骨を見せる、肉を見せる
「俺が通っていた学校には、そんな話なかったなぁ」
同世代が集まって雑談をしていると、話題が自分が通っていた学校の怪談になった。自分たちが小さい頃は実写映画の学校の怪談がブームとなり、友人たちとそんな話で盛り上がったものだ。
同席していた平川という男は、そういう話がないと言い、そのまましばらく聞き役に徹していたが、不意にこうつぶやいた。
「小六の時、一回だけ妙なことがあったな」
彼が小学校六年生の夏休みに起きた出来事。
担任が主催で、夜に校庭で星を見る会が催された。
クラスメイト全員が校庭に寝ころび、担任の解説を聞きつつ瞬く星を眺める。
「さそり座がきれいに見えたのを、覚えている」
その後、彼らは、南校舎の東側一階にある、多目的室に移動した。大層な名前がついているが、普通の教室二つ分の大きさがあるだけで、何もない部屋である。
外は暗く、煌々と多目的室の明りだけが灯っている。
肝試しをするぞ、と担任が張り切った。
クジで男女一組のペアを作り、五分に一組のペースで、北校舎三階の理科室前に置かれているキャンディを拾い、多目的室に戻ってくるというルールだった。
「担任の口調からして、多分最初から肝試し目当てだったっぽいんだよな」
小学校は、上から見ると、カタカナのユを描いているように見える。短い北校舎と長い南校舎が、中央廊下でつながれている。つまり、多目的室と理科室は、真反対に位置することになる。
平川のペアは、浅田という女子で、スタートは六番目だった。
「好きってわけではないが、嫌いってわけでもない子だったな。地味な子で、でもまあ、結構可愛い子だったな」
三十分後、自分たちの番が来た。浅田と二人で廊下に出る。扉が閉じられると、視界が急激に暗くなった。隣にいた浅田の手を、無意識のうちに握る。
「一歩出ただけで、異世界って感じがしたよ。扉が一枚間に挟まっただけで、クラスメイトの声や明りが一気に遠く感じられてさ」
二人は恐る恐るという速度で歩いた。
時折、上階からクラスメイトの悲鳴が聞こえる。彼の心の中に、不安が募った。
三階まで上がった。左にUターンすれば、廊下の奥に理科室の扉が見える。
「Uターンしたところで、思わず叫んじゃったよ」
目の前に、骨格標本が立っていた。腕をだらりと下げ、背中が丸まっているが、頭は真っすぐこちらを見据えている。
「ビビったのは俺だけでな、浅田は耳をふさいで『うるさい』って一言だけだった。あの時期は……まあ、大人になってもそうだけど、女の方が精神的に強いもんだよ」
骨は、ただ立っているだけだった。彼らはそれに触れないように半身で通り過ぎ、理科室の扉の前に置かれていた箱から、キャンディを取り出した。
多目的室に戻った後、彼は何も言わなかった。骨格標本に驚いて悲鳴を上げたことがバレるのが恥ずかしかったという。
壁に寄りかかり、顔を蒼白にして戻ってくるクラスメイトを眺める。
最後のペアが戻ってきた。
「先生、何だよあれ!」
戻ってきたのは、柳川という名の男子だ。彼はクラスのムードメーカーであり、大きな身振り手振りでびっくりしただの、めっちゃ怖かっただの、恥を知らず喚き散らした。
「あの年頃の男にとって、何かにビビるってのは、何よりも恥ずかしいことだったんだけど、あいつはそういうの許されるキャラだったんだよな」
柳川は、担任に対して、人体模型でびっくりさせるのはズルい、と非難の声を上げていた。
あれ? 人体模型?
「そんなのなかっただろ、あったのは骨格標本だろ」
平川が疑問を口にする前に、別の男子が横やりを入れた。
「いや、人体模型だったでしょ、理科室の前の」
さらに別のクラスメイトが言う。
「そこからは、クラスメイトみんな入り混じって、人体模型か骨格標本か、大論争になってさ」
学級委員が、人体模型を見た人は手を上げてと言った。半分が手を上げた。
次に、骨格標本を見た人は手を上げてと言った。半分が手を上げた。
意見は真っ二つに分かれた。
「交互じゃん」
誰かがそうつぶやいた。
「中田と芹丘が人体模型だろ、有森と末藤が骨格標本だろ、斎藤と田島が人体模型だろ……」
奇数番目のペアは人体模型を見て、偶数番目のペアは骨格標本を見ていた。
「どうしたどうした」
教卓で日誌をつけていた担任が、騒ぎが収まらないことに業を煮やしたのか、仲裁に入った。
「担任は、そんなもの置いてないって言うんだよな。でも、みんな何かしら見ているわけだから、そんなの信じられないんだよ」
全員で、もう一度理科室に行ってみようということになった。
何も置いていなかったという。
「ほら、何もないだろ」
担任が当然のように言う。
それでも、一部の児童は、担任が隠したのではないか、と食い下がった。
「まあ、そんなわけないんだけどな。担任はずっと多目的室にいたわけだし。五分おきに交互だろ。そんなの無理だよ」
「お前ら、何言ってるんだよ」
担任がため息をつき、呆れた。
「人体模型も、骨格標本も、今はないよ。だって、お前らが壊したじゃないか」
そう言って、島居、川上、菊池の三人を指さした。
「あ……」
彼らが思い出したようにつぶやく。
三人は、終業式の日の全校掃除の際、理科室の担当だった。
「こいつらは、サボって走り回ってたんだよ。それで骨格標本と人体模型にぶつかって」
倒してしまったという。そして、勢い余って転んだ体の下敷きにしていまい、二つとも壊してしまった。
「だから、二つとも廃棄して、今新しいのを注文してるんだよ」
「結局、俺たちが見たのは何だったのか、誰も分からなかったんだよ」
その後、何事もなく解散させる担任が一番怖かった、と彼は話を締めくくった。
了
小学生の頃、担任とクラスメイト皆で夜の学校に集まって、星を見る会と肝試しをしたことがありますが、この話は創作です。
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