもの……角らしきものが生えているのが見えた。

 以来、彼は午前三時まで起きないようにしているという。

「じゃあ、俺は寝るから」

 大きなあくびをしながら、佐上さんは寝袋に潜り込んだ。

 キャンプ、テントの中、午前二時。外にはまだまだ元気な仲間が、焚火を囲み、会話に花を咲かせていた。


 了


 私は小さいころ、近所の年上の男の子に『午前三時まで起きていると、鬼が来て叱ってくる。謝ると許して帰ってくれる』という話を聞かされたことがありますが、この話は創作です。

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