内を写す

「これは、私の体験で、いいのかな……? いや、でも……」

 私は半年に一度のペースでソープランドに行く。その際、相手してもらったソープ嬢に、何か怖い体験、奇妙な体験をしていないかと聞くことを習慣にしている。

 彼女にもまた、その話題を振ったところ、首を傾げつつ、このような話をしてくれた。


 彼女が働いている店は、公式サイトを持っている。そこでは各嬢の出勤時間や、スタッフからのコメントなど、情報発信をしている。

 サイトのコンテンツのひとつに、嬢それぞれが管理するブログがある。彼女たちはそこに、日常風景、出勤予定、客へのお礼など、思い思いの内容を綴る。

「私はそこまでブログに書きたいことはないんだけど。やっぱり毎日やってる子の方が、指名の数が多くなるから」

 彼女は、一日に最低一回は、ブログを更新しているという。

 その店のサイトは、風俗情報サイトに登録されており、そこの運営によって、ブログの内容は監視されているという。基本的にただ見ているだけで、検閲めいたことはしないのだが、あまりにも過激な写真は、運営の権限により削除される。

「突然、私のブログの写真ばかり削除されるようになって」

 ブログを更新すると、いつの間にか写真が『運営により削除されました』という表示を残し、消されている。

「全然心当たりがなくて」

 サイトの規約を読んだが、削除対象である『公序良俗に反する』写真をアップロードしたことは一度もない。そもそも、彼女は自撮りはおろか、生物は飼っている犬しか載せたことがないという。

「でも、全部削除されるわけではないんだよね」

 削除されない写真もある。割合としては、削除される写真は、全体の三割程度。

 何か法則があるのではないか、そう考えた。

「だから、何を撮って、削除されたかどうか、メモを取ることにしたんだよね」


 朝食のエッグトーストとミルクの写真は、削除された。

 ランチのガレットの写真は、削除されなかった。

 ペットの写真は、削除された。

 旅行で泊まった旅館から撮った景色の写真は、削除されなかった。

 店内の部屋で撮った写真は、削除されなかった。

 開封したばかりの石鹸の写真は、削除された。

 ペットの写真は、削除されなかった。


「ここで、もしかして……って思った」

 二枚のペットの写真、削除された方は、室内で撮った写真だった。削除されなかった方は、ベランダで撮った写真だった。

 自室で撮った写真だけ削除されるのでは、という仮説が浮かんだ。

「それで、ミスったふりして、カメラのレンズを指で覆って」

 室内で撮った写真と、室外で撮った写真をアップロードした。

 結果、室内で撮った写真だけ削除された。

「法則が分かって一瞬すっきりしたんだけど、何で削除されるかの方は分からないじゃん?」

 晴れない気分のまま、日々を過ごした。できることは、室内で撮った写真は上げないことくらいだった。


「ちょっと、いいですか」

 ある日の勤務を終え、更衣室で着替えていると、同じく帰宅前の後輩から声をかけられた。その後輩とは、勤務時間が重なっているため、週に何度かは更衣室で顔を合わせるという。

「こういうことを言うのは、おせっかいかもしれませんけど……」

 言いにくそうにしている。

 気になった彼女は、できる限り警戒心を与えない受け答えをした。

「ブログに変な写真、上げない方がいいと思います」

「どういうこと?」

 後輩によると、彼女が時折、ブログに不可解な写真を上げることがあるという。

 全体的に黒いが、所々赤味が見える。

 最初は撮り損ねをうっかりアップロードしてしまったのだろう、と思ったという。だが、それにしては頻度が多い。

「多いときは、三回に一回くらい、そんな写真でしたよね」

 気になって、毎回写真を確認していたという。

 後輩は、彼女とは帰る方向は真逆だったが、距離は似ていた。

「多分、生活習慣も似通っていたんだと思う。帰宅して、入浴して、一息ついたらブログ更新して……ってやると」

 おそらく、彼女と後輩のブログ更新時間が重なっていたのだろう。更新すると、同じ店に所属する嬢全体のブログが、更新日時順に並ぶと言っていた。自然に、後輩は、彼女が更新したばかりの写真を目にするはずだ。

 毎回同じ写真ではないと後輩は語った。同じ色合いだが、微妙に配置が違う。

「先輩、何撮ってるか分からなかったんですけど、あるとき気付いたんです」

 写真の右下に、灰、もしくは銀の色が見えた。

「あれ、銀歯ですよね、ということは、こう……」

 後輩は、大きく口を開けた。

「口を開けて、中を撮ってるんですよね。どういうつもりかは分からないですけど、やめた方がいいと思います」


「こう……」

 後輩の口調を再現したとき、彼女は私の目の前で、顎が外れそうなほど、大きく口を開けた。彼女の歯はすべて白く、きれいなものだった。

「私の唯一の取り柄だからね」

 自慢気に微笑んだ。

「でも、そうなると、その口は私のじゃあないんだよねぇ。いや、本当に、誰の口なんだろう」

 気にはなるが、今のところ害がないため、引っ越しするつもりはないそうだ。


 了


 私は、ソープランドに行くたびに怪談を聞く習慣がありますが、この話は創作です。

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