月例を覗く

「最初は、三歳になったばかりの頃でした」

 佐上さんの娘にまつわる話。


 現在もそうなのだが、当時、彼は妻と娘と三人で、同じ部屋に布団を並べて眠っていた。

「千絵」

 ある日、妻が真夜中に娘の名前を呼ぶ声で目を覚ました。

「どうしたんだ」

「千絵、千絵が……」

 いなくなった、と声を震わせた。

 すぐに二人で家中を探したが、娘の姿は、どこにも見当たらなかった。

 警察を呼んだという。

「娘の服装はどうだったか、とか、自転車には乗れるか、とか、今家に鍵はあるか、とか……必要な情報なんですけど、そのときは頭が真っ白で、そんなことよりも早く探してくれって声を荒げてしまって」

 到着した警官とともに、家の中を探し回った。

 ベッドの下、クローゼットの中、浴槽の中、果ては天袋から天井裏まで。娘は見つからなかった。

 家の施錠はどこも外れておらず、その上鍵は室内に残っている。可能性は薄いですが、と一応家の周りも捜索した。娘しか知らない、通れない隙間があるかもしれない。

 しかし、それも見つからないまま、朝日が昇る時刻となった。

「じゃあひとまず休んで、またすぐに捜索を、と一旦部屋に戻ったら」

 寝室で、娘が眠っていたという。

 今までどこに行っていたのかを聞いてみたが、彼女は首を傾げるばかり。その後、一言ねてた、とだけ言った。

「その日はそれで終わって、ただ不思議だね、で済む話だったのですが」

 翌月にも、娘は行方不明になったという。

 警察を呼び、家中探しても見つからず、朝日が出ると寝室で眠っているのを見つける流れまで同じ。

 さらに翌月、三度目の失踪。

「そのとき、家に来た警官の目が忘れられなくて」

 疑われているのではないか、と思ったという。

「直接聞くことはできませんでしたが、こう、言葉の端々から、精神的におかしくなっているのではないか、いたずらなのではないか、という態度を感じたんです」

 四度目の失踪では、警察を呼ばなかった。娘は無事、朝には寝室に戻っていた。

「妻とこれからどうしようか相談していた時に、ふと気付いたんです」

 失踪する日が、毎月同じだった。

 今後もそうである保証はないが、過去四回同じだったため、次も同じだろうと考えた。

 そこで、彼らは次の失踪が起こると思われる日に、寝室にビデオカメラを設置したという。


 翌日。佐上さん夫妻は、目覚まし時計のアラームで目を覚ました。

「今まで、失踪したときは、どちらかが夜中に目を覚ましていたので、変だなと思いました」

 早速、箪笥の上に乗せていたビデオカメラの録画を止める。

 出社や保育園の時間までまだ余裕があったため、二人はその場で録画を確認することにした。

 カメラをセットし、レンズを覗き込んでいる佐上さんが映る。

 その後、娘を抱えた妻が寝室に入り、三人で並んで横になる。

 佐上さんが、手の届く範囲まで垂れている電灯の紐を引っ張る。

 暗転。自動で暗視モードに切り替わり、黒と緑の画像になる。

 夫婦が娘を見つめる瞳。カメラから発せられる赤外線を反射し、緑の円がぱちぱちと瞬く。もぞもぞと、布団と体がこすれる音が聞こえる。

「ああ、この時間までは起きてたな」

 カメラの画面には、二時半と表示されている。

 次の瞬間、画面が切り替わった。

 夫婦が、娘を挟んで横たわっている。頭頂から足先まで真っすぐ伸び、娘と平行に並んで目を閉じている。

「両手を胸の上で結んでいて、まるで棺桶に入っているようでした」

 娘が、直立している。手をぴんと伸ばし、いわゆる気を付けの姿勢である。

 三人を、背景よりも黒いものが囲んでいる。林立する樹木を思わせた。

「あれ? と思って。一瞬前と画面があまりにも違うので」

 コマ送りで画像が切り替わる前後を何度も往復した。しかし、時間は飛んでいないにもかかわらず、一コマも境目なく、画面が切り替わっていた。

 ギチギチという音が鳴る。さざ波のように大きくなり、小さくなり、また大きくなる。

「大量の昆虫が団子になって、もがいているみたいな音でした」

 黒い影の動きと、不快な音が同調している。どうやら、影たちがその音を発しているらしい。

 娘が目を開く。

 影が、二度、三度、震えた。合わせて、ギチッ、ギチッとひときわ大きく音が鳴る。影が夫婦の体を跨ぎ、娘へ寄ってくる。

「んーん!」

 娘が、大きく首を振った。

「ん!」

 娘が、真っすぐカメラの方へ指さした。影の動きが止まる。

 次の瞬間、画面は影たちが現れる直前と同じ様相に戻っていた。三人とも、影が出る前と同じ体勢で眠っている。

「そこからは、まったく様子が変わりませんでした。寝返りを打つくらいで」

 目覚まし時計の音が鳴り、夫婦が目を覚ます。佐上さんの体がカメラに覆いかぶさり、録画が終わった。

「二人とも、何も言えませんでした」

 すぐに娘に夜中のことを聞いたが、何も覚えていなかった。


 現在、娘が失踪することはなくなっている。

「どうも、あの影は……まあ、本当に娘を攫っているのがあの影だとしたら、録画をしていると、何もできないみたいで」

 月に一度、失踪する日には必ず、カメラを録画してから眠るという。

「ただ……」

 佐上さんが顔を曇らせる。

「娘、今年小学生になったばかりなんですけど、自分の部屋が欲しいって言いだしたんです。さすがに、一人部屋になったら録画できませんし」

 次、あの影に機会を与えたら、娘はもう二度と戻ってこないのではないか、と言い、佐上さんは話を終えた。


 了


 隠しカメラに霊が映る、という怪談を何度も見聞きしたことがありますが、この話は創作です。

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