窓辺に立つ、窓辺に立つ
「最近、気持ち悪いことがあって」
サークルの先輩である西木さんが、声をかけてきた。所属しているサークルは所属人数が多く、サークル内で複数のグループができている。西木先輩は、私が普段接しているグループではないメンバーと過ごすことが多いため、ほとんど会話をしたことがなかった。
「どうしたんですか、唐突に」
「まあ、すぐ済む話だから」
椅子に深く腰掛け直し、先輩は前かがみになってこんな話をした。
「大学への行き来に、いつも踏切がある方の道を通ってるんだけど、踏切の隣に木造二階建ての古いアパートがあるんだよ」
私が使用していない方の道なので、その建物の存在は、そのとき初めて知った。一階、二階ともに三部屋の計六部屋の建物だという。
「踏切前で一時停止するだろ。そのとき、ふと目線をそこへ向けたら」
アパート一階の一番左の部屋、ベランダを挟んだ部屋の窓の向こうから、老人がじっとこちらを見ていたという。
「カーテンが全開だったから、その爺さんの姿がばっちり見えたんだよ」
禿頭、皺だらけだが、皮膚自体は妙につるんとしている。よれよれの白く薄い肌着。乳首が透けて見えている。
柵越しに、老人の下半身も見ることができた。灰色のスウェットパンツを履いている。垂れたウエストの紐は、右側だけが妙に長い。
何をするでもなく、老人はじっと遠くを見つめていた。
「翌日も見たんだよ、その爺さん」
顔も服装も、昨日見た老人とまったく同じだったという。
「それだけなら、まあ、ボケているんだろうな、で済む話だったんだが」
建っている部屋が、違ったという。
「隣の部屋に立ってたんだよ。一階の真ん中の部屋。外じゃないぞ、中だぞ」
窓越しに、さも当然のように、老人が立っている。視線は変わらず、遠くを見ている。
「その次の日も、次の日も、部屋が変わってさ」
三日目は一階の右側の部屋、四日目は二階の右側の部屋。
「その次は土曜だったから、わざわざ見に行ったよ、そのアパートまで」
その日は二階の中央の部屋。日曜は二階の左側の部屋。
「それが先週の日曜の話。それで、次の日のニュース見たか?」
「いいえ」
首を振った。先週の月曜のことであるが、その話に結びつくようなニュースを見た憶えはなかった。
「そのアパート、全焼したんだよ。住人はみんな逃げだしたから、誰も死ななかったみたいだけど」
そこで先輩は、一息ついた。
「それで……」
私は、疑問を口にした。
「何でその話を、私にしたんですか?」
「いや……」
先輩はしばらく口ごもった。
「お前の住んでいるアパートって、あそこだろ、国道沿いの、パチンコ屋の向かいの」
先輩は、私が住んでいるアパートの名前を口にした。
「昨日、そのパチンコ屋に行ったら、一階の左端の部屋にさ……」
爺さんが立ってたんだよ、と先輩は言った。
「ああ、それは……」
私は、先輩の発言を訂正した。
「国道から窓を見たんですよね? じゃあそれは、私が住んでいる方じゃあないですね。シリーズものなんですよ、うちのアパート」
確かに、私は先輩の言ったアパートに住んでいる。ただし、国道に窓の面を向けて建っているのは、末尾が無印の建物である。私が住んでいるのは、国道からは絶対に窓が見えない『2』の方である。
「なんだ、そっかー、安心した」
直後、部室にサークルメンバーが続々と入って来たので、話はここで終わった。
私は確かにそちらには住んでいない。
しかし、友人が一人、先輩が老人を見た方に住んでいる。
その日は、どうやって友人にこの話を信じさせるか、そればかりを考えて、サークル活動どころではなかった。
了
私は大学時代、シリーズもののアパートに住んでいましたが、この話は創作です。
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